41 出発
その後、薬を飲んだら鼻は落ち着いた。
ふらつくのも良くなったし、寒気も引いたので一安心だ。
ほっとしたところで考えたのは、旅の荷物。
剣も持って行くとして、一本で足りるだろうか……。
「無限に刃こぼれしない剣はないものね」
想像よりは頑丈だけど、一本を失ったらもう終わりだと、旅先で武器もなくては戦えない。
聖女の力は使えるようになってきたけど、人前で使いにくいという面もある。
おおっぴらにしたくないのは、今まで通りだし。
皇子であるレゼクを、一人で戦わせ続けるのも不自然だろう。
「んー……」
ちょっと考えて、私は色々と荷物を増やした。
そして旅装に着替えたら、今度は出発だ。
実は、私達よりも先に、他の騎士達を二組出発させることになっている。
視察に行くというレゼクの露払いという名目だ。
普通なら、そっちがミクローシュ侯爵を守るために派遣した、本体だと思うだろう。
馬車を仕立てて進むレゼクよりも、早く到着するから。
そんなわけで、先行部隊の指揮も実力者でそろえている。
隊長は美麗なる騎士ティセリウスだ。
少し巻き気味の金の髪を首元でくくった彼は、宮殿のエントランスへ見送りに来たレゼクに一礼した。
その様子を見ながらつぶやいてしまう。
「違うとは思うけど……」
カールが接触した相手は誰だろう、と思ったのだ。
正直、侍女よりも騎士達の方が単独で行動している。
だからカールが話を聞き出すために能力を使っても、誰にも見られないだろう。
私だったら、たぶんそうするんだけど……。
「何考え込んでいるんだよ」
隣にいたトールに、指先で頭をこづかれる。
私はティセリウスが騎乗し、出発していく姿からトールに視線を移す。
「ちょっと気になることがありまして」
「何だよ? お前が考えてわかることか?」
「うわひっどー」
侍女相手だと、良家のお嬢様達なので話し言葉もぞんざいにできないなと思うのだけど、やや粗野なところがあるトール相手だと、つい砕けた口調になってしまう。
「さ、俺達も準備に向かうぞ」
歩き出すトール。
考えてみれば、騎士達のことは騎士であるトールに聞くべきだろう。
「参考意見として聞かせてほしいんですけれど。騎士って帝宮で誰かといつも一緒にいるわけじゃないですよね?」
「ん? そりゃ、必要があれば複数人で行動するが?」
トールが庭先に降りたところで立ち止まる。
「だったら、普通は一人ですよね? ってことは、誰かとひそひそ話をしてても、すみっこだったらわからないですよね?」
「そりゃ、私的なことで密談をしてるかどうかなんて、わざわざ追及しないだろ……どうしてそんな話を?」
ええと。
問い返されることを想定しないで聞いてしまった。
なんとか理由をひねり出さないと不自然だろう。
悩んでいると、頭を二度、南瓜のように叩かれる。
「とりあえず任務のことを考えろ。ティセリウス達が派手に出て行ってくれたが、先方がそれで騙されてくれるとは限らないからな」
私達は少し遅れて出発する。
とはいえ、先行隊が本命だと思ってもらうため、レゼクに同行する騎士の数は抑えた。
(……というかこれ、たぶんレゼクの能力とか、私の能力を、どうしても仕方なくなる時まで隠すためよね)
戦うことになれば、いずれバレてしまう。
だけど、バレる相手を絞って情報を管理したいんだろうなと。
一応騎士以外にも兵士がついてくるけれど、兵士よりも騎士の方が抜け目ない。
ごまかそうとしても、撒こうとしても、命令通りにするよりも付き従おうとするだろうし。
(てことは、トールやディックってレゼクに信頼されてるの?)
バレても大丈夫、と思えるぐらいに仲良しなのかなと考える。
性格的に合うのか、いまいち不思議な組み合わせだけど……。
まぁ、それを私が考えても仕方ない。
そうこうしている間に、レゼクが乗車する馬車がやってきた。
というか、本人は騎乗してきたんだけど。
馬車、私しか使わないのでは? これ。
案の定、レゼクが指示してきた。
「リリ、君だけ馬車に乗るように。俺達は帝都から東のヴァドステーナまで馬車と騎馬で行く。それまでは、先行する隊に敵が引き付けられることを願おう」
うん、カールの言い方的には、どちらを攻撃してもおかしくはない。
それなら私達は、予定通りに皇子の視察を装う方がいいだろう。
「その後、リリにも馬車から騎馬に変えてもらうことになる。馬の手配は既にされている」
私はうなずく。
全員騎馬の方が早いだろう。
そのころには、男装にする方がいいだろう。
やっぱりドレスだと乗馬はしにくい。
翻るスカートの裾が気になってしまうのだ。
「そこから一気に南東へ。ティセリウス達が引きつけられなければ、俺たちに全ての敵が襲ってくることになる。万が一にも数が多すぎれば、やむを得ないので散開して相手を攪乱。その先で合流する」
トールと、ディックとともに、私はじっと説明を聞きながら、緊張を感じていた。
敵がどれくらいの規模で、ミクローシュ侯爵を襲うつもりなのかわからない。
そして皇太后や皇子の側にいる人から話を聞き出したカールが、何人でこちらを止めようとするのか、も。
少ない人数でありますように、と願うばかりだ。
なにせ私、戦えるのはわかっているけど、集団でかかってくるだろう本職と戦うのは初めてだ。
ごろつきを雇うぐらいならいいけど……。
カールの口調からすると、それじゃ済まなさそうだし。
「分散する際は、二手に。俺とリリ、そしてトールとディックが組になる」
「俺は依存ないですよ。リリと組まされたらどうしようかと思ったぐらいで」
そう言ったディックの足を、私は無言で踏んでやった。
「いって!」
「一言余計なのよディックは」
「あんまりじゃれるなよ二人とも」
トールが呆れがちながらも、間に入ってくれる。なので、私は引くことにした。ディックの方も舌打ちしつつ、矛を収める。
それを満足げに見たトールは、レゼクに話を振った。
「ところで殿下、俺とリリっていう選択肢でもよかったのでは?」
トールに言われて、私は(いやそれはないな)と内心で思う。
近衛騎士としては標準的なディックと、隊の中の実力では上から数えて片手で足りるトール。
傍から見れば、私と同行するのはレゼクでもトールでも構わないはず。
でも、能力的な事情があるから。
それを知られたくないトールにどう説明するのだろう。
ちょっと興味津々でレゼクの回答を待っていたのだが、
「ああ、それなら理由は簡単だ。トール、お前ならこいつを女扱いするだろう? そこまでいかなくとも、手心を加えるはずだ」
「まぁ……。ディックと同じってわけにはいかないですが」
戸惑いつつ答えるトールに、レゼクは言い切った。
「俺はそんなつもりはない。駄目なら切り捨てるまでだ。そうでなければ足手まといになりかねん。だから二手に分かれた後、合流した時にこいつが居ない場合も想定しておいてくれ」
それを聞いたトールは、少し目を見張り、ため息をついた。
「……承知いたしました」
トールがうなずき、話はそこで終わる。
「まぁ、殿下ならはそう言うだろうと思ったけど……」
関係を悟られたくないのなら、間違っていない返答だった。
ただ……少しはもやっとするけれど。




