39 新たな問題 1
それから数日は、特に問題は起きていなかった。
私はものすごく警戒し、カールがいなさそうな場所にいるようにしていた。
川に落ちたことを知っている皇太后も他の侍女達も、そうできる配置にしてくれている。
……代わりに、時々レゼクの検算の書類がやってくるようになったのは誤算だった。
皇太后関連の書類として持ち込まれ、皇太后の部屋でちまちま計算するんだけど……。
「すごいわね。リリって体力勝負の人だと思ってたんだけど、頭脳明晰でもあったのね」
エルシーは率直な表現で褒めてくれる。
「文武両道じゃない。男性だったら引く手あまたでしょうに……もったいない」
残念そうに言うジェニス。
実家が他国と交易をしているので、計算能力があるお婿が欲しいらしいという話は聞いていたけど。
確かにね……。
商売先で襲撃されないよう、本人も強いと安心だろうなと私も思う。
そんなある日。
書類を持ってきたレゼクの補佐官が、青い顔をしていた。
そして書類を渡すのもそこそこに、皇太后にレゼクかららしい手紙を渡す。
何かの連絡かなと思っていた。
でも、めずらしく皇太后の手紙を持つ手が、怒りに震え始める。
とんでもない異変が起こったのは間違いない。
皇太后も信じられないような内容だったのだろう。
ノエリアを呼んで、その手紙を見せていた。
「これは……どう思いますか、ノエリア」
「由々しきことかと」
内容が夢や幻じゃないと確認したかったのかな。
それでも落ち着かないのか、皇太后はノエリアに言った。
「お願い。私、自分の口で説明したら卒倒しそうだわ。……あのろくでもない女狐どもを根絶やしにしたい……」
後半部の、今までにない皇太后の言葉にびっくりした。
ウルスラ妃のことよね?
嫌ってはいても、そこまで恨んでいそうな様子だとは思いもしなかった。
驚いていると、手紙の内容についてノエリアが話してくれた。
「レゼク皇子殿下の、亡き母上アドリアーナ様の兄、バート・ミクローシュ侯爵様が……」
冷静を心がけていたようだったが、ノエリアも言葉を切り、すごく嫌そうな表情になる。
「ミクローシュ侯爵様に嫌疑がかけられたようです」
貴族については疎い私でも知っている大貴族、ミクローシュ侯爵。
肥沃な耕作地が多いので、金貨を塔のように積み上げられるほどの資産を持っていると言われている。
何よりミクローシュ侯爵の妹が、前皇妃だ。
(レゼク皇子の伯父……そして後見人)
貴族は、後見人がとても重要だと耳にしたことがある。
特に未成年の間、後見人の力がその人の影響力を左右するのだ。
(後ろ盾がどれくらいお金を持ってるかとか、権力を持ってるかで、寄って来る人数が変わるってことよね)
「嫌疑ですか?」
エルシーが尋ねると、ノエリアは重々しくうなずいた。
「ミクローシュ侯爵様が、グリーシア王国と密輸をしているという嫌疑が上がったそうです」
「密輸って……証拠はあるというのですか?」
ルドヴィカの問いに、ノエリアは渋面のまま答えた。
「グリーシア王国との国境へ赴いて、使者と内密にあっていたという目撃者がいるらしいのですが。それも商人だということで、確固たる証拠というわけではないようですが……。ここからが問題です」
ノエリアが一拍を置いて言う。
「レゼク皇子殿下の本当の父は、グリーシア王国の人間だという噂を持ち出した者がいました。見返りに、ミクローシュ侯爵様がグリーシア王国から交易で便宜を図ってもらっているという可能性はないか、という話がささやかれているようです」
「え? 皇帝陛下自身が、ご子息だと認めていらっしゃるのに?」
私はびっくりしてしまう。
と同時に、皇太后が怒っていた理由がわかった。
孫が皇族ではないと言われ、親しくしていたらしいその母、アドリアーナ様が不貞をしていたと侮辱されたのだから。
「ええ。ただ皇子殿下の実父についての話は、先に広まっていたようで。はっきりと皇帝陛下に申し上げたわけではないみたいなのよ。もちろん、真正面から言われたら、皇帝陛下も否定なさるでしょう」
そうしてノエリアは「この広まってるというのが厄介なのです」と言った。
「もしミクローシュ侯爵様が、突然亡くなってしまったらどうでしょう。そして亡くなるような状況を起こした人物が、グリーシア王国からの普通は所持できないような品を側に置いていたら?」
「ミクローシュ侯爵様の嫌疑が深まったと思われてしまう?」
エルシーの答えを聞いて、ルドヴィカが「それじゃ……」と発言する。
「嫌疑が深まって真実性が増すと、一緒にされていた噂にも真実性が高まってしまいますわ。ひいては、レゼク皇子殿下の生母アドリアーナ様への疑念もそのまま。皇帝陛下は水面下の噂を知らない限りは、否定もしないとなれば……。貴族達はみな、レゼク皇子殿下から離れてしまいます」
「それが問題だ、とレゼク皇子殿下は書いていらっしゃるわ」
ノエリアの返事に、ルドヴィカも「そうでしょう」とうなずいた。
「お味方がいなくなれば、色々な場面で殿下の守りに隙ができますね。もしかすると、皇帝陛下がそそのかされて、辺境の軍基地へ行くよう命じられたりしたら……。その時に、買収していた人間に殿下を襲撃させるぐらいのことは、ウルスラ妃ならするかも?」
ジェニスの言葉に私はハッとなる。
(ゲーム内で、レゼクは唯一の皇子なのに砦とか国境にいる絵が多かった。それは、この事件で帝宮から離れることになったせい?)
それだけで、レゼクが殺されたわけではないだろうけど。
だからこそ皇帝を代替わりを待たずに殺し、国を滅ぼすきっかけになったのだとしたら?
(もしかしてだけど、これを止めれば……国を滅ぼすことはなくなる?)
聖女には敬意を持っているらしいレゼクのことだから、ゲームの主人公達の国へも攻撃はしないだろうし。
ゲームは始まらなくなるだろうけど、ずっと穏やかな世界になるのでは。
(これは……なんとかしたい)
「そうしたら、ミクローシュ侯爵様をお守りするのが一番なのでしょうか?」
気が焦って、私はそう発言してしまう。
ノエリアが少し微笑んだ。
「レゼク皇子殿下も、そのようにお考えになっているようです。ただ、折悪く、ミクローシュ侯爵様の方がすでに帝宮へ向けて出発しているのです。予定が元からあったの」
だから、とノエリアが続けた。
「その途上で暗殺されることがないよう、皇子殿下は急いでミクローシュ侯爵様の元へ出発し、合流して守ることになさったようです」




