17 探されている騎士
私が騎士と勘違いされた。
それを昼餐の話題にしようと思っていた。
話そうと考えたのは、私が完全に騎士に偽装できていたらしいことが嬉しかったからだ。
何かあったら騎士に扮することで姿を隠せるんだなという証明ができたのだから。
ただ、その前にエルシーが首をかしげながら問題提起した。
「あのね、こちらの棟の近くでうろうろしていた方がいるのだけど……」
「私も見たわ。どなたかのお知り合いではないの?」
エルシーとジェニスが囁きかわす声を聞き、私はなにげなく窓の外を見る。
正餐室からは、白い花が咲く庭が見える。
こちらが見えるのだが……一人の女性が木に隠れるように立っていた。
彼女を見て、私はびっくりした。
昨日助けた女性だ。
なんでまたこんなところに!?
皇太后の棟周辺を警備していた騎士も、彼女に気づいたらしい。
何をしているのかと呼び止めたみたいだ。
その直後、誰かがまた来たようだ。
とたんに彼女が大声で抗議し始めたので、空気を入れるために少しだけ窓を開けていたせいで、声が聞こえる。
「嫌ですって申し上げたじゃありませんか!」
「いや私は断固認めん!」
続いて聞こえてきた声に、その場にいた侍女達全員の顔が訝しげなものに変わる。
皇太后の表情も固まった。
私以外はみんな聞き覚えがある声だったらしい。
たぶん、木の陰になって見えない、第三の男の声だろう。
「私はもう心に決めた方が!」
「つい先日までそれは私だと言っていただろう!」
木の陰にいた男性の、長いジャケットの裾が翻って見えた。
深紅の地に宝石が縫い付けられた派手な装飾。
その横で揺れるのは、略式の外套として身につけたのだろう細長いストールのような布だ。
赤に真緑という極楽鳥のような色合わせ。
それを見たとたん、「確定ね」とノエリアがぼそっとつぶやいた。
「星祭りはそなたと共にと思っておったのに!」
「あなた様には立派なご正妻もいらっしゃるじゃないですか! 私も真実の愛に目覚めたと言っているのですわ!」
「とりあえずそなたをたぶらかせた男を教えろ!」
「嫌でございます! 私の想い人を探し当てて、ひどいことをなさるつもりでしょう!」
激化する言い争いに、皇太后が立ち上がった。
「皇太后陛下、私が……」
ルドヴィカが言うけれど、皇太后は首を横に振った。
「子供の教育は、自分でしなくてはね」
そうしてベランダ窓から外へ出た皇太后。
物音に気付いた例の女性と男性が、はっとしたようにこちらを振り向いた後、男性は二歩ほど後ずさって木の陰に隠れた。
「私の住まいの近くで諍いを起こすなんて、よほどの重大事なのでしょうね? アドリアン」
木の向うから「ひゃっ」と驚く声が聞こえた。
しかし隠れたままだ。
「釈明、謝罪、どちらにせよ顔を見せてからなさい」
皇太后に叱られ、男性が出てくる。
少しくすんだ金の髪に、青い瞳。自信なさげな雰囲気をただよわせる中年の男性だ。
目の形が皇太后に似ている。
王冠こそ頭につけてはいないが、間違いなく皇帝アドリアンだろう。
(そうか……現実の皇帝ってこんな感じなのか……)
もうちょっと恐ろしい容貌とかを想像していたので、拍子抜けしたかもしれない。
戦乱の時期でもないから……と思ったものの、違うということを思い出す。
ゲーム通りなら、この人がヴァール王国に侵略させようとしていたわけだ。
(そういうことしなさそう? でも人は見かけによらないらしいし)
印象だけで相手を判断してはだめだろう。
弱々しい外見だけど、心の中では虐殺とかしたがってる人、という可能性は残されている。
彼は皇太后や騎士、騒ぎを聞いて集まって来た兵士や、皇太后の背後にいる侍女の視線が自分に突き刺さるのを感じてか、下を向いていた。
皇太后の方は、私がその背後にいるので表情はわからないけど。
怒ってるんだろうなぁ。
食事中の母親の側で、明らかに愛人との愁嘆場になってる息子という図を、みんなに見られたらそりゃあねぇ。
「も、申し訳ありませんでした母上……。その、すぐに立ち去りますので」
下を向いたまま謝った皇帝。
一方、女性の方は喜色満面で皇太后に一歩近づいて膝をついて頭を下げた。
「皇太后陛下、見苦しい振る舞いをどうかご容赦くださいませ! 私セレーナと申しますが、人を探しておりまして」
なんか嫌な予感がする。
私はこっそりと屋内に戻って、顔を見られないように様子をうかがった。
セレーナと名乗った女性に、皇太后も気をひかれたようだ。
「私に、何の用かしら?」
「実は人を探しておりまして、皇太后陛下のお住まいの近くで見失ったのです。もしかして陛下の警護をする騎士ではないかと思い、こちらへ参っておりました」
お会いした、騎士?
「そのお方は、私を追いかけ回す不埒者からお救い下さいました。その方にお礼を申し上げたいのと……、一つお願いがありまして」
頬を染めて恥ずかしそうに話すセレーナの様子に、私も話が読めてきた。
今すぐ逃げ出したい。
しかしうかつに動けば、目立ってしまう。
ゆえにますます縮こまるしかなかった。
皇太后も、息子の愛人かと思っていたら、他の人に恋をして追いかけているという話に興味を引かれたみたいだ。「その騎士の容貌は?」などと質問している。
キャラメル色の髪、とか騎士の服を着ていてとか、男性にしては小柄などと聞く度、私はうめき声を上げそうになる。
その間に、自分から意識がそれたと思った皇帝が、そろそろと移動し走って逃げてしまった。
もはや皇帝を無視をすることにしたらしい皇太后は、セレーナに探してあげましょう、と優しく約束していた。
「騎士の見本ともいえる行動をしたのが、皇子の騎士であるならば、私にとっても誉れです」
「本当ですか! お優しい皇太后様、ほんとうにありがとうございます! 私、どうしても星祭りをその方と一緒に過ごしたくて……」
星祭りは、年に一度やってくる流星が多く流れる日だ。
星の神が地上を嘉するため降りてくる日とされ、皆幸福を願う。もちろん、恋人同士であれば二人の恋の成就を願うのだ。
普段であれば、私も可愛らしい話だと思っただろう。
けれど今は、さらに血の気が引いた。
セレーナは笑顔で何度も皇太后に礼をしながら立ち去った。
そして皇太后がノエリアに尋ねる。
「レゼクの近衛騎士に、キャラメル色の髪の方は何人いたかしら?」
ノエリアは「確実ではございませんが、三人ぐらいはいるのでは……」と言いかけてしゃがみこんだ私と目が合う。
たぶん、騎士の訓練に行っていた私に聞こうと思ったんだろう。
「まさか……」
「もうしわけありません。たぶん、それ、私です……」
私は観念して白状した。




