13 問題の解決法
貴族令嬢は楽器が一つは弾けるもの……。
しかも皇太后の侍女になるほどなら、何かしらできるはずだと思われて当然だし。
できないと皇太后や皇子のレゼクの名前に傷がつく……。
「リリ、無理しなくても私が……」
「代わっていただいても、それは私が何もできないと思われてしまうんじゃないでしょうか」
ひいては私が貴族令嬢じゃないのでは? と思われる火元になりそう
元は騎士の娘でしかないことを掘り起こされかねないし、それは困る。
だから立ち上がった。
「リリ?」
不安そうなノエリアに微笑んだ。
「大丈夫、なんとかお茶を濁してきます」
歩き始めた私。
一応、勝算が全くないわけじゃない。
前世では折々に音楽の授業も受けて、ちょっとの間だけ習ったことはある。
すぐやめちゃったけど……。
たぶんその程度でも、実は苦手なんですけど……と言い訳をしておけばなんとかなる。
私はカールに近づいた。
「ようこそ侍女殿。はじめまして、カール・デアークです。よしなに、お見知りおきくださいませ。この度は僕のお願いを聞いていただきありがとうございます」
声変わりはしているようなのに、低すぎないせいかどこか可愛らしい感じが残る不思議な声だ。
そして小さな耳鳴りがする。
(なんだろう?)
内心で首をかしげた私だったが、その時ふいに思い出す。
――どこか知らない古びた小さな神殿。
木造で、屋根も壁もいくらか崩れている。
けど、不思議と雨があまり当たらなかったのか残っていたクラヴィーア。
絶対に調律が必要なぐらい狂っているはずなのに、弾き始めると正しい音を奏で始める。
それは懐かしくて、とても良く知っている音色で……。
「侍女殿?」
不思議そうにカールに尋ねられ、私はハッと我に返る。
「あ、すみません。私、ピアノでもよろしいですか? ヴァイオリンは慣れていないもので」
そう言うと、カールは素直にピアノを勧めてくれる。
どうやら私の出自を疑っていたわけではないらしい。
じゃあ、一体何を目的に私を目立つ場に呼んだんだろう?
頭の中に「?」が浮かぶ状態のまま、私はピアノに向かう。
ラの音を確認。
さっきの楽団は管弦楽だったので、ピアノは置いたまま使っていなかったけど、ちゃんと調律はされているみたいだ。
そして私が弾くのは……。
(たしか、こう。前世で弾いたことないけど、なんか思い出したこの曲なら弾けそう……。このメロディって『月光』かな……?)
最初、もっと簡単な曲にするつもりだった。
私が前世の子供の頃、ちょっと弾き方を習った後で、憧れた中で簡単だろうと練習した曲があったから。
でも、これはもっと複雑で難しいはずなんだけど……。
ふと脳裏に浮かんだその曲を、どうしてか弾きたいと思ったのだ。
(あ、ちゃんと指が動く)
楽譜も簡単に思い浮かぶ。
ゆっくりとした曲だけど、こんな簡単に弾けるようなものじゃないはずなのに、なぜか弾けてしまう。
転生してからはピアノもクラヴィーアも弾いたことがないのに、どうして?
考えると思い浮かぶのは、寒々とした山。怪我ばかりの自分。
誰かを失った悲しみと……空に輝いていた月。
不思議な気持ちのまま弾き終わって、立ち上がり一礼する。
カールは呆然とした表情で私を見ていて、他のサロン参加者はにこやかに拍手してくれる。
だから、失敗はしていないと思うけど。
なんだろう、悲しい気分が抜けないせいか、良かったという気持ちにならない。
不思議だとぼんやり考えていたけど、ひとまずほっとした表情のノエリアのところに戻ろう。
そう思った時だった。
手首をつかまれる。
「え?」
振り向くとそこにいたのは、灰がかった銀の髪のレゼクだった。
「ちょっとこっちに来い」
「あの、えっと」
演奏直後に皇子に連れられて退室とか、めちゃくちゃ目立つんですけど!?
遠くにいるノエリアも焦った顔をしている。
カールでさえ唖然としていた。
他の人々もぽかーんとしている中、私は噴水の間から強制退去。
当のレゼク皇子は、焦ったように先へ進む。
一体どこへ行こうというんだろう。
でも相手は皇子だし、聖女の能力をぱっと使える状態じゃないせいで、足を止めさせる方法もない。
そのうちにレゼクは、見知らぬ扉を開く。
手を引かれて入ってみると、そこは客間にしているのだろう部屋の一つだ。
そこでレゼクは、私の手を掴んだまま質問してくる。
「さっきの曲は、どこで知った?」
私はびっくりする。
まさか急いで曲名を聞きたくて、人目もはばからずに私をサロンから連れ出したの!?
でもレゼクにとっては重要な質問だったようだ。
目が真剣で、いつになく焦った表情をしている。
でも、どう説明しようか?
迷った末に、なんとか理由をこじつけることにした。
「あの、小さい頃に母が教えてくれて……ヴァール王国の人だったので、ヴァールの曲じゃないかと、思ってたんですけど……」
亡き母からと言えば、母はこの世にいないので真実を問いただすこともできない。
ありがとうお母さん、と心の中で感謝しておく。
これでランヴェール帝国で有名な曲だったとしても、騎士の娘がそれを知らずに覚えてたと言われても誤魔化せるはずだ。
答えを聞いたレゼクは、しばらく考えた後でふっと息をついて肩の力を抜く。
そして私の手をようやく離してくれた。
「あれは、ほとんどの人間が知らない曲だ。遠い昔の国で作られた曲で、聖女だからといって誰でも知っているわけではないはずなのに……」
そこまで言って「いや」とレゼクは自分の言葉を否定する。
「ヴァール王国では、広まっているのかもしれないな。聖女がいたのだから。それに君が聖女の血族なら、直伝だったのか」
レゼクの方は、なんだかほっとしたような声音でそう言った。
なんだか納得したらしい。
「それはいいんですけど……あんなに目立つことをして、大丈夫ですか?」
気になったのはそれだ。
サロンに出席する予定のない皇子が、皇太后の侍女になったばかりの女性を有無を言わせず連れ出してしまった。
しかも衆目の前で。
「あれ、私を侍女にしたのは皇子が気に入ったからだと噂されそうですが」
「…………」
レゼクは長く沈黙した。
私も、まさかこの人が突発的にやらかすとは思わなかったので、むしろ驚く。
(え、本気で、無意識の行動だったの!?)
大丈夫かなこの皇子……。
そんなんで自国を滅ぼすなんて所業できるのかな?
と思ってしまったのも、仕方ないと思う。
ややあって、レゼクは言った。
「数日、病気と偽って雲隠れしてもらいたい」
噂が鎮まるまで、ちょっと時間を空けてみることにしたようだ。
なんていうか、この人でも失敗するのかと、妙に可愛く見えてしまったのだった。




