1 もう一度ゲームをしたいとは思いましたが!?
私の人生は、病気のせいであっけなく終わってしまった。
90%の人が治るという特効薬も効かず。
私に厳しすぎる世界なんて……と泣いたり怒ったりしたものの、じたばたしたって短い時間しか残っていない。
それで、現実逃避にゲームを始めた。
そのゲームは、RPGのマルチエンディング物。
とりあえず一周目と思いつつ、ミッションをあらかたクリアしていくと、急に敵側が勝手に滅びて平和になるっていう肩透かしをくらった。
敵国の皇子が自分の国を滅ぼし、結果的に問題が消えるってどういうこと!?
しかも、ストーリーの合間に出て来るその皇子の顔がけっこう好みだから、最終戦ぐらいにはじっくり見られると思ってたのに。
でも他のエンドを探す前に、私の命は尽きた。
ゆっくりと最後の眠りに落ちる中、私が最後に悔やんだのは、ゲームの謎がわからなかったことだった。
(端役でもいいけど、ゲームの世界に転生でもできたらな。いや、端役だと巻き込まれて死んじゃいそう……。仲間の聖女役だったら、いくらか安全そうな気が……)
そんなことを考えてしまったのが、ダメだったのかもしれない。
※※※
――気づけば、私は洋風RPGの世界にありそうな、お屋敷の見える庭にいた。
目の前には、白柱に薔薇の蔓がからむ四阿。
四阿のテーブルには白い陶器のティースタンドに、砂糖漬けの花が飾られたケーキやクッキー。
一緒に、うっとりとするような赤や黄色のジャムと、いくつものティーセットが置かれている。
それを囲んでいるのは二人で、墨色のドレスにベールをした品のよさそうなおばあさん。
もう一人は、おろおろとしている顔色の悪い口ひげのおじさん。
(ここどこ? これはどういう状況? 私、死んだんじゃなかったの?)
そう思った瞬間に、私の脳裏に身に覚えのない記憶が、だーっと再生される。
自分の名前が『リリ』であること。
元は騎士の娘だったけど、母も父も相次いで病気で亡くしてしまったので、伯爵家のメイドとして働いていること。
それから、今の状況にいたる直近の経緯もだ。
『私、帝宮で侍女になるのは嫌なのよ。だから皇太后陛下とのお茶会に、リリが身代わりで出て』
と言う薄ピンク色のドレスを着た少女の姿が思い浮かぶ。
彼女が今の自分――リリの仕える主である、クラウス伯爵家のお嬢様。
そのお嬢様は、自分を品定めに来た皇太后とのお茶会に出席したくないらしい。
だからといって、私も身代わりをするのは嫌だった。
けれど身分格差ががっちりしている世界なので『お嬢様、それはダメです』なんて反論なんてできなかったのだ。
貴族は、メイド一人ぐらい闇に葬れるだけのお金と人手と、法律の盾まで持っている。
反抗したらクビになったあげく、今までの身代わりの件をバラされないよう、罪人にされて牢屋行き、なんて可能性もあったりするから。
だけどひきこもり気味のお嬢様は、下々である私の悲哀なんて考えもしていない。
『リリはいつも私の身代わりでお茶会に出てくれたじゃない! それにリリは騎士みたいに強いから、追っ手をまいて逃げられるでしょ! さすがは騎士の娘よね!』
結果――リリである私は、悲壮な決意をしつつお茶会に出ることになった。
身代わりをするため、お嬢様のオレンジ色のドレスを着て。
顔に少しだけベールがかかる小さな飾り帽子を、半分だけ結い上げたミルクキャラメル色の髪にピンで留めたのは、少しでも顔が違うことを知られないようにという儚い抵抗だ。
そこまで一瞬で思い出して、私は思った。
(とりあえず、この場を乗り切ってから考えよう)
頭の中は大混乱だけど、やるべきことはわかっている。
まずは、この四阿にいる老女……たぶん皇太后だろう人に挨拶し、着席したらいいはず。
次におほほと笑って、お茶を飲みつつ、あたりさわりがない返事をする。
それだけでも、礼儀作法が未熟な私がやれば『気が利かない』と思ってもらえるだろうから……侍女の選考から無事外れる、というものだ。
よし実行しようとしたところで、ふと入口にいる騎士が目に留まる。
妙に見覚えがある人だ。
紺碧の衣服には、銀の模様が刺繍され、羽織っている黒のマントにも銀の紐や肩章がある。
その制服だけでも造りが美しくて、かなりの品だろう。
でも身に着けた灰銀の髪の騎士は、衣服に見劣りすることのない、一瞬見とれるほどの麗しさを持っていた。
やや長めの前髪は、しっとりとした色気を感じさせ……でも怨念を背負ってそうな鋭い目つきが、ひやっとする恐怖を感じさせるせいで、現実を取り戻させてくれたけど。
でもその顔に、ものすごく見覚えがある。
いろんな記憶が一気に増えて、頭が混乱してなければ、これだけ顔のいい人なら一気に思い出せそうなのに。
その騎士は、内心で怯えながら挨拶しようとした私ではなく、私を見ておろおろとしている伯爵を振り返った後、剣を抜いた。
しかも切っ先は、私に向けられている。
「お前は誰だ。この家の令嬢ではないな?」
その問いが発せられた瞬間、私はとっさに逃げた。
剣を向けられるなんて異常事態!
命が惜しければ逃げるのだ!
その後私を追いかけてきたのは、お茶会を遠巻きに見守っていた兵士達だ。
「待て!」
そう言われて止まる人間がいるものですか。
「そもそも、なんでこんなことになってるのー!!」
叫びつつ、私はオレンジ色のドレスの裾をからげて、全力疾走する。
でも普通なら、ドレス姿の女に兵士が追い付けないわけがないのだけど。
「なんだあの女? 速すぎる!」
「誰か、馬を!」
「それより、この先にいる兵士に誰か知らせられないのか!?」
兵士達は、なかなか私に追いつけない。
(え、私足速い! すごい!)
感動してると、騎士の娘だからと訓練されていたらしい記憶が浮かぶ。
そうして鍛えられた脚力のおかげで、速く走れているらしい。
ナイス私!
あと、私の意識が入る前のリリは、バレた時のことを考えて、逃げやすい衣服を選んでいた。
スカートを膨らませるパニエは一枚のみ。
クリノリンも拒否。
さらにコルセットも緩めて動きやすくして、靴も走りやすいブーツにしている。
(ナイスちょっと前の私! だけどできればお茶会に行く前に逃亡してほしかった!)
そうしたら皇族をだました罪は発生しなかったし、伯爵家の人間に追いかけられるだけの方が、マシだったに違いない。
今更そんなことを言っても仕方ない。
私は庭を囲む塀の、一部崩れた場所を目指して走る。
記憶によると、乗り越えた先に厩舎がある。
たどり着いたら、即刻馬に乗って逃亡するのだ。
「でも、逃げおおせてもお尋ね者よね……」
病死したと思ったら、お尋ね者にジョブチェンジだなんて。
考えると泣きたくなるが、それも無事に逃げ伸びてからにしよう。
私はようやく屋敷の周囲をとりまく壁にたどり着いた。
崩れた場所は少し低くなっているので、そこへ飛び上がって乗り越える。
しかし下りた場所に兵士が二人いた。
皇太后の警護のため、塀の外にも配置されていたんだろう。
私が追われているとは思っていないみたいで、ドレスを着た娘が飛び降りてきてぎょっとしている。
私は着地してすぐ、無意識に二人に突撃。
ふいをついた一人を突き飛ばして転倒させ、それを見て掴みかかった一人を投げ飛ばす。
私は格闘技なんてしたことがなかったけど、リリの体が全て覚えていた。
無事に邪魔者を排除し、もうすぐ厩舎に到着できると思ったその時だった。
容赦なく髪を掴まれた。
「痛っ!!」
痛みに思わず息をつめた私は、そのまま近くの塀に背中を押し付けられる。
涙目の私を捕まえたのは、あの灰銀の髪の騎士だった。
「明らかに伯爵令嬢ではないな。その身のこなし、お前はどこかの暗殺者か?」
にらみつけてくる青い目が怖い。
この世の恨みを私にぶつけてくるようで、ぞっとしたせいか、馬鹿正直に答えてしまった。
「え、ただの騎士の娘です! た、ただ父が亡くなって、今は小間使いとして雇われて、その、お嬢様が……」
「言い訳は無用だ」
灰銀の髪の騎士は、剣を鞘から抜く。
だめだ。
これでは殺されてしまう。
(うそうそうそ! なんでこんなことになってるの? どうしたら良かったのぉぉぉ…………二度も死にたくない!)
誰か、私を救って。
私を守って……。
強く念じた時、心の中の悲鳴が、周囲の空気を震わせたような気がした。
とたん、脳裏でカチリと何かが噛みあう感覚。
そして音が自分から広がるような、不思議なイメージが訪れる。
同時に、変化が起きた。
――私を中心に風が吹いた。
瞬間、目の前の灰銀の騎士の様子が変わる。
怨念が抜け落ちたようにはっとした表情になって、動かなくなった。
(……? よくわからないけど、これなら逃げられる?)
私は彼の手をふりほどこうとした。
でも急に灰銀の騎士が正気を取り戻したように私を拘束し、抱えあげてどこかへ移動する。
さっきまでの殺意を思い出して、思わず縮こまってしまう。
でもすぐに逃げるべきかと思ったけど。
(なんか、大事にされてる?)
持ち上げ方も丁寧。
抱え方もしっかりしてる。
何より間近になった顔が……良すぎた。
見とれそうになった自分を心の中でバシバシ叩いて、気を取り直してから尋ねた。
「ど、どこに行くの!?」
「黙っていろ」
ぶっきらぼうな返事だったけど、一応剣は納めてくれている。
もしかして、殺すのをやめてくれた?
神様に願いが通じたのかなと思っていたら、後から追って来たのだろう、兵士の姿が見えた。
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