放課後の教室
他の講義を受けているあいだも、唯の頭の中は今朝の出来事でいっぱいだった。今日の時間割をこなし、大教室へ急いで戻った。
放課後の教室は、光の色がゆっくりと沈んでいく。カーテンの隙間から差す夕陽が、机の上を斜めに撫でている。埃が浮かび、赤い光の粒が静かに舞っていた。
あの子はまだ座っていた。
ノートも閉じないまま、俯いている。
横に立つ友達らしき女の子がその背中に手を置き、話しかけている。
「ねぇ、大丈夫? 顔色悪いよ」
柔らかい声。
けれど、その響きはどこか湿っていた。
言葉の端が甘ったるく粘り、まるで耳の奥に貼りつくようだ。
空気までもがどろりと重くなって、教室が小さな水槽みたいに感じられる。
「今日もまだしんどい?最近ずっと元気ないじゃん」
「……うん」
「来週、飲み会あるじゃん。気晴らしに行こうよ」
「……うん、考えとく」
俯く女の子の指が震えた。
床に落ちた影が、ゆっくりと形を変える。
「ねえ、彼、元気? 最近インスタ更新してないよね」
その瞬間、影が一層濃くなった。
笑顔の下で、足もとの影から黒い霧のようなものがぶわっと流れ出し、2人を包み込む。
「ねぇ、このあいだみたいに、朝まで話そうよ。
ね? 悩みがあるなら聞かせて?」
唯は息を呑んだ。
背中をさすりながら笑顔でうきうきと話す女の子と対照に、座っている子の顔はみるみる青白くなっていく。影が肥えていく。
(……これ以上は、あかん)
唯は思わず立ち上がり、まっすぐ2人のもとへ駆け寄った。
「――お待たせ! 行こ!」
突然の声に、2人が同時に振り向く。
唯は"友達"に軽く笑いかけながら、座っている女の子の腕を取った。
「急いでるんよ、話の途中でごめんな」
ぽかんとしたまま立ち尽くす"友達"を置いて、
唯は女の子を廊下へ連れ出した。
ドアが閉まる瞬間、繋がっていた2人の影がぷつりと途切れた。
空気が、少しだけ軽くなる。
建物を出たところで、女の子が立ち止まる。
「……あの。あなた、誰…?一体なに…?」
唯は困ったように笑った。
「ごめんな。見てられんかって」
女の子の瞳が揺れる。
唯は少し間をおいて、静かに言う。
「足、重いんちゃう……?」
その子の唇が震え、ぽろりと涙が落ちた。
「……病院行っても何もないって言われて……
誰に言っても、信じてもらえなくて......」
唯はそっと手を伸ばして女の子の肩に手を置いた。
その瞬間お守りの甘い香りが漂う。
影が少し退いたのを見て、唯は覚悟を決めて話し出した。
「もしかしたら力になってあげられるかもしれん。
一緒に来てくれる?」
戸惑う女の子に唯は微笑んだ。
「こわないよ。キツネがおるだけや」




