76.どうにか
牢屋に入れられた後、檻外の空間にある机や椅子に腰かけて御者の男と話したりしている。ここからどういう手順なのかはわからない。それを確認し合っているのか、進めていると思われる。
とにかく、僕は脱出の方法を考えるためにも、そちらは切り離して没頭することにした。
――炎
出力を調整しながら、小さく高熱をイメージして炎を形成する。幸いにも、牢屋は明るく照らされている。凝視すればすぐにでもバレるだろうが、忙しいのだろう。こちらには見向きもしていない。
なぜ、炎を選んだかと言えばもちろん剣を想像したからだ。鍛冶屋は熱を使って硬い鉱石の形を自由自在に変えると聞く。なら、この枷の形も変えられるのではないだろうか。
・・・結論から言うと失敗であった。
原因は二つある。一つは熱を加えても壊せなかったこと。最大にして予想外だったのは・・・熱いことだ。単純な話、手枷は手の近く。つまり身体とほぼくっついている。熱を加えれば火傷する。自明の理であった。
――頭になかった・・・。
だ、大丈夫。問題はない。
さらに色々と考えた末。次に目を付けたのは、鍵穴である。どうやって枷を外してつけるのかを考えた時に、扉と似たような鍵穴を見つけた。なら、鍵を作ってしまえばいい。
まず、作ったのは水である。水だと回すだけの強度がないが、これは訓練である。水は自由自在に形を変えれるような印象がある。ネルも芸をするときは水をよく使っていたのだ。なので、鍵の形を水で練習するのだ。そして、土。もしくは、木やアダマンタイト。ミスリルなどで鍵を作っていく。
これはいけると確信を持てる。鍵の構造を知らなくても、最初のお試し水作戦がうまくいった。鍵の仕組みがなんとなく伝わってくる。
――よし、外せた!
達成感に包まれるのも束の間・・・枷をもう一度つけることにした。
枷を外すことに全神経を注いでいたが、そもそも現在位置は牢屋の中である。枷だけ外せても意味がない。さらに、今はこちらを見ていないとしても目の前には人がいるのだ。
――戦えばなんとかなる?
そんな思考も過るが、馬車でのボスの真摯な対応がちらつき、暴力を振るうことに忌避感がある。
――まぁ・・・夜こっそりと抜け出そう。
穏便な結論に落ち着く。
だが、どうやらそう簡単にはいかないようであった。先ほどまで、忙しなく動いていたのにこちらに向かって近づいてくる。食事だろうかと思っていると思わぬセリフが耳に届いた。
「どうやら、連絡がついたようだ。悪いがもう一度歩くことになる」
早すぎる・・・。牢屋に入れられてから、おそらく三時間も経っていない。だというのに、もう売られることになったらしい。
「話が違う...」
「悪いな。でも、早いに越したことはないだろ?」
遅い方がよかった。逃げられるかもだから・・・。
しかし、こうなってはどうしようか。現在、いつの間にか洞窟の住人が増えている。どうせ暴れて逃げるのであれば、人数が少ない時がいいだろう。今逃げるのであれば、最初に逃げておいた方がよかったことになってしまう。
――逆に・・・売られてからでいいのでは...?
どうだろう。良案なのではないだろうか。
買い手の想像ができないのが不安ではある。だが、見た目からして屈強そうな人もちらほらといるこの人達よりは、逃げやすいのではないだろうか。
――うん。そうしよう。
――逃げやすいタイミングがあれば、逃げてもいいしね。
逃げれると確信できる瞬間を待ちつつ、それが訪れなくても売られてから逃げればいいという心持ちで動くことにした。
無意識下でこの人と争いたくないという思いが芽生えている。だからこそ、なんとか戦わなくていい方法を考えてしまっているが、ユイトはそのことには気づかない。
入ってきた時と同じように今度は逆の道で洞窟を出て森を抜ける。もう一度馬車の後ろに乗り込むことになる。そして、同じように二人きりの空間になる。
「移動ばっかで悪いな」
本心から言っているのだろう。だが、この人の不思議な所は謝っているがやめようなどとは思っていなさそうな所である。
「いいよ...」
なんと返せばいいかわからなくて短い返事になった。そんなことを気にした様子もなく馬車は進み始めた。
ボスさんは少々疲れたのか、目を瞑って休んでいる。寝ているわけではないようであったが、邪魔するのもどうかと思い話しかけるようなことはしなかった。御者をしていた男のもうすぐ到着という知らせが届いたあたりで、目を開けて話しかけてきた。
「もうすぐ、お別れだな。達者で頑張ることだ」
「・・・言われなくても頑張るけど...。ボスさんはどうしてこういったことを続けてるの?」
「どうしてか?そりゃ、生きるためさ。当然だろ?」
「ボスさんなら、どこでだってやっていけそうだけど・・・」
物悲しげな表情になって否定する。
「買い被りだな。俺は知らないことが多い、他のやり方も詳しくは知らん。うまくいく保証もないからな。なら、一番手慣れた方法を選ぶ・・・ただの凡人さ」
そんなことを言っていた。気持ちはわからなくない。誰だって、慣れた手段の方が好ましく感じるのだろう。
「ほら、最後の到着だ。・・・行くとしよう」
まるで、売られるのが自分かのような重苦しい声色で降りて行った。僕もそれに続いて降りる。比較的軽い気持ちで―――




