6.ここから始まった
――怒られました。
――初めてクロイトさんに怒られました。
なにやら寮生活というのは昨日からだったらしく、そういった手続きも済ましてくれていたらしい。いざ、初めての寮へと僕を待ってくれていたそうだ。――たしかに、言ってました。
友人と学園を離れて行った所を見かけていたそうで、色んな場所に行ってから来るのだろうと遅くまで学園で待っていたが、さすがに遅くなりすぎ。すぐに家に帰ってみた所、僕がいた。たしかに怒ってはいたものの、大きな声ではなかったことに驚きつつも。すぐに謝った。
「ごめんなさい」
「忘れている可能性を考えていなかった私の落ち度もありますし、顔をあげてください」
優しかった。
「明日に備えて食べて眠ってください。明日は朝に寮に案内してから教室に行きましょう」
「はい」
そんなことがあり、今僕は、クロイトさんの横を並んで歩きながら自分の部屋に向かっています。
あの家でクロイトさんと一緒に住むのはダメではないものの、僕のためにならないらしい。学園の寮であればなにか問題が起きても大丈夫とのことだ。それに、生活のあれやこれやも覚えていける。利点としては十分なんだと思う。
――僕としては一緒の方が楽なのに
「さて、ここがあなたが今日から住む部屋ですよ。私は先に教室に行ってますね」
「はい」
クロイトが離れて行くのを見届けてから扉に目を向ける。取っ手を手で掴み扉を開けると、寝具、机、窓などの大きな物があることがわかる。ユイトよりも背が低い本棚もあるが、本自体は一つもない。
「思っていたより十分に広い」
ユイトが動き回っても、邪魔にならないだけの広さの部屋を前に呟きながら。
「あ、早く行かないと」
すぐさま、今来たばかりの扉に向かって駆け足で近寄り、扉を開ける。
クロイトの跡を追いかけるように走っていった。
教室についたら、他の生徒たちも揃っていることを確認しながら自分の席に座ると、また立つことになった。どうやら、初めての授業は魔法の基礎実習になるそうだ。トコトコとみんなで歩いてついた場所は、入学の時に使った広い空間。
「さっそく魔法について教えながら実際に見てもらいましょう」
「まず、魔法は攻撃魔法、治癒魔法、原初魔法に分けられます。攻撃魔法は知っている人も多い火や水や土など魔力が含まれた自然の物を作り出す魔法ですね。回復魔法は、かけた相手の魔力を使って身体の治療を行う魔法、原初魔法は魔力自体を使った魔法と覚えていれば大体あっています」
「攻撃魔法が基本で、回復や原初魔法は少し専門的になります。なので今回は攻撃魔法の授業となります」
話疲れたのか、ため息をついた後クロイトの手のひらに炎が現れた。
「こういったように詠唱などは必要ありませんが、心の中で想像し作りやすくするために、各々で名称を決めておくのもいいと思います。声に出して使う人もたくさんいますので皆さんのやり方におまかせします。では、色々とやってみてください」
人同士の距離を測りながら離れて行く。さて、やってみるとしようか。
――火
なにもでない。
「炎」
なにもでないな。やり方間違えてるのだろうか。
ネルやオウキに目を向ける。ネルは火を手のひらに出して微笑んでいた。――なんか怖いな
オウキは土みたいな石のようなのを手に持っていた。それを投げた。――投げるんだ
一際大きな光が目に入ったので、そちらを見ると。スイラス・ケカリスが手どころか腕に炎をまとっていた。――え、熱くない?炎に見えるだけで別の何かかな?それか、熱くないように調整してる?
よくわからないがすごいんだろう。スイラスの近くにいたルキがそちらに目を向けて驚いているのが見えるしね。
「少し苦戦してますか」
そう言いながら近づいてきたクロイト
「仕方ありませんよ。魔法を使ったことないでしょう?」
「はい」
「大丈夫です。すぐにできるようになります。見せてもらえませんか」
クロイトの目の前で手を広げて見せる。
――炎
でてこない。
「声に出してみてはどうですか?」
「さっきでてこなかったよ」
もう一度、手を広げながら
「火でてきて」
それでもでてこない。聞けばわかるかな。
「あぁ、言い忘れていましたね。申し訳ない。普段使わないような単語などを使ってみるのがおすすめです。普段使っている単語だと実際の火に引っ張られてしまうんですよ。魔法の火は似て非なる物ですから」
「どうして?言葉が違っても想像するのは同じなのに」
「慣れてくるとどちらでもいいので、たしか、頭の中でこれから使うのは自分自身が生み出す。偽物の火なんだ。と暗示をかけている。他にも、魔法を見たことがある人が同じ魔法を使う時に、あの人が言っていた言葉。魔法の火はこの単語で表す。そう解釈したのが広まって行き、人の体に染みついていった。などが有力な説だと聞きました」
「はぇ~」
言葉にならない言葉で返事をする。
要は、魔法で実際の火を想像しないように区別をつけてあげればうまくいくかもってことだ。
さっそく、手のひらを広げて想像する。ここまで来たら出してみたい。
念じる、熱い火、燃え盛る炎、スイラスさんが出していた炎より大きく...!!
――炎
手のひらから明るい灯が目に入る。――成功した。そう確信したのも束の間。炎は大きく燃え盛る。どこまでも大きく。
慌てて、周りにいた生徒たちが僕から離れて行くのが視界の端っこに映る。耳にクロイトの声が聞こえてくるが、それは僕の声にかき消される。
「どうやってーー!止めるんですかーー!!」
「想像するんだ!火が止まるイメージを!」
僕とクロイト、スイラス以外は入ってきた入り口に集まりこちらを見守っている。クロイトの周りには水のような膜を張っているのが見える。
――そうか、魔法なのだから自分の意志で止められるのか。
実際の火と魔法の区別が曖昧であり、止まるとは欠片も考えていなかったユイト。しかし、魔法の炎を自身の想像でどうにかなることを知ると、ぴたりとまるで元からなかったかのように。
――止まった。
「大丈夫でしたか!?自分の魔法でも火傷しますよ!」
「大丈夫そうです」
そうだったのか。だったらなんでスイラスさんは火傷した様子がないのだろう。僕の炎に少し当たってなかった?というより、触りに行ってなかった?
スイラスがドタドタと近づいてくる。
「大きな魔法は周囲に人がいるのに使ったらだめでしょう!」
「ごめんなさい」
クロイトとスイラス両方に向かって頭を少し下げる。
「しかしながら、あんなに大きな火を私は初めて見ました。先生はどう考えますか?」
「あそこまで大きなのは初めて見ましたね。理論上できなくはないとは思いますが、体内魔力が足りなくなる可能性が...ユイトさんは...大丈夫そうですね。魔力量が大きいのか...もしくは...」
などと、色々と考えてくれているのだが、僕の不注意でした。
そのあとに、ゆっくりとネルーロ達入り口に集まっていた人も近づいてくる。
「大丈夫かな?」
「大丈夫なの?」
ネルとルキが同時に聞いてくる。
「大丈夫だよ。僕のせいでごめんなさい」
「それこそ大丈夫だよ」
「そうね。気にしなくていいわ」
「ありがとう」
二人と話をしているうちにクロイトとスイラスの会話も終わったようだ。
「まだ時間はあります。皆さんゆっくりと色々と試してみてください。それと、私は、ユイトさんと一緒にいますので、なにか質問があれば来てください。些細なことでも構いませんよ」
「「「「はーい」」」」
みんなまた離れて行く。危険だと思われてないよね。
どうやら付きっ切りで教えてくれることになったらしい。危ないからね。そうだよね。
「大丈夫ですよ。慣れですから。火以外も色々とやっていきましょう」
授業が終わった。最終的に僕は色んな魔法を出すことに成功した。水や土はもちろん。木なども出せた。ただ、クロイトさんと二人になった後に話されたことはいまいちわかっていない。
「ユイトさんの特異が関係している可能性が高いとみています。人の魔力総量を測れる物は貴重でこの学園にもありませんから確証はないのですが、あの大きさの火を放つのではなくより大きくなり続けたのはさすがに魔力が持たないはずです。魔力が全てなくなると酔ってしまうのですが、その様子もありませんでしたし、まだ、余裕があったのでしょう。となると、特異な力使ったのではないかとなにか使用した感覚などありますか?」
「いえ、なかった...です」
クロイトは考える。――恐ろしい。と、力がではなくなんの感覚もなく特異を使い、感情を無くしてしまうユイトの精神状態の異常さが。
だからこそだろう、調べなければならない。制御できるかできないかに関わらず。知らなければ。
「そうですか。であれば、色々と試していきましょう。これから」
「はい」