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第9話 不思議な感覚

 誠司が島田に呼び出され、そのあと一ノ宮綾乃とのイベントが起こったのと同じ時間帯。

 男子生徒に呼び出されたひかりは、ホテルの階段の踊り場で、深々と頭を下げていた。


「ごめんなさい」


 修学旅行に入って、告白されるのはこれで二度目だ。

 ひかりがきちんとお断りすると、恋に破れた別のクラスの男子は、やや肩を落としながら戻っていった。


「ふう」


 ひかりは小さなため息をつく。


「好きになるってどういうことなのかな」


 誰もいないホテルの階段を上がりながら、ひかりはそう呟いた。

 あまり考えないようにしていたけれど、ひかりは恋愛について時々こうゆう風に、思いを巡らせるようになっていた。

 高校生になってから、ひかりはもう何度も告白されていた。でもその殆どの男子が、お断りしてそれほど経たないうちに他の女子に告白したり、付き合いだしたりしていた。

 恋とはそんなものなのだろうか。

 ひかりはどうしても考えてしまう。

 特に心に決めた人がいるわけでは無い。

 でも本当に好きになれる人としか恋人なんかになれない。そして本当に好きな人に自分を好きになってもらいたい。そうひかりはいつも思っていた。


 部屋へと戻ろうとしたときに、ひかりは突然後ろから声を掛けられた。

 聞き覚えのある声。でもあまり振り返りたくない声でもあった。


「ひかり、ここにいたのか」


 ひかりと呼び捨てにするのは、この少年が幼馴染だからだ。

 梶原俊かじわらしゅん。ひかりの家の比較的近所に住む彼は、小学生の時によく遊んだグループにいた遊び仲間の一人だった。

 中学に入ってから何度か告白されて、その度に断っていたので、ひかりにとって少しやり辛い相手だった。


「さっきのやつ、もしかして告ってきたのか?」


 遠慮のない梶原の質問に、ひかりは少し眉をひそめる。


「そんなこと、他人に話していいことじゃないわ」

「冷たいな。それでひかりは、あいつになんて返事したんだ? 勿論断ったんだろ?」


 バスケ部のエースで女子の友人に不自由していない梶原俊は、特定の付き合っている相手がいるにも拘らず、ひかりのプライベートな部分に事ある毎に介入してくる。

 どうして恋人がいるのに、そんなことが出来るのか、平気で余所見をするこの少年に、ひかりはどうしても不快感を覚えてしまう。


「言ったでしょ。人に話すようなことじゃないの」

「フッてやったんだろ。いい気味だ。身の程知らずが」


 ひかりは少し唇を噛んで、スタスタと少年を置いて歩き出した。


「なあ、ちょっと待ってくれよ。俺もひかりと話がしたくってさ」

「ごめんなさい。部屋で友達が待ってるの」

「そう言うなよ」


 後ろから肩を掴まれて、ひかりは振り返った。そして、そのまま少年の体を突き飛ばした。

 かなり強く突き飛ばされたのに、上背のある少年は少しふらついただけだった。


「なんだよひでえな。昔はよく肩ぐらい触ったりしただろ」

「小学校の時の鬼ごっこでしょ。いい加減にして」

「なあひかり、そろそろ俺のこと……」


 そこへあの能天気な声が廊下に響いた。


「ひかりー、何してんの?」

「くそっ、またあいつか」


 小さく毒づいて、梶原俊はバタバタと走って来た橘楓たちばなかえでに、あからさまな愛想笑いをして見せる。

 楓は意図しているのかそうでないのか、良く分からない感じでひかりの横に並ぶ。


「なあに? ひょっとしてお取込み中だった?」

「いや、まあ、そんなとこかな……」


 いきなり現れたお邪魔虫にまだ何か言いかけた時、ひかりが楓の腕をパッと取った。


「丁度良かった。今から部屋に戻るとこだったんだ。じゃあね、俊」

「あ、ああ、じゃあまたな」


 未練がましい少年に、楓が捨て台詞を残して手を振る。


「じゃあねー」


 口惜し気な少年を残して、二人はその場をあとにした。

 ひかりの横で楓は爽快な顔でニヤつく。


「えへへ、ごめん、何だかちょっと邪魔しちゃった?」

「ううん、ナイスタイミングだったわ。実はちょっと困ってたところだったの」


 ひかりは楓の腕に自分の腕を絡めた。ちょっとしたスキンシップに楓の顔がほころぶ。


「ひかりのピンチには、私は何時だって駆け付けるんだから」

「ホントだね。ちょっとカッコ良かったよ」


 持ち上げられて、楓の頬が少し紅くなる。


「ねえひかり、ちょっと庭園を散歩しない?」

「いいよ。あと三十分ほど自由時間だし」


 少し気分転換したかったひかりは、楓の誘いを歓迎したのだった。


 今夜はほぼ満月だった。

 池に映る真円に近い月を眺めながら、ひかりは庭園を歩く。

 楓は風情などお構いなしに、もう忘れてしまいたい話題を掘り起こしてきた。


「梶原俊かー、もう何回目なの?」

「んー、そうね……」


 ため息混じりに、ひかりは目を瞑り、指を折っていく。しかし途中で数えるのをやめてしまった。


「まあいいじゃない。あ、紅葉のライトアップすごい綺麗」


 ひかりは庭園の池のほとりに幾つかライトアップされてある紅葉の樹の一本を指さした。


「ホントだ」


 楓も水面に映り込む紅葉の美しさに、ほんの少し見とれる。


「ねえ、あそこまで行ってみようよ」

「うん」


 楓に手を引かれて、ひかりも歩きにくい下駄を鳴らしてついて行く。女性用の下駄は男性用のそれと比べて少しは歩きやすそうだったが、馴染みのない硬い足裏の感触に、まだひかりは戸惑いを覚えていた。

 紅葉の下まで来た二人は、ライトアップされた紅い葉を見上げる。そして二人とも、ちょっと残念そうな顔をした。


「ちょっと離れて観た方がいいみたい」

「そうだね。池に映り込んでた方が綺麗だったよね」


 そしてそこにあったベンチに座って、ひかりは煌々と夜空に浮かぶ白い月を見上げた。


「修学旅行、もう半分終わっちゃったね」

「そうだね。でも明日ももう一泊あるし、まだまだ楽しみは続くよ」

「うん。楓の言うとおりだね」


 共感したひかりに、楓は思い出したようにちょっとした不満を口にした。


「あー、この修学旅行中に私のとこにも、ひかりみたいに告りに来ないかなー」

「え? 気になってる人いるの?」

「へへへ、まあそんなのはいないけどさ、そんで、ひかりはどうなの? しょっちゅう告られてるのに断ってばかりでさ。私だったら熱烈に告白されたら付き合うかどうか悩んじゃいそうだけど」

「みんなそんな感じなのかな……」


 憂いを含んだような表情を見せたひかりに、楓はまたさっきの話を蒸し返した。


「まあ、ひかりにつり合う男子なんかいないけどさ。ねえ、梶原はあんな感じだけど、背は高いしイケメンだし、同じ学年ならかなりカッコいい方じゃん。もし今の彼女と別れて、真剣に告って来たりしたらひかりどうする?」


 楓の問いかけに、ひかりはそれほど間を置かず、ニコリと笑顔を浮かべてこたえた。


「あの子は違うの」

「違うって?」

「こんなこと言ったら、また楓に笑われるかもしれないけど、私ね、俊は違うって分かるの。私の運命の人はこの人じゃないって。私の探し求めている人はきっとどこかにいて、その人も私を探してくれている。そんな気がするの」

「あちゃー、久しぶりに聞いたわ。ひかりの運命の人説。中学の時言ってたけど、まだ信じてたんだね」

「いいでしょ。ほっといてよ」


 プッと膨れて見せたひかりに、楓はご馳走にありついたような表情になる。


「もう可愛いんだから。ひかりー」

「ちょっと、べたべたしないで。もう、スリスリしないで」


 いきなり抱きついてきた楓を、ひかりは引き剥がそうとするが、こうなると楓は気が済むまでスリスリし続けるのだ。


「もう、楓ったら」


 呆れながらも、諦めて抱擁に身を任せるひかりに、楓はひと言謝った。


「ごめんね、茶化しちゃって」


 こすり付けていた頬を放して、楓はひかりの顔をちょっと真面目な顔でじっと見つめる。


「でも、本当にいるかも知れないね、運命の人。もしかしたらもう近くにいて、ひかりのこと、見つけているかも知れないね」

「……」


 ひかりはその言葉に何も返すことが出来なかった。

 突然フワリと吹き抜けた風がひかりの長い髪を揺らす。

 ライトアップされた紅葉の枝から、はらりと舞った葉の一枚が、ベンチに座るひかりの膝の上に音も無く落ちてきた。


「きれい」


 子供の掌のような紅葉の葉を手に取って、ひかりはそう言った。


「あれ?」


 かざした紅い葉の向こう。誰もいないと思っていた池の対岸に、人影があるのにひかりは気付いた。

 ライトアップ用の照明で、辛うじて判別できるその横顔は、よく見知っているクラスメートの男の子だった。


「高木君?」


 隣にいる友人に気付かれない程の声でそう呟いたひかりは、知らず知らずのうちに、少年をじっと見つめていた。


「どうしたの、ひかり?」

「えっ、な、なんでもないよ」


 楓の声にハッとなったひかりは、少年を目にしたときに感じた不思議な感覚に、戸惑いを覚えたのだった。

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