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第7話 学友の包囲網

 私立姫百合女学園は自主的に規律を重んじる校風だ。

 従って修学旅行先のホテルと言えども、寄宿舎で生活している時と変わらず、姫百合女学園の生徒に相応しい振る舞いを女生徒の誰もが心掛けていた。

 金閣寺からバスでホテルへと戻ってきた綾乃は、予め決めてある予定表に従い、クラスメートと共に、大浴場で一日の疲れを癒していた。


「あー、いい湯だねえー」


 燈子が顎まで湯に浸かりながら、しみじみとそう言った。

 今日一日班行動を共にした綾乃も、燈子と同じ湯に浸かり、広い浴槽で脚を延ばす。

 それにしても、たった一日のうちに色々あった日だった。

 ふと浮かんで来てしまうあの少年の面影に、綾乃は深いため息をつく。


「綾乃、凄いじゃん、金閣寺でも彼に会っちゃったね」


 燈子がポロリと言った発言に、同じ浴槽で脚を伸ばしていた周りのクラスメートが過剰な反応を示した。


「なに? 彼ってどうゆうこと?」

「え? ひょっとして、みたらし団子屋であったあの男の子?」

「金閣寺でも会ったの? 二人の間に何かあったってこと?」


 普段女子校はこういった恋バナが極端に少ない。

 お腹を空かせた女子たちの中に、美味しい餌をポンと置いたみたいな感じになってしまった。

 クラスメートにあっという間に取り囲まれた綾乃は、顔を真っ赤にして取り繕おうとした。


「待って待って待って。そうゆうのじゃないの。ほら、あれよ。修学旅行のコースなんてどこも似たり寄ったりでしょう。たまたまコースが一緒だっただけなの。ホントなんでもないから」


 なんでもないと言いつつアタフタしている綾乃を、その場にいた全員の疑いの眼差しが包囲する。


「で、その彼ってイケメンなの?」


 あの時その場にいなかったクラスメートが、ズバリ切り込んだ質問をしてきた。


「えっと、それは……」


 綾乃が躊躇っていると、一緒に現場にいた連中が、口々に少年の印象を語り出した。


「なんか大人しそうな人だった」

「ちょっと可愛い感じで、母性本能をくすぐるタイプだったよね」

「でも、何だかあっという間に、チンピラを撃退してなかった?」

「そうそう、滅茶苦茶強かった。ていうか、何してるのかさっぱりわからなかった」


 目撃証言が出きったあと、一番食いついてきたクラスメートが最後に纏めた。


「つまり、要約すると、可愛い感じのイケメンで、ヒーローっぽいってこと?」


 あながち的外れでもない少年像を、綾乃は頭の中に描いていた。


「そんな感じ……かも」


 蚊の鳴くような声で言った綾乃は、そのあとクラスメートに揉みくちゃにされた。



 夕食を終えて、部屋へと戻ろうとしていた誠司は、担任の島田に呼び止められた。


「高木、ちょっと付き合え」


 そのまま島田についてロビーへ降りると、人目を避けるようにして、島田はまっすぐロビー横のカフェに入って行った。

 誠司は怪訝そうな顔で島田について店内に入った。


「コーヒーでいいか?」

「いいですけど、いったい何なんですか?」


 いつになく真面目な顔をする島田に、誠司は首を傾げる。

 運ばれてきたホットコーヒーを一口飲んで、島田は本題を切りだした。


「おまえ今日、チンピラの相手をしただろ」


 誠司は口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。


「ど、どうしてそれを」

「見られてたんだよ。そこそこ野次馬が出来てたそうじゃないか」


 班の連中を口止めしておいただけでは十分ではなかった。遠目に人だかりが出来ていたので、そこから教師の耳に入ったのだ。


「ま、お前のことだから、余程の事情があってのことだろうが、ここで詳しく事情を説明しろ」


 誠司はそこであったことを包み隠すことなく島田に話しておいた。

 誠司の話を聞き終えた島田は、納得した様で、やっと表情を緩めた。


「そうか、よくやったな。その女生徒たちも事件に巻き込まれずに済んで良かったよ」

「ええ、本当に」


 島田は足を組みなおして、コーヒーカップに残った液体を飲み干した。


「まあ、これでお前のことは一件落着したけど……」

「したけど?」


 奥歯にものが挟まったような島田の口ぶりに、誠司が首を傾げる。


「いやな、ああいった連中がいるってことで、教師の間でちょっとばかり話が大きくなってな。これから会議して決めるが、多分明日から班の編成を見直すと思う」

「うわー、俺のせいですよね」

「ま、そうかも知れんけど気にするな。お前はいい行いをしたんだ。胸を張っていけ」


 カフェを出ると、島田はさっさと行ってしまった。これから先ほど話していた会議に出なければいけないのだろう。

 やむを得なかったとはいえ、自分の行動で周りに面倒をかけてしまったことに、誠司の気分は少し滅入ってしまっていた。

 部屋へ戻ろうと、誠司はボタンを押してエレベーターを待つ。

 チン、と音がしてエレベーターの戸が開くと、満杯の女子集団と鉢合わせになった。

 基本的に誠司は女子に免疫がない。

 降りてこようとする女の子たちにサッと道を開けて、誠司は目を逸らす。


「あっ!」


 驚いたような声に、誠司が顔を上げてみると……。


「高木さん」

「え?」


 浴衣姿で後ろに髪を束ねていた少女が、いきなり自分の名を呼んだ。


「あの、私です。今日助けていただいた一ノ宮です」

「え? 一ノ宮さん?」


 名乗られてやっと気が付いた。服装と髪型で女の子の印象というものは大きく変わるものだと、誠司は思い知った。

 そうしているうちに、乗り込もうと思っていたエレベーターのドアが閉まっていった。

 浴衣姿の少女たちの視線が痛い。誠司は何か言わないとと必死で言葉を探した。


「あ、奇遇ですね。まあ同じホテルだし、そりゃ会うか……」

「え? 同じホテルって知ってたんですか?」


 あれ、いま俺、ちょっと気持ち悪いこと言った?


「いやいやいや、制服がね、その、目立ってて、ああ、一緒なんだなーって……」

「そうだったんですか。私、全然気付いてませんでした」

「うん。うちの男子の制服、滅茶苦茶地味だから……」


 誠司は再会した少女と話をしている間、一緒にエレベーターから降りてきた女子たちからの突き刺さるような視線をずっと感じていた。


「綾乃、私たちにも彼のこと、紹介して頂けないかしら」


 背筋のスッと伸びた眼鏡を掛けた女の子が、少女たちを代表して綾乃を促す。

 綾乃はあたふたしながら、簡単に誠司を紹介した。


「えっ、その……こちら、今日ちょっとお知り合いになった高木さんです……」

「そう。高木さん、私たち、綾乃の学友ですの。お二人で募る話もありますでしょうし、私達はこれにて失礼いたしますわ。そうそう綾乃、就寝前にミーティングを行いますので必ず参加するように」


 フフフと謎の笑いを口元に浮かべて、女子の一団は綾乃を残して行ってしまった。

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