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第5話 きっかけは行列

 産寧坂を歩いている間、誠司たちは何度もシャッターを押してくれと道行く人たちに頼まれた。お返しにこちらも写真を一枚撮ってもらったが、男ばっかりの集合写真はさぞかし味気ないものだろうと想像できた。

 誠司はポケットに入れてあるデジカメの硬い感触に触れながら、意中の少女のことを考える。


 この修学旅行中に、一枚でもあの子の写真を撮れないかな。


 勿論、写真を撮らせてくださいというそんな勇気は持ち合わせてはいない。

 何枚も写真を撮っているうちに、その中に写り込んだりとか、そう言った感じのものを期待していたのだ。

 今頃どの辺りを周っているのだろう。

 そんなことを考えながら、ちょっとおしゃれな感じのお土産物屋さんに立ち寄った。


「なんか女が喜びそうな店だな」


 店内に入った勇磨は、京都らしい雅な店内で、あまり興味も無さそうに小物を手に取った。


「なんだ誠ちゃん? ここでなんか買おうってのか?」

「ああ、ちょっとな」

「どう見ても、女向けだけど、お前まさか……」


 親友の動向が気になったのか、勇磨は誠司の顔を疑り深い目でじっと見つめた。


「は? なんだよ。千恵ちゃんにだよ。おまえもお土産くらい買って帰ってやれよ」


 千恵ちゃんと言うのは、勇磨の妹のことで、一人っ子の誠司は千恵のことを自分の妹のように可愛がっていた。


「え? 千恵にはお菓子でも買って帰ってやるつもりだけど」

「あのなあ、千恵ちゃんだって女の子なんだ。ちょっと可愛い小物とかのほうがいいんじゃないか?」

「は? あいつまだ小学生だぜ。こんなもんに興味ないって」

「そう思ってるのはお前だけだよ」


 そう言いつつも、普段から女性関係に無縁な誠司も、勇磨とたいして変わり映えしなかった。

 結局何がいいのか決められないまま、時間だけを浪費して店を出た。

 店を出てまた少し歩くと、行列の出来ている店に出くわした。


「おお、なんか並んでるぞ。みたらし団子だって。なあ、食ってこーぜ」


 皆の同意を待たず、勇磨は列の最後尾にサササと並んだ。

 完全にお前のペースじゃないか。そう思いつつ、誠司も列に並ぶ。


「あんまし時間無いんだからな。この店で最後だぞ」

「ちょっとくらい遅れても大丈夫だって」

「馬鹿。駄目に決まってるだろ」


 勇磨を窘めると、今度は盛りのついた久保が手を挙げた。


「おーい高木、ちょっと抜けていいか? あっちの店覗きに行きたいんだけど」


 久保が指さす方向を見ると、女子高生の一団が一塊になってアクセサリーを物色していた。


「駄目だ。じっとしてろ」

「チッ」


 こいつらは計画性が欠落している。自分がしっかりしないと、この二つの班に捜索願が出されるに違いない。

 女の尻を追いかける久保と、食い物の匂いを追いかける勇磨。二人とも後ろからぶん殴ってやりたい衝動に誠司は駆られていた。


「おや?」


 ゆっくりと流れていく行列に並んでいると、あまり感じの良くなさそうな私服姿の三人組が、前の方で並んでいる列に近付いていくのに誠司は気が付いた。


 嫌な感じだな……。


 誠司はそのまま三人組を目で追いかける。


「なあ、君ら、どっから来たん?」


 何かしら嫌な雰囲気に、少し首を伸ばして様子を見ると、どうやら修学旅行生に声を掛けているみたいだった。

 関西弁を話している感じだ。恐らく三人は地元の連中のなのだろう。


「なあ、シカトせんでもええやろ。俺ら地元やし、色々案内したるで」


 話しかけられている女の子の声は聴こえ辛かった。だが、明らかに困っている様子を感じ、誠司は列から出て足を踏み出した。


「おいそこのてめー、割り込んでんじゃねえよ!」


 大声で一喝したのは誠司ではなく勇磨だった。

 どうやら横入りされたと勘違いして、キレたみたいだ。


「食いたきゃ後ろに並べってんだ! まったく図々しい奴らだ」


 まるで的を射てはいなかったが、三人組みの意識は女子高生から怒声を浴びせた勇磨に方向転換した。


「今、なんかほざいてたんはお前か?」


 三人組みのリーダーらしき茶髪の男が、こちらにつかつかと向かって来た。

 久保を筆頭に、背後にいた班の連中は小便をちびりそうなくらい震えあがっている。

 勇磨は睨みつけてきた茶髪の男を、さらに鋭い目で睨みつける。


「は? 文句あんのか?」


 高校生だと思って見くびっていたのだろう。いかにも手の早そうな勇磨の迫力に、男は僅かにたじろいだ。

 それでも三人いるからであろう。数の優位で男は息を吹き返し、さらに威圧的な口調で食って掛かって来た。


「クソガキが、高校生のくせに生意気な奴や。何ならここでシメたろうか」

「いいぜ。やってみろよ。おっさん」


 三人は完全に勇磨の挑発に乗った。リーダー格の男が手を出そうとしたのをすかさず誠司は制止した。


「よせ。こんなところで喧嘩する気か」


 修学旅行中に問題を起こすわけにはいかない。もし警察沙汰にでもなったら、観光どころではなくなる。

 この場を収めようとした誠司の制服の胸ぐらを、茶髪の男は掴んできた。

 いかつい坊主頭よりもチョロそうだ。そう目測を誤ったに違いない。

 誠司は胸ぐらをつかまれた状態のまま、相手の手に自分の手を被せて軽く体を揺すった。


「い、いたたたた!」


 遠巻きに見ていた見物人には何が起こったのかまるで理解できなかったであろう。

 誠司は一瞬で手首関節を極めていたのだった。

 無理に動けばさらに手首が極まっていく緻密な関節技に、相手の男はその場で膝をついた。

 膝をついた男は一見華奢な少年を見あげて、その顔に畏れの表情を浮かべた。

 この大勢の中で唯一何が起こっているのかを知っている勇磨が、いたずらっ子が浮かべるような笑いを口元に浮かべて傍観している。


「馬鹿な奴だ。よりにもよって誠ちゃんに手を出すとは」


 皮肉のこもった哀れみの言葉を、苦痛に顔を歪める男に吐いて、勇磨は誠司の肩に手を置いた。


「どうする? 誠ちゃん。三人とも片付けるか?」

「いや、それはしたくないな。なあ、あんたたち、まだやるつもりか? ここで引き下がるのなら、この手を放してもいいけど」


 苦痛に顔を歪めて膝をついていた男は即答した。


「もうやらねえ。やらねえから、この手を放してくれ」

「本当だな?」

「信用してくれ。な、頼む……」


 額から脂汗を滴らせながら、男は必死で懇願する。ある種の苦痛には、大概の人間は逆らうことが出来ないものなのだ。


「わかった。行っていい。でも、こういったことは今回限りにしろ。観光に来ている人達を不快にするな」

「わかった。すまなかった」


 極められていた手首を開放してもらえて、男は二人を引き連れて逃げるように去っていった。

 誠司は皺になってしまった制服の胸元を手でパンパンとはらった。


「ホント、マナーの悪い奴らだぜ。ちょっと待ってりゃ、ありつけるってのに」


 最後まで思い違いをしている様子の勇磨に、誠司は笑いを嚙み殺す。

 そして、みたらし団子は、並んだ甲斐のあるほどに絶品だった。


「あのー」


 店内の席について、団子を口に頬張っていた時に、誠司は後ろの席から声を掛けられた。振り返ってみると、さっき、外国人に話しかけられて困っていた時に、助けてくれた女の子だった。

 ベージュの制服を着たさっきの女の子の他に、あと四人程同じ制服の女の子がお茶を飲んでいた。

 誠司はすかさず席を立って一礼すると、もう一度お礼を言っておいた。


「さっきは助かりました。えっと、奇遇ですね」


 誠司はちょっと変なことを考えてしまった。もしかしたら後をつけてきたと思われていないだろうか。

 チラと、振り返って班のメンバーに目をやると、勇磨意外、揃いも揃って飢えた狼のような目を少女たちに向けていた。


 駄目だ。キモイ奴ら決定だ。そして俺はキモイ奴らの班長だ。


「じゃあ、そゆことで」


 そそくさと戻ろうとした誠司を、少女の品のある声が追いかけてきた。


「あの、お礼を言わせてもらえませんか?」

「え?」


 誠司が振り返ると、少女たち全員が「ありがとうございました」と声を揃えてぺこりと頭を下げた。

 誠司はどうゆうことなのか分らず、同じく状況を把握できていない勇磨と顔を見合わせる。


「えっと、お礼を言われることなんて何も……」

「さっきの人たちのことです」


 そう言われてやっと思い当たった。よく見えていなかったが、絡まれていたのはどうやらこの子たちだったらしい。


「ああ、いいんですよ。ホント困ったやつらでしたね」

「ホントだぜ、意地汚い連中だった。順番くらい守れっての」


 まだ勘違いしている。お前ズレてるぞ。早く気付け。


「あの、私、東京の姫百合ひめゆり女学園高等部二年の、一ノ宮綾乃(いちのみやあやの)と申します。差し支えなければ、お名前お聞かせ願えないでしょうか」

「神奈川県立F高校、二年の高木誠司です。どうぞよろしく」

「こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 ポッと頬をほんのりと赤く染めた少女は、少年の顔を直視できない様で、そのまま下を向いてしまった。

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