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第3話 お風呂場にて

 お風呂の順番が回ってきて、脱衣所で着替えをしていたひかりは、どこからともなく突き刺さって来る視線を肌で感じて、ブラのホックを外そうとしていた指を止めた。

 周囲を見回すと、その場で着替えをしていたクラスメート全員が手を止めて、ひかりに注目していた。


「えっ? み、みんなどうしたの?」


 ひかりは胸元を腕で隠しながら戸惑い、やや頬を赤らめる。


「いや、その、少女漫画のヒロインってどんなのかなーって、ねー」

「そうそう、うちら、別に女の子が好きとかそんなんじゃないんだけど、この機会に拝んどこうかなーって」


 そこへ、あのウサミミこと宇佐見美鈴が、バスタオル片手に割って入った。


「ちょっと待ちなさい!」


 バッとバスタオルを広げて、美鈴はひかりをクラスメートの視線から遮断する。


「時任さんは見せものじゃありません。皆さん、ちゃんと節度を守りましょう。ささ、時任さん、私がこうして見張ってますから、安心して着替えの続きをして下さい」


 見張っていると言いつつ、美鈴の顔はひかりの方を向いている。

 妙に鼻息が荒い。美鈴の目の奥に宿る異様な光に、ひかりはさっきよりも身の危険を感じてしまっていた。


「ちょっとまてーい!」


 威勢のいい声と同時に、ガラリと浴槽のガラス戸が開いて、湯気を全身から立ち昇らせた全裸の少女がつかつかと二人に近付いてきた。

 全身真っ赤なその少女は、そのまま美鈴の体を突き飛ばすと、バッと大きく手を広げてひかりの前に立ちはだかった。


「かえで? どうしてここに?」


 ひかりは呆気にとられた顔で、親友の背中を見つめる。

 橘楓たちばなかえで。ひかりの中学時代からの親友で、同じ幅跳びをやっている選手だ。

 タイプは違えども、いつも一緒にいる二人は、とにかく仲が良く、宇佐見美鈴にとって楓は目の上のタンコブみたいなものだった。


「フフフ、私はひかりのピンチには必ず駆けつけるのよ」


 全く状況の説明になっていない。

 クラスの違う楓がここにいるはずがないのだ。


「なんであんたがここにいんのよ!」


 拳を握りしめ、歯をギリギリと鳴らしながら、美鈴はいきなり登場した橘楓を睨みつけた。


「フフフ、聞きたい?」


 勿体ぶった楓の口調に、そこにいた全員が一体どうゆうことなのかと注目した。

 ひかりはあまりにも堂々とした素っ裸の楓に、自分のバスタオルをかけてやる。


「実はクラス全員がお風呂から上がって、クラス委員が最後の確認をしたときに……」

「したときに……?」


 ひかりがごくりと生唾を呑み込んだ。

 楓はひかりを振り返って、パチリとウインクしてみせた。


「バレないよう、湯船の中で潜ってやり過ごしたのよ。ずいぶん長い間息を止めてたから、ホントのぼせそうになったわ」

「なにやってんのよ!」


 これにはさすがにひかりも呆れた。

 体が真っ赤なのは潜っていたせいだと合点がいった。

 神出鬼没なのには慣れていたが、どう考えてもやり過ぎだった。


「駄目じゃない。きっとみんな楓がいなくなったって心配してるよ」

「ああ、ダイジョウブ、ダイジョウブ。グループのみんなにはちゃーんと断っておいたから」


 軽く返してきた楓に、ひかりは額に手を当てて顔をしかめた。


「どうしてみんな止めてくれないかなー」


 今に始まったことではないが、修学旅行初日にして楓は早速暴走していた。


「いいから早く服を着て部屋へ戻りなさい。なんだか茹だっちゃって真っ赤だよ」

「こんなの平気だって。ね、ひかり、背中流してあげよーか」

「いいよ。恥ずかしいじゃない」

「なに照れてんのよ。私とひかりの仲じゃない」


 全く出て行こうとする気配のない楓に、美鈴はこめかみに青筋を立てて怒りを爆発させた。


「たちばなー! 今すぐ出てけ!」 

「ヤダね。ウサミミ、あんたの思いどおりにはさせないよ」


 二人の間に火花が散った。

 そうとしか表現できそうにないおかしな雰囲気に、ひかりは下着姿のまま、困った顔で立ち尽くす。


「そろそろお風呂、入りたいな……」


 ひかりの切実な願いは、全く二人の耳には届いていなかった。



 温泉なんて何年ぶりだろうか。


 長い間心臓病を患っていた母と最後に行った家族旅行は、誠司がまだ小学生だった頃だ。

 二年前に母親が無くなり、父と二人暮らしになってからも旅行などというものには縁遠い毎日を送ってきた。

 慌ただしい時間制の浴場を出たあと、誠司はそんなことを考えながら、誰もが利用できる休憩所の椅子に腰かけ、火照った体を落ち着かせていた。

 

「この後は夕食か……」


 どうゆう訳か班長の役目を仰せつかった誠司は、壁に掛けられた時計を見上げて時間を確認する。

 けっこう几帳面な性格の誠司は、班行動を任されたことに対するストレスをけっこう感じており、そのことが余計に手放しで修学旅行を楽しめなくさせていた。

 まだあと四十分程度、夕食までには時間がある。部屋に戻ってもいいが、どうせ班の連中は女子の話で盛り上がってるに違いない。


「のど乾いたな」


 休憩所に備え付けられてあるウオーターサーバーで、誠司は喉を潤す。

 紙コップの冷たい水を飲み干して、ふと目を向けた先の光景に、誠司の呼吸は止まった。


 と、時任さん。


 毛先の濡れた長い黒髪。

 女湯の暖簾を片手でかき上げて通路に現れた浴衣姿の少女に、一瞬で惹き込まれた。


 か、可愛い……。


 そして誠司はハッとなる。あまりじろじろ見ないよう気をつけていたことを完全に忘れてしまっていた。

 湯上りの火照った数人の女子たちと並んで楽し気にお喋りしながら、意中の少女がこちらへと歩いて来る。

 誠司は慌てて視線を逸らし、ウオーターサーバーからもう一杯、紙コップに冷水を注いだ。


 落ち着け。落ち着くんだ高木誠司。彼女とはいつも教室で顔を合わせているだろ。いつもと一緒だ……ただ湯上りで浴衣姿なだけじゃないか……。


 必至に平常心を保とうとする誠司だったが、その湯上りの浴衣姿に完全に悩殺されていた。

 さっき飲んだばかりなのに、どうしようもない喉の渇きを覚えて、なみなみと注いだ紙コップの冷水を、誠司はグッとあおった。


「あ、ウオーターサーバーあるよ」

「うちらも飲んでいこーよ。あ、高木君ちょっとごめんねー」

 

 誠司は慌てて女子たちに場所を空けてやる。

 そして、前を通り掛かったひかりと、ほんの少しだけ目が合った。


 ドクン。


 心臓の音がはっきりと聴こえた。

 それから誠司は、足早にスリッパを鳴らして、その場をあとにした。

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