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第2話 古都京都

 新幹線を下りると、いきなり聞きなれない方言を話す人たちと出くわした。

 誰もが知っていることだが、京都は修学旅行のメッカだ。

 この時期、日本各地から見知らぬ学生服を着た高校生たちが、大勢この古き都へと集まって来る。

 自分たちもここに訪れた数多くある高校の一校で、他の修学旅行生からすれば、少しは珍しく見えたりするのかも知れない。

 誠司は通り過ぎて行った見知らぬ制服の生徒たちを目で追いつつ、そんなことを考えていた。


「外人多いな」


 一緒に移動中のクラスメートが、行き交う人々に目を向けてそう言った。

 修学旅行中の他校の高校生たちに気を取られていたが、確かに外国人の姿が目立っている。

 西洋人のように判別はつきにくいが、東洋人の外国人観光客も大勢いそうで、それらを合わせると、ここにいる外国人たちだけでもかなりの数になるだろう。

 日本の伝統文化を味わおうと訪れた人たちのお陰で、多国籍な雰囲気をいきなり味わうというのは皮肉なものだ。

 きっと明日からもこういった人ゴミに揉まれて京都を巡るに違いない。

 三泊四日の修学旅行。このあと昼食を摂って、最初の目的地、京都御所を観光する。そのあとはバスに乗ってホテルへと移動するだけだった。



 修学旅行最初の観光場所、京都御所に到着すると、待機していた現地ガイドの案内で、すみやかに定番コースの散策が始まった。

 誠司にとって京都観光は初めての経験だ。

 高揚感に包まれたクラスメートの列の中で、誠司も静かに胸を昂らせる。


 こんな感じなんだな。


 あまり旅行経験のない誠司にとって、今回の修学旅行は色々な意味で特別だった。

 学校ではあまり関わりを持つことの無いクラスメートたち。

 けっこう人見知りな性格の誠司は、普段あまり親しくないクラスメートと行動を共にすることに、どうしても苦手意識を持ってしまっていた。

 しかし、ここへ来てようやく誠司は気付いた。

 いつもより口数の多いクラスメート。彼ら彼女らの瞳は、言わずもがな期待感に満ちている。

 特別な経験をしているのは自分だけではない。誰もが皆、この高校生活最大のイベントに、何かしら特別な思いを抱いている。


 いったいどんな四日間になるのだろう。

 

 また足を止めて説明を始めたガイドの話を聞きつつ、誠司はどうしても気になる黒髪の少女にチラと目を向ける。


 斜め後ろからの君の横顔。今日はもう何度、こうして君に視線を向けてしまっただろう。


 また移動し始めた生徒の流れについて行きながら、誠司は少し先を歩く黒髪の少女を目で追いかける。


 今日は同じホテルで泊まるんだ……。


 こんなことを意識しているのは自分だけではないのだろうか。

 誠司は、友達とおしゃべりしながら歩く長い黒髪の少女に目を向けたまま、自分のことをちょっとアブナイ奴なのではないかと、本気で思ってしまうのだった。



 鴨川から二条通りを西に少し入ったところに、三日間お世話になるホテルがあった。

 かなり大きなホテルだ。間口の広いエントランスを抜けて、生徒たちはようやく今晩の宿に足を踏み入れる。

 誠司はロビーに入ってすぐに目についた違う学校の制服を見て、ここに宿泊するのが自分たちの高校だけではないことを知った。


「あれ女子校じゃね?」


 ロビーに入って十秒も経たずに、こと女子に関して鋭敏な嗅覚を持つ久保が、早速女子高生の匂いを捉えた。もうここまで行ったら変態的だ。

 男子生徒の視線が他校の女子に向かう中、誠司はベージュのブレザー姿の女生徒たちを遠目にチラと見ただけで、黒髪の後ろ姿へと目を戻した。


 少女に好意を持っているのを自覚したのは二学期に入ってからだった。

 夏休みのある日、グラウンドでひたむきに夢を追い求める少女を、誠司はキャンバスに描き始めた。

 それからは部活後の美術室を、顧問の島田に頼み込んで誰にも知られないよう使わせてもらい、毎日のようにキャンバスに向かった。

 そうして僅かな時間を使って少しずつ描き進めていたある日、誠司は自分の本当の気持ちに気付いてしまった。


 ああ、あの人が好きなんだ。


 いつの間にか誠司の頭の中は、あの少女のことでいっぱいになっていた。

 それからは、気付けば教室の彼女を目で追ってしまっていた。

 授業中も、休憩時間も、何をしていても視線が少女に向いてしまうことに気付いてしまい、心が勝手に体を動かしてしまうものなのだということを、誠司は知った。

 自覚してからは、その想いを悟られぬよう、クラスの中では少女にあまり視線が向かないよう心掛けた。

 彼女と同じ時間を過ごせることが嬉しくて、なのに毎日が切なくて、そんな気持ちを今も誠司は少しずつキャンバスに描いていっている。


 時任ひかりさん……。


 その名を呟くと、いつも胸の奥がほんの少し痛くなる。

 ただ目で追いかけるだけの恋。

 そんな密やかな片想いだった。

 それでも、きっと修学旅行の高揚感のせいなのだろう。

 誠司は教室にいる時よりも少しだけ大胆に、少女の後ろ姿を見つめるのだった。



 予め決められた部屋へと移動し、パッキングした荷物を解いてひと心地ついた女子グループの中で、時任ときとうひかりは、早速予定表に目をとおしていた。


「あの、時任さん、お茶でも飲みませんか?」


 座卓に置かれたお茶菓子に手を付けようとしていたクラスメートの中で、お茶を用意していた宇佐見美鈴うさみみすずが、ひかりの前に湯気の立つ湯呑みを置いた。


「ありがとう。宇佐見さん」


 ひかりは女子でもドキッとしてしまいそうな笑顔を見せて、湯呑みに手を伸ばす。

 そんなひかりの何気ない仕草に、美鈴は少し恥ずかし気な表情を浮かべた。

 宇佐見美鈴はひかりと同じ陸上部に所属している所謂いわゆる部活仲間で、ひかりは幅跳びを、美鈴はハードルを専門にしていた。

 同じ部活と言っても幅跳びとハードルでは競技が違うので、練習自体は別々の場所で行う。合同練習の時に時々顔を合わせるだけの二人が、お互いに自然と気を遣ってしまうのは仕方のないことなのだろう。

 ツインテールで、兎のようなバネのある美鈴は、女子ハードルグループのエースだ。県大会常勝のひかりに比べてあまり目立ってはいないものの、部内では一目置かれていた。

 そしてちょっとウサギっぽい小動物のような可愛さがあって、友達の間ではウサミミちゃんという愛称で呼ばれていた。

 ぎこちなくひかりと距離を縮めようとしていた美鈴に関心を持ったのか、同室の女の子が他愛のない質問をする。

 

「時任さんとウサミミちゃんって同じ陸上部だったよね」

「うん。競技が違うけど、時々合同練習してるよ。ね、宇佐見さん」

「う、うん。そうだね」


 美鈴はひかりの隣に座って、はにかむような笑みを浮かべている。

 くじ引きで決めた六人編成の班に、普段それほど接点のない幅跳びの陸上部員がいたことで、ちょっと緊張している。傍目から見ればそんな感じだった。

 が、しかし、この少女の頭の中は、今こうゆう感じになっていた。


 やった。時任さんと同室だなんてマジヤバイっての。修学旅行中はこの班で行動でしょ。つまりは24時間一緒にいられるってことなのよ。

 いつも一緒にいる、あの邪魔な橘楓たちばなかえでも違うクラスだし、旅行中は近寄ってこれないわけだ。

 こんなチャンスもう二度とないわ。この機会に憧れの時任さんに唾つけておこうっと。


 少女の想像力はさらに妄想力へと変化していく。


 今日はこの後お風呂でしょ。堂々と時任さんの普段は見えない部分を見れるわけ? ちょっとくらい触ってもいいかしら。うー、考えただけでも鼻血が出そう。


 実は彼女はいわゆる少女漫画オタクだった。

 高校一年生の春に部活に入部した時に、実際に少女漫画のヒロインがいたのを目にして以来、時任ひかりにずっと密やかな憧れを抱いていたのだった。

 そしてやっとチャンスが巡ってきた。


「フ、フフフ」

「なに? 宇佐見さんどうかした?」


 ひかりにそう訊かれて、妄想の世界でいけないことを考えていた美鈴は、赤面しながら笑って胡麻化したのだった。 

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