エピローグ 明日の約束
学校から家の近い勇磨を除いて、ひかりたち三人は帰りのバスに揺られる。
一番最初に降りる楓に「また明日」と手を振った後、今日も誠司とひかりに、ささやかな二人の時間が訪れる。
先ほど嫉妬して拗ねてしまったことを気恥ずかしく感じながら、ひかりは誠司の手に自分の手を重ねた。
「さっきはごめんなさい」
「いや、俺の方こそ心配させてごめんね」
気遣いを見せてくれた誠司に、ひかりの胸の中は温かくなる。
そして、その優しさに応えるように、ひかりは素直な気持ちを伝える。
「誠司君と一緒に周れた修学旅行、すごく楽しかった」
「うん。俺もだよ」
「あの時、一枚だけでも誠司君と写真撮っておきたかったな……」
班行動での写真係を買って出た宇佐見美鈴から、ひかりは写真をたくさん貰っていたが、誠司どころか男子が写り込んでいるものは一枚も無かった。
「俺もあの時、一枚だけでも時任さんと写れたらって思ってたんだけど、なかなか言い出せなくって……」
「そうだったんだ……でも、そう思ってくれてたのが聞けて嬉しい……」
小さな告白を聞いて、ひかりはほんの少し誠司にくっついて甘えてみる。
「なんだか久しぶりに誠司君に『時任さん』って、呼ばれた。当たり前だったのに、何だか変な感じ……私も久しぶりに呼んでみていい?」
「うん」
ただのクラスメートだった時のことを思い出しつつ、ひかりはスッと息を吸い込んだ。
「高木君」
「はい。時任さん」
自分から言い出したのに、ひかりは拗ねたような不満顔を浮かべる。
それはひかりが学校にいるとき以外で誠司だけに見せる、ちょっと甘えた表情だった。
「やっぱり誠司君がいい……」
ひかりの特別な表情に、誠司の頬が紅くなる。
「あ、そうだ、誠司君、一つだけ訊いていい?」
ひかりは少し遠慮気味に、思い浮かんだ小さな引っ掛かりについて尋ねた。
「あのね、嵐山でお土産物屋さんに寄った時に、誠司君、友禅染の小物入れ見てたよね」
「うん。ひかりちゃんも買ってたやつだよね」
とても可愛い小物入れだった。ひかりは母親と自分用に色違いの物を一つずつ買って帰った。
誠司君はあれを誰にあげたのだろう。
また少し嫉妬している。そう感じながらも、ひかりはどうしても知っておきたかった。
「えっと、あれって、誰のために買おうとしてたの……?」
「ああ、あれね……」
誠司はその質問に簡単に答えた。
「あれは千恵ちゃんにあげたんだ。ひかりちゃんが可愛いって言ってたから間違いないだろうと思ってさ。すごく喜んでくれたよ」
「そっか、千恵ちゃんだったんだ」
ひかりはほっとした顔で、重ねていない方の手を胸にあてた。
たくさん誤解して、たくさん嫉妬した一日だった。
「雪、積もるかも知れないね」
白く曇った窓ごしに舞い落ちる雪を見て、誠司がそう言った。
「うん」
バスに乗る前よりも雪は少し強くなったようだ。
休校になって明日は会えないかも知れない。そんなひかりの憂鬱を優しい声が拭い去る。
「もし明日休校になったら、ひかりちゃんの家に行っていい?」
ひかりは誠司の顔を見上げ、顔をほころばせる。
「うん。待ってる」
それから二人は、狭い二人掛けの席で肩を寄せあいながら、もう何も言わず窓の外に降る雪を静かに眺めていた。
ご読了頂き、ありがとうございました。
約一年半ぶりの「ひかりの恋」シリーズ最新話、修学旅行編は如何だったでしょうか。
片想いの少年と、まだ恋を知らない少女。ここでは運命の二人に特別な兆しが訪れる旅を、思い出の欠片として描きました。
この思い出の欠片で特に表現したかったこと、それはまだ始まりを迎えていない恋に揺れる純情でした。
それは主人公の少年だけではありません。もう一人のヒロイン、一ノ宮綾乃の初恋も、少年と同じくとても不器用で、いつか思い返せば懐かしさと共に恥ずかしさが込み上げてくるような、そんなぎこちないものでした。
告白には至らなかった初恋は、これからも彼女の思い出の中で淡い痛みとして残っていくのでしょう。
そして、少年も憧れの少女への想いを抱えたまま、本当の出逢いを迎えるまでの時間をこれからしばらく送ることになるのです。
この作品の終盤、修学旅行のお話を終えて、現在進行形の誠司とひかり、そして勇磨と楓の青春模様を少しだけ描いておきました。
彼らの相変わらず賑やかで、鮮やかな元気な姿をお伝えできていたなら幸いです。
そして、雪が解けてまた新しい季節がやって来て、ひかりは優しい笑顔の少年とまた手を繋いで駆け出すのでしょう。
それではまたいつか。
感謝を込めて。
ひなたひより




