第15話 教室の二人
二月に入ってすぐの少し寒い午後。
昼休みの美術室には、向かい合ってお弁当を食べる少年と少女の姿があった。
少女は少年のお弁当を食べる姿をじっと見つめている。
右手に大怪我を負い、三本の指を動かせなくなってしまった少年は、左手に持ったフォークで少女の作ったお弁当を口に運んでいた。
少年は少女の視線に気付いて、頬を赤らめる。
「あの、今日も凄く美味しいです……」
「そう言ってくれて嬉しい……」
二人はなんとなくお互いのお弁当箱に目を落とす。
本当はもう少し近づきたい。どこかにそんな気持ちはあるものの、一緒に同じ時間を過ごせるというだけで、二人は幸せだった。
「今日も寒いね」
ささやかな沈黙を破る様にそう呟いた誠司は、一度フォークを置くと、ひかりの淹れてくれた湯気の立つコップに口をつけた。
「本当だね」
ひかりが目を向けた窓の外には、雪が降ってきそうな鉛色の厚い雲が広がっている。
放課後、部活を終えて帰る頃には、本当に雪が降り始めているのではないだろうか。
「今日は部活、辛そうだね」
気温に関係なく部活でグラウンドに出なければいけないひかりのことを、誠司は少し気に掛ける。
「走ってると温まって来るから、そうでもないよ。でも最初だけ辛いかな」
「ひかりちゃんは凄いね。実はいつも尊敬してるんだ」
「誠司君の方こそ大変じゃない? 道場の中寒いよね」
誠司の家は祖父の代から合気道の道場をしていた。
美術部に所属している誠司は、部活を終えて学校から帰ると、休日以外はいつも一時間程度、稽古で汗を流していた。
「そうだね。でも稽古に入ると丁度いいんだ。夏場の方が辛いかな」
「私も。夏場はホント辛くって……」
ひかりは少し嬉しそうにはにかむ。
「誠司君と一緒だね……」
「うん。一緒だね」
ささやかな共通点を見つけて、二人は喜び合う。
二年生の時に同じクラスだった誠司とひかりは、それほど関わり合うこともなく、ただのクラスメートとして一年間を過ごした。
人知れず、ずっとひかりを想い続けてきた誠司に対し、ひかりは誠司の気持ちに気付かないまま、貴重な一年間を過ごした。そのことに、ひかりは今になってたくさんの後悔をしていた。
カップを置いて、またお弁当を食べだした誠司をひかりはじっと見つめる。
今はまばたきする時間も惜しいと思えるほど、あなたのことを見ていたいのに、どうして気付けなかったんだろう……。
ひかりは少年と同じクラスだった日々を思い返してみる。
そして、ひかりはあのとき気付かなかった幾つかの兆しを今思い出す。
「修学旅行の時の話、していい?」
「うん。勿論」
「私たち同じ班で行動したよね……」
「え、うん。そうだったね……」
「あまり、話すこと出来なかったけど、時々目が合ったの憶えてる。あの時も私のこと気に掛けてくれてたの?」
「うん……」
誠司は頬を紅く染めて、恥ずかし気に頷いた。
「あの時というより、もっと前からかな……」
そして誠司は俯いたまま、素直に打ち明けた。
「ずっと見てたんだ。君だけを」
その言葉に、ひかりの胸はいっぱいになる。
「ありがとう……」
ひかりは胸の中に、嬉しさとやるせなさが湧き上がってくるのを感じていた。
「誠司君……」
ひかりは自分のお弁当の肉団子を箸で摘まむと、少し身を乗り出した。
「え? ひかりちゃん」
「口を開けて……」
頬を少しピンクに染めたひかりが、肉団子を摘まんだ箸を、誠司の口へと近づける。
誠司は呆けたような顔で、ひかりの言うがままに口を開いた。
そして箸先にあった肉団子は誠司の口の中に消えていった。
「誠司君が好きなの」
誠司は真っ赤になって口の中のものを咀嚼してゴクリと飲み込む。
「俺も好きだよ……」
かなり寒いのにも拘わらず、二人は真っ赤になってそのままうつ向いてしまう。
私、幸せだ……。
お昼休みのわずかなひと時。
ひかりは向かい合って食べるお弁当に、今日も幸福の味を感じていた。




