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第13話 伏見稲荷

 修学旅行最終日。

 秋晴れの青い空の下、最後の観光先である伏見稲荷にひかりたちはやって来た。

 朝の空気の中、ひかりは早速班長の仕事に取り掛かる。

 今日も行動を共にする、いつも大人しい俯き加減な少年に、ひかりは明るく声を掛ける。


「おはよう高木君。今日もよろしくね」

「お、おはよう時任さん。こちらこそよろしくお願いします」


 少年は今日もあまり目を合わせようとしない。

 二年生の春に同じクラスになってから、ずっと彼はこんな感じだ。

 あまり目立つ感じではないけれど、時々彼にはハッとさせられる時がある。

 ひかりがその少年の存在に気付いたのは一年生の春だった。

 バレーボールの授業の後、ふざけながら片づけをしていた楓が、ボールを入れた籠を体育館の外に出してしまい、階段下で見事に横倒しになった籠からボールが全部飛び出していった。

 その時にたまたま通りがかって一緒にボールを拾ってくれたのがあの少年だった。

 違うクラスで特に接点のなかった少年の名を知ったのは、三学期に入ってすぐの全校集会だった。

 全国高校生芸術コンクール。

 美術を専攻するすべての高校生が目指すそのコンクールで、彼は油彩画部門の大賞を獲った。

 いつも伏し目がちで目立たない少年は壇上で表彰され、一躍脚光を浴びた。

 そして誰もが彼の描いた作品を一度は観に行った。

 ひかりもその中の一人だった。

 彼の描いた作品は華々しいものでは無かった。

 なんだこんなもんか。そう囁いていた生徒たちも大勢いた。

 でもひかりは少年の描いた絵を何度も観に行った。

 何故か胸を打たれる桔梗の花の絵。

 いつしか誰も観に来ることの無くなった白壁に飾られた絵を、ひかりは今も一人で時々観に行っていた。


 不思議な少年だな。


 ひかりはそう思う。

 とても物静かで、あまり人との関りが苦手そうな印象だった。

 特に女子と話すのが苦手そうで、話しかけると決まって目を泳がせていた。


 昨日もずっとそんな感じだったな。


 ひかりは少年と散策ルートの打ち合わせをしながら、今日もどこかそわそわしている少年の顔をチラと見上げる。


 あっ。


 パンフに目を落としていたと思っていた少年の視線がひかりに向けられていた。

 ひかりは、思わずサッと視線を逸らす。


「えっと、じゃあ高木君、こんな感じでいい?」

「も、勿論。じゃあよろしくお願いします」


 ひかりはまた一つ、この少年にハッとさせられてしまった。


「ひかりー、早くいこーよー」

「うん。わかった」


 朱色に立ち並ぶ鳥居を背景に手を振るクラスメートたち。

 ひかりは少女たちに大きく手を振って応える。


「行こう、高木君」


 秋晴れの白い参道を、ひかりは少年と並んで一歩踏み出した。



 伏見稲荷。立ち並ぶ朱色の鳥居をくぐりながら上る京都屈指の観光スポットだ。

 山頂まではおよそ1300段の階段が続き、往復に要する時間は二時間ほどらしい。

 木漏れ日の中、階段を上がっていくひかりの黒髪が眩しい。

 ため息の漏れそうな美しさを遠目に背後から眺めていた誠司に、付いて来ていた班の連中が声を掛けてきた。


「なあ高木、ちょっと話があるんだ」


 振り返ると、久保を筆頭に何だか言い出しにくそうな感じで、五人とも誠司を見上げていた。


「昨日は悪かった。このとおりだ」


 合コンの件で、昨日の夜に散々不満を言われた誠司だったが、意外なことに班の連中の態度がガラリと変わっていた。

 いきなり頭を下げられて、誠司はどうゆうことなのかと考えさせられつつ、謝罪をあっさり受け容れた。


「まあいいよ。でも合コンの件はもう言いっこ無しだからな」

「分かってるって。もう儚い望みを追いかけるのはやめたよ。それで相談なんだけどさ……」


 久保から聞かされた相談の内容は、誠司も少し気になっていたことだった。

 班の男子たちの意見をまとめると、昨日男女合同で班行動したにも拘わらず、殆ど接点を持てなかったことが口惜しいらしい。

 そして同じ轍を踏まないよう、今日は伏見稲荷で一緒に行動する班の女子たちと楽しく周りたい。そういうことだった。


「昨日他の班の連中は女子と周れて、みんなそこそこ楽しかったらしい。完全に男女で分かれていたのなんてうちの班ぐらいだよ」


 悲壮感溢れる久保に同情するわけでは無いものの、その言い分には誠司もある程度共感できた。

 確かにあれでは一緒に班行動しているとは言えないかも知れない。


「そうは言ってもな……」


 誠司の頭の中には一人の少女の姿が浮かんでいた。彼女がいる限り昨日と同じ感じの班行動になってしまうだろう。


「宇佐見だろ」


 誠司の頭の中を見透かしていたように、久保がその名前を口にした。


「あいつががっちりガードしてるせいで、俺たちは女子に近づくことすらできない。なあ高木、お前の力で何とかならないか?」

「いや、無理だよ。悪いけど」

「頼むよ。班長のお前だけが今のところ女子と話が出来るんだ。班長同士の打ち合わせの時に、それとなく時任に直訴してくれよ。あのウサミミも時任の言うことなら聞くと思うんだ」


 成る程そうゆうことか。班の連中、俺のいない間にずいぶん今日のことを話し合っていたに違いない。


 あまり気乗りしないものの、多少気の毒に思ってしまった誠司は、その提案を了承することにした。


「上手くいくかどうかは解らないけど、一応時任さんには話してみる。だけどあくまで班行動を円滑にするためだから。それでいいなら……」

「勿論だよ。高木、恩に着る。お前は本当にいいやつだ」


 昨日さんざん畜生呼ばわりしておいてこの態度だ。

 変わり身の早さに多少苛立ちを覚えたものの、誠司は次に休憩した時にひかりに相談してみようと決めたのだった。



「あの、時任さん」


 声を掛けてきた少年に、ひかりはペットボトルにつけていた唇を離した。


「どうしたの? 高木君」


 いつも少しおどおどしている彼だったが、さらに何か言い出しにくそうにそわそわしている。いったいどうしたのだろうかと、ひかりは少し心配になった。


「何かあった?」

「いや、そうゆう訳じゃないんだけどね……」


 丁度、他の女子たちが御手洗いに行っているタイミングで声を掛けてきた少年は、そのまま視線を泳がせる。


「あ、右回りか左回りかの相談だね」

「いや、それもあるかな……それとは別に、ちょっと時任さんに相談があって……」


 そしてまた少年は目を泳がせる。

 そしてようやく少年は言いたかったことを緊張気味に口にした。


「あ、あのさ、うちの班の奴らがね、その、今日はもう少し時任さんの班とお喋りしたいなーって、えっと、変な意味じゃないよ。その、昨日は一緒に周ってるのに、お互いあんまり話せなかったみたいだから……」


 やっと言いたいことを言えたみたいで、少年は大きく一つ息をついた。

 その緊張ぶりを目にしてしまったひかりは、少年にぺこりと頭を下げた。


 彼の言うとおりだ。やたらと男子を警戒していた宇佐見さんをそのままにしていたせいで、昨日は二つの班が割れてしまった。

 今日はああならないようにしないと……。


「ごめんなさい。高木君に先に言わせちゃって。実は私も気になっていたの」


 ひかりに謝られた少年はあたふたしながら、必死に首を横に振る。


「と、時任さんが謝ることなんてないから。もうホント、班をまとめてくれて感謝しかないから」

「でもごめんね。さっきの話、ちゃんと班のみんなに話しておくね」

「うん……よろしくお願いします」


 躊躇いながらも言い出しにくいことを言ってくれた少年に、ひかりはお礼を言っておいた。


「ありがとう高木君。また何かあったら遠慮なく言ってね」

「は、はい……」


 話が終わると、すぐに少年は班のもとへと戻って行こうとした。


「あ、待って高木君」


 呼び止められた少年は、一瞬びくっとなってひかりを振り返った。


「ど、どうしたの?」

「さっき言ってたルート決めないと」

「え? ああ、そうだったね……ハハハ……」


 そして二人で話し合い、一般的な右回りのルートに決めた。

 打ち合わせを終えて、少年はさっさと班へと戻って行く。

 

「私もしっかりしないと」


 勇気を出してくれた少年の後ろ姿を目で追いながら、ひかりはそう呟いた。

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