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第12話 予期せぬ出来事

 夢のような一日だった。

 集合時間の五分前にバスターミナルに戻ってきた誠司とひかりの班は、他の班がそうしているように、形だけではあるが班長による点呼をする。


「じゃあ高木君、一緒に報告しにいこ」


 何気なく誘われて、誠司は少し遠慮がちにひかりと並んで担任に報告しに行く。

 最後の最後にこうして二人で歩けた。ささやかなことではあったが、誠司は密かに喜びを噛み締めていた。

 

「高木君、今日はお疲れさま」

「と、時任さんこそ、お疲れさまでした」


 意中の少女と二人で担任の島田に点呼終了の報告に行くと、待機していた島田が大きな欠伸をひとつしてから二人に訊いてきた。


「どうだお前たち、楽しかったか?」


 ニタリ、島田は時々こういった顔をすることがある。

 どうも含みのありそうな印象に、誠司はやはり確信犯かと勘ぐってしまった。

 そんな誠司の考えを他所に、ひかりは担任の問いかけに素直にこたえる。


「はいとっても。高木君はどうだった?」


 無邪気にそう聞かれて、誠司は少し紅くなりつつこたえる。


「も、勿論楽しかったです……」


 やたらとモジモジしている誠司に、島田は何とも言えない表情を向けて、フッと鼻で笑った。


「そうか。そりゃ良かった。そんで明日のことだが……」


 島田はやや勿体をつけるような口調で、誠司の顔を見たまま続けた。


「念のため明日もこの編成で行動してもらおうと考えてる。高木、ひき続き時任を頼むぞ」

「えっ! は、はい……」


 意外な内容に、誠司の声が一瞬裏返った。

 寿命を縮めるほど誠司を驚かせて、島田はシッシッと二人を追い払った。


「俺からは以上だ。いいか、ホテルに帰るまでが班長の仕事だからな。班の奴らをバスに乗せとけ。それとホテルに戻ったらもう一回点呼をして報告しに来るんだぞ」

「はい先生」


 一生忘れられない、いい思い出ができたと思っていた矢先に、さらなるサプライズ。なんだか弄ばれてる? 誠司は真剣に島田の言動に翻弄されていた。

 また二人並んで班に戻る途中、ガチガチの誠司にひかりがにこやかに話しかけてきた。


「高木君。明日もよろしくね」

「こ、こちらこそ。またよろしくお願いします……」


 足元がフワフワしたような感覚のままひかりと並んで歩いていたせいか、誠司はちょっとした段差で躓いてしまった。


「おわっ!」


 狼狽えつつ、何とか踏ん張って転倒は免れた。

 ひかりの前で、かろうじて格好悪い所を見せずに済み、安堵した誠司だったが……。


 えっ?


 転倒しかけた誠司の腕を掴む手の感触。

 それが隣を歩いていたひかりの手だということを理解するまで数秒を要した。


 えええーっ!


 心の中で絶叫してしまった誠司は、その場で卒倒しそうになった。


「大丈夫?」


 支えてくれたひかりが、すぐ近くで誠司を見上げていた。

 その近さと制服越しに腕を伝ってくるひかりの手の感触に、鼻から熱い息が噴き出る。


 死ぬ。これは本当に死んでしまうやつだ。


 異様な心拍数の上昇に真面目に死を感じつつ、誠司は今持ちうる最大限の平常心をかき集めた。


「うん、ダイジョブ。ちょっと毛躓いただけ」


 もう日本語もままならない。それから誠司はよろよろと足を動かして、班に合流したのだった。



 一日の疲れを癒すのはやはり温泉だ。誠司は露天風呂に肩まで浸かり、星空を仰ぎ見ながら何度も先ほどの光景を反芻していた。


「なにぼおっとしてるんだよ」

「いや、別に……って、なんでお前ここにいるんだ!」


 まったく普通に何の違和感もなく露天風呂に入ってきたのは、あの坊主頭だった。

 違うクラスの勇磨がここにいるはずがない。しかし、常識というルールに縛られないこの男は、ここにいても不思議ではなかった。


「おまえ何考えてんだ。ちゃんと順番を守れよ」

「いや、もう明日帰る予定だろ。誠ちゃんとこうして温泉に浸かれるのは今日が最後だしさ」

「いや、理由になってないから。まるっきり筋が通ってないから」

「なあ、今日うちの部屋に遊びに来いよ。ギリギリまで班の連中とトランプする予定なんだ」

「おまえ俺の話聞いてるか? 行かねーし、その前に風呂の順番守れよ」


 中学時代からそうだったが、この坊主頭は何時も少しズレている。やや粗暴で的外れな所が目立つが、妙に友情に厚い憎めない奴だった。

 すっかり寛いでいる勇磨に、もう誠司は追い払うことを諦めた。


「なあ勇磨」


 誠司はほんの少しのぼせたように夜空を見上げる。


「修学旅行、楽しいか?」


 誠司の問いかけに、勇磨は陽気にこたえる。


「ああ、最高だよ」


 屈託のないその返事に、誠司の表情が緩む。


「俺もだよ」


 舞い上がる湯気のように、誠司の口から出た言葉は、見上げた星空にふわりと舞って行った。



 夕食を終えて就寝までの自由時間、部屋で寛いでいた誠司に、久保を筆頭とした班の連中が詰め寄ってきた。


「で、合コンの話はどうなった?」


 どうやら忘れてなかったようだ。最初から合コンなどする気はなかったが、誠司はここではっきりと言っておくことにした。


「合コンのことは忘れてくれ。実は昨日ばったりあの女子校の子と会ったんだけど、何だか怒らしちゃってさ、まあそうゆう感じで、もう無理ってゆうか……」

「なにやってんだ!」


 誠司の話を聞くや否や、怒声を上げた久保は手近にあった枕を鷲掴みにした。


「なにぶち壊してくれてんだ! コンチクショウ!」


 渾身の枕が飛んで来た。そして班の連中の怒りの枕が次から次へと誠司に投げ込まれる。


「おまえが最後の希望だったのに、俺の修学旅行を返せ!」

「期待させやがって! この野郎!」

「おまえとは絶交だ!」


 口々に理不尽なことを言いだした班の連中に、たまらず誠司は部屋から逃げ出した。


「参ったな、しばらく部屋には戻れそうにないな……」


 就寝までにはまだ時間がある。あまり気は進まなかったが、ほとぼりが冷めるまで勇磨の部屋に避難することにした。


「おお、誠ちゃん来たか」


 陽気に手招きする勇磨につられて、ポーカーをしていた輪の中に入った。

 何だか真剣にやっている連中を見て、誠司は一応確認しておいた。


「賭け事とかしてないよな」

「ああ、そんなんじゃないから心配すんな」


 勇磨はいつもと変わらない感じだが、他の連中はやたらと気合が入っている。勝った者は大喜びし、負けた者は拳を握りしめて口惜しがっている。どう見ても普通の感じではなかった。

 誠司は配られたカードを見つつ、聞き方を変えて質問してみた。


「なあ勇磨、勝ったらなんかいいことでもあるのか?」

「いいこと? そんなもんねえよ」


 サラッと言いきった勇磨の言葉を、班の連中が否定した。


「高木、新はそう言ってるけど、俺たち今真剣なんだ」

「ん? どゆこと?」

「明日は伏見稲荷だろ。そんで今日とおんなじで女子班と周るわけだ。うちらの班、今日けっこう女子班と仲良く周れてさ、今日は男女で向かい合ってお茶したんだ。それで……」

「それで?」

「明日の昼食の席順をこのポーカーで一番多く勝った奴から決めていいことにしたんだ……つまりそうゆうことなんだ」


 成る程ようやく合点がいった。

 つまりはこの班も、うちの班とそんなに変わらなかったわけだ。


「へえ、じゃあ勇磨もってわけか」

「俺はどこだっていい。だが、俺の席ならジュース一本で譲ってやってもいい」

「そうゆうことか……」


 この真剣勝負の趣旨を理解したうえで、誠司は暇つぶしにポーカーに付き合うことにした。

 血走った眼でポーカーをする連中の中で、勝っても何の権利も発生しない誠司と、はなから席順に関心のない勇磨は途中で飽きて部屋を出ることにした。


「ロビーに行ってジュースでも買おうぜ」


 勇磨に連れられてロビーに降りると、何だか親し気に話をしている数組の男女たちがあちこちに溜まっていた。


「なんだ? 妙にカップルが多くないか?」


 不思議そうな勇磨の隣で、誠司はもしやと頭の中で考えを巡らせていた。


 これってもしかして、今日、男女混合で班行動したせいなのか……。


 明らかに昨日とロビーの雰囲気が違う。班行動の変化がそのままこうしてここに表れているのだと見てまず間違いない。

 一日一緒に行動したことがきっかけとなって、ここにいる者たちをこうして結び付けたのだろう。

 誠司は驚きを感じつつ、今日一緒に過ごした憧れの少女と自分のことを考える。


 思いがけなく訪れた憧れの少女との特別な時間。

 振り返ってみると話しすらままならない一日だった。

 それでも……。


 誠司は今日ずっと見続けたあの眩しい笑顔を思い浮かべる。


 俺はこれでいいんだ。


 そう呟いて、誠司は淡い痛みをそっと胸の奥にしまった。

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