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第二話 拍手の主の主張・後

 フラヴィアは涙をいっぱいに溜めながらよろよろと歩き出した。機嫌が回復したらしい女王はぱっと顔を上げ、また国王と公爵を見る。



「よいですか、お二人とも。子どもが悪いことをすれば、それを叱り正すのが大人の役割です。ほかでもない親がそれを怠ってはいけません。ですが、本当にお二人はご教育がお下手なよう。先程のクラウス王子のお言葉は聞くに本当に堪えませんでした」



 呆然と見ているしかなかったクラウスは、いきなりに名前が挙がったことに体を固める。自身にも奴隷の謝罪を要求するのかと身構えたが、こちらを見ているパトリシアが小さく頷くのでクラウスは落ち着いて小さく息を吐いた。



「本当にお可哀想で、聞いていられなかった。生まれは選べませんが、安全を保障してくれる大人に恵まれないことほど憐れなことはありません。国王、貴方は環境だけを整えて子どもを育てた気でいるようですが、それすらできていなかったのだと暴露されたのですよ? もし私なら恥ずかしくて、民に酒を振る舞おうなどとは思えません。大変気丈でいらっしゃる」

「……我が国には、我が国のやり方がある。さすがに踏み込みすぎでしょう」

「ほほ、確かにそうですね。貴方のやり方で、クラウス王子は十分に優しい紳士に育っていたようです。パトリシアを救ってくれたのはいつだって彼や、彼の指示を受けた仲間だったそうですから。まあこれは貴方の教育の賜物というよりは、彼自身の気質だったのでしょうけれど」

「……」

「ですが、踏み込みすぎとは心外です。貴方のその無責任な放任主義のせいで、私の姪に危害が加えられていたのは事実なのだから」



 またすっと目を細めた女王に、国王は何も言い返せなかった。あまりにも分が悪すぎる。ここは彼の国であるのに、この会場の空気は彼のものではない。国王は震えるだけで使い物にならない宰相を目の端に捨て置きながら、ため息を吐きたいのを必死に我慢した。



「子ども同士で解決できないことに大人が介入するのもある種の義務です。子どもを信じて自主性を重んじることと、問題を無視して放置するのは違います。未成年たちに勝手な大人たちが多くを望み過ぎた結果がこれでしょう」

「返す言葉もありません」

「ええまあ、ですからこれらのことは後日お話ししましょう。日程は改めてこちらからお伝えします。ですがその前に、クラウス王子をこちらで預からせていただきたいのです」

「は……?」

「ですから、パトリシアの恩人であるクラウス王子を我が国にご招待したいと申し上げているのです」



 何でもないことのようにそう笑う女王に、国王はまた混乱した。しかしそこは一国の主である矜持で、すぐに口を開く。



「……クラウスは、これから我が国で裁判にかけねばらならず」

「あら、それ私たちに関係があって?」

「なっ」

「この国の法を軽んじている訳ではありませんが、そもそも貴方の不適切な振る舞いから起こったことでしょうに。それを棚に上げておけるのなら、私の要求ぐらい呑んでもよいのでは?」



 国王はごくりと喉を鳴らした。この場は、もう女王の独壇場だ。逆らうことはできなかった。そして女王がわざわざ繰り返し「恩人」と言うのだから、クラウスが害されることもないだろう。国王の薄い父親としての自覚が、そっと顔をのぞかせていた。



「……分かりました。私の権限で、それを許可しましょう」

「よかった、どうもありがとうございます、モナルヒ国王。では、クラウス王子もこちらへ。少し早いですが、皆も帰りますよ。私が直々に転移魔法を展開しますからね。お前たち、我が国の子どもたちが揃っているかすぐに数えて頂戴」

「御意のままに」



 女王の一言で集まった留学生たちをアルメヒティヒ王国の近衛兵が数え、パトリシアの視線に促されたクラウスが彼女の方へ歩いていく。この状況をきちんと理解できている者など、この場にどれくらいいただろう。


 第二王子が婚約破棄を宣言し公爵令嬢の悪事が明るみに出て、その嫌がらせの対象であった留学生は実は隣国の王女で隣国の女王が卒業パーティーに潜入していて、更に第二王子を隣国に連れて行くのだという。本当に起きた事象であるのに、どこか舞台劇のような突拍子のなさだ。しかし、この突拍子のなさに多少の清々しさを感じている者もいた。高位貴族の傲慢に振り回されてきた人々などは特にだった。



「では、ご機嫌。……ああ、フラヴィア嬢? 私たちが去ったからといって、謝罪を止めてはいけませんよ。きちんと、見ていますからね」



 女王は最後によく通る声で、群衆に隠れてしまったフラヴィアに対して忠告をした。そして口の中で詠唱を行うと、ぱっとその場から姿を消す。それも本人だけでなく、留学生や近衛兵たちも一緒だ。勿論、パトリシアとクラウスの姿もない。


 国王は、ほう、とゆっくり息を吐く。額からぽつりと一粒の汗がしたたり落ち、震えかけている膝を叱りつけて何とか立っていた。緊張感から解き放たれたからか、あちらこちらで小さな悲鳴が聞こえるのは、気弱な人々が眩暈などを起こして倒れたからだろう。それでも国王がそれをしてはいけなかった。



「……皆、本当に騒がせた。本日のパーティーは中断とする。後日、やり直しを行うことを約束しよう」



 国王はそれだけ言って、未だに動けないでいる宰相の方は見ずに立ち去った。


───


 訳の分からない展開に、クラウスは目を回しかけていた。



「クラウス王子……ああ、面倒だからクラウスと呼んでも?」

「は、それは勿論。女王陛下、この度は……」



 王命を手順を踏まずに一方的に破棄しようとした自身が、どうして隣国に連れて来られることになったのか。クラウスはまだ理解ができていなかった。ほかの留学生たちと別れ王族の居住スペースに連れて来られたクラウスは、しかしとにかく助けられたらしいので礼を言わねばと口を開いたがそれは女王によってかき消される。



「堅苦しいのは結構よ。あら何、貴方。よく見たら目の下にクマができているじゃないの、先天的なもの?」



 国家元首による想定外の言葉に、クラウスは言葉を失う。それを見かねてか、パトリシアが代わりにその問いに答えた。



「いいえ、伯母様。殿下は元々顔色がよろしいですわ」

「駄目ねえ。クラウス、貴方最近ちゃんと寝てなかったんでしょう?」

「え、は、いや、あの……」

「寝てきなさいと言ってすぐに寝られる訳ではないでしょうから、今回は睡眠魔法をかけてあげます。話はそのあとよ。ゆっくり、夢も見ないで休みなさいな。大丈夫、アルメヒティヒ女王の名に懸けて悪いようにはしないから」



 とん、と、女王の指先が額に当たり、そこでクラウスの意識は途絶えた。意識を失った彼を、近衛たちが客室へ丁重に運んでいく。それを見届けて、パトリシアは女王に向かい膝を曲げた。



「伯母様、この度は本当にありがとうございました」

「いいわ、と言いたいのだけれど、さすがに肝が冷えました。あの大立ち回りは聞いていたの?」

「……いいえ、まったく」



 パトリシアは、以前から学院での出来事を両親や伯母に相談をしていた。その過程で学院生活をずっと助けてくれていたクラウスを、一度自国に招待するという話も出ていたのだ。しかしそれは卒業パーティーの騒ぎに紛れて連れ去るようなものではなく、もっときちんと外交的手続きを取る筈だった。女王は初めから卒業パーティーに参加する予定ではあったが、それは姪に嫌がらせを続けていたフラヴィア・ゲミュートを見る為だけで、あのように断罪する予定もなかった。


 クラウスの婚約破棄騒動は完全な想定外であったが、そのあとの女王の動きもアドリブでパトリシアも先の動きがまったく分からなかったのだ。何とか上手くいったからよかったし、助けてもらった分際で文句を言うべきではないと知っているパトリシアは賢く口を噤んだ。



「こういったことは次はないに越したことはないけれど、もしあるのであればもう少し準備はしっかりなさいね。じゃあ私はもう仕事に行くから、パトリシアもよく休みなさい。貴女のお母様はあとはもう咳が出ているだけですけど、会うのは明日でいいでしょう」

「はい、伯母様、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう」



 伯母を見送り、パトリシアはふうと息を吐いた。久しぶりの自国は、何だか空気さえも懐かしくて安心感からか眠気を誘う。



「パトリシア様、陛下のおっしゃる通りにお休みになってはいかがでしょうか」



 パトリシアにそう話しかけたのは、彼女専属のメイドの内の一人だった。古参であるケイリーという名のそのメイドは、パトリシアが生まれる前から王宮に仕えている。パトリシアはその気遣いに笑って応えた。



「そうですね、そうしましょうか」

「……あらまあ」

「? 何です?」

「パトリシア様が素直に言うことを聞くなんて」

「どういう意味ですか」

「ふふふ、その通りの意味ですわ。留学はよい刺激になったようですね」

「……そうですね」



 魔法先進国であるアルメヒティヒ王国の魔法技術は、大陸一であり世界的に見ても最上位だ。その分生活のほとんど全てを魔法に依存しているが、けれどそれがこの国のやり方でもあった。そんな国で王女として生まれたパトリシアは、素晴らしく多くの魔力を持っていた。感覚派であった為に、習う前に多くの魔法を使いこなしては教師陣をよく驚かせていた子どもだった。


 そんなパトリシアは指先一つで大抵のことを行ってしまうので、休憩という概念をあまり持っていなかった。好奇心が強く、遊びも勉強もやりたいことが多くて時間が足りないとずっと動き回っていたのだ。それでも子どもの体には休息が必要で、メイドや教育係たちは才気あふれる小さな王女をベッドに押し込めるのに大変苦労したものだった。それがいきなり素直に休憩を取るというのだから、古参メイドであるケイリーが驚くのも無理はない。


 くすくすと笑うケイリーに気恥ずかしさを覚えながら、パトリシアは少し視線を外した。



「休む準備をしてください。あと殿下が……。ああいえ、もしクラウス殿下が起きたらすぐに伝えるように」

「ええ、ええ、畏まりましたわ」



 パトリシアはやはり笑いながら一旦下がるケイリーにむっと口を尖らせて、けれど何も言わずにまたふっと息を吐いて自室に戻った。

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