第九章 終わらない地獄 2 楽夜VSスライムクイーン
「グレン様によると、あなた達の迷宮に、一人の男を出向かせたようよ。ちなみに、その男の名は、ラドン」
俺は、その男の名を聞いた途端、心の中が驚きで埋め尽くされた。何せ、ラドンは、猫魔物との戦いで死んでしまっているはずなのだ。それなのに何故……
「それは、我から話そう」
そう言ったのは、恐らくグレンだろう。
「どうせお前は、スライムクイーンによって、我らの手に落ちる。仲間になら教えても構わないと判断した」
ちょっと気が早すぎると思うが、教えてくれると言うのなら、喜んで聞かせてもらおう。
「我は、戦死した者の気配を察知し、そこから、我が生き返らせて配下にしたいと思った者を、ここヒューリ城に呼び寄せることができるのだ。我は、2、3週間前、ある者の気配を感じ、このヒューリ城に呼び寄せた。その者こそが、ラドンだ。ラドンの話によると、楽夜とエミルと共闘し、ニャロニードに挑むも、自分は死に、勝利は絶望的だ、ということだ。そこで、我はこう言ったのだ。ならば、我がお前の主となり、お前を生き返らせることで、ニャロニードや、楽夜とやらへの復讐の機会をやろう、と。ラドンは喜んで受け入れ、我の配下となることを選んだ。それからラドンは鍛錬を積み、今では、世界トップクラスのハンマーの使い手となり、そして、楽夜とエミルが迷宮の守護部屋にいない今を狙って、迷宮を襲撃した、という訳だ。これで、お前が我を倒したとしても、お前達の帰る場所はもう無い! ハ――ッハッハッハッハ!」
そうグレンが勝ち誇ったように言い放つ。が、ラドンがグレンの配下となっていた事を除けば、全て俺の想定内だ。俺達の守護部屋には、すでにエリュンが向かっているし、そのエリュンに劣らない者と言えば、それこそ、勇者や英雄と呼ばれている、世界トップクラスの……って、ん? そういえば、さっき、グレンは、ラドンについて、世界トップクラスのハンマーの使い手って言ってたよな?
……ヤバいかもしれない。早くここを片付けて、エリュンの援護に向かわなければならない。俺はそう一瞬考えた。だが、今は、エミル達の救助とグレンの撃破が最優先だ。ラドンの撃破は……エリュンならできると信じよう。
さて、俺がそう考えている時だった。
「精神を痛めつけた後は、肉体を徹底的に痛めつけましょう。行くわ! 『ダブルクロス・エックス』!」
そうスライムクイーンが唱えると、俺の腹と背中の十字型の傷口から、大量のスライムが俺の体の中に入り込んでくる。スライムの感触がネチョネチョとしているのと、傷口が激しく痛むのとで、俺の気分はもう最悪だ。が、その時。
俺の傷口の中に入ったスライム達が、突如膨らみ始める。俺の腹はパンパンに膨れ上がり、傷口も大きく開いている。と、その時だった。ここにいるはずのない、いるのはまずおかしい存在が俺の前に現れる。その存在とは、スライムクイーンの事だ。ここは、スライムクイーンの体の中だ。故に、スライムクイーン自身の意思をここに持ってくる事は可能だが、肉体を持ってくるのは不可能なはずだ。それなのに、何故……
と、その時。最悪を超える事態が起こる。スライムクイーンが指をまっすぐに伸ばし、俺の腹の傷口に向かって手を突き刺す。
「な……何?」
俺がそう声を上げるのと同時に、スライム達が俺の体の中から抜け、俺の腹の膨らみは元に戻る。が、俺の腹の傷口には、未だにスライムクイーンの手が刺さったままだ。
と、次の瞬間、スライムクイーンの手が、俺の体の奥深くまで突き刺さろうと、暴れ始める。俺は、口から血を吐き出す。それでも、スライムクイーンは、俺の腹の傷口に刺さる手を抜かないどころか、より深くまで手を突っ込んでくる。やがて、その手は、内臓をかき分けて、背中の傷口にまで達する。と、スライムクイーンの腕が、黄金に光り始める。その時、スライムクイーンの柔らかった腕が急に硬化し、細かく震えだす。
すると、俺の腹の皮膚がだんだん剥がれ、腹の筋肉もほぐされていく。と、俺の体の内部が、スライムクイーンによって斬り刻まれていく。俺はあまりの痛みに声を上げる事すらかなわないまま、意識を失い――
「死なせないわ」
という声が聞こえたかと思うと、俺の意識は現実へと引き戻される。スライムクイーンの手は俺の体から抜けており、傷口も塞がっていた。だが、その場所はスライムクイーンの体の中のままだ。
「どう? 降参して私の配下になる気にはなったかしら?」
「まだまだだ……こんなところで負けるわけにはいけねえんだよ……」
「そう。じゃあ、あなたを、私に逆らいたくても逆らえない、私の忠実な配下に仕立て上げるわ!」
そのスライムクイーンの声が、俺の心の中で反響するのだった。




