第一章 冒険の始まり 3 再戦の時
戦況は回復したが、その直後、またもや、戦況が悪化する。
猫魔物から赤いオーラが立ちのぼり、猫魔物を包み込む。赤いオーラが霧のように散った後には、猫魔物の目が赤く光る。身体も大きくなっており、俺達よりもかなりでかくなっている。恐らく、『暴走』を発動してしまったのだろう。すると、猫魔物の体から、赤いオーラがこちらに向けて放たれる。
「楽夜、避けろ! 当たったら死ぬぞ!」
そのラドンの声に素早く反応した俺は、横に飛びずさり、オーラを避けた。
赤いオーラは、俺がもといた空間を包み、すぐに猫魔物のもとに戻っていく。
猫魔物は、自身の分身を二体召喚した。
猫魔物の分身は、二体とも、ラドンと交戦する。が、俺としては、ラドンは、本体と戦ってほしかった。俺が猫魔物と戦った場合、確実に俺は負けるはずだからだ。
ニャロニードは、そもそも攻撃力が高い。技によっては、超一流の冒険者も、死に至ることもある。そんなニャロニードの上位個体が『暴走』を発動してしまったら、最悪、世界が滅びかねない。それほど、ニャロニードとは危険な魔物なのだ。
だが、暴走状態のニャロニードの最も危険な点は、攻撃力の高さではない。確かに、攻撃力が高いのも、危険な点ではある。しかし、それ以上に恐ろしい技がある。それは、『バリア』という技だ。が、どのような効果だったかは、俺自身も覚えていないのだ。ただし、自身を守るだけの、他の魔物でも使用できるような効果ではないということだけは覚えている。
さて、俺がいろいろ考えている間に、猫魔物は、攻撃を仕掛けて来ていた。
俺が気づいた時には、猫魔物の拳は、俺の目の前に迫っていた。俺は、とっさに盾を構え、猫魔物の攻撃を防御する。
すると、猫魔物は、もう一度赤いオーラを俺に向けて放つ。よく見ると、さっきよりも若干、速度が速い。
「『分身』、召喚!」
俺は、とっさにそう唱え、分身を身代わりにして、かろうじてオーラの回避に成功する。が、ここで、俺が想定もしなかった事態が起こる。
赤いオーラが、俺の分身を包み込むと、オーラは、人のような形に変形した。
さらに、猫魔物が、俺に向かって、バリアを放つ。それと同時に、オーラの魔物は、俺に体当たりをしてきた。
俺は、その体当たりで大ダメージを負い、壁に体を激しく打ちつける。そして、後からどっと疲労感が押し寄せて来る。
体が思うように動かない。さらに、猫魔物が放ったバリアが俺に向かって来る。
俺は、バリアに閉じ込められてしまった。何とか力を振り絞って、刀でバリアに攻撃し、破壊を試みたが、割れる気配は全く無い。
その上、バリアには、三つの効果が付与されているようだった。一つ目は、猫魔物の『特別香』と同じ効果の、誘惑の効果だ。二つ目は、回復魔法の、回復の効果だ。そして、三つ目はよく分からないが、バリアに閉じ込められた途端、俺は、理性を失ったかのように、本能だけで動こうとしている。恐らく、その三つ目の効果は、本能の爆発を促進させる効果だろう。そして、この三つの効果が合わさることで、敵を万全の状態で誘惑する、とても凶悪な機能になってしまうはずだ。
そして、このバリアに閉じ込められている俺は、言うまでもなく、この機能の影響を受けている。
俺が閉じ込められていることに気がついたラドンが俺のもとに駆け寄って来て、ハンマーでバリアを割ろうとする。しかし、それは、衝撃によって生まれた不愉快な音を、あたりに響かせただけで、全く割れそうにない。
さらに、ラドンが、背後から、二体の猫魔物の分身に襲われ、倒れる。
そして、魔物達が、エミルに牙を剥く。
エミルは、何とか避けて、ノーダメージだが、そろそろ体力の限界を迎えているようだ。
その時、俺の力が一気に抜ける。体力もまだまだあり、元気なのにも関わらず、だ。恐らく、猫魔物の誘惑が始まったのだろう。
そこからは、猫魔物の手によって誘惑されていた。猫魔物のふわふわな毛の生えた腕に抱かれたような感覚を感じると、急に、激しい眠気に襲われる。とても抗い難い眠気だ。
ついに、俺は目を閉じてしまう。このままだと、俺は猫魔物に誘惑されてしまう。が、眠気に抗えない以上、どうすることも出来ない。
その時だった。
「キャ――ッ!」
そのエミルの悲鳴を耳にしたが、そこまでだった。
俺は、完全に眠りに落ちる。そして、その直後、俺の自我が塗り潰される感覚を俺は感じた。