第七章 ヒューリ城 3 楽夜、覚醒
楽夜は、自身の無力さを恨む。自身を助けに飛び出してきたクロムを死の危険に晒してしまった上に、そんなクロムに対して、何もできない。それは、クロムに仕えている楽夜にとって、とてつもない屈辱だった。
無論、楽夜がクロムを助けに行けないのには、いくつかの理由があった。一つ目は、『樹林化―滅―』で、気力を根こそぎ奪われてしまったから、だ。気力は、多少は回復してきたが、まだまだ戦おうと意気込めるほどにまで回復した訳ではない。故に、まだ動くことはできないのだ。それに加えて、二つ目の理由である、刀が砕かれてしまったから、という事象が組み合わさり、楽夜の屈辱を生んでいた。
普通なら、気力が足りず、武器を壊されていて、戦おうと思っても戦う事ができないという状況なら、諦めるだろう。だが、楽夜は、そんなことを言い訳にはしなかった。もっと、他の原因があるはずだと考えたのだ。そして、考えに考え抜いた結果、一つの結論に辿り着いた。その結論は、クロムへの忠誠心が足りないから、というものだった。もし、自分がクロムに完全なる忠誠を誓っていたならば、例え動く気力が足りなくとも、刀が砕けていたとしても、クロムを守るために動いただろう、そう楽夜は考えたのだ。
その考えは、無茶なものだった。主を守るために動いたとしても、そんな無茶な事をすれば、楽夜の体が壊れてしまうだろう。だが、楽夜は、それが正しい考えだと思い込んでしまった。
そして、楽夜は、更なる強さを求めた。だが、刀が折れてしまっている以上、強さのために高みを目指そうとしても、どうしようもない、それが常人の考えだろう。だが、今の楽夜の考えは、常人を逸脱し、狂っ《・》て《・》い《・》た《・》。
楽夜は考える。クロムは、敵と一線戦わせるだけなら、そこまで強くならない事を知っているのではないか、と。ならば、クロムは、自分をもっと強くする手段を用意しているのではないかと、楽夜は推測した。
そして、楽夜は、行動に移る。石畳の上を這いずり、クロムに近づいていく。グレンが、ジュリンと激闘を繰り広げているようだが、自分には関係のない事だと割り切り、少しずつ、だが、着実に前に進む。
その内に、楽夜の元に、クロムが駆け寄る。どうやら、腕と足の樹木が外れたようだ。そんなクロムに、楽夜が声をかける。
「クロム……俺に力をくれ……」
そうは言っても、クロムから良い答えが返ってこないのが普通だ。しかし。
「……良いわ。本当なら、戦いの後に使おうと思っていたけれど、今は事情が事情だから……仕方ないわね。楽夜、これを使って。」
そう言って、クロムが、楽夜に、金色のキューブを手渡した。
「クロム……これは……?」
「これは、【覚醒の秘宝】。これを持って、強くなりたいと念じたら、覚醒する事ができるの。その時、運が良ければ、希少な武器が一緒にドロップされる事もあるわ。さあ、力を望むのなら、その【覚醒の秘宝】に念じなさい!」
そうクロムが言い放つ。楽夜は、一度深呼吸をして、気を落ち着かせてから、こう念じる。
(俺は、クロムを、グレンを守り抜ける、強い戦士になりたい。俺は、新たな力を欲する。【覚醒の秘宝】よ、俺の願いに答えてくれ!)
と、【覚醒の秘宝】が、強い光を放ち、輝き出す。楽夜とクロムは、あまりの眩しさに、目が眩んでいる。
その時、金色の光が、楽夜を覆う。と、楽夜の力が、大きく上昇する。楽夜自身も、自分のステータスが大幅に上がったことに気づき、驚いている。
だが、【覚醒の秘宝】の効力は、それだけにとどまらなかった。光が弱まり、回りが見えるようになった楽夜が、自身の足元を見ると、そこには、一本の刀が置いてあった。その刀を見たクロムが、驚きの声を上げる。
「嘘でしょ!? これ、『妖斬刀・旋風』じゃない!」
そうクロムが声を上げるのも、無理もない話だった。何故なら、妖斬刀は、世界に五本しか現存せず、『妖斬刀・旋風』は、その内の一つで、唯一無二のものだからだ。伝説だと考えられており、実質無いものだとされていたからだ。そのようなものが、自分の前に出てきたとなれば、驚くのも当然だろう。
さて、伝説の刀騒動はあったものの、準備は整った。
「楽夜、行くわよ!」
そう言ったクロムとともに、楽夜は、走り出していった。




