第七章 ヒューリ城 2 因縁の再戦
ジュリンは、自身の周りに、無数の樹木を生やして待ち構えていた。
「よし、袋のネズミね! 『樹林化―炎―』!」
そうジュリンが唱えるのとほぼ同時に、ジュリンの近くで待機していた樹木達が、炎を纏い、俺に向かって襲いかかってきた。
俺は、最初の樹木を、最小限の動きで避ける。が、そこに、二本の樹木が追撃を仕掛けてくる。俺は、その二本の樹木の間をすり抜ける。が、その先にも樹木がおり、攻撃を仕掛けてくる。一撃一撃がかなりの威力を持っており、まともにくらってでもジュリンを狙う、というのは得策ではないだろう。
俺は、必死で樹木を避けながら、何故、袋のネズミなんだろうか、と考える。袋のネズミは、追い詰められて逃げられなくなった様子を表す言葉だったはずだが、今の俺は、そこまで追い詰められている訳では無い。別に、まだ一撃も掠ってないので、全然追い詰められてもいないんだが、それなのに、何故――
と、その時だった。俺の背中に、燃えるような痛みが走った。俺が驚いて後ろを見ると、そこでは、ジュリンの『樹木結界』のために召喚された樹木達が、炎を纏って、俺に牙を剥いていた。
俺は、確かに袋のネズミだな、と考えながら、必死で樹木達の攻撃を避けていく。
先ほど言った通り、樹木達の動きは、決して単純で、規則性のあるようなものではない。時に、フェイントや誘い込みなど、あの手この手を使い、俺に攻撃を命中させようとしている。さらに、樹木達の動きは、全く鈍る様子が無い。一方で、俺は、目視と勘での回避となるが、そのほとんどを、運に任せている。さらに、俺には、体力の限界があり、どんどん疲労が溜まっていき、動きも鈍っていく。このままでは、何とか維持しているこの戦況が崩れるのも、時間の問題だ。
そんな中、樹木達の攻撃は、より激しくなっていく。俺の体に、樹木が掠り始めている。これは本当にマズいと俺は悟った。そして、その予感は、見事に的中する。背後から、樹木が仕掛けてきた。さらに、同時に、他の三方向からも、樹木が迫ってきている。俺は、横から迫ってきている樹木二本には、刀と盾で対処したが、前後から迫ってきている樹木には、手も足も出ない。俺は、一撃をまともにくらってしまい、さらに、体勢を崩すという最悪の状況に陥ってしまった。となれば、ジュリンは、そこを狙っての集中攻撃を仕掛けてくるに違いないだろう。
俺のその予想は、またもや見事に的中した。樹木達は、俺に一点集中して攻撃を仕掛けてきた。逆に言えば、それは、ジュリンの守りが薄くなったことも意味する。つまり、今ジュリンを狙えば、最高で撃破、最悪でも、ある程度の打撃は与える事が出来るだろう。だが、俺が動けば、すぐにジュリンに気づかれてしまうだろう。一体どうすれば――と俺が考えていた、その時だった。名案が、俺の頭に浮かび上がってきた。
その名案とは、『分身』を召喚し、こっそりジュリンの背後に忍び寄らせ、俺がピンチを演出して、ジュリンが油断したところで、ジュリンに攻撃を加えるという作戦だ。これなら、ジュリンに作戦の内容を見抜かれない限り、俺の勝ちは約束されるようなものだろう。
となれば、善は急げ、だ。俺は、『分身』を召喚し、ジュリンの後ろへと回り込ませる。が、ジュリンは気づいていないようだ。これが成功したことで、俺の勝率が、僅かながら上がった事だろう。だが、その間にも、俺は、攻撃を受けている。俺のHPにも限界がある以上、早く不意を突いて、倒してしまいたいが、焦りは、失敗に繋がりかねない。慎重に事を進めていきたい。
俺にじわじわとダメージが蓄積していく。そんな中で、俺は、過剰にピンチを演出する。
「くっ……ジュリン……なかなかやるな……これは本当に……マズいかも知れないな……」
俺は、そう口にする。それを聞いたジュリンの口の端が、僅かに上がったのが見えた。
ジュリンは、自身の勝ちを確信しているのだろうか、或いは、もっと別の何かからくる笑みなのか……今のままでは、よく分からないが、今の俺の言葉で、ジュリンが油断した可能性は、十分にある。ここは、奇襲作戦を実行に移してみよう。
俺は、分身に目配せをし、分身を動かせる。分身は、無詠唱で『オーバーブレード』を発動し、ジュリンに斬りかかる。これがきまれば、ジュリンに大打撃を与えられるのは間違いないだろう。逆に、気づかれてしまえば、ジュリンの警戒心を強めてしまう。だが、分身の刀は、ジュリンにあと僅かのところにまで迫っていて、ここからジュリンが反応するのは不可能だろう。俺は、そう考えていた。だが……
分身がジュリンに攻撃を加えようと刀を振り下ろす。その刀は、ジュリンに届くかと思われたが、その時だった。地面から樹木が生え、分身を突き上げていた。
「なっ……」
俺は、まさかの作戦の失敗に、絶句するしかなかった。




