第三章 無双と枷 2 弱体化
俺達は、エミルを解放したことに喜んでいた。が、気を抜くのには、まだ早かった。悪魔が、
「自分の技で相手を有利にしてしまうとはな。だが、これからだ。『シモベ化』、発動!」
と唱えた。すると、どこからか発生した闇のようなものが、エミルを包み込む。と、エミルに変化が。
エミルの手や足が、どんどん黒く染まっていく。さらに、歯もギザギザになっており、まるで、悪魔のようになっていた。
「エミル?」
俺は、そのエミルの姿を見て、大丈夫かと心配する。が、今はそんな事を思っている場合じゃなさそうだ。エミルは、ハンマーを振り上げ、俺に叩きつける。その技は、『大星破壊』だ。
この技は、俺がくらったら、間違いなく死ぬような、ヤバい技なのだ。
俺は、危険を素早く察知し、慌てて避ける。これでエミルも体勢を崩し、一安心――とはならなかった。
エミルは、前のめりになりながらも、俺を正確に捉え、ハンマーを俺に打ちつけてくる
「くっ……!」
俺は、その場に踏みとどまり、何とか壁との衝突を避けた。
しかし、やはり、エミルは、敵に回すと厄介だ。エミルが弱体化していない状態で『大星破壊』を出したら、本当に星が砕け散りそうで怖い。
そんな事を考えながらも、集中は途絶えさせずに、エミルの様子を探る。そして、分かった事がある。
それは、エミルが自分で『シモベ化』を解除する事が出来ないという事だ。自由意思が奪われている上に、猫魔物の『誘惑香』とは違い、強制的に従わせる技なので、例え強靭な精神を持っていても自力での解除は不可能だ。
では、解除するには、どうすればいいのか。簡単な事だ。悪魔を倒す。それだけだ。
という事で、エミルと戦う必要が無くなった今、悪魔をさっさと倒して、この戦いを終わらせようと思ったのだが、エミルがそれを許さない。俺の進路を塞ぎ、何度もハンマーによる攻撃を繰り返してくる。そこで、俺は、こう指示する。
「ジョン、オリク! エミルを殺さない程度に攻撃を仕掛けてくれ!」
「はあ!? 何言ってんだ、楽夜! 攻撃なんかしてどうするつもりだよ!」
「落ち着け、ジョン。あくまでも、攻撃を仕掛けるのは、エミルに疲労を蓄積させて、行動不能に陥らせるためで、エミルを殺すつもりなど毛頭無い! 俺は、悪魔の撃破に向かう! 悪魔が倒れたら、エミルへの攻撃を止めてもいいが、それまでは、エミルを俺の方に向かわせないようにしておいてくれ!」
「はぁ……分かった。が、エミルがケガするのぐらいは、許容してくれよ!」
「私もやる。エミルを解放してあげないと。」
「じゃあ、そっちは頼んだ!」
俺は、そうオリク達に指示をし、悪魔の元へ向かう。
「お前、よくもエミルを奪ったな! 許さないぞ!」
俺はそう言い放ち、悪魔に攻撃を仕掛けようとした。が、それは、悪魔の驚きの返答により、遮られる事となる。
「お前の大事な女が、お前の元に無事で帰ると本気で思ってるのか?」
「なっ……どういう事だ?」
「ふん、答える訳が無い……と言いたいところだが、どうせお前はもうすぐ死ぬ。教えてやってもいいだろう。俺の『シモベ化』は、対象を自分のシモベにする事ができ、そして、その効果は、一生続く。」
「ちょっと待て。一生っていうのは、その主が死んだら効果が切れる訳じゃなく……?」
「そうだ。対象の命が尽きるまで、効果は続く。そのため、お前の大事な女は、帰ってくる事はない……はずだ。」
「ん? はずだ、って事は、帰ってくる見込みはゼロじゃないっていうことか?」
「さあ、知らん。」
俺は、その会話で、絶望を感じた。死ぬまで一生効果が続き、自力での解除は不可能。さらに、悪魔でないと解除できない。つまり……
「エミルが帰ってくる見込みなど、少しも無い……?」
「そうなるな。」
その悪魔の返答を聞いた俺は、目の前が真っ暗になったかのように、絶望する。こっちの世界《ゲーム世界》に来て初めてできた、信頼できる仲間。こっちの世界《ゲーム世界》で俺が出会った、唯一の同胞。そんなエミルを奪われた。そんな状況で、俺に芽生えたもの、それは――
「さて、話すのもこのくらいでいいだろう。もうお前に用はない。さっさと消えてもらおう。」
悪魔の言葉を聞いた時、俺の中でボンヤリと浮かんでいた何かが、ハッキリとした。
それは、闘志。エミルを奪われた事で新たに生まれた、闘志である。
「はあぁぁぁ――!」
俺は、力を込め、刀を悪魔目掛けて振り下ろす。その刀は、悪魔に避けられてしまう。が、本命はそれではなく――
「どうした、気でも狂ったか? まあ、そっちの方が、こちらにとっては好都合――」
その悪魔の言葉は、途中で途絶える。悪魔は、体が切り裂かれている。
何があったのかというと、俺が、返しの一撃で、無詠唱で『オーバーブレード』を繰り出したのだ。その一撃に悪魔は反応できず、まともにくらって、体が大きく切り裂かれてしまったのだ。
「消えるのはお前だ、忌々しい悪魔め」
俺は、最後にそう言い残し、悪魔の元を離れた。俺が振り返った時、すでに悪魔の姿は消えており――
こうして、俺は、勝利を掴み取ったのだった。




