『ビクトリアス第一王女の諦観』 覚醒者達の道行き
ビクトリアス王女殿下の物語に於ける、
起、承、転、結の『結』部分 前作を読んで頂けると、更に物語が色づきます。https://ncode.syosetu.com/n0827il/
【激注意!】 短編では有りますが、約六万字の長文短編。 合わないと思ったらブラウザバック宜しくお願い致します。
――――― 其処は、王宮内のビョートル殿下の御座所。
御帰還に成った王太子殿下に兄様の私室に招かれたのよ。 ええ、公の場では無い、あくまでも『私』たる場所にね。 公式な記録も、衆人環視な場所でも無く、只々、殿下が個人として『呼吸』が出来る場所に。
半年前の様に、第一王女として過不足ない装いを身に纏う。 もう私は、『 冢宰 』では無いし、兄様の『 妹 』と云う立場でお会いしたの。
私も、いろいろとお話したい事もあったから、植え付けられた笑顔を顔に浮かべて、王太子殿下の前に座ったの。 そうね、今、兄様の居室には、私と兄様しか居ない。 人払いをされた兄様もまた、ただただ、『 兄妹 』として、私とお話がしたいと、そう望まれているのね。
明け透けに云えば、『腹を割って話したい』って事。 そうね、私もそう思うのよ。 色々と御宸襟に有るのでしょうし、今後の事だって、色々とご心配されている筈だもの。 不安や疑心暗鬼は払拭すべきよね。 国王陛下と王弟殿下の間の様に、微妙な不協和音が存在するなんて、この国の未来の為には良くない事だもの。
いいわ、なんでも仰って。 わたくしの『本心』を、お話する良い機会になるんですもの。
「リア…… 本当にやってくれたな」
「王太子殿下。 それは、どういった意味でしょうか? わたくしは、王族として成すべきを成し、王国の安寧を護った迄。 そして、王太子殿下の御帰還に伴い、わたくしに分与されていた、権限をお返しするのは、本筋。 どうして、その様に仰るのでしょうか?」
「…………いや、リアがな、何を想い、何を成したかを考えるに、心寒いモノを覚えるのだ。 リアが望みに思う事を、言おうか? ” その身に受けし、重大なる責務を全うしたる事、感謝しよう。 わたしが帰還した故、過大に過ぎるその責務、私が引き継ごう。” ……これで良いか、リア?」
「正にッ! 有難き幸せ。 『冢宰』が使命は、王権を担う方が不在の場合、臨時に置かれる『権能』。 云わば代理。 本筋の王権保持者である王太子殿下が御帰還とあれば、その任は不要となりしょう? 何も問題は御座いません。 国王陛下御帰還までの間は、わたくしも王太子殿下の御側にて、政務の一端を担います。 我が国の安寧にご尽力いただきとうございます」
「それは、判っている。 いや、そうじゃない。 私が問いたかったのは……」
「不要に御座います。 第一王位継承者が御健在ならば、それが、一番なのです」
「……判ったよ。 それが、リアの本心からの言葉ならば何も言うまい。 ビクトリアス第一王女。 役目、ご苦労であった」
「勿体なく」
兄様は、厳しく冷徹な表情を緩め、且つて、王城庭園で一緒に遊んだ頃の様な、慈悲深くて少々困った様な笑みをその『顔』に浮かべ、溜息を吐かれる。 なんとも、遣り切れない思いの発露か、言葉を選ばれる様な御声で、わたしに語り掛けられるの。
「まったく、可愛げが無くなったものだ。 強情と云うか、頑固というか。 私はね、リア。 あのまま王国南方領域の太守となっても良かったのだよ」
「御戯れを。 正統なる王の系譜となられる王太子殿下の御言葉とは思えませぬ」
「硬いな、リアは。 王太子と同等の教育が、リアをそんな風にしてしまったのかい? いや、私はね、南方領域で、次々と入るリアの行動の報告に、『思う』物が有ったのだよ。 このまま…… 『リア』が、女王として『我が国』を率いるのも、それはそれで、なんら問題は無いんだとね。 まぁ、それ程の、『王器』をリアは示したと云う事さ。 ” 困難に当たっては、黄金の鬣を持つ獅子の様に気高く、誉れ高く、穢れなく ” 始祖が血脈は、確かに受け継がれていたと云う事なんだよ。 それも、リアに色濃くね。 私がリアの立場だったら…… もう少し引き気味に、しかし、将来に禍根を残しそうな決断に至ったかも知れない」
「その様な事は有りますまい。 わたくしは、兄様と同様の教育を受けました。 そして、その教育のお陰でなんとか、責務を果たす事が出来ました。 同様な立場に兄様が置かれたのならば、そして『御心』の強い兄様ならば、わたくしよりもっと上手く、事態を収拾されていた事でしょう。 野心に満ちた者達も、相応に慰撫し、以て王権を尊重出来得る、崇高な藩屏たる者に成らしめたかもしれませぬ。 しかし、わたくしにはその道筋が見えませんでした」
遠い目をした兄様。 あの擾乱は、我が国の貴族の相当数が関わっていた事が判明している。 まさに、王国存亡の危機だったのだと云える。 だからこそ、私は見せ付けねば成らなかった。 王家の矜持は不滅だと。 それが故に、高位貴族の処断も、苛烈を極めねば成らなかったのだ。
貴族家の特権を排除し、恩赦を禁じ、『罪』に等しい『罰』を与えなければ、諸外国からの侮りを受ける。 それは、王国の未来に於いて、決して見過ごしにすべきでは無い、重大な岐路となる筈。 自身の風聞など、顧みる暇も無い。 どんな陰口を叩かれようとも、成さねば成らない、『断罪』だったのだ。
「……三十八家か」
「はい、三十八家でした。 内、三家は侯爵家。 国家反逆は大罪にて、罰は『死罪』しかありませんでした。 高貴なる者も、その罪の前には全ての特権を剥がされ、流浪の民と同様に罰を受けねばなりません。 名誉の死を与える事など、以ての外。 ……全ての『処刑』はわたくしが同席しました。 『愚鈍な王女』と云う評価は、『血に飢えた王女』と云うモノに塗り替わりはしましたが、それもまた、王族の『責務』でしょう」
「リアの覚悟と矜持は、激烈だな。 『不磨の大典』が、求めし事を実行するのは、心が強く無くては出来ない事だよ。 それをリアが成したんだ。 リアの心に深き『傷』を与えたのでは無いかと、心配にもなる」
「法務尚書により、詳らかにされた、国家転覆謀議の仔細により、対象は厳選致しましたが、それでも尚、百を超す貴族が命を失いました。 我が国にとって重大な損失です。 何が不満だったのか、何が彼等の野心に火をつけたのか…… 今は深くその事に、注視すべき時だと思うのです」
「王家に…… 我らに『隙』があったか。 造反の芽を見出す事が出来なんだとは、なんとも不甲斐ない事だ」
「長きに渡る『平穏な日々』と、『和を以て貴しとなす』をいう、王家の施策の盲点と申しましょうか。 心は縛れませぬ。 しかし、我が国の貴族等には、王国の藩屏たるを『矜持』として貰いたかった……」
「教育か。 大公家の教育官には、王国学院への復帰を急いでもらわねばな」
「はい、兄様」
腕を組み、深い色をした瞳で私を見詰める兄様。 その表情には慈愛が浮かんでいる。 両手が血塗れになった、異母妹を見る眼は、痛ましそうな色を浮かべているの。 そんな目で見ないで欲しい。 だって、私が成した事は、王国の未来を護った事なんだもの。
「それにしても、リア。 『重責』によく耐えた。 礼を言う。 それで、アレの処遇はどうする?」
「それは、国王陛下にお願いいたします。 わたくしには、どうしようも有りません。 民を、家臣を思うならば、極刑も辞さず…… では、ありますが、心の弱いわたくしでは、その断は下せません」
「……なるほどな。 リアの存念か。 あのバカが、同母弟ではな。 その辺りは、陛下にご相談申し上げる。 リアの箴言が効いたのか、黒の塔の中で自身の心と向き合っていると報告があった。 何一つ『語る事無く』な」
「”喋らず、囀らず、思考せよ”と、申し付けましたので」
「……後悔の念で、心が張り裂けそうになっているだろうな。 敢えて、リアが首謀者共の末路を、アレに報告させていたのも…… 理解出来る。 自身が何に利用され、何を命じ、その結果何が起ころうとしたのか。 思考の深淵に飲み込まれているのだろう、モノも言わず、喰うモノすら喰わず、思考に埋没しているそうだ。 その辺りは、リアとそっくりだな。 ……もう少し早く、そこに気が付いていれば、と思わなくも無い」
「御意に。 ……わたくしも後悔しております」
私達の間に沈黙が落ちる。 想いは遥かに遠く、そして、無残にも手は届かない。 愚弟の処遇は国王陛下にお願いするしかない。 コレも、私への罰なのだろうか。 あの子の事を思うと、今も胸が痛い。
――― § ――― § ―――
ビョートル王太子殿下が親征より御帰還に成ったのは……
―――― あれからほぼ半年の時間が過ぎ去った頃だった。
やっとの事で『フェローズ同盟』の調停に成功した国王陛下御帰還の予定も立てられ、これで、我が国も正当な国主に戻って戴ける。 もうすぐ、この国も『常態』に復する事が出来るのだ。 重臣達も皆、安堵したと思う。
いくら優秀な王太子殿下であっても、まだまだ、研鑽の途中。 魑魅魍魎跋扈する、国際政治の舞台へのデビューには、いささか早いとも云える。 まだまだ、国王陛下の御威光に縋るのが現状なのよ。 兄様は、至高への階の途中に居られるの。 研鑽と実務により、まだまだ鍛える余地があるのだから。 でも、一歩一歩、兄様は進まれているわ。 だから、あまり心配はしていない。 この国は、光に向かって歩んでいるのよ。 でもね……
―――― 今は、内政を落ち着かせる方が先決なのだもの。
対外的には、『フェローズ同盟』締結の『巨大な成果』を齎された、国王陛下が燦然と輝く太陽の様に存在されて居るのだものね。 国情を安定させ、失った貴族達の代わりに成る者達を見出し、以てこの国を安堵せねば成らないんだもの。
王太子殿下の御尽力により、南方国境付近のドタバタも、何とか収束出来た。 王太子殿下の縦横無尽な駆け引きと、『狡知』とも云える策の結果、王国側の不逞の輩が画策していたゴタゴタは露に消えたの。 もう南方領域での不穏な動きも無くなり、王太子殿下の親征は終結出来た。
ビョートル王太子殿下は、完全なる勝利と共に、王都へと御帰還となったの。
私は、もうヘトヘトだったの。 本当に良かったと、胸を撫で下ろせた。
御帰還後、直ぐに私は『冢宰』が職務を辞したわ。 それは、当然の事なのよ。 だって、王権行使上、『冢宰』の命令権は、王太子殿下の上位に有るの。 王位継承権第一位の方が、第二位の私の命令を聴く? 有り得ないでしょ。
だから、南方領平定完了の『凱旋式』が開催される前に、『謁見の間』を使って皆に知らしめたの。 王太子殿下には、玉座に座って貰って、預からせて頂いていた『準王錫』を返還し、『冢宰』が職を辞すると、そう奏上したのよ。
―――― 臣下の礼を取ってね。
尚書の方々が居並ぶ、荘厳な雰囲気の『謁見の間』。 私は、官吏が着用を義務付けられている『官服』を身に纏い、玉座の下に身を置いて、そう奏上したのよ。 冷徹な視線を私に向けた兄様。 その視線は探る様な光を浮かべていたの。
ただね、それでも……
兄様の視線には、私が『冢宰』を引き続き務めるとなっていても ” おかしくない ” 、むしろ、その方が自然だとも云える…… なんていう『諦観』とも取れる、不思議な光を宿されて、私を見詰めていらしたわ。
深い声が『謁見の間』に広がる。
「『冢宰』の権能を保持し続けようとは…… 思わんのか?」
「『冢宰』が職の『責務』は、わたくしには、荷が勝ちすぎます。 『王器』持たざる者がこの『権能』を保持するのは、国を危うくいたします。 緊急 且つ、他に手段が無かっただけなのです。 此処に、慈愛溢れたる偉大なる王太子殿下が親征より御帰還に成ったのです。 在るべき尊き方が、在るべき場所に戻られた。 危機は去ったのです。 よって、『仮初の権威』は、その役目を終えました」
「あくまでも『代理権限』の執行だった…… と、云うのか、ビクトリアス」
「はい、王太子殿下。 わたくしには、とても、とても、重き『責務』に御座いました」
「そうか…… あい判ったビクトリアス。 諸卿、今より私、王太子ビョートルが、国王陛下が御帰還に成られるまで、この国を預かる。 ビクトリアス。 お前には、我が政務の補助を命じる。 良いか」
「御意に。 承りました」
責任感の強い、王太子殿下ならではの御宣下。 身を律し、国王陛下御帰還まで、この国の頂点として、全てに責任を負われると、そう宣下されたの。 そう云う事を、サラリと宣下される王太子殿下の胆力は、正に次代の国王陛下ね。
私には…… とても、とても。
でもね、ほら、北西部の獣人国との約束だって、まだ完全には果たされてなかったし、長らく王都から親征されていた王太子殿下が直ぐに国政に就かれるのは、何かと無理があるから。 重臣たちとの折衝もあるし、王弟閣下の領地替えと降爵の件もあるし…… 国務尚書と、外務尚書の後任も、そのうち決めなきゃならないし……
問題は山積し、その険しさは、峻厳な山の様なのよ。 王太子殿下…… ビョートル兄様が、どんなに優秀だって、一時に処理できる量を超えるわ。 まぁ、英明たる兄様なら、遣り遂げられるけれど、時間は待ってくれない。 ならば、その補助くらいは…… しなくてはね。
重臣達は、ホッと安堵の息を吐いている。
制度的には、『冢宰』は王太子殿下よりも上。 私が返納を願い出なければ、私が『冢宰』として、王権を握り続ける事も出来るのよ。 色々な処置を下していたら、それまでの私の評価と云うか噂が一変したのは言うまでもない事。
『愚鈍で愚かな第一王女』から冷酷で苛烈な『血に飢えた第一王女』に成り代わったの。 私自身は、なにも変わりはしないのにね。 私は私の『責務』でもある、「不磨の大典」が求める所を、順次粛々と実行したわ。 王国に『法』在りと、諸外国に見せ付ける為にもね。
これで、『フェローズ同盟』の成立は確実となったの。
だって、一度決めた決め事は、何が有ってもどんな高位の者であっても、絶対に破りはしないと、内外に知らしめたんだもの。 そして、それを破る者がどんな高位の者であっても、一切の斟酌はせずに果断に処罰する事も又、『我が国は、”決め事”を破らない国である』と、そう声高に宣言したのも同意なのよ。
私の評判が血に塗れる事など、そんな些細な事は、どうでもよかったのよ。 『愚かで愚鈍な第一王女』のベールを剥ぎ取ったら、悪鬼羅刹がその下に居たって事。 このどうしようも無い事実に、私はただ、頷くしか無かったんだもの。
王家に連綿と続く血統とは、そう云うモノよ。
幼い頃、その事実に恐怖した事は間違いでは無かったと云う訳ね。 封印を解かれた『私の心』は、そんな評判を当たり前の様に受け入れているのが、その証左。 『冷酷で苛烈』な心を持つのは、王族であれば、当たり前な事なんだものね。
王家に生まれし者の『 業 』を、体感したわ。
王太子の勅令を拝命し、諸卿も安堵した。 謁見の間には、王太子の南方領平定の『凱旋式』への準備を始める事が出来るわ。 名実ともに、この国の頂点に立たれる方の、盛大な儀式とも云えるんだもの。
王国上層部が揺れる現在、国内にも、そして、諸外国に対しても、王国は揺るぎないとそう知らしめる為の、儀式としてね。
さて…… 準備はしっかりとしなくてはね。 此処で、王太子殿下に恥をかかせるわけには行かないわ。 王位継承権第二位を保持する私としては、盛大に荘厳に『凱旋式』の準備をする事が、『今』課された、責務と云えるんだもの。
そう、もう表舞台に立つ必要すら無くなったんだもの。 喜ばしい事よね。
――― § ――― § ―――
兄様の居室でのお話合いの後、私は王位継承権第二位の王女として、兄様の政務の補助を担う事に成ったわ。 裏方と云えど、それは、多岐に渡ったのよ。 雑事を一手に引き受けたと云ってもいいくらいにね。
私の茫洋とした表情は、以前は単に『愚かな王女』の表情だった。 でも、今では、その表情に ”畏れ”を抱く者が増えたの。 私の側に居るモノ達は、私がその表情を浮かべている時は、色々と深く思い考えている事を知っていたのが、評判を覆したともいえるのよ。
だって、何かを問われたり、沈考に値する問題を提起されたら、考えこんじゃうでしょ? そんな様子に、”じっと動かず、茫洋とした表情で、時間を無為に潰している。”と云うのが、以前の評価。 でも今じゃ、様々な『悪辣』とも云える策謀を巡らし、その結果を想定して居ると、そう云われちゃったのよ。
まぁ、間違いでは無いわ。 問われる問題は、以前に比べ、遥かに国政に直結したような『お話』ばかりなんだもの。 問題が想起されるならば、それに対してどのような方策が想定できるか。 そして、その方策を施行した結果どのような状況が発生するか。
国政を担うならば、考えなきゃならないでしょ? 私は、深く考え、その考えを纏める時には、その他に関して全くもって無頓着になるのよ。 そう教育されて来たんだもの。
国の重鎮たちは、そんな私に一定の理解を示してくれたわ。 考えが纏まり、法務尚書に諮問して、想定の範囲内の問題を洗い出して、さらに関係各部署に関する影響を網羅しつつ、各尚書に周知を徹底した後、決断を以て、冢宰の権限で『勅命』を下したの。
とても、疲れたわ。 兄様が御帰還に成るまでの三ヶ月。 私の精神はギリギリと締め上げられ、必死で考えて、考えて、考えて……
国務尚書のグラハム=ドワイアル=ブレーバス大公翁は、そんな私を優しく見つめ、護って下さった。 難しい問題も有ったけれど、その度に適切な助言と、経験則からの『箴言』を、私に下さった。 三十八家の断罪で、国家転覆の企てを阻止できたのも、その箴言のお陰なのよ。
『不磨の大典』の求る所を、言葉通り実行していれば、とても三十八家の断絶で済むはずは無かったのよ。 それだけは、しっかりとした事実として、記録させたわ。 過去の事跡から、何処までを罪に問うか。 法務尚書と国務尚書、内務尚書、それに宮内尚書も一緒に成って、一本の線を引いたの。
主家からの命令をただ熟していただけの貴族家に対しては、階位の降下、若しくは、降爵に留め、家門の名跡は護る。 罪に対しての罰は、彼等の担う職務に真摯に精励する事。 勿論、貴族社会や社交の場に於いて、彼等を見る眼は冷たくなるのは、事情を知る者にとっては、当然のこととなる。
それを『謂れなき罪』と宣う馬鹿に関しては、どうぞ没落してくださいと云う態度で臨んだ。 当主達は事の重大さに恐れ戦き、与えられている職務に真摯に精励する様になったわ。 その妻女、子弟や令嬢に関しては、当主がどれだけ言い聞かせたかで、自ずとその後の対応が決まるのよ。
そこで、自身の置かれた社交的な地位を見誤った人達も居たわ。 ええ、主に御妻女と御令嬢達。 自身は何も悪い事を成していないと考える彼女達にとって、社交会で爪弾きにされるのは、さぞや屈辱を感じた事でしょう。
御当主様達が、良く言い聞かせ、自身の立場を弁えている人達は、ひたすら沈黙を守り、嵐が過ぎ去るのを待っていると云うのに、徒に騒ぎ立てた方々は、最早処置無しと、重鎮方の奥向きの人々に見なされてしまったのよ。
王家は他にして、貴族の家では自身の領地を切り盛りしているのは、主に御夫人達。 まして、高位貴族の御夫人達の威光は絶大なモノが有るのよ。 既に、幾つかの家は衰退の兆しを見せているわ。 通商路の断絶、財務状況の悪化、更には領民の『逃散』までね。 そんな御領の御領主様方は、頭を抱えている事でしょう。
でも、それは、云わば自業自得。 時と共に緩やかに、中、下位の貴族家は統廃合されて、不穏な思想を持つ方々は、排除されて行くわ。 穏やかに、密やかに。 その間に目覚めていれば、まだ救いは有るのだけれど……
廃絶された三侯爵家…… グリュームフェルト侯爵家、カラメリアル侯爵家、アンサンブレラ侯爵家の三家は、”見せしめ”の意味も込め、『国家反逆罪』を適用し、その身分の一切を剥奪して『処刑』した。 齢八歳を下回る幼子を除き、御妻女も、御子息も、御令嬢も、同様に罪に問われ、断頭台の露に消えた。
泣き喚く、女性達の悲痛な叫びは、公開処刑を決定した、そして、その場に同席した『私』の耳に今も残る。
自分は関係ないと、そう主張する御子息、御令嬢も多々居た。 が、『不磨の大典』が求める『国家反逆罪』に対する罰は、そこまでを求める。 八歳を下回った、三家合わせて八人の子供たちは、皆、王都の聖堂教会の孤児院に収容される。 王都の孤児院に於いて、神へ仕える者とした。 潜在的な反逆者達の旗印となる事を防ぐ為に。 ……監視付きでね。
見苦しかったのは、私の配を自認するエレミレート=フォン=カラメリアル。 カラメリアル侯爵家が継嗣だった男。 『グランバルト砦』で苛烈な尋問を受けた彼。 王弟殿下の苛烈さを目の当たりにしたのよ。 彼の両手両足の爪を、指を、削ぎ落され、相貌が崩れる程の幾多の打撲痕を顔を私に向け、それでも、慈悲を乞う表情を浮かべたの。
つまり、私に『命乞い』をして来たのよ。
自身の犯した罪の重さを、いささかも理解していないそんなエレミレートに対し、慈悲を与える訳も無く、彼には、『国家反逆罪』と『外患誘致罪』、更には、王家に対する『不敬罪』による、罰が法務尚書により、決定されたわ。 私がそれを否定する事は無い。
罪深いエレミレートに対し、罪科の重さに比例し与えられた罰は 『牛引きの刑』
侯爵家の継嗣…… いいえ、貴族の籍に有るモノに下される様な刑罰では無かった。 しかし、カメリアル侯爵家は、既に貴族籍にも、更には、王国籍すら剥奪されていた。 つまりは流浪の民と同じ。 『悔恨の念』が、認められて居れば、貴族らしく毒杯も考慮されていたが、それすら無かった。
彼は、その心根に等しい罰を与えられたと云う訳なの。
汚れはしていたが、華麗で華美な小侯爵の装いのまま、彼の両手両足は牛に繋がれ、四方に身体を引き千切られ、刑場の露と消えた。 最後の最後まで、反省する意思も、罪を懺悔する事も無く、耳に残る『悲鳴』と『恨みつらみ』を、撒き散らしながら……
ふとした時に、思い出してしまう、刑場の状況。
栄耀栄華を想いのままにしていた者達の、絶望と絶叫が今も夢に出て来る事が多い。 これを耐えるのも王家に連なる者の『責務』。 更に言えば、それを命じたのは私なのだから、甘んじて受け入れねば成らない。 私が遠く時の輪の接する処へ行き着いた時には、神ならざる身で、人に死を与えた罪を償おう。
ひたすら、心を揺らさぬ様に、茫洋とした視線で、全ての処刑を見つめ続けたのは、その思いあってこそ。
―――― ただ
感情が揺れたのは、タイラント=グエム=グリュームフェルト小侯爵…… 全てを剥奪したのだから、タイラントと云うべき男の処刑を実行した時。 そうだ、奴こそがエミリーベルの死に強く関与している。 自身の継爵を確実とせんが為、義姉を…… エミリーベルを、『貴族の淑女の尊厳を全て奪い、穢し尽くした、あの場所』に、送り込んだのだ。
同様に、愚弟オスマンドの側近たるを自認していた、数家の継嗣や男達も…… あ奴等は、冤罪をエミリーベルに仕掛け、偽りの罪で断罪したのだ。 ただただ、オスマンドの歓心を得る為だけに成した冤罪をね。 許せるものでは無い。 ふざけるのも大概にして欲しい。
私は、『冢宰』として、法務尚書に対し、唯一厳罰で臨む様に指示したのは、『彼等だけ』だった。
”泣き言 ”と”言い訳 ”ばかりの彼等は、エレミレートと同じ方法での『処刑』となった。 一際、悲痛な叫び声を挙げる彼等に対し、一片の慈悲など持たなかった。 そう、怒りの感情が収まりきらないのだ。 カッと目を見開き、処刑の様子を凝視する私に、多くの者達が恐れを抱いたのは、間違いないのよ。
苛烈を極めたこんな処刑を間近で見続ける、そんな第一王女に、人心が付いて来ることなど、金輪際あり得ないと、そう自覚しつつも、そうせずにはいられなかった。 その事については……
―――― 後悔していない。
今以て、彼等に対する惜別の念など、浮かびもしない。 己の栄達と、自儘な思いが何を引き起こしたか。 憎しみとも云える「その感情」を、視線に乗せて彼等の処刑を凝視し続けていたのよ。
……そして、もう一つ『冢宰』として、『勅命』を下したの。 彼等については、高貴な血を受け継いだ者にとって、最悪の『忘却の処置』が実行された。 彼等がこの世に居たと云う事実すら、廃棄せしめたのよ。
公文書の ”全ての記録 ”から彼等の事跡を消し、単なる大罪人が『牛引きの刑』により処刑されたとだけ、記載させた。 つまり、彼等の名はもう、我が国の歴史にすら残されていない。 教会に於いて受け付けられた、彼等の出生届さえも廃却させた。 大逆を犯した内の一人に、教会の枢機卿の息子が、その中に居たから、聖堂教会も『否』は唱えられなかった。
彼等が、この国の貴族家や枢機卿家に産まれた事さえも、記録ごと抹消した。
この処置が、非難を受ける事になるだろう事は重々承知しているの。 しかし、私の感情が許さなかったのよ。 国家転覆の策謀の嚆矢として成された、愚弟オスマンドの暴挙を利用して、自分たちの中にある様々な欲望の為に、侯爵令嬢エミリーベルは穢されたのだ。
そんな事を易々と許せるわけなど無い。
我が国では、たとえどんな重罪人でも、過去の功績は、罪とは別に評価する。 王国にとって、その功績が王国の未来の為に成されたモノであれば、きちんと評価するの。 国史を編纂する過程において、功罪を別け、是は是、非は非として明記する。 それが、『法治国家』である、我が国の矜持でもあったから。
でも、私は…… それすらも許す事が出来なかった。
愚かな弟の周囲に居た醜悪な者達は、この国に産まれた事すら、記録に残す事すら、私が許さなかった。
この極めて重い、『人の尊厳』すら踏み躙る行為に、諸卿は困惑の表情を浮かべた。 法務尚書も内務尚書も、そして、国務尚書すら、その処置には難色を示していたが、私は強行した。 それほどの『怒り』を私が持っていると、彼等は初めて理解した様だった。
諸卿は、茫洋と張り付けた様な笑みを浮かべる、愚鈍な王女の仮面の下に、修羅が棲んでいたと、理解が及んだようだった。
そう私は、一旦敵と認識したら、何処までも追い詰め、殲滅するわ。 それが、始祖から続く王家の血統に棲む『狂気』ともいえる、感情なのだもの。 そんな物を内包している私が、単なる愚鈍な王女なわけないじゃないの。 今更ながらの、認識にちょっと笑ってしまったのは、内緒。
罪人たちの処置には三ヶ月も掛けなかった。
つまり、王太子殿下が御帰還に成られる前に、オスマンド以外の者達の処置は全て終えていたのよ。 国家反逆罪への対処は、その事が露見した時点より、速やかに行わなければ、被害や影響が何処までも広がる。 だから、必死だったのよ。 無謀とも云える、『冢宰』を自身に対し任じても、成し遂げなければならない、責務だったのよ。
でも……
それも、やっと終わり。
王太子殿下の御帰還により、日常に一歩近づいたわ。 それに、私なんかより、もっと聞く耳を持っている兄様ならば、これからの国家運営に関しても、私が代理で行っていた時よりも、もっと衆知を集め、穏やかに、我が国に安寧を齎されるわ。 そして、誰もが倖せになる道を模索できるのよ。 その力が兄様には有る。 私はそう信じているの。
『血に飢えた王女』より、『慈愛に満ちた王太子殿下』の方が万倍も万人に安心感を与えるのだもの。
――― ―――
御帰還になったばかりの兄様は、それこそ猫の手も借りたい程にお忙しい。 私も出来る限りのお手伝いをしなくては成らないわ。 雑務と云って差し障りの無い公務を私は全て引き受けたの。 各役所より、纏め上げられた奏上文書を、第一王女の執務室に持ってこさせて、仮の承認を与え、滞りがちの『王国の政務』を、なんとか前進させる。
国の大方針は、兄様がお決めになるし、貴族間の均衡を考えた人事も、昇爵も兄様の専権事項。 細々とした、陳情を捌くのは、私の役目。 大まかに纏め上げて、それを兄様に差し出して、最終の決断を頂くのよ。 膨大な陳情と、それに伴う様々な傍証が、日々私の執務室に積み上げられる。
その量たるや、朝に執務室に入るのが嫌になる位よ。 片っ端から処理をして、お昼に軽い昼餐を取った後、執務室に戻ったら、朝と同じだけの量の陳情が積み上がっている…… なんて事も多々あるの。
疲れた……
本当に、疲れた……
あの日から、三か月を過ぎて、王太子殿下が御帰還に成り、少しは楽になると思っていたのに、その気配は全く無くって…… それだけ、国が乱れているって思い当たり、暗澹たる気持ちになったわ。 でも、誰かがしなくては成らない。 まして、私は王族なんだから、私の肩にその責務が伸し掛かっているのは重々承知しているわ。
でも……
疲れたのよ…… 本当に……
―――― § ―――― § ――――
ある日、執務室に籠って、書類と格闘していると、王宮総女官長と共に、アレクトール筆頭がやって来た。 私の顔を見た直後、難しい顔をして、処理すべき書類が山積みになった執務机の近くに立ち、低く渋い声で私に語り掛けて来たのよ。
「……姫殿下。 少しは纏まったお休みをお取りくだされ。 酷い顔色ですぞ」
「えっ? でも…… それは無理よ。 こんなにも公務が溜まっているのですもの」
「頑張りすぎです。 各寮も落ち着きを取り戻し始めました。 特に国務は、大公翁閣下の尽力により、相当に綱紀粛正が進み、未だかつてない程、漲っておりますぞ? あちらに、公務を振りなされ。 姫殿下が、何もかもしてしまうと、人は『育ちません』ぞッ!」
「そ、そうでしょうか?」
「経験は何よりも人を育てる。 ならば、経験させねば成らぬ。 私からも、大公翁へ御進言しましょう。 姫殿下、とても顔色が悪い。 とにかく一度、此方に。 茶など入れて進ぜよう」
そう私に伝え、アレクトール筆頭は私の手を取るようにして、執務机から引き剝がしたの。 執務室の応接用のソファに座らされたわ。 まぁ…… ちょっと、息抜きは必要かもね。 王宮総女官長が自ら茶を淹れてくれたの。 珍しい事よね。 かつて、今は亡き『先の王妃様』、王太子殿下の実母様が生きていらっしゃった時、彼女は王妃様付きの上級王宮女官だったわよね。 それでかぁ……
物凄く手際よく、お茶の準備をされて、馥郁たる香りの紅茶が私の前に出て来たの。
手サインで、礼を捧げ、カップを持ち上げ一口。 成程、亡き王妃様が手放さない訳だ…… 思わず、心からの笑みが漏れだしてしまった。
「お気に召しましたら、幸いに御座います」
「流石ね。 貴女を何故、亡き王妃様が手放さなかったか、これで判ったわ。 この一杯に、どれ程の心を砕いているか、飲んだ者しか感知し得ないでしょうしね。 有難う、王宮総女官長」
フムフムと頷いているのはアレクトール筆頭。 疲れ切った私の顔に、赤みが差したのが『ご機嫌』な理由。 ほんのちょっとの事だけど、私の事を慮ってくれた気遣いに、心癒されるのよ。 殺伐とした日常に、心疲れていたのは確かなのよ。 色々な事が有っても、泣き言なんて云える立場じゃ無かったしね。
「時に姫殿下。 姫殿下の御傍付きに一人加えたく思いましてな」
「この時期に?」
「そうです。 まぁ、私の孫娘なのですがな。 身体が弱く、長い間 我が領地にて療養しておりましたが、やっと人前に出られるくらいになりましての。 身体が弱い為に、外には出られないが故、領地では、相当に勉学に勤しみ、淑女教育も相当に習熟しておりました。 まぁ、ものは試しと、王宮侍女の採用試験を受けてみることに成りましての。 それが、まぁ、何と云うか……」
えっ? アレクトール筆頭にお孫さん? 女児のお孫さんが、貴方に居たの? それは……
「ここからは、わたくしが」
王宮総女官長が、アレクトール筆頭の横に立ち、私に語り掛けて来たの。 その表情は彼女には珍しく、とても楽し気で、自信に満ち溢れたものだったのよ。 誇らしげに、語る彼女……
「アレクトール筆頭様の御令孫は、王宮侍女などに就くには、勿体ない程の英知と所作を得られております。 早々に侍女職について貰い、短期の研修に於いて、その能力を見極めました。 いや、本当に驚きの毎日に御座いました。 並み居る王宮女官では太刀打ちできぬ程の英知と所作。 そして、なにをも厭わぬ、献身は、まさに王宮女官の方が見習うべき姿勢。 女官長達の総意により、彼女を王宮女官として昇進させました。 また、その配属先を検討した結果、今現在、一番必要な場所へと相成りました」
「それが…… わたくしの宮?」
「その者は、政務の補助が可能です。 王国の法律法典は、ほぼすべてを網羅しており、行政の知識も素晴らしいの一言に尽きます。 更には、王室関連の事柄に関しましても、十全たる知識を持っております。 そして、その英知を一番必要としている方が…… 姫殿下に御座いましょ? 表に出ず、王太子殿下の施政の裏方として、その身を献身に捧げられておられるのは、王宮に勤め居ります、全ての女官は知っております。 しかし、余りにも専門的な英知を必要とする、姫殿下の御傍勤めに、推挙できる者が居なかった。 身の回りの御世話は、なにも女官で無くとも、気の利いた王宮侍女でも問題は御座いません。 が、御傍勤めとなると、旧来からの者達の他は…… ですが、彼女ならば自信を持って推挙する事が出来ます」
「そうなの…… 公務の補助をお願いできるくらいの俊英なの?」
「はい。 王宮総女官長のわたくしが保証いたしましょう」
「その方は?」
「執務室の外にて控えております。 御目通り、お願いしたく存じ上げます」
「判ったわ。 貴女が…… 王宮総女官長がそれほど推す人なのだもの、会ってみましょう」
アレクトール筆頭の御令孫。 ふむ…… そう来たか。 でも王宮総女官長は、判らなかったのね。 姿かたちが、相当違うかもしれないし、記憶に何か仕掛けをしたのかもしれない。 そういう事よね、爺ィ?
王宮総女官長が私の言葉を受け、執務室の外に待機している、新人の王宮女官に入室の許可を与えたの。 扉が開かれ、楚々と入室してくる、王宮女官。 相貌は幾分違って見える。 大体において、髪の色すら違う。 目の色も、醸す雰囲気も、何もかも…… でもね、私は確信したの。 アレクトール筆頭が、私の言葉にしなかった内意を、しっかりと受け止めて、実現してくれたのだと。
「王宮総女官長…… 良いかな? そうか、よいか。 姫殿下、これは、私の孫娘。 エミリーと申します。 以後、見知り置き下され」
「承知した。 王宮女官。 直言を許す」
「有難き幸せ。 ご挨拶申し上げます。 時期外れには御座いますが、王宮総女官長様の御推薦により、御側に侍るを願う事となりました、王宮女官エミリー=グスト=アレクトールに御座います。 宜しくお願い申し上げます」
涼やかな声が、執務室に広がる。 成程、声質も少々違う。 強く…… 強く、想いを残していなければ、そうとは思わない。 まして、盛大に厳粛に葬送の儀を執り行ったのだしね。 さしもの王宮総女官長も、認識できていないとは、爺ィは、何処まで何を遣り切ったのか……
でもね。 その根底は、やはり変わりない。 どんなに外見や声まで違っていても、醸す雰囲気が違っていても、彼女は私が強く求めた ” 義妹 ” に、違いなかったの。
「エミリー。 良く来ました。 王宮総女官長の強い推薦も有ります。 貴女の能力と技能を、十全に王国の為に役立てて下さい。 私は、貴女の側付を許します」
ニコリと微笑み、彼女を見詰める。 王宮総女官長も、アレクトール筆頭も、にこやかに頷いていたわ。 当のエミリーは、私の言葉に強い感銘を受けたのか、只々震える様に頭を垂れ、受け入れられた事に歓びを感じている風に見えたの。 エミリーは首を上げ、感謝の意を伝える為に、口を開こうとしたの。
そして、交わされる視線。
一瞬、彼女が固まった。 瞳の中に揺らぎが起こり、二重にも三重にも掛けた、頸木が緩んだように見えたの。 つっと見開かれた両目から、涙が溢れ出し、頬を伝って零れ落ちた。 彼女自身でも判らぬ感情が、彼女を揺さぶり、言葉を失わせていたの。
判るわよ、その位。 ……私も、同じなんだから。 でも、私は第一王女。 心の激しい動きを無理矢理にでも抑える技術は、とても高いの。 だから、私はとても良い微笑みを表情に乗せ、一つ頷くと彼女に言葉を紡ぐ。
「エミリー ……でしたわね。 明日から『傍勤め』を、お願いするわ。 今日は、色々な説明が行われる筈よ。 明朝から、宜しくね」
「は、はい。 誠に申し訳ございません…… 感情が高ぶりまして、無様を御見せいたしました。 御言葉を戴いた事、我が身の栄誉。 心して職務に精励して行きます」
「いいのよ。 頑張ってね。 それでは…… 退出を許可します。 王宮総女官長。 彼女に職責の説明をして置いて下さい」
「御意に」
「アレクトール筆頭。 少々、話が有ります。 残って下さい」
「承知いたしました」
エミリーは王宮総女官長に連れられて、執務室を退出した。 まぁ、後は、古なじみの「爺ぃ」と「お転婆娘」だけが残った。 アレクトール筆頭にソファを勧め、私の前に腰を下ろしてもらったの。 じっくりと、お話する必要が有るモノね。
「爺ぃ。 どこまでエミリーベルを変えたの? あれじゃ、別人じゃない」
「姫殿下。 王家の秘薬を二本ですぞ? そのうち一本は、『石化の秘薬』。 もう一本が、『忘却の秘薬』。 二つを合わせて飲めば、辛い記憶など硬く封じられもしましょう」
「脈も止まるわ。 エミリーベル=フェスト=グリュームフェルト侯爵令嬢は、王室典範の求めに応じなくては成らなかったのだもの」
「たしかに。 見事な最後に御座いましたな。 教会の古馴染みに鼻薬を効かせて、棺の中には、あの豪華な『御召し物』しか入れず、埋葬致しました。 名も無き女性は、我が領に」
「アレクトール爺の孫娘ですって? よく通したものね」
「これでも宮内尚書には顔が効きますからの。 御領で『石化』を解いたのです。 しかし、個人の記憶はほぼ全て失われておりましてな。 そこで『偽りの記憶』を、摺り込んだのです。 薬師院の筆頭と云う、特殊な立場でしか扱えない薬剤も、少々使用しましたがな。 欠落した記憶に捏造した記憶を載せ、摺り込んだ…… 普通ならば、これ程…… 悪逆非道な手は使わなんだが、グリュームフェルト侯爵は改易、家名は断絶して居ったでな」
「次善の策……と?」
「姫殿下の御側に戻すには、此れしか方法が思い浮かばなんだ。 アレも姫殿下に相当の思い入れが有ったようだの。 あの厳重な【精神束縛】の呪符が緩むとはの。 少々、調整が必要じゃて。 まぁ、アレも追々に…… 都合の良い様に理解しようぞ。 何事もすり合わせが肝心じゃて。 私も、本当の孫に出逢えたようで、嬉しかったの」
「爺ぃ……」
アレクトール筆頭の顔に、懐かしさと寂しさが同居したような表情が浮かぶ。 爺ぃには、本当の孫はもう居ない。 とある嵐の日に、筆頭のご家族は事故に遭遇して、アレクトール上級伯家は、血統を繋ぐ者を全て失ってしまった。 大切に慈しんで来たご家族を一気に亡くした筆頭は、全てを忘れようと職務に没頭して……
私に甘いのは、その為。
仮初でも、孫娘として一緒に暮らしたのは、爺ィの望みえない渇望の故か…… ならば、『エミリー』は、アレクトール上級伯家の御令嬢なのだ。 私は、そう彼女を遇しなくてはならない。 偽りの記憶でも、それがエミリーに定着しているのならば、彼女はアレクトール筆頭の孫に違いないのだから。 陰惨で残酷な記憶など、必要は無いのだから。 彼女は、爺ぃが甘やかす、孫娘であればいいんだもの。
「善き御令孫ですね。 爺ぃにそっくりよ」
「……誠に。 誠に」
グリュームフェルト侯爵令嬢は身罷ったの。 もう、この世には居ないのよ。 だから、エミリーはアレクトール上級伯の御令嬢。 彼女には、絶対に幸せに成って貰うから。 ええ、これは、誰にも言えない、私だけの 『 誓約 』。
――――――
王太子殿下の凱旋式を挙行する日程を決める前に、国王陛下の御帰還の日程が決まったの。 『フェローズ同盟』を締結と云う、巨大な外交的勝利を手に我が国にお戻りに成られる。 何事も無きように、王太子殿下が自身の護衛でもある、近衛第一騎士隊の多くを、出迎えの為に送り出したわ。
凱旋式がとても寂しくなる位の人員を動員したのよ。
そうね、それも判る。 『フェローズ同盟』成立の立役者というか…… 「要」なんですもの、国王陛下は。 それに王妃殿下も帯同されている故に、ここでお二人に何かあったら、それこそ、諸国は何を言い出すか判らないんだもの。
それにね、この決定を下す時に、王太子殿下はわざわざ帝国の大使を、王宮にお呼出しに成り、深く鋭い『釘』を刺されていたわ。
『帝国の暗部が何かを成そうとしたら、それこそ、全力を以て糾弾するよ』ってね。 極めて外交的儀礼に則った、非常に回りくどくメンドクサイ表現を使用しながら、表向きは大層友好的に見える、そんな会談だったの。 わたしも同席させて頂いたの。 とても…… とても、意義ある会談だったと思うわ。
その後で、私の宮に表敬訪問と云う形でセリオン大使がいらしたの。
「……姫殿下が仰る通り、ビョートル王太子殿下とは、凄まじき御方ですね。 貴女が心酔するのも頷ける。 南方諸卿に働きかけしていた、我が帝国の者達の策謀が悉く潰えたのも不思議ではありませんね。 いや、正直な感想を言わせていただけるのならば、あの方が王国の未来の光なのだと、納得致しました」
「そうですね。 善き外交官としてのセリオン大使であれば、これ以上の方は居られないでしょう。 今はまだ、十全に対応出来ましょうが、そのうちに…… ビョートル王太子殿下が、名実共に国王陛下となる頃には、研鑽を重ね、今以上に手強く成りましょう」
「私も…… 研鑽を重ねねば、容易に喰われるのでしょうね。 理解しました」
セリオン大使の兄様の印象は、私が思っていた通り。 手強い好敵手だと、そう認識されているよう。 上々ね。 舐められたり、侮られる事が無いのは、兄様の為人の素晴らしさに触れれば、『さもありなん』 でしょうしね。 一言一句を吟味しながら、言質を与えず我が国の理をしっかりと伝えるのよ、兄様は。
表敬訪問は、私にとっても良き事なの。 ちょっと確認したい事も有ったしね。
「……時に、セリオン大使」
「はい、なにか?」
「帝国の帝位継嗣は、何処まで進んでおりますの? 寡聞にして、『立太子の儀』が挙行されたとは、耳にしておりません。 いまだ、検討中なのですか?」
「……まぁ、そうなりますね」
とても残念な事に、ガングリオン帝国は、代替わりの時に常態に成っている『継承戦争』の真っ只中。 年の近い王子五人が、帝国の頂点を目指して鎬を削り合っているのよ。 傍迷惑な事に、その力を誇示する為に、国境を接する国々への、『唐突な侵攻』なんて事すらしている。
『武力』こそ、全てである、ガングリオン帝国では、どれ程、国土を大きくしたかが、大変重要な帝位継承の基準ともなっているのよ。 勿論、それが頭打ちに成っているのは、周辺各国も情勢からも周知の事実。 弱小国や部族等は、あらかた帝国に平定されてしまって、残るは力ある国々。
その上、それらの国々との間の国境は、峻厳な山や、濁流轟轟と流れる河川、更には、迷宮を含む深い森となっているので、そう易々とは侵攻など出来ない。 余程の準備をせねば成らないのは、衆目の一致する処。 その上、その軍備を用意するのは、各王子とその藩屏たる者達の、個人的な武力のみ。 挙国一致で、対処している訳では無いわ。
やれやれと、深い溜息を一つ。
「姫殿下もお察しの通り、国力の無駄遣いを助長しております。 憂慮されているのは、第一皇子、第三皇子。 それを弱腰とみて、嵩にかかって貴族達を巻き込み勢力を伸ばしているのが、第二皇子、第四皇子、そして、第五皇子」
「頭を使って、独力で他国を侵略しようとした、第六皇子は…… 帝位を諦めたと?」
「大使となり、王国と帝国の懸け橋となれれば上々かと。 もともと基盤が貧弱な第六皇子。 本来ならば、争いに参加する事すら、許されませんよ」
「あれほど、我が国を追い詰めても評価されぬと? これは、これは…… 帝国の方々はなんと、人の見る眼の無い事」
敢えて不敵に笑いながら、顎を上げ斜めから見下ろす様に、大使を見つつ ”戯言”を吐く。 此処で、殊勝な態度を出したって、何も良い事は無い。 彼の謀略を叩き潰した『私』として、存分に ”弄る” かのように、嘲笑気味の表情で対峙するの。 ちゃんと、心を折っておかないと、また何か良からぬ事を企みそうだから。
「フッ…… 成功していれば、話は違ったかと。 莫大な財と、有能なる人々を丸ごと手に入れられたのですよ? 帝国に必要なモノが。 軍事力に寄らず、毀損せず、将来に渡って益々多くの利益を『手』に入れたとなれば、帝国の臣どもに、愚かな継承争いなど『必要無い』のだと、刻み込めたでしょう」
「その『贄』に我が国を? 驕慢で在ります事」
「誠に。 私の愚行に対し、どれほど陳謝しても足りません。 そこで、一つ、良き事を」
「なんでしょう」
「第三皇子は有能なる軍人です。 が、政務や貴族間の機微には疎い。 そう自認されておられる。 そして何より、そんな自分をより良く『使う』ことが出来る、第一皇子に対し、深い信頼を覚えて居られる。 そこで、皇帝陛下に上申された。 帝位継承権を返上し、第一皇子の剣となり盾となると。 皇帝陛下は軽蔑の眼差しをお与えになり、了承されました。 これで、継承戦争から第三皇子は脱落です」
「そうせよと、誑かしたのは、遠く国外に居る第六皇子ね。 国力の無駄遣いをどうにか止めないと、帝国が内側から瓦解すると。 外国に出られた事により、より鮮明に見えましたか?」
「御慧眼、誠に。 第三皇子には、少々『借り』が御座いまして、その『借り』を返したかったのも有るのです」
「万が一、我が国から退去命令が発せられ、御帰国に成る様な事態となれば…… 第三皇子の元に走ろうと考えられておられたか」
「生存の可能性が一番高いのは、間違いありますまい。 そして、第三皇子の傍らで、あの殿下が足らぬ部分をわたくしが補う。 それで、万事うまく推移すると…… 勿論、それを認めない者が多々居りますでしょうし、大言壮語を吐き密約を交わした皇帝陛下が許して下さるとは思えませんがね。 生存確率としては、少々上がる…… くらいの思いでした。 あぁ、勿論第一皇子に、第三皇子の手助けになるのならば、『奴婢』として仕えろと云われても、承諾しておりましたが」
「成程。 まぁ、良いでしょう。 大使がそれ程の『信』と『忠』を置く御仁。 こちらも要観察対象とさせて頂きましょう」
「それは、それは。 姫殿下の興味を引いたのは、何より」
喰えない男だ。 またぞろ、何かの策謀を紡ぎ始めたか。 帝国内のゴタゴタには、当然、首を突っ込むつもりは無い。 サラサラ無い。 静観を決め込むまで。 しかし、誰が皇帝陛下に成られるかで、こちら側の対応も自然と決まる。 ならば、観察する事に ”疑問に思う事 ”も無しよね。
この喰えない男が、それ程に評価するのだから、何かしらあるのだろう。 個人的な想いからの言動なのか、ガングリオン帝国の未来への布石なのか。 そして、首輪をつけた状態での彼としたら、誰が皇帝に立つのが望ましいのか。 幾つも考える事はある。
「その呆けた顔に騙されました。 御考えになる事が多々ある御様子なので、表敬訪問はこれまでとさせていただきます」
「ん。 そう……。 よく来て下さりました。 またの機会があると嬉しいわ」
「では、また。 流石に何度も王太子殿下と直接に御言葉を交わすのは、私の心臓に良くありませんから、どうぞ良しなに」
「まぁ、望み通りとはならないでしょうが、いずれまた。 尋ねてくれても構わないですわよ」
「御言葉、有難き幸せ。 御前、失礼させて頂きます」
私の執務室での会談。 そして、私の傍付により、見送られる大使。 ふーん、そうなんだ。 あれほど、執着していたのに、エミリーを見て何も思わなかったのね。 断罪され権威に傷のついた侯爵令嬢と云う、地位と美貌と頭脳が揃った女性を欲したのね、第六皇子は。 今のエミリーには、そこまでの想いは無いと云う事なのね。 冷たく心内で吐き捨てる様に呟く。
” 愚物がッ! ” と。
だったら、貴方には任せられない。 エミリーの伴侶としての貴方は失格よ。 うん、候補の一人だったのにね。 異国の王子様は、やはり、その程度だったのよ。 市井に出回る多くの創作物語の様な、そんな異国の王子様では無かったのね。
やはり現実は…… 甘くは無かったわ。
―――――
国王陛下が御帰還に成り、人心も大きく落ち着いた。 臣下も貴族も民も、安堵した。 権威の象徴たる国王陛下が玉座にお座りに成ると云う事は、我が国が落ち着いたという証。 バタバタと走り回る国王陛下では、誰も安心なんかできないんだもの。
国王陛下御帰還に伴い、国政は国王陛下に。 雑事は王太子殿下に移行する。 私は…… 『重要な政務』に携わる事が無くなったのよ。 全ての『代理公務』は、返納出来たし、『責務』も果たせた。
ならば、私の為すべき公務は、王国の幸薄き人々に手を差し伸べる事。
つまりは、慰問やら訪問、そして、女性ならではの社交でしょうね。 政務の知識が秀でている、エミリーを何時までも私の傍付として拘束するのは良くない判断。 依って、王宮総女官長を通じ、彼女の配属を第一王女付から、王宮付に変更してもらったわ。 これで、誰の傍にでもつくことが出来る。
王太子妃と、王妃殿下の傍に、付いて貰いたいわ。 政務の相談相手としては最良の人選なのだから。
でも、その王太子妃。 未だに御実家にその身を置かれているのよ。 ちょっと不思議。 成程、王宮の後宮は陰謀渦巻く、そんな場所。 暗殺、謀殺まで考えられる場所。 現王妃殿下もまた、所謂、アンサンブレラの連枝の出ではあるからなのよ。
ビョートル王太子殿下は、未だに警戒されておられるのかもしれない。 完全に『悪意』を排除出来るまでは、自身の妃を王城には迎えないと。 王宮総女官長を含め、王宮女官達は日々 後宮の監視を強め、王太子妃殿下の御帰還に備えて、今も奮励努力しているわ。 『女の園』は、羽虫一匹で大騒ぎになるのだもの。 そして、その最大の監視対象はと云うと……
フェリエット王妃殿下。
以前から監視対象なのよ。 残念な事にね。
―――――
上級伯爵家が出自の現 王妃様。
貴族の均衡を考えた末の、国王陛下の御決断だったのは、まぁ、理解出来る。 今はまだ再選出されていない貴族院議会からの全会一致の推挙で側妃に上がる事が決まったお母様。 中々に子が生まれぬ陛下の為に用意された別腹。 多産系の上級伯家であり、アンサンブレラ侯爵家の一族の一人が嫁いだ先の名家。
そして、上級伯家の御令嬢としては、珍しい程に素直で純朴な御性格のお嬢様だった方。 とても、王家と云う魑魅魍魎の巣に入れる様な方では無かったのに、議会の命と云う事で、承諾されたようなもの。 彼女も又、アンサンブレラ侯爵の被害者と云う訳ね。 強烈な側妃教育は、お母様から『意思の力』を奪い、周囲の思惑に踊らされていたの。 側妃として後宮に入られた後は、唯々諾々と正妃様のご指導ご鞭撻の元、暮らして居られた。
それが故に、先の王妃様が産後の肥立ちが悪く身罷られた時、とても取り乱されたのよ。 指導し手を引いて下さる導師たるべき存在が、突如として失われたの。 そして、そこに入り込むのが、アンサンブレラ侯爵だった。 まぁ、成るべくして成った傀儡。 王妃の権能は、国王陛下に次いで大きく、それを見越した、アンサンブレラ侯爵の慧眼とも云えるわよね。
先の王妃様御崩御の後、後ろ盾となっていたアンサンブレラ侯爵が色々と吹き込んでくれたおかげで、お母様の言動が歪んで来たの。 王家に嫁いだ者としては、王家の一員だと云う認識が薄く、それ故に付け込まれたと云うべきなのかしら、それとも、生来の素直過ぎる性格故に、指導役であった先の王妃様を失った後、羅針儀を失った船の様に、貴族社会と云う大海原を漂う船となられたのか。
本来ならば、その船の長は国王陛下。 でもね、忙しすぎた。 そして、何より亡き正妃様を強く愛しておいでであったの。 後宮の主は、正妃様と決められて居る。 其処に悪い蟲が取り付き、腐敗が蔓延る事を見逃してしまったのが、痛恨の出来事。
気が付けば、フェリエット王妃様の周辺がアンサンブレラ侯爵の手の者によって固められ、彼の思惑を常に王妃様に吹き込み続けていると云う有様。 強い権限を持つ『王妃様』なれば、吹き込まれた野望の実現に、少しでも役に立とうと、様々な政務に首を突っ込まれた。
私の婚約もその一つ。
陛下と王太子殿下がその事に気が付かれ、手を打ち始めたのは、『フェローズ同盟』の準備に取り掛かった頃。 強権を以て、王妃様の傍からアンサンブレラ侯爵の手の者を排除しようにも、深く食い込んだ手に、中々と進捗はしない。 更に言えば、『法的に』問題が無い為に、容易に排除する事は王室典範遵守の建前上も不可能だったの。
そんな訳で、フェリエット王妃殿下は、王家の影の重監視下に置かれる事になったのよ。 その上、良からぬ事を成さぬ様に、常に陛下と行動を共にする様にも命じられたわ。 ええ、そう。 本来の王妃様の如く、影の様に陛下の傍に居られる事となったの。
取り敢えずの処置ではあったけれど、此れが功を奏したのは、予測の範囲外な事だったわ。
側妃教育は順調に熟したフェリエット王妃様は、合間の時間を使い『王妃教育』も受けられた。 元来の性格故か、海綿が水を吸収する様に、王妃教育を受け入れられ、陛下の御側に立っても『責務』を全うできるくらいに成って行ったの。
先の王妃殿下、偉大なるコルバーレ王妃殿下とは違った性格だったけれど、それでも、『王妃』としての資質を開花させる事となったわ。 『フェローズ同盟』の交渉に於いて、八ヶ国の王妃様方との交流も十全と成し、陛下のお役に立ったと、そう随行の者達からの報告に有った。
監視の目は次第に緩んで、今では正規の『護衛』としての側面が強くなっていった。 アンサンブレラ侯爵の認識では、陛下の宸襟に食い込んだと、ほくそ笑んでいた事でしょうね。 王家はそんなに、甘くは無いわ。
国王陛下が御帰還に成り、後宮もフェリエット王妃様が戻られた。 要監視対象である事には違いないのだけれど、以前と比べたら、それ程厳重なモノでは無くなっていたわ。 王妃殿下も変わられたのよ。 そして、暗躍するアンサンブレラ侯爵の手の者は、先の擾乱時に全て排除しておいたんですものね。
華咲き乱れる、後宮の庭に茶席の準備は整っていた。 周囲に侍る後宮女官達を下がらせ、二人っきりのお茶席は始まる。 手ずから茶を淹れて下さる王妃殿下。 母として私と『この場』で『お話』がしたいのだと、ヒシヒシと伝わってくる。
「リア。 よく来てくれました。 貴女が推挙してくれた王宮女官はとても優れていますね。 わたくしの見落とした様々な欠落を過不足なく示し、その対応を用意してくれます。 貴女に礼を言わねばと、そう思い、招待しました」
「勿体なくも有難く。 王妃殿下にはご機嫌も麗しく、わたくしも嬉しく存じます」
「相変わらずね、リアは。 こちらに。 茶席を用意しました」
後宮の王妃様の私室。 そう、ご招待を受けたのよ。 私の公務が一通り兄様に移譲され、私が暇に成った時を見計らってね。 この辺りの対応力も身に付けられたのよ。 益々、陛下の片腕となる事を目指し精進を重ねられていると云う訳。 以前のお母様とは、見違える程よ。 故に、警戒を強くする。
王家の女性。 そして、王妃と云う立場。 さて、何を言い出されるやら……
「リア。 陛下の不在時に、よく『耐え抜き』ました。 まさしく、国家存亡の危機に在りました。 王家の権威を蔑ろにした輩を悉く排除し、根切りまで遂行したリアは、王家秘蔵の王女として、誇らしく思います」
「有難く、重責に喘ぎつつ『責務』を遂行いたしましたる私にとって、王妃殿下の御言葉は宝物の様に感じられます。 力無き王女が、誠心誠意『責務』遂行に勤められましたのも、陛下、王太子殿下、そして、王妃殿下がおわします故。 期間限定にてその『威』を張れた迄。 わたくしの力など、大したものでは御座いません」
「……リア。 貴女はいつもそう。 王家、王族への教育がそうさせたのは、わたくしも身を以て知っているわ。 でもね…… 貴女にも柔らかな『心』が有るのです。 身の内に棲まう「修羅」を抑える事に汲々とせず、貴女は貴女の倖せを掴み取る事も大切なのよ。 幼少の頃の様に、何も考えず笑える…… なんていう事は、不可能かもしれない。 でも、一時でも。 誰も見ていない場所で、ふと漏らす事は、リアでも出来る筈よ」
「勿体なく」
「ふぅ…… ねぇ、リア。 昔…… まだ、わたくしが側妃であり、貴女と手を繋いで、後宮の庭を散策した頃ね、貴女はとても愛らしく、母様、母様と慕ってくれたの。 そんな貴女を、わたくしは愛おしく思い、誰にも文句を言わせない様に育てようって、そう思えたの。 その結果が今の貴女ならば、わたくしは教育を失敗したのかもしれないわ」
「その様な事は……」
「いいえ、もう一人の『我が子』の大失態が、その思いを強くするの。 貴女と同じように教育を願ったにもかかわらず、あのような暴挙を成した。 すなわち、それは、わたくしの責でもあるの。 リア…… 教えて欲しい。 わたくしはどのように『償え』ば、良いの?」
「償う…… ですか……」
「王妃として、この国を担う尊き方の伴侶として、オスマンドが『暴挙』は許し難く、極刑を以てこれに当たるしかない。 しかし、この身を……、この肚、を痛めて生んだ『我が子』への情が、その事を激しく拒絶するの。 我が手で自身の子を殺せと云うのかと……」
「フェリエット王妃殿下……」
悔恨と困惑と母性と…… 対立するは、国母としての御立場。 もとより、オスマンドが行く末は、陛下が専権事項。 わたくし達が、何を言っても、一旦処遇が決まれば、それに反する事は許されない。 それが国法であり、王室典範であるから。
お母様の心情は、手に取る様に判る。
この一連の擾乱に於いて、私が唯一、裁定を下せなかった事が、オスマンドが処遇。 一切を御帰還に成られる、国王陛下、王太子殿下にお任せすると、そう決めたの。 私が処遇を決めるなど、到底できそうにも無かったから。
幼いオスマンドが、後宮の庭で私のドレスの裾を掴んで、ポテポテ歩く姿を思い出すと、もう、どうにも遣る瀬無くなる。 どんなに突き放しても、後を付いて来る小さき者。 一杯に目に涙を溜め、必死に追いすがって、両手を広げて拙く走る姿。
目を閉じると、その姿がまざまざと浮かび上がる。
故に、許せなかった。 『黒の塔』最上階は、王族の『禁固部屋』。 調度すら最低限に調えられた、質素極まりない部屋。 窓から見えるのは、城下の街並みのみ。 王城の佇まいは、その場所から見えはしない。 強く反省を促し、従容と最後の時を迎える為だけの部屋。
それ程の事を成した。 付け入られたとは云え、その決断を成したのはオスマンド本人。 王家の者とは言えぬ浅慮。 もっと深く、自分の身の回りに思いを巡らし、王国の情勢を見極める眼を持っていれば…… 彼を遠ざけず、もっと親身に近く有れば…… 私の心にシミの様に点々と残る、『悔恨』の念。 だから、決断を下せなかった。
「……お母様。 わたくしには、出来ぬのです。 陛下や兄様に御一任するより…… 他、無かった。 わたくしは、陛下の決定に従います」
「リア…… そうね。 わたくしも又、アンサンブレラ侯爵にいいように利用されていたのね。 耳ざわり良い、尤もな理由を並べられて、オスマンドの主たる教育を王宮から王国学院へ移す事を受け入れたのも……わたくし。 手を離したのならば、受け入れねば成らないのね」
「後悔はわたくしも多々。 それは、きっとお母様にも……」
「ええ、リア。 わたくしには、『後悔』する事が多すぎる…… リア…… 王家の教育を十全に受けた貴女ならば、わたくしに指針を示してくれるのでは無くて? 王妃として、わたくしの『責』は、どのように償えば良いの」
「…………過去は ……不変です。 お母様の赤子は、オスマンドだけではありません。 この国の全ての『人』が、お母様の赤子と云えます。 『王室典範』が ” 序文 ” に有ります。 ” 厳しく峻厳に事に当たり、国の柱たる国王陛下は『 国父 』。 そして、その妃は、この国の全ての民に対し、胸に抱く様に『慈愛』を示し、安心と安寧に尽力する『 国母 』 ” それが、『 国母 』たる、王妃殿下の『責務』に御座います」
泣きたくなる。 それ程までに、『人』としての『情』を捨て、公人として常に立たねばならぬ事を。 心優しきお母様には、途轍もない重圧であろう事は、予測できる。 それ程の心構えを『王室典範』は、歴代の王妃に要求するの。
「リア…… たとえ、我が子を失っても、わたくしには、膨大な数の『赤子』の為に、この身を捧げねば成らないのね。 ……それが、王妃たる者の『責務』であり、『矜持』でもあると」
「その境地に至るには、強く絶え間ない『研鑽』が要求されます。 お母様は……」
「判っている。 わたくしは、まだ、その途上。 これも又試練と云う事。 有難う…… リア。 貴女も後悔の念に苛まれていると云うのに…… ダメな母ね」
「その様な事は御座いません。 お母様…… わたくしも未だ『研鑽』の途上。 この国に安寧が溢れ、皆が平穏に暮らす事が出来るようにするのは、国を率いる王家が『責務』。 今後とも、その責務を果たしていきたく存じます」
「リア…… 判ったわ。 ええ、理解しました。 全ては国王陛下に委ねましょう」
お母様の願いは、オスマンドの救命の嘆願。 でも、それは実行不可能な『王妃』では無く、オスマンドの母としての願い。 ほろり、ほろりと涙を流すお母様の背を、ゆっくりと撫でる事ぐらいしか、今の私には出来ない。 母にこれ程までの心労を掛けたオスマンドに、少々思う所もある。 これほど愛されていたのに。 これほど、考えて下さったのに。
何故、全てを投げ捨てるような選択をしたのかと……
強く、問い詰めたい。 でも、それも出来ない話。 全ては国王陛下と王太子殿下がお決めになられるのよ。 愛に引き摺られ、『法』を曲げたとなると、もう誰も付いては来なくなるんですもの。 王家の者には、人としての『情』は抑え込まれ、全ては『我が国』の為に成る、『決断』を下さねば成らないのよ。
差し込む日差し。 木漏れ日の中の茶席。 声も無くさめざめと涙を溢すフェリエットお母様の背を、只々撫で続けるしか、私には出来る事は無かったの。
――――― § ――――― § ―――――
王太子殿下の凱旋式は、大きな式典に格上げされたわ。 第二王子が『黒の塔』へ収監された事も、周知された。 王家の傷も隠すことなく、周知されたのは、王家の威信を傷つけるモノではあったのだけど、それをする事によって、王家は清廉潔白であると、そう誇示されたのよ。
秘匿する事は幾らでも出来た。 でも、国王陛下と王太子殿下は、それをなさらなかった。 私も教育を受けた、『是は是。 非は非。 政務は公示し、以て人心を安堵す』 が、王家の在り方だったんですものね。
王弟殿下も北西部の混乱をようやっと収拾し、王城に一時帰城された。 国王陛下の玉座の下に、公爵位を返納し、王国北西部辺境の太守となると、そう奏上された。 国王陛下は重鎮達と諮り、王弟殿下を王国北西部、辺境伯を任じられた。
私と王弟殿下が『絵』に描いた通りのご処置。 朝議の前に、相当踏み込まれたお話合いが、あった。 私はその場には出席してはいなかったけれど、国王陛下は随分と翻意を迫ったと聞くの。 大切な『家族』が、そんな場所に移る事に、強い難色を示されたの。
でも、獣人族達との約束を…… 歴代国王陛下達が成した誓約を、遵守する為には、王家の血を色濃く持つ者しか、適任は居ない。 最後に、国王陛下が折れたの。 これも、苦渋の決断なのよ。 統治者としての責務としか云う他ない事だもの。
王太子殿下の凱旋式には、出席されると言質を取られ、凱旋式が挙行されるまでは、かつての様に王宮に一室を設けられ、王弟御一家の滞在を陛下は願われた。 なかなか顔を見られなくなる前に、しっかりと御宸襟に刻みつけたいとの思召しなのよ。
そんな中でも、王太子妃は未だ御実家に滞在されている。 もう、後宮の安全も確保できているし、王太子妃が城外に住まうと云う、異常な状況が理解できなかった。
周囲に侍る者達に、その事を質しても、満足な答えは得られない。
業を煮やして、”我が影”に調査を命じた程。 でもね、その答えすら無かったの。 応えは有ったのだけど、私が満足するような答えでは無かったと云うべきかな。 ご体調が悪い訳でも無く、王太子殿下に愛想尽かしをしたでも無く。 ただ……
” 時期では無い ”
との返事。 我が影が答えを濁すと云う事は、私よりも命令権が高い人が、そう応える様に命じたと理解できた。 なにか、隠し事をされて居るような気がしてならない。 それが、私に対する意趣では無い事は、対応してきた者達の態度で判っている。
なにやら、とても 『 気を使われている 』 と感じてしまうの。
私が遂行する、本来の公務。 王都に於ける『視察』と『慈善事業』にかこつけて、王太子妃殿下の御実家に直接向かおうとするも、手際のよい王宮女官と王宮侍従により、別の行程が勝手に組まれてしまって、その機会すら逃し続けていたのよ。
もうッ!! 私バッカリ除け者にしてっ!!!
―――――――――――――
『遂に』 と、云うべきか 『やっと』 と云うべきか……
ビョートル王太子殿下の凱旋式が挙行される。 今日はその前々日。 全ての足並みが整い、明後日のパレードまでは、王家の者としては凱旋式に関しては、何もする事が無くなった。
勿論、式典のみに注力している訳では無く、様々な統治に関する公務も並行して行われている。 王城内が何時にも増して、騒がしくなっていたのも頷ける。 『フェローズ同盟』は締結したばかりだし、その実行力を問われるのはこれからだもの。
国王陛下、王太子殿下の政務に精励する姿は、鬼気迫るモノが有ったのも事実。 各尚書が血相を変えて、王宮内を走る姿を何度見た事か。 それ程までにお忙しいお二人なんだもの、余程、政務が詰まっているのが推測できるわ。 私も何かお役に立てれば良いのだけれど、わたしにも私が担当する公務が有るので、兄様の執務室へ易々とは伺候出来る事も無し……
兄様に輪をかけて、お忙しいのが国王陛下なのよ。
その事実を如実に表す事が有ったわ。 そう、アレキサンドル国王陛下が隣国にて、『フェローズ同盟』を締結して、我が国にお帰りに成った後、私はまだ一度も、直接『陛下』に、お会いしていない。 いくら、第一王女とは云え、単にお逢いしたいと、我儘が云える訳でも無し……
王族とは、そういう風に、国家を第一にするモノなの。 だけど…… ちょっとね。 だって、私と国王陛下の間には、国王と第一王女と云う壁が有るのよ。 格式と故事と慣習で雁字搦めに成っている、『王家』と云う黄金の鳥籠の中の暗黙の規則が、存在するのよ。
全ては、王宮総侍従長を通じて、諸所の御命令を受け取っているの。 暗黙の規則の一つが、陛下は、女性が表舞台に立つことを、良しとはして居られないの。 私が推測するに、私は第一王女であるのだけれど、王位継承権は第二位の上、女性でもあるのが理由。
男尊女卑思考とか、女性が劣るモノとか、そう云ったモノでは無くて……
妻や娘を、必要以上に人前に出す事を嫌がっておられる…… って事なの。 王宮総侍従長が云うには、大切な大切な『宝物』は、自分の手の中に入れて外には見せたくない。 って、心情だそう。 えっと、なんの冗談でしょうか? 兄様と同じ教育を受ける様、御指示されていたと云うのに?
お茶席にご招待して下さった、フェリエット王妃殿下に不満と云うか、陛下に直接会えない寂しさと云うか…… 諸々の心情を吐露していたのよ。 ”ちょっと、怒ってます ”って、感じでね。 フェリエットお母様は、国王陛下第一主義な人だから、困った表情を美しい御顔に乗せ、たしなめて下さったの。
「陛下にも御考えが御有りになるのでしょう。 凱旋式前には、安息日としてお休みを取られると、仄聞します。 その折にきっと、『王家の間』にて、お目見え出来るのでしょう。 お待ちなさい。 貴女らしく、鷹揚に誉れ高く」
「はい…… 御言葉に、従います」
口を尖らせ、嫌々同意している私を、慈愛溢れる表情で見詰めて下さったわ。 そんな中、やっと陛下も兄様もお休みが取れる事となったの。 兄様の凱旋式がある日の前の二日間。 ようやく政務も落ち着きを取り戻し、一息つける段階に到達出来たのよ。 王城もようやく、落ち着きを取り戻した感じを受けるし、皆の表情も明るい。
何より、尚書を含め、王城に詰めている官吏達の目の下に隈が無くなってきている。 皆も常態に復帰できたと云う事ね。
陛下と兄様が休暇に入る前の最後の『朝議』が開催されたの。 『朝議の間』に於いて、政務の進捗を陛下に『ご報告』する為の議会。 その場に珍しく、私も呼ばれたの。 なにか、私の公務についてご質問が有るのかしら? それとも、御叱責を受けるような、失態でもしたのかしら、と不安に思いつつも指定された時間に『朝議の間』に伺候したの。
居並ぶ藩屏の面々。 ちょっと懐かしさすら感じる方々に、黙礼を送り自席に付く。 第一王女として過不足のない装束で、『朝議の間』に出席したのは…… 何時ぶりだったかしら? 今日の朝議の設えは、私の見知っているのとは違っていたの。
円卓に並ぶように着座している、私の知っている朝議では無くて、半円にテーブルが並べられ、半円の中心に立ち席が一つ…… まるで、裁判の公判の場の様な設えだったの。 出席者は、陛下、王太子殿下、四大公、五公爵、一辺境伯(王弟殿下ね)、七侯爵 と、大公翁。 そして、王妃殿下と私。
王家の人間を中心に、鳥が翼を広げた感じで着座したの。 勿論最後に入室されたのが、国王陛下御夫妻。 入室前の先触れが有り、出席者皆が立ち上がり臣下の礼を捧げる。 重厚で有りながらも慈愛に富んだ御声で、国王陛下が言葉を紡がれたわ。
「大義。 直言の許可を与える。 座ってくれ、これより朝議を始める」
開会の御言葉により、朝議が始まる。 各尚書がそれぞれに報告すべき事柄を述べ、それに対し意見の有る者が言葉を返す。 見知った光景だけど、やはり、国王陛下が御臨席となると、ピリピリした緊張感が漂うのよ。 わたしが『冢宰』を担っていた頃とは、違った意味でね。
ええ、至高の存在が、居るべき場所に居る。
ある種の納得と云うのか、それとも、絶大な信頼感と云うのか、そう云うモノを私は感じていたの。 仮初の王とは、土台が違うって、本気で思ったもの。 皆の報告や問題提起や解決策の模索など、且つて、私が四苦八苦して捌いていた事柄を、陛下はいとも簡単にやってのけられている。 流石としか言いようが無いわ。 私は、何も云う事が無くて、王妃殿下と同じようにオトナシク、黙って皆の英知に浸っていたの。
思考は深く、限りなく。
ツンツンと隣から、肘を突かれた。 王太子殿下が、突いていたのよ。
「……リア。 その顔…… なんとかならんのか?」
「……王太子殿下、申し訳御座いません。 優れた意見に感銘を受け、少々、思考に耽ってしまいました」
「はぁ…… 相変わらずか。 以前は、『呆けた』と云われる表情が、今じゃ『悪巧み』か…… 扇は持っているのだろ? 顔を隠せ」
「はい…… ええ…… まぁ…… 気心が知れている人達ばかりだったので、気が緩んでいたのかもしれませんね。 気を付けます」
「あぁ、これから、ちょっと……な。 表情を伺われない様に」
「……承知しました」
なんだか変な事を言われたの。 兄様がこんな注意をしてくるのは、何故なのかしら? 私が何処かで粗相をして、陛下に叱責されるのかしら。 余り覚えが無いのだけれど…… ほぼ、横並びの席順で、陛下の顔も良く見えないし、反対に、陛下からも私の顔なんて良く見ていない筈なのにね。
何が提案されるのかしら…… それとも、重大な報告? 判らないわ。
順次、各尚書からの報告が進み、最後の報告も終わったの。 朝議としてはコレで終了よね。 見事な議会裁きを見せられた国王陛下が、皆に言葉を紡がれるの。
「うむ、政務はおおむね落ち着いたか。 諸卿、少々時間を貰う。 懸案事項を一つ片づけたい」
「「「御意に」」」
「懸案事項は、あの策謀を阻止した『冢宰』が、唯一、我に処断を一任した件だ。 おい、入室させよ」
朝議の間の片隅に控えていた侍従に、誰かを入室させるべく、陛下が命じられた。 侍従はその言葉を受け、一つの扉を開く。 その向こうから、近衛騎士が側に付いた人物が一人、朝議の間に入室してきた。 質素で簡易的な礼服に身を包んだ者だった。
中央の立ち席に、その身を置き深く首を垂れる。
「やってくれたな、オスマンド」
深く重い声が私の耳朶に木霊する。 立ち席に佇む男性。 一目見ではオスマンドとは判らなかった。 相貌は激しく窶れ、昏く湿った碧緑の瞳。 醸す雰囲気は、あの常に明るく前向きな弟の姿から程遠かった。 二度、三度と見直し、ようやくその男性がオスマンドと認識する。
深く深く思考の深淵に落ち込み、自身の為した愚行が何を引き起こし、誰を犠牲にし、我が国の未来にどれ程の闇を引き寄せようとしたのかを、理解した『漢』の姿だった。 王妃殿下は早くも扇で顔を半分隠し、潤んだ瞳でオスマンドを見詰めている。
王太子殿下が私に紡がれた『言葉』を、今度は国王陛下がオスマンドに対して紡がれた。 言葉の意味は、正に正反対。 その言葉の重みに、心が震える。
暫しの沈黙の後、静かに、言葉を重ねる国王陛下。
「国家反逆、王権奪取、偽宝冠の偽造。 どれをとっても、第一級の犯罪。 まさに国事犯と云える。 未熟なオスマンドが、自身で考え、自身で計画し、自身で行動に移した…… のならば、まだ救いが有ったと云えよう。 その考えは、王国の制度の不備を突き、綿密な計画と時を計る能力を示し、大胆な行動に移す『胆力』を併せ持つ者として、『許されざる事』ながら、この国最高位に付く者として、私は認めもしただろう。 父より王権を奪取し、兄を弑し、姉を軟禁同様の婚姻にて縛る。 ……オスマンド、お前が一人きりで…… いや、お前の側近を自認する者達と計画を練り上げたのならば、私も政争に負けた者として、王座を譲る事もまた、天命と諦められたかもしれぬ」
陛下の御言葉は、私の心内に ”どす黒いモノ ”を喚起させる。 もしそうだったのならば、思考の果てにその結論を得て、綻びを見逃す事無く、あの擾乱を実行していれば、私など手も足も出なかった。 状況に対応が間に合ったのも、全ては……
「それが、どうだッ!! ”甘い罠 ”に、骨を抜かれ、牙を失い、爪も折れ果て、状況を見る目が曇り、思考を放棄し、箴言には単に反発しただけだと? 近臣に対しての評価もせず、その言を受け入れるのみだと? 王子教育すら全うできぬ、オスマンドには、王家の誉れは刻まれなんだと云う事かッ!! 愚者共の思惑に乗せられ、思考を放棄し、計画の全貌すら見えず、愚者に乗せられて愚行を犯しただとッ!! 貴様、一体何を王室で学んだのだッ!! お前の身体に流れる王家が血潮は、警鐘を鳴らさなんだのかッ!! 王太子、第一王女は、既に王太子教育を全うしている。 そして、王国の安寧を護る矜持をその魂に刻みつけている。 同じ環境で、同じ教育を幼少期から施されている筈の貴様だけが何故、そこまで愚かな判断を下せたのだッ!!」
「…………」
「直言の許可を与える。 反論あらば、この場で口上せよ。 思う所もあるだろう。 お前の口より、あの日より、思考の深淵にて考え続けた事を述べるがよい」
深く絶望を宿した瞳を国王陛下に向けたオスマンド。 悔恨の心情が瞳に揺らぐ。 私があの子に云ったのだ。 ”我が愚弟よ。 よく考えて、言葉を口にせよ。 今は黙れ。 何を聴かれても、沈黙を守れ ”と。 そして、あの子は『黒の塔』最上階に収監された。 あの場所から、処刑場はよく見える。 刑罰に泣き叫ぶ者達の声は、あの場所にも届く。
怨嗟の声や、悲痛な叫び。 私が耳にしたモノと同じものをオスマンドも耳にしている筈なのだ。
わたしは、”追討ち”も、彼に仕掛けた。 処刑対象に関する詳細な『調書』を、『黒の塔』へと運ばせ、あの子に読む様に強制したのだ。 王家の者が何故に貴ばれるか。 それは、王家の者が常に『公』を優先し、この国に安寧を齎す為に奮励努力するのだ。 それが、王家に生まれし者の『責務』であり、『矜持』であり、『誇り』でもあるのだ。
よって、オスマンドはあの策謀の全貌を知り得た。 何が自身の周りに用意され、如何に誘導され、自身の正義をどこまでも増長させられていたか。 それが何を目的としたモノなのかも。 オスマンドに与えられた『 配役 』は、高く高く持ち上げられた神輿に乗せられた……
『傀儡の王』
狂おしい程に、自身の愚かさを見せつけられた事だろう。 矜持高いに人間には耐えられぬ、事実の羅列。 心に重く、そして深い傷を私はオスマンドに与えたのだ。 それが、『私の怒り』から出た、あの子に与える、『 罰 』でもあった。
成人前の男性とは思えない、掠れ、しわがれた声が『謁見の間』に細々と広がる。
「陛下に奏上いたします。 わたくしは…… 禁忌を幾重にも犯しました。 事実に御座います。 わたくしは…… 愚か…… 余りに愚かに御座いました。 師玉の箴言を、戯言と退け、甘く甘美な毒の言葉を我が身に受け入れ、なにも視ず、何も考えず、身勝手な未来を思い描いた愚か者。 この身に下される、どのような罰も、受け入れる所存に御座います」
渋い表情を浮かべた国王陛下。 溜息を漏らされる様に、罪人オスマンドに王国としての、断罪を下される。
「そうか…… 己の未熟さを、自覚したのだな。 遅すぎるが、自覚せぬよりは、まだ救いがある。 此れより、オスマンドにこの度の失態に関する、罰を与える。 まず、オスマンドの王族籍を抹消する。 王国の民が等しく持つ、王国籍も持つ事は、これを許さず。 法務尚書、内務尚書、よいか」
「「 御意に 」」
「オスマンド、お前の身には、王子としての教育が刻まれている。 従って、『王室典範』が求める所により、この国より放逐する事は出来ぬ。 行く道は二つ。 一つ、『黒の塔』より、『黒瑪瑙の間』に向かい、玉杯を得る。 一つ、流民の大罪人として、地下牢での終身刑。 オスマンド、お前に選択する事を許す」
「お、お待ちください!! 陛下、アレキサンドル国王陛下ッ!!」
陛下が二つの選択肢をオスマンドに与えた直後、宮内尚書が声高に陛下の言を遮る。 必死の形相が、彼の人の良さを顕わしている。 彼は、私がオスマンドにどのような『罰』を与えているのかを、知っている。 故に国王陛下の苦渋に満ちた苛烈な判断に、” 否 ”を唱える。 それは、『遣り過ぎ』であると。
「陛下、オスマンド殿下は、既に、王籍、国籍の剥奪を命じられました。 しかしながら、『王家の無謬性』を担保する為には、オスマンド殿下への過剰な刑罰は、これを損ないます。 オスマンド殿下を謀った者達は、既に厳罰に処せられております。 此処で、オスマンド殿下を厳罰に処せば、殿下自体がこの度の擾乱の主犯となりましょう。 王家の『無謬性』が損なわれます。 何卒、御再考をッ!!」
「陛下。 わたくしも同意見に御座います。 よって、重罪人に対する『王都、所払い』が、限度かと。 既に陛下の御命令により、オスマンド殿下は、王籍も国籍も剥奪されております。 よって、王族、準王族のみが行使できる、『黒瑪瑙の間』における、『玉杯』の下賜は、これを実行する事は出来ませぬ。 また、流民の大罪人として、王城地下牢に収監せしむには、罪科の重さが足りませぬ。 なにせ、”乗せられて、踊っただけ ” に御座いますれば。 他の貴族達に下した刑罰との均衡が取れませぬ」
法務尚書がそう、続けて陛下に翻意を促す。 そう云えば、この二人…… オスマンドには甘かったな。 少なくとも、あの子の死を願う事はしないと云う事ね。 二人を昏い瞳で見つめるオスマンド。 その瞳には、如実に落胆の感情が浮かんでいる。 そう、まるで……
”死して償う事さえ、許されないのか。 この寿命尽きるまで、後悔に溺れよと、そう云うのか”
と、云うように。 沈黙が『謁見の間』を包み込む。 誰しもが、考え込む。 国王の宸襟を伺う事は、不敬ではあるが、もし、自身の立場が国王陛下と同じならばと。 公人として、国王陛下の下した断罪は、当然の判断。
国事犯と云える大罪を犯したと、オスマンドの行動を捉えるならば、『玉杯』の下賜は、避け得ぬ処。 王族としての特権は、ココにも存在する。 国事犯、国家反逆罪ともなれば、公開にて『磔刑』か『縛り首』が至当と云える。 『玉杯』の下賜は、最も”軽い”断罪とも云える。 王族の尊厳を護りつつ、罪人の『矜持』を、王家の体面を護る為の処置。
もっとも速やかに、そして、確実に、さらに、安らかな永遠となる方法。
しかし、『死』には違いない。 誰も好き好んで、息子の死を願う親はいない。 いないと思いたい。 そこで提案された二つ目の方法。 王城最下層の土牢にて、生涯を幽閉する。 きっと…… 国王陛下の優しさだと、思われるこの提案。
オスマンドの仕出かした事を、国事犯としてとらえるのでは無く、唆され、無様に踊った愚かな王子に対する、極刑とする事。 『死』を与える代わりに、彼の『矜持』や『誉れ』を全て剥奪し、流民として、王城最下層で静かに『反省』の日々を送らせる為の処置。 でもね……
もっとも緩やかに、そして、不確実に、更に、安らかと対極にある、無限の悔恨を与える方法。
身体を情念が侵し、やがて憤死に至る、過酷で容赦の無い環境にその身を置く事に成る。 緩やかな処刑とも云える…… こちらも又、過酷な刑罰であった。
直接的な『死』を与える事では無い。 しかし、長い時間を掛けて、徐々に死に至らしめる事は、人道的にどうかと思われるのよ。
でも、生きてはいられる。 オスマンドを手に掛ける事が、心情的に難しいだろう国王陛下の、譲歩と云えたの。 私人としての国王陛下の御宸襟は、窺い知る事は出来ない。 でも、親なのよ? 陛下の隣にお座りに成るフェリエット王妃は、扇で顔を覆い隠し、従容と項垂れて居られるの。
何方を選んでも、オスマンドの『刑死』は、避けられない。
遣る瀬無さで、胸が締め付けられる。 幼き頃、私の後を追って、テトテトと歩む、オスマンドの姿が瞼の裏に蘇る。 姉様、姉様と、柔らかな声と、小さな手を一杯に広げて追いかけて来る、彼の愛らしさをしみじみと思い出してしまう。
何故、こんな事に成ってしまったの?
憎むべきは、誰なの? ガングリオン帝国の思惑? それとも、乗せられ踊らされたアンサンブレラ侯爵一党の者達? 泣けてくる…… 私も又、扇で顔の半分を隠し、歪む表情を表に出さぬ様にしながらも、両目から零れ落ちる涙を抑える事は難しかった。
極度の緊張が支配する『謁見の間』に低く渋い声が広がる。 それは、国王陛下のモノでは無く、臨時でその席について貰っている、国務尚書グラハム=ドワイアル=ブレーバス大公翁のモノ。 陛下の宸襟を朝議に出席している誰よりも慮れる、そんな方。
「アレキサンドル国王陛下。 公人として、国王陛下として、陛下の御判断に異を唱える事は出来ますまい。 が、事、我が国の未来を考えるに、その判断はちと、早計かと。 オスマンド殿下に於かれましては、幼少の頃より王家の教育を存分に受けられ申した。 莫大な時間と莫大な経費を掛けた教育を、無に帰せむは、王国の損失でもありましょう。 更に言えば、王国を蝕む『悪しきモノ』は、何も諸外国や国内の不逞の輩の様な、王侯貴族に連なる者達ばかりでは無い。 ……陛下、お判りか?」
「…………聖堂教会の腐れ神官共か」
「有体に云えば、『神』の名を使い、栄耀栄華を夢見る外道か。 この度の仕儀に至ったのも、多かれ少なかれ、あちらの『意思』も含まれよう。 オスマンド殿下の近くに、枢機卿の息子も居ったな。 その証左よ。 どうだろうか、アレク。 死せるオスマンドが命、王国の礎石とせんか?」
「王国の礎石…… か。 ブレーバス卿、なにか思案が?」
「何、状況を勘案して、オスマンドに『使命』を与えようと、そう考えた。 公人としての陛下は、オスマンドに『死』を与える事しか出来ぬ。 そして、オスマンドも自身の愚かさを償う為に、『死』を受け入れたく思っている。 しかしな、それは『逃げ』よ。 アレク。 お前、ビクトリアスが声無き嘆願が聞こえなんだか?」
「……王太子とも散々に話し合った。 しかし、『王国の法』を生真面目に護るリアならば…… と、勘案した」
「黒の塔に於いて、自身の関わった者達の最期の詳細報告書をオスマンドは読んだ。 手配したのはビクトリアス姫。 何故かと思う?」
「オスマンドが心に、深い悔恨を抱かせる為…… か」
「そうだな。 まぁ、その一面もある。 が、もう一つ」
「大伯父上…… それは?」
「死なせたくなかったんだよ。 当人にとって、過酷な精神的拷問とも云える処断を下した王女の心の底には、家族としての情が有ったんだよ。 公としての判断は、例え『冢宰』となっても、極力避けた。 それは、法に則ればアレクと同様の処断を下さねば成らない。 そう、『法』に則れば。 しかし、この国に置いて、その『法』への解釈を覆す事が出来る者が居る。 その者に、言外に言っているのだ。 『超法規的処置』も辞さずと。 父親の宸襟に忖度する、心優しき姫だな」
「…………そうか。 そうか。 それで、大伯父上、なにか思案は有るのか?」
「有る。 まぁ、詭弁と云えるがな」
「聴こう」
更なる緊張が、『謁見の間』に広がる。 公人としての国王陛下の断に、公然と『否』を唱えた三卿。 しかし、それも又、国王陛下の宸襟に沿った心情の発露として受け入れられた。 陛下は激怒する事も無く、ブレーバス大公翁の箴言を受け入れる準備が整った。 並み居る重臣達も、『落とし処』を大公翁の『言』に求めても居る。
なにより、私は…… そこまで、見透かされていた事に、羞恥を覚えながらも、期待せずにはいられなかった。
可愛い、弟が死ぬ事が無いように。 罪を背負い、その罪を生涯に渡って償う気概を持つ事に。 あの憐れな淑女の捨て身の『箴言』が、彼に届きます様にと……
「オスマンドが身柄、聖堂教会が修道院に置く。 神官として、民草の祈りを集め、以て、神への献身に還す。 王国籍すら廃棄せしむオスマンドは神籍を持つ者として、その生涯に至るすべてを、神と王国への献身に捧げるものとする。 自身に関わった者達への鎮魂と魂への慰撫を常に心に持ち、心安らかざる者達へ神の御手を差し伸べる。 その道は険しく長く峻厳ではある。 しかし、黄金の鬣を持つ、獅子の心持つ者であれば、けっして弱音を吐く事も無く、精進し研鑽し、以て王国の安寧に寄与する者となるを、私は確信する。 更に言えば、『使命』を与えればよい。 聖堂教会が内側は、我等では伺い知れぬ場所。 ならば、その中に『耳』を入れても良いのでは無いか。 今回の様に、事が大きくなる前に、そのよからぬ芽を摘む為にもな。 籍を剥奪されようと、その血脈は『王家』が血脈。 惑い、曇っていたとしても、『今は』そうではあるまい」
「……諸卿。 大公翁が案、如何か。 法務尚書」
「王都所払いならば、その後の身の振り方に関して言えば、聖堂教会修道院にお入りに成られるのは、御尤もと、云えましょう。 王国法、不磨の大典、王室典範…… 何処にも抵触しますまい。 量刑と処断の軽重は、今後のオスマンド殿下が行いが決める事となるでしょう」
「宮内尚書」
「王家の無謬性は、オスマンド殿下の修道院入りで担保出来ましょう。 己が行いを深く悔い、そして、死せる者への深き鎮魂を胸に、最下層神官となるは、矜持高い王家の者として…… 後世に、大罪を犯したオスマンド殿下の『責務』として、容認されましょう」
「オスマンド」
「はい、陛下」
「イバラの道ぞ? 死に逃げるのは容易だ。 が、敢えて、そのイバラの道を行くのも又、王家の一員であったお前の『責務』とも言えよう。 その道を行くことを受けるか」
昏い碧緑の瞳に、小さく火が灯る。 自身の犯した罪の重さに、『死』を望んでいたオスマンド。 しかし、それでは足りないと、そう大公翁から云われたのも同義。 そして、自身に掛けられていた『期待』の大きさを、今更ながらに自覚した…… と云う事か。
『責任』の取り方。
何を念頭に置き、身を律するか。 『死』は逃げで在り、責務からの逃避。 自身の心の安寧の為に、全てを投げ出すのと同義。 最下層神官ともなれば、荒野を単独で歩む事になるだろう。 幸薄き民の間にその身を横たえる事も有るだろう。 神は常に見て居られるが、常に手を出して助けてくれる事は無い。 自身の献身と、揺るがぬ信仰がこれからのオスマンドを律する 『 法 』 となる。
その手助けとなるのが、『聖堂教会聖典』。
……教条主義に陥らぬように、常に、鎮魂を胸に抱いて荒野を行け。 ……か。 大公翁も無茶を仰る。 ぬくぬくとした王宮、第二王子への配慮、過不足ない食べ物に、柔らかな寝台。 何もかも無くするオスマンド。 それでも尚、前を向いて歩めと…… そう、大公翁は仰るのだ。
「御意に。 御恩情忘れませぬ」
「うむ。 諸卿、オスマンドは、二日後の凱旋式の挙行日を以て、その籍を神籍に移籍し最下層神官として聖堂教会 修道院にその身を収監する。 今後、王侯貴族からの助力、庇護は無く、一神官として王国の安寧に寄与する事を命じる。 また、『使命』として、聖堂教会内に不穏な動き有らば、時を置かずこれを報告する義務を有する者とする。 異論無くば、沈黙を以て応えよ」
「「「「 ………… 」」」」
「沈黙を以て、オスマンドに対する処遇は決した。 旅立つ日まで、後宮にて滞在する事を許可する」
深く、深く腰を折り、礼拝を国王陛下に捧げるオスマンド。 あぁ…… 神様…… 宜しくお願いします。 心優しく、真っ直ぐな弟を、お願いいたします。 彼の道行に、光あらん事を……
――――― ――――― ―――――
オスマンドに許された、『家族の時間』は、二日。 黒の塔より、後宮にその身を移す。 凱旋式までの二日間は、陛下も王太子殿下も政務はお休み。 後宮にて、久しぶりの時間が持てるのよ。 きっと……
陛下は、どんな事に成っても、オスマンドとの時間を取ろうと画策されていたのね。
兄様も、同じ。
その証左に『その日』、後宮の晩餐室にて、家族が一堂に顔を合わせたのよ。 豪華な晩餐だったわ。 皆の顔を見つつ、政務や公務の話題が尽きない場所での晩餐。 お話の内容は、政権運営に於いて、秘事と云うモノさえ、俎上に載せられる。
云わば、我が国の中枢にして、国の方針を決定するような場所でもあったわ。
今では、十全にその役割を果たしているフェリエット王妃も、その会話の中に躊躇なく立ち入られている。 私はその事を嬉しく思いながらも、口を挟む事は無い。 私は私に宛がえられた公務を粛々と遂行する事に注力していたわ。 報告義務の有る事柄は、王宮総侍従長に提出しているし、ココでは、お話を良く聴く事に徹しているの。
まぁ、沢山のお話をお聞かせいただいて、色々と考える私の表情はきっと呆けて、馬鹿みたいに見えるでしょうけど。
「その表情に、どれだけの思惑があったのかと思うと、心寒いモノが有ります」
「あら、オスマンド。 貴方だって、『黒の塔』に入る前とは別人のようになっているわよ」
「それは、姉上がよくご存知でしょう。 自身の行い、振舞いが、何を引き起こし、何人の命を奪ったか。 その者達がどの様に我が国に貢献していて、どれ程の人々に影響を与えてしまったか。 考察するべき事柄は、幾らでも…… 悔恨に囚われ、身動きも出来ず、自分の罪深さに、恐れ慄いておりました」
「言葉を紡がず、囀らず。 思考を最優先に…… 言葉を掛けたのが良かったと思っているの」
「”……でなくては、貴方を救えない” 真意を大公翁がご指摘に成られた時、私は心が震えました。 姉上の慈悲に……」
「考えすぎよ。 大公翁は、大げさなのだから」
「御意に…… 黒の塔で、思考の深淵に囚われて居た私ですが、度々思い出した事が有るのです」
「それは?」
「幼き頃…… 姉上の後追って、後宮の庭を必死に”走った”事をですよ。 何時も数歩先を歩かれていて、それでも、私の脚が追いつけるように気を使いながら…… 目標でした。 憧れでも有りました。 姉上の様になりたいと…… そう思っておりました」
「嬉しい言葉ね。 でも……」
「いつしか、それは嫉妬に変わり、そして、茫洋たる表情を侮り、愚かにも蔑み…… 馬鹿にしていた。 しかし、姉上の心の中には『王者』が棲んでいたのです。 茫洋な表情は、思考の結果であり、断固とした行動力が備わっておられました。 王国が瓦解しなかったのは、一重に姉上の胆力のお陰なのです。 私は恥ずかしく…… 今もって、『死』による贖罪を望む心も有ります」
「ダメよ。 生きて償うの。 エミリーベルの死を賭した『箴言』に耳を傾けなさい」
「はい、姉上。 生涯を賭け、彼女の箴言を心に刻み、王国の幸薄き人々へ安寧を届けて参ります」
「奇しくも、陛下の仰った通り、その道はイバラの道。 覚悟が必要よ」
「『死』したる第二王子ですよ、私は。 死に勝る『覚悟』は、無いかと」
「甘いわよ。 王族にとって、『死』とは、逃げにも通じるの。 あなたの道行に、『逃げ道』なんて、何処にも無いわ。 真摯に向き合いなさい」
「御意に」
食後の飲み物を頂きながら、小声で隣席同士でのお喋り。 今だけは…… 今だけは、且つてのように、仲の良い姉弟で居たい。 忠言も箴言も叱責も要らない。 ただただ、弟の行く末を案じる姉で居たかった。 僅かばかりの時の中で、オスマンドに何かを伝えられたら…… その思いだけで、言葉を綴り紡ぐ。
凱旋式が終われば、もう二度と姉弟として会う事は無い。 私は王族。 オスマンドは神官。 立つ位置で見えるモノは全く違う事に成るもの。
そんな小声での会話。 妙に心は落ち着いていたの。 でも其処に、特大の報告が、王太子殿下の口から零れ落ちたわ。 私の心は千々に乱れる事となるの。
「凱旋式かぁ…… そんなモノに出るような偉業を成したわけも無いんだがな。 リアの緊急報が無ければ、南方の何処かで命を落としていたかもしれんのだし」
「ビョートル。 名目は大切ぞ。 凱旋式を挙行する事により、南方ガングリオン帝国との国境に騒動は起こらぬと、諸国に知らしめるのは、一種の儀式となる」
「判っております。 そこは、王太子として必須であると。 しかし、初子が居るのです。 この腕に抱きたいと思っても、良いでしょう陛下」
えっ? 初子? なに、それ、聞いて無いわッ!! 王太子殿下に御子がお生まれに成ったの?! 王太子妃が、王城に戻ってこないのも、その為なの?! わ、わたし、そんな事、一言も聞かされて無いわよッ!!
私の顔色が変わり、凶悪な表情が浮かんだらしい。 兄様があからさまに慌てた表情を浮かべ、陛下が ”やりおった ” って、あっけに取られておられた。 フェリエット王妃は、私の視線を敢えて外し、他所を向いておられる。 挙動不審に成ってはおられたけれど。
「聞いておりません。 兄様。 それは、どういった事なのでしょうか? 義姉上様が御子を得たと? 男児ですか、女児ですか?!」
「だ、男児だ。 名はアルケード。 リアが、護りを強固にしてくれたお陰で、心安らかに出産できたと……」
「ほう、その様な報告は、『冢宰』を任じていた時も、受けておりませんでした。 秘匿したのですか? 王太子殿下が男児を得たと、これ程の慶び事を、わたくしには教えられなかったと?」
「い、いや、その時は、まだ……」
「陛下。 凱旋式に於いて、発表されるのですか」
「いや、それは…… ま、まぁな」
「では、御子誕生の慶事に先立ち、わたくしは王位継承権を返上致しますッ!! こんな重要な事柄を『報告の必要も無い』王女です。 継承権を保持する必要御座いますまいッ!!」
「ま、待て! リア、待て待て。 お前に云わなんだのは、相応の理由が有るのだ」
「王位継承権第二位のわたくしに、王太子殿下が御子を得た事を知らせぬ理由など思いつきませぬ。 王室典範には、王太子殿下の御子がお生まれに成れば、速やかに継承権順位の移動が行われると有ります。 婚姻により、王家の籍を離れる王女は、その場合継承権を返上するのは慣例に成っておりますわ。 ならば、速やかに行動に移るべきではないのですか? 民に不安を与えるような事を成してはなりません」
「いや、あ、あのな、リア」
「わたくしが知らぬと云う事が、おかしいのです。 継承権の移動は、国王陛下の専権事項。 直系の御子が、お生まれに成ったのに、王女たるわたくしが継承権を保持する事は、まるでわたくしが王位に就く可能性が有ると『喧伝』するようなもの。 それこそ、国が乱れます」
「そ、それなのだが……」
「第一、王太子妃殿下が王宮に在らせられぬのが、異常なのですよ。 例え、王国が擾乱状態となってはいても、わたくしが『冢宰』として努力し擾乱を収めた後、王太子殿下が御帰還に成られた時に、若しくは、陛下が王国に御帰還された時にでも、王太子妃殿下には帰城されるべきに御座いました」
目を怒らせ、正論を捲し立てたの。 だって…… だって…… これじゃ、私だけが情報から排除されてたみたいなんだもの。 それも、こんなに大切な事柄なのにッ!! わたしは…… 王家にとって、私の『役割』は…… もう……
「……その時点で、わたくしは王位継承権をお返しして、何時でも王家より王籍を抜く事が出来る、凡庸な王女となりましたのに……」
陛下が…… お父様が、目を怒らせ、感情を揺らされた。 滅多に無い事に、言葉に激情を載せられ、吠える様に、私に言葉を紡がれたの。
「だからだッ!! リアがどれ程、この国の為に献身を捧げたのか、判らぬ者は居らぬ! 王太子妃が王宮に帰還すれば、そして、御子が生まれたと知らば、その様に申し出る事は最初から分かっておったわ! 何が『凡庸な王女』だ。 リア程、研鑽を重ね、王国の未来に光を置かんとする者が、ビョートルの他に居るかッ! 妊娠した王太子妃が、実家に帰ったのは、緊急避難的な意味合いもあった。 私とビョートルが、王都を出なくてはならない時に、王都を託せるのはリアの他には、居らなんだ。 そんなリアに、妊婦である王太子妃を託す事が出来るか? その上、あの擾乱だ。 その混乱の中、私とビョートルが居ないと云う、絶望的な状況下において、リアは『王国の崩壊』を未然に防ぎ、更にはその首謀者共の排除、反逆者達の根切りまで、遣りおおせたのだぞ。 それ程の功績ある者が王位継承権を返納するなどと云う事は、民に対して示しがつかぬわッ!!」
「ですから、『王室典範』に於いて……」
「知っておるわッ! そんな事くらいッ! 人心乱れる時、功績ある者の身分を保証する『権能』を剥ぐような事は出来ぬと云っておる。 よしんば、その様にリアが望んだとしても、到底受け入れる事など出来ぬ。 更に言えば、リアの縁談……」
「陛下ッ!! それはッ!!!」
突然、フェリエット王妃が口を挟んだの。 とっても、怒ってらっしゃるの。 顔を真っ赤にして、珍しい事に陛下に向かって怒気を孕んだ表情を向けているのよ。
えっ? えっ? えぇぇぇ???
何々、どういう事? 視線を強め、フェリエット王妃を見る。 そんな私を、少々焦った表情で迎えるのは、お母様。 極めて自然に、威圧的な笑顔を作り、『何も言わないぞ』と云うような表情を浮かべられるの。
お母様の厄介な所は、メキメキと王妃として確立されてゆく自我。 それはもう、先の王妃様と同様に、とても強力なもの。 一国の王妃として、陛下の傍に立つ者としての『矜持』は、確実に手に入れられているのだもの。
そして、最近さらに進化されているのよ。
思わず、嘆息が出る。 やはり…… わたしの『役割』は、終わったのね。 シンと静まり返る晩餐室の中に、静かな声が低く流れる。
「……姉上、その辺にしておいた方が宜しいかと」
「オスマンドッ! お黙りなさいッ!」
シレっと、晩餐後の飲み物を口にしつつ、静かな表情で語り出した弟の言葉を、お母様は制止する。 しかし、弟はそんな咎めるような周囲の ”視線”を全て無視するかのように言葉を続ける。
「……姉上の『偉業』は、王国随一。 王国の崩壊を防ぐだけでなく、未来への禍根と云うべきモノすら、その御手にて断ち切られました。 何より、『冢宰』と云う、国王陛下の代理たるを自認され、『王室典範』『不磨の大典』『王国法典』に記載されている、”国王陛下”の義務を全うされた。 その結果、多くの民の称賛を得た事は間違い御座いません」
一息つき、飲み物を一口。 口を湿らせた後、更に続けるの。
「そんな姉上が、兄上の御帰還を機に、『冢宰』が職をいともあっさりと返納された。 準王錫も、恙なく兄上にご返還された。 首を垂れ、王家の権能を正しき人に還された。 此処までは、良いのです」
「それで?」
「ここからが、問題となります。 もし、王太子妃殿下を、兄上御帰還時に王城に戻された場合、妃殿下の妊娠は明らかと成りましょう。 そして、法が求める通り、姉上は王位継承権を兄上、若しくは、陛下へ速やかに返還されてしまいます。 それを、国王陛下 若しくは、王太子殿下がお認めになった場合、姉上を、『王女個人』として、王国の継承権者と云う、重大な『責務』から、離脱させ、”政治的な駒”と成すと宣言されたのも同義。 そんな事に成れば、モノの道理が判る民は納得はしません。 王国に不安の種を撒き散らすのです」
「……それだけですか、オスマンド」
「もう一つ、重要な『理由』が御座います。 これは、わたくしの『推測』では御座いますが、熟考すれば自ずと行きつく、”帰結 ”でもあります。 そして、フェリエット王妃殿下の、反応を見る限り、大きく外れては居ないでしょう」
「なんですか、その『理由』とは」
「姉上の倖せを考えた場合、これより先に有る困った状況でしょうか。 まず、姉上は、王国の崩壊を防ぎ切った。 これは賞賛に値する事に御座います。 そして、多くの貴族達、重臣達を纏め上げ『逆賊への罰』を言い渡した。 『冢宰』としてです。 冢宰と云う職責は、国王陛下の代理と成ります。 よって、その権能は絶大。 しかし、それ故、この国の法を順守せねば、多くの者達に『恐怖』しか与えません。 姉上は、強くそれを意識し、全ての政務に於いて、国法を遵守し記載されている条項に関する限り、極めて厳格に行動されました」
「オスマンド。 それが、わたくしに課された、王家の『責務』なのです。 何もおかしな事はありません」
「……はい。 王国の法を、極めて厳格に順守された姉上です。 そして、思考の深淵を常に覗いている姉上です。 熟考の上の御判断だったと、わたくしは確信しております。 姉上の、この国の未来に光を置かんとする『矜持』は、とても気高く、そして、誉に満ちております。 ただし、多くの者達にとっては……」
「とっては?」
「『男児ならば』と云う、注釈が付き纏いましょう。 余りにも厳格な法の運用を実施したため、姉上個人に対する評判はどうなったでしょうか。 多くの貴族達にとって、姉上の両手はどのように見えるのでしょうか」
「……血塗れ ……なのでしょうね」
「茫洋たる表情は、狡知を巡らせている。 一旦決断を下した事は、周囲の評を度外視して決行される。 後から考察すれば、それが最善と云える処断でも、その時には血に狂われたと、そう思われても仕方のない事。 感情に流されやすい、愚行を犯した、”愚かな私 ”だからこそ、見えるモノが有るのです」
「……それは?」
「人は、一度覚えた感情を捨て去る事が難しい…… と。 畏怖と恐怖を覚えた相手には、なかなか、それ以外の感情が浮かぶことが無いのです。 この国に於いて、姉様は強く光り輝いた一瞬の光芒。 崩壊の危機にあった王国を、鮮やかに救った王女。 しかし、其処には多くの血が流れました。 法の求める所により、冷たく醒めた視線を以て、多くの罪人を処刑場で見送られました。 その断罪も又、ご自身の『勅命』によってです。 その姿に、恐怖した下位貴族、中位貴族は多々いるでしょう。 高位貴族も又、苛烈な御性格を間近に見て、姉様の中に修羅を見たと思われます。 姉上の行動に、皆が、姉上を『王族の姫』であると、強く印象付けられた」
「……仕方なかったのです」
「わたくしは、理解しております。 黒の塔の最上階に於いて…… 思考の深淵にて、姉様の『想い』『願い』『希望』を、見出す事が出来ました。 しかし、多くの者達には『思考の深淵』を、覗き込む事すら出来ないのです。 事象の表層を、上辺をなぞるようにしか、理解出来ぬのです。 姉様はなにも変わって居ないのに、まるで『悪鬼羅刹』の様に視るのです。 だからこその『問題』に御座います」
「結論は?」
「姉上の『御婚姻』が、とても困難になったと云う事。 姉上が成した偉業ゆえ、姉上に見合う相手が、近隣諸国の者達を含め、候補者すら居なくなった。 たとえ、王家が王命を以て『打診』しようとも、受ける家は国内外に於いて、一家たりともありますまい。 そう匂わせるだけでも、謝絶されてしまう。 その上、姉上は継承権を返還されようとして居られます。 そうなれば、王位継承権を持たぬ『王女』の行く末は如何なるモノと成りましょうか」
「…………神の家に、縋るしかないでしょうね」
「……普通ならば、そうでしょう。 しかし、姉上は『救国の姫』。 誰も納得はしません。 『配』なくば、臣籍降下も叶いません。 王宮、後宮の金の檻の中で、『飼い殺し』となるしか…… 多分ですが、陛下も王妃殿下も、その事に御心を痛めておいでなのでしょう」
絶句するしかなかった。 皆、私の事を思って? これから先の、私の『行く末』を思って? そんな事の為に、せっかく生まれて来た、王太子殿下の御子アルケードの事を表に出さぬ様に? 有り得ない。 それは、この国の未来に於いて……
いいえ、成長するアルケードにとって、途轍もなく不幸な事。
万民に、『誕生』を祝われる存在なのに、それを高々『私』の不確定な未来の為に、投げ捨てる? おかしいわ。 そんな事、絶対に認められない。 ……私は嫌だ。 こんな風に忖度されるなんて……
嫌だ。
私は、私なんだもの。 王家の姫として生まれた、私の『責務』を果たしただけなんだもの。 役割を負えた王女は、王国の者達の記憶の中からも、いずれ消えてしまうのも又、『責務』なんだもの。 それが、王女と云うべき者の『在り方』なのだもの。
だから、私は、それでいい。 この国の為には、それで、いいの。
義姉様はとても素敵な人であり、とても控えめな人。 あの方が悲嘆に暮れる事など、私にとって悪夢でしか無いわ。 義姉様は、兄様が説得されたら、嫌も応も無く御言葉に従ってしまうわ。 例え、母として哀しくは有っても、兄様の言葉には、逆らう事なんてしない人だもの。
だから……
「陛下、王太子殿下。 王太子妃殿下には、即刻王宮へお戻り頂きます。 ”レイブン” 第一王女、ビクトリアスが命じます。 最高の礼を以て、王太子妃、御令息を王宮に迎え入れなさい。 陛下 そして 王太子殿下、凱旋式の日には、王太子妃殿下は兄様の御側に立たれ、万民にその御姿を御見せする事を、わたくしは願います」
「リア…… 本当にそれでよいのか」
「わたくしの『存在』が、必要とあらば、継承権順位を下げて頂ければ宜しいでしょう。 何時までも、と云う訳には行きませんが、人の記憶など曖昧です。 そのうち、皆、私の事は忘れましょう。 それまでは、後宮の奥深くで、ひっそりと暮らしましょう」
陛下と兄様はがっくりと項垂れる。 気にして下さったのよ。 それが、私にはとても嬉しいの。 茫洋とした愚かな姫が、悪鬼羅刹もかくやと云うような事を成し、いまや、腫れ物を触る様な扱い。 そんな中でも、陛下も兄様も変わらず愛情を下さるんだもの。
私の、婚姻かぁ……
あんな愚か者でも、私の婚約者候補だったんだものね。 漠然とした不安が、心を冷たくしていくのよ。 隣でカップを傾けていたオスマンドが、沁みるような小さな声で、わたしに言葉を向けたの。 とても、静かで、強く、意思を持った声だったわ。
「もうすぐ、王家から離れる私ですが、それ故に御力に成れるやもしれません。 いえ、御力になりたく存じます。 一神官として。 姉上。 生きる指針が出来ました」
「オスマンド?」
「女子修道院にお入りに成られるのならば、それも宜しいかと。 その時には、わたくしが盾と成れるように、精進してゆきましょう。 懺悔と後悔の日々に、一つの光が置かれました」
「……そうね。 そんな未来も…… 有るかも知れないわ」
「ええ、わたくしは、『愚かな弟』です。 ですが、『愚直』に立ち戻る事が出来ました。 わたくしの未来は、イバラに覆われた厳しき道でしょうが、俄然、やる気が起きました。 やはり、私は…… 姉上の『お役』に立ちたい」
「……オスマンド」
ゆっくりと交わす視線。 黒の塔での生活が、彼を変えたのだろう。 だからこその、『愚か』から、『愚直』なのね。 あの天真爛漫で、無邪気な彼が、思考を優先し、洞察を以て事象を見る事が出来るようになるなんてね。 そうね、この子も…… 強い意志を持つ、『黄金の鬣を持つ獅子』の子なのだものね。
そうね……
オスマンドも又、『覚醒』したのかも知れないわ。 もう少し、早かったらと、今更ながらに悔しく思うの。
あぁ、人生は儘ならないわね。 本当に。
―――――
翌朝
私の望んだ事は整えられた。 クラリス王太子妃、及び アルケード王子は、後宮に戻られた。 御実家の上級伯爵家より、王家の馬車により、厳重に警護されつつ王城に迎えられ、即座に後宮に入られた。
後宮にて、王家とそれに連なる者達と合流された。
アルケード王子は、おくるみに包まれ、すやすやと眠っていた。 上級伯家で付いていた乳母は、身分が足らず、王宮に伺候出来ない。 これは、ちょっと問題だと思う。 第一王女の命令として、召し上げる事も考える。
乳母の存在は、アルケード王子にとっては無くてはならない存在だもの。 一番近くに居て、慈しみを与える存在だもの。 でも、今はいない。 だから、王宮女官が ”その代役 ”となり、アルケード王子を抱いている。
その王宮女官は、私も見知った人。 当然そう成るであろう事は、何となくだけど、予感していた。 王宮薬師院、アレクトール筆頭の孫娘であるのだから。 エミリーは、慈愛深い笑顔を以て、アルケード王子を慈しんでいる。 コレも……
私が望んだ情景
いずれ、そうなれば良いと、思っていた事。 後宮の王の間に於いて、家族が全部揃った。 この場には、王弟殿下ご夫妻も居られる。 慶事であるのだもの、当然よね。 広く柔らかな雰囲気を持つ、この居間に於いて、『王家』の団欒が、完成したのよ。
この国の未来へと続く光の中の情景。 そんな情景を作り出す事が出来た事を、少々、誇らしく思ったの。 オスマンドが難しい顔をしている。
「どうしたの?」
「いえ、あの王宮女官の事が少々……」
「アレクトール上級伯の御令孫、エミリーよ。 すこぶる優秀な王宮女官です。 今後も、王家、特に王太子妃について貰う事となるでしょう」
「左様に御座いますか…… エミリー? あ、姉様ッ!」
「オスマンド。 私は強欲なの。 欲しいモノは、何としても手に入れたいの」
「し、しかしッ!」
「エミリーベル=フェスト=グリュームフェルト侯爵令嬢は、わたくしの手により、永遠となられました。 エミリーベルは…… あの淑女は、聖堂教会の地下墓地で、『永遠の眠り』に付いています。 ”エミリー ”は、アレクトール上級伯が御令孫。 良いですね」
「記憶は…… あぁ…… そうか。 『王家の秘毒』を、使用されたのですね。 姉様の『強欲』故に……」
「さて…… 何の事やら。 ……でもね、オスマンド」
「はい」
「貴方が『気付き』を、慶びましょう。 少なくとも、此処に一人、私の『強欲』に、共感出来る者が居たのですから」
「御意に……」
静かに微笑みを載せ、オスマンドを見詰める。 遣る瀬無さそうな表情を浮かべ、やがてそれは、諦観と慈愛に満ちた微笑みへと変化する。 彼も又、”エミリー ” の倖せを願う一人となった。 もう、自分では、何も出来ぬと、理解したからだろうか。
投げ捨て、後悔し、神に許しを乞い、死さえ願う程に懺悔した、その対象が生きていたのだもの。 そして、もう二度と関わる事など出来ないと、実感したのだもの。 その表情は、複雑な感情の襞を顕わしていたのかもしれない。
だけどね、オスマンド。
祈る事は出来るのよ。 『倖あれ』 ……とね。
家族の絆は深まった。 王家を離脱し、最下層神官として、人生をやり直す弟も、今ばかりは、王家の末弟に他ならない。 この美しくも楽しい情景を、一生忘れぬ事に成るだろう。 私もそうよ。 今後、どうなるか、全くの未知数なんだもの。
この心穏やかなる時を、心の中の宝物として、生きていくわ。 ええ、静かに…… ね。
―――― その日の『晩餐』が、終わった後 ――――
オスマンドは、誰にも見送られる事無く、静かに王宮を後にしたわ。 王都からも離れ、聖堂教会修道院へ、月の無い漆黒の夜道を歩いて行ったの。 二度と、王城には入れない。 二度と、家族と呼び合う事も出来ない。
でも、私には理解できる。 あの子は、決して諦めない。 例え、家族と呼び合う事が出来なくとも、いずれ違った立場で、皆と相見える事が出来るんだと。 強くそう、思ったの。
だって、オスマンドは、心に獅子を飼う『王家の子』なんだもの。
凱旋式は、王国の万民に大きな慶びを与えた。 貴族達も又、王国の強かさと、高位貴族の粘り強さに、改めて、王国の藩屏たるを誓った。
陛下は全てを曝け出した。
オスマンドは、王籍を剥奪され、王都所払いを命じられ、もう王都には居ない事。
これにより、この度の擾乱の全てが収束したと宣言された事。
ビョートル王太子の尽力により、ガングリオン帝国との間の軋轢は、大きな戦禍と成らず平定された事。
擾乱の収束に掛かる間、ビョートル王太子殿下に、アルケード王子が誕生した事。
擾乱の混乱時に、クラリス王太子妃、及び、アルケード王子の身の安全の為に、御実家に身を寄せられていたけれど、憂いは晴れ王城に戻られた事。
今後、王太子殿下ご夫妻は、陛下、王妃殿下の御公務を担う存在になると、宣言されたの。
陛下の ” 王国の未来に光を導かん ” との宣下に……
大歓声が王都を覆い尽くすのを……
私は、後宮の自室で、窓辺に座ったまま、その歓喜の声を聞いていたの。
――――――――
かくて、私の役割は終わった。 もう、何もする事が無くなった。 私に宛てられていた公務ですら、減少の一途。 もう、後宮の私の部屋から出る事も少なくなった。 このまま…… 時が過ぎ、アルケード王子が成人する暁に、わたしは、王宮を出ようと思っている。
何時までも、この場所にいる訳には行かないもの。
だから、あの日、オスマンドが言った未来に、ちょっとだけ期待していたの。 誰も、元王女で有るとは知らない、そんな土地で、一介の修道女として、生涯を全うするのも…… また、良いのかもしれない。
有る日……
珍しく『謁見の間』に呼ばれたの。
国王陛下直々のお呼出し。 もう、王国は安泰と云っても良いのだけれど、一抹の不安が胸を過る。 何を云われるのだろう。 あまり、無茶な事で無かったらいいな。
謁見の間には、第一王女として過不足ない装いを纏う。 正式な『何か』を宣下される可能性も有るのだもの。 陛下は時折、王国の『法』の抜け穴を見つけ出して、無茶な事を仰ることが有るのだもの、用心に越した事は無いわ。
謁見の間に続く扉前に立つ。 衛兵と王宮総侍従長が私の前に歩み寄り、扉へ向かい先触れを発する。
「王国第一王女、ビクトリアス殿下、参内されました」
巨大な扉がゆっくりと開く。 国王陛下は既に玉座に座し、その脇に王太子殿下が侍る。 室内に入り、王族が許される場所まで進み、淑女の礼を捧げる。
「よく来たビクトリアス。 話がある」
「はい、陛下」
淑女の礼を解き、スッと陛下の前に立つ。 何やら、苦虫を噛み潰したような、そんな表情を浮かべられている。 はて…… なにか、してしまったのだろうか?
「実はな、ビクトリアスに婚姻の打診が来ておる」
「婚姻…… ですか?」
「そうだ。 相手は……」
何故か言い淀む陛下。 兄様も同じような顔をされて居る。 婚姻…… つまりは、この国の為になる『家門』へと、嫁ぐ事。 王国の安寧の為に、『駒』と成れと、そう仰っている。 でも…… 散々な私の『噂』に、敢えて手を挙げるような『家門』が有るのかしら?
国内では…… なさそうね。 でも、『フェローズ同盟』を結んだ各国の王家にも、私の『噂』は飛んでいるのよ。 そんな、危険物を敢えて、身の内に置きたがるような、王家はないわ……
そう考えると、やはり、国内の下位の貴族かしら? 何らかの功績を上げ、その功に報いる為と云いつつ、第一王女の婚姻の王命を宣下されたの? それも…… 考えられなくも無い。 下位貴族の爵位を上げる為に、王家の姫を下賜した事は、歴史上に例は有るもの……
考えれば、いくらでも…… でも、それも…… 少々、寂しくは有るわね。
渋い顔をされたまま、言葉を紡げない陛下。 その陛下の代わりに、言葉を紡いだ者が居た。 謁見の間の下座に居たその男は、許しを得ていたのか、玉座前の私の隣に並び、言葉を紡ぐ。
「陛下に於かれましては、何分と難しい御判断。 ビクトリアス王女殿下がお受けに成るか、成らぬかは、ご本人にお決め頂きましょう」
朗々とした響きの声。 これは、これは、久しぶりに聞いた声ね。 チラリと隣を見遣る。 相手の漢も、胸に手を宛て、此方を視ている。 ガングリオン帝国大使、セリオン殿。 貴方なのね。 また、良からぬ事を画策したのかしら?
まさか、私を自身の妻にと?
「その呆けた顔に幾度騙された事か。 殿下、違いますよ、私ではありません。 ガングリオン帝国、第一皇子からの打診に御座います」
「第一皇子? あの方は既に妃をお持ちの筈。 側にと?」
「それも違います。 第一皇子の『盾と剣』である、第三皇子が御相手に御座います」
「……グレッグ=トライ=ガングリオン第三皇子ですか? それは、なんとも、あり得ない御相手」
「女嫌いで、帝国の『武』の象徴と? それは、認識に齟齬があります、殿下。 あの方は、偏に第一皇子の『盾であり剣である事』を、第一に考えて居られます。 未だ帝国では、帝位継承者が決定しては居りません。 第二、及び第四、第五皇子が連合して、第一皇子との継承権争いに邁進しておりますのは、ご存知の所」
「ええ、まぁ…… それは、そうですわね」
「ガングリオン帝国の大使『セリオン』として、今後も王国との正常な国交を鑑みるに、誰に付けばよいかを、深く考えておりました。 各皇子の為人、そして、帝国の未来を考えるに、武力での周辺国併呑は、既に頭打ち。 その上、内政面に相当な無理がたたり、あちこちで綻びも視えつつあります」
「そちらの国情は、注視しておりますので、ご説明はご不要に御座いますわ」
「ええ、そうでしたね。 ならば、直截に。 兄グレッグは武人。 現皇帝陛下より下賜された封土の経営は、相当なる負担となっております。 兄の配下も又武人ばかり。 内政面の弱さは、筆舌を尽くしがたい。 さすれば、その配に、その荷を背負うて貰うのが道理となります。 が、既に継承権争いから自ら引いた皇子に付く帝国高位貴族は居ない。 なまじ擦り寄る者が居ても、蜜を吸いたいが為の羽虫としか言いようが無い。 第一皇子も憂慮されておられました。 内密に、第一皇子より善き方の選定も任されておりました。 ……どうでしょうか。 決して『愛』ある結婚とは行きません。 が、第一皇子…… と、云うより、ガングリオン帝国へ、相当な『恩』を売れましょう」
「つまりは…… 帝国のお荷物となっている地を統治せよと?」
「旗色は随分と悪いですが、『黄金の鬣を持つ獅子』を心の中に棲まわせておられる殿下ならば…… と、思いまして。 なにより、今後の王国と帝国の国交を鑑みますと、第一皇子が皇帝に即位するのが、王国として最大限有利な状況になるかと。 あの方は、現皇帝陛下と違い、武より文を優先させる方。 帝国の破綻を食い止めようと、努力されておられます故」
たしか、グレッグ第三皇子が領地は…… 王国と接する帝国西北部から、ずっと南下して、蛮族が自治領域までの、広大な場所。 蛮地平定と云ったところで、未だ、未開の地もあり、帝国に服わぬ戦闘民族も相当数居る…… か。
云わば、帝国のお荷物的な場所。
『お荷物の地』に、『お荷物の王女』が嫁ぐ。
なんとも…… 諧謔的な……
予想だにしていなかった、不思議な感覚が私を捕らえる。
グルグルと、私の身の内で、唸り声が上がる。 ジャキジャキと爪を研ぐ音がする。 爛々と輝く黄金色の瞳がカッと見開かれる。 熱い血が湧きあがる。 憶えがある感覚。 封じたく思っていたモノが、その首を擡げ上げる……
グルグルと思考が巡る。 グルグルと、グルグルと……
「どの程度、わたくしの意思が通りますか?」
「事、領地に於いては全て。 その約定は取り付けて御座います」
「全権委任と云う事ですか? ……軍事以外でしょうが」
「御推察誠に。 ですが、出来る手立てはあまり有りません。 文官の頭数が足りないのです。 現状は、領地を監督する事で精一杯。 また、文官の能力も低いのです」
「成程。 全権を委任する代わりに、全てを統治し、領を富ませよとの、第一皇子の思召しでしょうか? それは、また、なんとも凄まじき事」
「それほど、追い詰められているのです。 此処まで『お話』いたしましたからには……」
「判っております。 陛下。 お話、受けようかと存じ上げます。 王国の安寧の為には、あちら側にも安定してもらわねばなりますまい」
渋い、本当に渋い顔をされる国王陛下。 王太子殿下が心配そうな表情を浮かべて居られる。 でもね、何故か私は、心が高揚しているの。 無手勝手に、何も無い土地に『種』を撒けるのだもの。 統治について、深く学んだ私には、途轍もない実践の地となるでしょうね。
それに……
場所は帝国領。 ならば、失敗したとしても、私の命一つで償える。 燃え上がる様な高揚感が私を包み込む。 久方ぶりに、なんの屈託も無い笑顔が零れ落ちる。 これも……
多分……
我が王家の血なのね。
ならば、遣りましょう。
幸薄き地に、豊穣を。 例え、嫁ぐ相手が悪鬼であろうとも。
私の屈託のない笑顔を見詰めながら、陛下は許諾証に御名御璽を記された。 そして、重い重い溜息を吐きながら、言祝ぎの言葉を発せられるの。
「リア、お前の道行に幸あらん事を。 掌中の珠を、むざむざ離す事に成ろうとは。 大使セリオン。 娘の安全には十分に留意されよ。 さもなくば……」
「両国の平和の礎。 我が命に代えて」
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『ガングリオン帝紀』 より。
帝国歴598年 帝位継承戦争終結。 ガングリオン帝国の帝位継承戦争は、第一皇子である、ゴンザレス=ファス=ガングリオンが、帝位を掴み取った。 その過程に於いて、第三皇子グレッグ=トライ=ガングリオンが大きな役割を占めた事は数々の資料に於いて間違いの無い所。
帝国歴600年 ゴンザレス第一皇子、帝位に就く。 その際、第三皇子グレッグは、大公センチュリオンを拝命し、帝国西部の領を治める事となる。 また、その手に強大な『権能』を分与され、ゴンザレス皇帝より副帝と呼称される。 大公センチュリオンは、良く領を治め、かつて荒野であった自領を帝国有数の穀倉地帯、そして、畜産地帯と成さしめ、帝国の食糧庫と言わしめるまでとなった。
さらに、領内のかつて蛮族と云われた者達を、帝国民として扱うなど、他領とは一線を画す領政を敷く。 大公妃ビクトリアスは、その内政の手腕を以て、ガングリオン帝国、ゴンザレス皇帝をして副帝妃ビクトリアスとの尊称を得る。
追記; 副帝妃ビクトリアスは、生涯にわたり西方副帝領を慈しみ、彼の地に豊穣を与えたと、その功績を高く評価される。 また、晩年は大公センチュリオンとも仲睦まじく、楽し気に西方副帝領を巡っていたと、各種の記録が物語る。
副帝妃ビクトリアス、その最後の時に、帝国北方の王国より招かれた、『聖堂教会聖王猊下』による、壮大な葬礼が営まれたと、歴史書に特筆されている。
その名の如く、”ビクトリアス ” であったと。
「姉上……」
「オスマンド…… 聖王猊下…… ですか貴方が。 フフフフ…… 頑張りましたね。 わたくしの生涯は、本当に…… 波乱万丈の…… 毎日でした…… でも、有意義で楽しかったわ……」
fin
2023.10.25.
© 龍槍 椀
最後まで、お読みいただきましてありがとう御座います。 その漢気に感謝を!
大変お疲れさまでした!