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ナチュラル音痴なY田の話 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪

 うん、今度のアニメのOPは実にいい曲だったな。

 久方ぶりに、シンプルさを感じる曲の構成だったが、なかなか覚えやすい。歌詞はまだいまひとつだがな。こうして鼻歌にする分には、ほぼ再現完了といったところか。

 人間、昔から気に入ったフレーズはこうして鼻歌したり、歌詞も知っているなら口ずさんだりもするものだ。

 個々人の琴線に響くというか。鼻に、口にすることでどこか精神的な安定をはかろうとしているのかもな。

 調子いい時には、より調子が良くなるように。調子が悪い時、何かしら景気づけをしたい時、ここぞの一押しが欲しい時に、ついなじみのメロディが意識をついて出てくる。


 ――やけに後者の、後ろ向きなケースが多いって?


 そりゃ、長く生きていると調子がいい時は限られているだろう?

 たいていは、自分の思い通りにならない苦難の時間で、そいつを乗り越えた先にあるからこそ、訪れる時間の甘美なる味が増す。

 問題はいつそいつが訪れるかで、途中でぽっきり折れてしまうことがあれば楽しみも何もなく。ただ辛い記憶だけが残るだろう。

 お楽しみは、まだこれから。そいつを思い知るために、脳がどうにかモチベを維持させようと働きかけてくるのかもなあ。歌にしても。

 そして、そいつはときおり妙な効果を招く恐れもあるらしい。

 俺の昔の話なんだが、耳に入れてみないか?


 フェイクを入れたいからな……ここはY田としておこうか。

 Y田は俺たちの中でも、「上手い外し方」に定評があった。

 こう、なんというかカラオケに誘うと、安定して60〜70点くらいを出すような点数。

 聞けば、「ああ、あの歌だな」と分かるんだが、妙に音程が上がったり下がったり、リズムがほんのわずかずれたり。

 学校の合唱とかで、他パートに釣られて、自分のパートの音程があやふやになってヘンテコな奏で方をするときないか? あれをたった一人でやらかすような感じなんだ。


 Y田の場合、そこにミスとかわざとらしさとか、全然感じさせないスキルがあんのよ。

 原曲知らない奴なら、「まあそういう歌い方もあるか」と納得できてしまうようなナチュラルさ。俺も知らない曲で歌われて、「変だ」と思うことができなかったからな。

 本人いわく、多少意識して外すことはあれども、ほぼナチュラルにこうなってしまうとのことだ。

 それはそれで嫌な思いをするんじゃないかと思ったが、Y田自身はそうでもないらしい。

 なんでもY田の実家は神職にかかわる家系だかで、ときにこのような意識せずして拍子を外す子が現れた時に、ありがたがられるのだとか。

 本当は堅苦しい名前がついているんだが、Y田いわく、その筋が聞いたら、いくつか思い当たる節が出てくるような因縁あるものなんで、自身は今風に「ナチュラル音痴」と称しているとか。


 で、このナチュラル音痴でもって、調和をとることができる。

 歌とか曲に限らない周囲の空気、あるいは取り巻く世界といっていい。こいつらの調子を整えることができる。いわば自分は世界という身体を支える、ホルモンかなんかと思ってほしいとさ。

 Y田はあまり、登下校を誰かと一緒にしたがらない。妙なことが起きる可能性があるから、巻き込みたくないんだと。はたから見たらイタイ奴か、暗い奴、ひとり大好き人間に見えたかもな。

 その行き帰りの道で、しばしばあいつも歌を口ずさむ。鼻歌の時も多い。

 ご詠歌に似た響きなんだが、少なくとも俺が知っている人から聴いたものの、いずれとも異なる。おそらくはY田の家独自のものなのだろう。

 これもまた、世界のメンテナンスの一部なのかと尋ねてみると、半分は正解と言われた。

 もう半分は、みんなにおぼろげでもこの歌のメロディを刻んで欲しいのだと。


「人間、刻まれた旋律は、自分が発する段だとあやふやになるかもしれないが、聴くぶんには、思いのほか正確に受け取ることができるものだ。俺の音痴に気づくのと同じで、微細な違いをかぎ取り、脳が教えてくれるだろう。

 だから、もし俺と似て非なるメロディを耳にしたら、すぐさま家に帰ったほうがいいな。ややもすると、その『乱れた世界』に巻き込まれることになるぞ」



 その言葉を実感したのは3か月くらい経ってからのこと。

 いったん家に帰ってから、私用で家から少し離れたホームセンターに、買い物へ行った帰りだ。

 ふと、聞き覚えのある旋律が飛び込んできた。Y田がいつも口ずさんでいるものだ。

 あいつの声量はあたりをはばからないし、平日と休日、場所を問わず耳にする機会がある。肉声でないと意味がないらしくな。歌あるところに、あいつの影あり、というわけなんだが。


 〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪


 聞いていて、「ん?」と思った。

 耳に入ったフレーズのうち、わずか数音だったがいつも聞くオクターブよりやや低めな気がしたんだ。

 しかし、全体のメロディとしてはこちらの方がしっくりくるように感じられるんだが……。

 ぼんやり考えつつ、俺は家へつながる自動車専用道路の高架下をくぐる。

 車が通ることができないほど細く短い、地元民御用達のトンネルだ。比較的安全で、家までの道も近い。

 軽くカーブしていく、このトンネル小さいころから通ってきたところだ。それこそ目をつむっても平気なくらい、感覚で通れる場所であったんだが。


 それが、「一歩多い」。

 カーブの曲がり角までが、気持ち遠くなっている心地がしたんだ。

 さほど通らない人なら、気にも留めないだろう違和感。俺がつい自分の足元を確かめようとしたおり、またあのメロディが聞こえてきた。


 〜〜〜〜♪ 〜〜〜♪


 やはりだ。今回も、いつもY田が奏でるのと、かすかに音程が違って、いやにしっくりくるような調整。

 それに伴い、トンネルが長くなっていく。目じゃ分からない、体感的なものだ。

 一日たりとも離れず、付き合い続けた歩幅、足の運びの速さ。

 いずれかは分からないがすでに抜けられているはずのトンネルを抜けきれないあたり、知らぬ間に乱されているとしか……。

 

 〜〜〜〜♪ 〜〜ー♪

 

 そこへ新たに飛び込んできたのは、先ほどと似て非なるメロディ。

 この微妙な外しぐあい、されど耳へのなじみ具合では段違い。まぎれもなくY田のものだ。

 ほどなく、俺が入ってきたトンネルの入り口からY田が顔を出すが、旋律を聞いたその時から俺の右足は動かなくなっている。

 

 俺の右足のつま先は、トンネルの壁の中へうずまっていたんだ。

 ほんの数センチだったが、埋まったところの周りにひび割れはなく、穴の輪郭も整っている。

 俺のつま先用にオーダーメイドされたか。あるいは俺のつま先のほうから、溶け込むように壁へ入っていったか……。


 そばへ来てくれたY田の手を借り、ホームセンターで買った工具の力も使って、かろうじて俺はこの戒めから脱出する。

 Y田に俺の考えたことをぶつけると、後者だという。

 俺自身の感じた歩幅の乱れは、ごまかしに過ぎない。確かにあるが、スルーしてもおかしくない軽い違和感のまま、ことは進む。

 俺の場合は、今のままだったなそのままトンネルの中へ身体中がうずまり、最悪、トンネルが崩れたりするまで封印される、化石のごとき存在になっていただろうと。


「俺の力はいわばこの地域のホルモンであり免疫機構だからな。よからぬものがあれば、すぐに駆け付けられるというもんだ」


 都合よく現れたことに対して、Y田はそんなこと言いながらカラカラ笑っていたっけな。


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