黒の城 【月夜譚No.21】
誰の名言だったかは忘れてしまったが、この言葉はずっと自分の中にある。ことある毎に思い出しては、勇気を与えてくれる言葉だ。慣れ親しんだ町を出た時も、道に迷って途方に暮れた時も、傍らにはいつもそれがあった。だからこそ、ここまで来られたのだろう。
少年が胸に掌を当てて深呼吸をすると、それに呼応するように足許の絶壁から風が吹き上げた。薄い色の髪と上衣の裾がはためいて耳障りな音を立てる。しかし、不思議とそれが不愉快でない。
少年は腕を下ろし、その手で腰に佩いた剣の柄を握り込んだ。振り返ると、二人の青年が力強く頷く。真摯な四つの瞳は、とても頼もしい。もう一度正面に向き直り、天を仰ぐように睨みつける。
絶壁から絶壁へと伸びた古い吊り橋。その先には、空を突き上げる鋭い尖塔が聳えている。禍々しい空気を纏ったそれは、人々を畏れさせる象徴だ。
少年は意識して口角を持ち上げると、吊り橋の板に足をかけた。