89話 俺と茶々
目を覚ますと、俺の視界に飛び込んできたのは、茶々の顔だった。
「おバカっ、なぜあのような場所に立つのです?風邪を引くに決まっているではありませんか?」
俺は右手を頬に当てた。
いつもより熱い。
鼻が詰まっているし、咳も止まらない。
「心配するでしょう。体調管理には気を付けて下さい。」
「ああ、すまん。ゲホッゲホッ・・・」
俺は激しく咳き込んだ。
「安静にしてください。風邪は風邪でも、こじらせたら大変ですから。私の祖父・織田信秀も風邪をこじらせた事が原因で死にました。だからっ、あなた様は我が祖父の二の舞とならぬようっ、体調にはお気を付けを・・・」
俺の顔に茶々の涙が落ちてくる。
まるで雨の降り始めのように、茶々は泣く。
「大丈夫だって、ゲホッゲホッ。」
俺は大丈夫だと言い張るが、本当は大丈夫じゃない。
喉が焼けるように痛い。
頭が重い。
息をするたびに喉が痛む。
「無理をしないでくださいっ、あなたはっ、私の夫っ・・・だからっ、絶対にっ、死んじゃっ・・・ダメっ。」
茶々が泣いているのは初めて見た。
妊娠中なのに、俺が側に居てあげられず、何度寂しい思いをしただろうか。
勝が誕生しても、その功績を褒めずに、ただ政治の事だけ考えていた。
それなのに、茶々は一度も寂しいとは言わなかった。
一度も泣いていなかった。
そんな茶々が、大声で泣いている。
「大丈夫だって。」
俺は無理をして言う。
「これ、私が握ったおにぎりです。夜までに食べなければ、扇で頬を叩きますから。」
茶々はそう言って出て行った。
俺は茶々が握ったおにぎりを一口食べた。
「・・・」
俺は無言で、おにぎりにかぶりつく。
「・・・」
おいしい。
おそらく、この16年の人生で、間違いなく一番おいしいおにぎりだったと思う。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ 茶々視点 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
私は涙を堪えながら、孫子の兵法を読む。
ページをめくる事に、あの人への怒りを、本にぶつけた。
涙のせいで、文字がぼやける。
私は怒りまかせに、孫子の兵法書を投げ捨てた。
それでも怒りは修まらなかった。
私は宿から飛び出し、道端に咲いている花をむしりはじめた。
花は悪くない。
でも、怒りが修まらないのだ。
私の体は、どうやら限界のようだ。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ 俺視点 ◆◆◆◆
「茶々がいなくなった?」
俺は苦しい息の中、言う。
「はい。部屋で孫子の兵法書をお読みになられ、その後、行方が分からなくなりました。」
俺は立ち上がった。
体が悲鳴を上げる。
「なぜ見張っておかなかった?命令しておいたはずだ。」
俺は怒りに声を震わせながら聞いた。
「御方様はおとなしい方なので、逃げ出す事も無いかと・・・」
俺は足軽の髪を掴み、引きずり回した。
そして、木に縛り付けた。
「役立たず。」
俺は悲鳴を上げる体を引きずり、茶々を捜し始めた。
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→ペコとの出会い・ペコとの約束
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