71話 突然のお客
「・・・ませ。起きなさいませ。」
小松の綺麗な声が聞こえる。
「何でだよ。まだ4時だろう?」
「何をおっしゃいます?6時です、6時っ!」
「別にいいじゃん~」
「口を慎みなされ、織田信長様がお見えになっておるのですよ!」
小松が放った言葉に、俺は飛び上がった。
「それを早く言え!」
俺は和服に素早く着替えると、奥の間に通した。
「朝早くからすまぬ。」
信長様は言う。
「いえ、構いませぬ。ところで、どのような御用件ですか?」
「そなたに頼みたき儀があってな。」
「頼みたき儀、とは?」
「そなたを帝の接待役にしたいと思う。」
・・・
「断ります。」
「頼む!帝の接待役は責任重大ゆえ、引き受けてくれる家臣がおらぬのだ。そなたなら・・・未来の知識を持つ東なら、帝が満足する接待ができるはずじゃ。」
ん?誰も引き受けてくれない。信長様は困っている。
ここで引き受ければ、信長様も俺を褒めてくれるだろうし、天皇に目を付けられたら、歴史に名の残る有名人になれるかも。
でも、良く良く考えると、大体織田信長のお気に入りとなったら、大して武功を挙げなくても、なぜか歴史に名が残るのだ。
「やります。」
「おお、そうか。引き受けてくれるか。」
信長様は上機嫌のようだ。
「失礼します。」
小松の声と共に、障子が横に動いた。
小松はお盆に乗せている茶を、信長様と俺の前に置いた。
「どうぞ。」
信長様は、小松が点てた茶を、一気飲みしてしまった。
「美味い。自分の点てた茶や、利休の茶だけで満足していたわしが情けないぞ!そなた、名は?」
「小松です。どこにでもあるような名前ですよ。」
小松は笑った。
「ところで、小松殿はどこの育ちなのだ?」
信長様が聞く。
「農民です。」
「ほう。農民であるにも関わらず、このような芸を身に付けているとは。」
「まあ、農民と言っても、母が農民で、父が寺子屋をやっていましたので。父はとても厳しい方で、私に茶道や香道、華道などを叩き込みましたからね。でも、そのおかげで側室候補になれたと思うと、報われた気分がします。」
「賢いではないか。気に入ったぞ、側室になれ。」
・・・
「信長様、大変恐れ多き事にございますが、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ、言え。」
「その、私はもう既に、東様の側室になっております。」
・・・
「東、頼むっ。一生のお願いだ!小松を譲ってくれ。」
「小松、歳は?」
「13にございます。」
「信長様、自分の姪より年下の娘ですよ。いくら何でもキツイですよ。」
「頼むっ。」
小松は困った表情を浮かべた。
「私は大滝家に嫁ぐ運命だったのです。あの時、茶々様が、父の開いている寺子屋に遊びに来なかったら、私は東様に嫁ぐ事が不可能だったのかも知れません。」
小松の目は、輝いていた。
「信長様にも、運命の人がいるではないですか。濃姫様が。」
「うむ、分かった。」
信長様はあきらめたようだ。
「信長様、この後はどうするのですか?良かったら朝食を御用意させて頂きますが?」
「そうするとしよう。」
「かしこまりました。」
小松は部屋を辞した。