54話 畠の片思い
私、畠。
東様がいないから、医者になって稼いでいた。
今は、借りた宿で、源氏物語を読んでいる。
・・・とってもヒマだ。
本当は、東様の正室になりたい。
しかし、東様の正室・茶々様は、世の権力者である信長様の姪である。
それに、茶々様は既に懐妊していると聞いている。
まだ子ができる可能性が高いのに、いきなり側室を迎える訳にはいかないだろう。
筋が通らない。
・・・そうだ、和歌を送ろう。
最近、庭で咲き乱れている、黒薔薇と一緒に。
私は和紙と筆を用意し、東様に送り届ける和歌を考えた。
(黒薔薇と一緒に送るから、黒薔薇に関係していて、自分の恋を伝えられる和歌。よし、決めた。)
黒薔薇に 我の思いを 吹き込めて 求めし物は ただ側室のみ
この和歌と、黒薔薇を、屋敷に送ろう。
「なつ。」
なつとは、織田家から与えられた侍女だ。
「これを坂本城付近の斎藤利三の屋敷に。」
「ああ、東様なら信濃の高遠城に移動されましたよ。」
「え?じゃあ、届けられないの?」
「そういう事では無いのですが。ここ、近江は信濃から遠い。この和歌と黒薔薇が届く前に、黒薔薇が枯れてしまいます。」
「ならば、和歌だけを持ち、甲斐に向かえ。甲斐には黒薔薇が多いと聞く。甲斐の黒薔薇を摘み、
和歌と共に届けよ。」
「はっ。」
なつは馬を走らせて、はるか東の甲斐へ向かった。