29話 不思議なお香
ふふふ。
松姫様に信玄様の言葉を聞いてもらわねば。
そうしないと、勝頼のバカの怨念は永遠に獲りついたまま。
それを防ぐべく、私は今ここにいる。
「さくら、何をしているの?」
「特製のお香を作っているのですよ。」
「そう、完成したら使わせてね。」
「もちろんです。」
もちろん、使わせる。
このお香は、ただのお香ではない。
匂うと、危篤状態に陥るお香だ。
実は私は幼い時から香道を習っていた。
何と何を調合すればどのような香ができるかが分かるのだ。
「松姫様、できました。」
「では、さっそく・・・なっ!さくら貴様、裏切ったのか?」
「私はやるべき事をしたまで。」
「くっ。」
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ここはどこ?
死んだ事は分かっているけど、ここはどこ?
あの世、だよね。
「松。」
「え?」
この声、もしかしたらだけど、父上?
「父上、ですか?」
「ああ。松、久しぶりだな。言いたい事はたくさんあるが、特に言いたい事はこれだ。仇討ちなどするな。わしはそのような事をされてもうれしくは思わぬ。信忠を婿として、慕ってほしかった。」
「でも、勝頼兄様が信長と信忠を殺せと言っているのですよ。」
「あのバカ息子の言う事を聞くな。あいつは器が小さすぎる。義信の方がまだ良かったぞ。だから、ともかく仇討ちはするな。」
「でも、もう信忠を殺してしまって・・・」
「大丈夫だ。信忠は毒に強い体になっている。」
「でも、信忠は床についています。」
「あれは単なる食あたりだ。だから、仇討ちはやめろ。」
「・・・はい。分かりました。」
◆◆◆◆ ◆◆◆◆
「はっ。」
「お気づきになられましたか?」
「あなた、裏切り者じゃなかったのね。」
「お分かり頂けましたか。」
「秀忠殿は?」
「仇討ちを拒否なされました。」
「良かった。」
これで勝頼のバカの願いは途絶えたわね。
ふふふ。