175話 重病
高遠に帰還すると、大勢の農民たちが出迎えてくれた。
初めて高遠の土を踏んだ時は、畑も荒れていて、人口も少なかったのに、今ではこんなに賑やかになっている。
「お帰りなさいませ。」
側室たちも出迎えてくれた。
「あの、少しよろしいでしょうか。」
小松が不安そうに尋ねた。
「かまわない。」
「大声で話す事ができない件なので、こちらに。」
何だろう?
「勝の体調が優れないです。食が細く、1日に2回以上嘔吐する事もありました。」
勝。
俺と茶々の間にできた子供だ。
「轟は?」
轟とは、俺と菊の間にできた子供の事だ。
「轟も、体調が優れません。どちらかというと、轟の方が重いです。医者に診てもらったのですが、当てはまる病気はないと言われました。」
「どんな症状だ?」
「幻覚や幻聴、吐き気や眩暈、頭痛などです。何か分かりませんか?」
「分からない。」
幻覚や幻聴は、覚醒剤を飲んでいる人の症状だ。
しかし、この時代に覚醒剤なんてあるはずがない。
それに、勝と轟に飲ませても、何の得にもならないはずだ。
眩暈や頭痛は、風邪をひいた時によくある症状。
ただの風邪であればいいのだが、幻覚や幻聴までするのであればおかしい。
「勝も轟も幼子ゆえ、大病をわずらえば一大事でございます。如何いたしますか?」
「名医を呼ぼう。曲直瀬道三は知っているか?」
「ええ、知っています。都でも評判ですから。」
「曲直瀬を呼べ。」
「しかし、名医を呼ぶには大金が要ります。」
「かまわぬ。命には代えられない。」
「曲直瀬様が重病の2人を同時に治療するのは難しいと思いますが。」
「正室の子である勝を優先する。」
「それでは菊様と轟が可哀想です。」
「勝は正室の子であり、天下人の親戚だ。優先順位を考えれば当然だろう。」
「ですが・・・」
「これ以上、話す事はない。」
菊の言葉を遮り、城の門を潜った。
「んもう!」
という小松の腹立たしげな声は聞こえなかった事にする。
小松の言う通り、轟の方が重いようだ。
しかし、轟は側室の子だ。
正室の子を優先するのが戦国の世の習い。
それは、菊も十分理解しているだろう。