174話 森蘭丸の遺志はここにある
安土城がある安土山は、標高約200メートルの小さな山だ。
だから登山も楽だろうと思いきや、階段の段差が大きく、雨の日には滑って転ぶ事もあるので、極めて危険だ。
茶々は怪我の治療の為大和にいるので、ぼっちで登山している。
数分ほど歩くと、前方に、森蘭丸邸が見えてきた。
懐かしい記憶が脳内で蘇る。
蘭丸は既に故人だ。
誰もいないはずだから、少し蘭丸邸で休憩しよう。
主人がいなくなった屋敷は、ひっそりと静かだった。
蘭丸の遺品が綺麗に整頓されていて、誰かが足を運んだ形跡もない。
まるで、この屋敷が蘭丸の遺志を継ごうとしているようだ。
この屋敷は生き物ではない。
喜びも、怒りも、悲しみも感じない無機物なので、蘭丸の遺志を継ぐ事などできないのだが、そう思わずにはいられなかった。
森蘭丸の遺志は、ここにある。
本丸に辿り着くと、色鮮やかな天主が輝いて見えた。
「大滝東様ですね。お待ちしておりました。信長様の部屋までの案内を私が務めさせていただきます。」
「名は?」
「森坊丸と申します。」
森坊丸。
森蘭丸、力丸の弟。
本来ならば、本能寺の変で落命するはずだった者。
「兄の・・・蘭丸の最期を覚えていますか?」
「覚えている。とても立派な最期だった。少しでも俺の役に立とうとして、朝鮮軍の大将と交戦し、戦死した。」
「蘭丸の死は、役に立ちましたか?」
「役に立った。朝鮮を手に入れた後も蘭丸が生きていたら、信濃の半分を与えるつもりだった。」
「そうですか。」
自分の兄の死に意味があったと知った少年は、寂しそうに笑う。
案内された部屋は、綺麗な花が飾ってある素晴らしい部屋だった。
「久しいな、東。」
「久しぶりですね。蘭が毒を盛っているという事に気がついたのはいつですか。」
「毒を食らってから数日ほどしてからだ。案ずるな。わしは既に名医がつくった解毒剤を飲んでいる。」
「そうですか。体調に問題はありますか?」
「問題はない。」
噓ではないだろう。
茶々から教えてもらった『噓見破りの術』を使えば、本当か噓なのかが分かる。
「この度は、蘭が天下を乱すような行為をしてしまい、本当にすみません。」
「かまわぬ。お前が悪いのではない。わしは最初、蘭を恨んだ。憎んだ。だが、わしの子・信孝を
救ってくれた事に関しては感謝しかない。」
ああ、そうか。
蘭がまだ畠だった頃、毒に苦しむ信孝様を蘭が救った。
信長様は、その事を感謝しているのだろう。