172話 決着
あの屋敷に、蘭がいるのか。
まずは、交渉してみよう。
「政宗、交渉に行ってくれ。」
「はっ。」
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伊達政宗という男は知っている。
隻眼で、顔も整っているし、能力が高い。
「伊達政宗と申します。今回の交渉を任された者です。蘭殿、あなたなら分かるはずです。争いは人の喜びではなく、人の不幸を作り出すものです。」
噓つきめ。
お前の祖父だって、父だって、お前自身だって、己の征服欲に突き動かされて領土を広げてきたのだろう。
綺麗事を言う奴は嫌いだ。
口先だけで、本当は自分が得する事しか考えていない。
「そんな事は分かっている。」
「ならば、今すぐ講和を結びましょう。条件を提示します。第一に、大滝家の領地である信濃には入らない事。よろしいですか?」
「了承する。」
「第二に、浪人たちを奴隷として大滝家に譲渡する事・・・」
「断る!大滝家に反抗したのは私であって、浪人たちには何の罪もない。」
「・・・それでは、講和が成立しません。」
「それで結構だ。もともと講和を持ちかけてきたのはそちらであろう。我らが譲歩する必要はどこにもない。」
政宗が睨んできたので、睨み返してやった。
沈黙が続く。
「では、交渉は諦めます。」
やっと諦めたか、糞野郎。
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「交渉失敗、か。」
交渉は失敗すると分かっていた。
でも、俺は蘭を茶々に次いで二番目に好きだったのだ。
諦められる訳がない。
「もう1度、交渉に行ってくれないか?」
「おそらく、返答は変わらないでしょう。」
「・・・」
「御指示を。」
「・・・」
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大量の火薬なら、既に揃っている。
後は敵が屋敷に侵入してくるのを待つのみ。
「お逃げください、蘭様!」
少女が私に訴える。
「私の決心は変わらない。たった1つの命が失われるだけで、お前たちの命が救われるのだ。お前こそ早く逃げろ。もうじき、敵が攻めてくる。」
「嫌です!私もここに残ります!お願いです!」
「そこまで言うのならば許可する。お前も死んでくれ。だが、無駄死にはするなよ。」
「はい。」
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評定を開く。
「予定通り、蘭は殺す。しかし、蘭は馬鹿ではない。何か作戦を練っているはずだ。となればこちらも作戦を練らなければいけない。皆、意見を述べよ。」
まずは、政宗が意見を述べた。
「夜に奇襲すべきだと思います。」
奇襲か。
そんな子供騙しに蘭が引っかかるだろうか。
「他に意見はないのか?」
誰も声を上げない。
「ならば、政宗の作戦の通りに、事を進めよう。」
特に話す事もないので解散する。
小腹が空いていたので、煎餅を食べた。
「失礼します。」
茶々が陣幕を掻き分けて来た。
「どうした?」
「・・・蘭は、私が殺します。よろしいですね?」
「いや、仇なら俺たちに任して・・・」
「よろしいですね?」
「・・・」
はい、と答える選択肢しかないだろう。
この状況でいいえと言ったら殺されるに決まっている。
誰にも負けない美貌を持った茶々だが、本気で起こると幽鬼のような顔になる。
見た者に恐怖を感じさせるその視線は、世界一美しい瞳から放たれるものだ。
「許可する。」
満足した茶々は、にこりと笑った。
「ありがとうございます。」
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ 蘭視点 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
綺麗な月が出ている。
十五夜ではないのに、どうしてだろう。
まるで私を祝福しているみたいだ。
「蘭様、お風呂の用意ができました。」
「先に入るぞ。」
服を脱ぎ、湯に浸かる。
「はあ。」
溜息をつく。
いつ敵が攻めてきてもおかしくない状況で、のんびり風呂に入るなんて、楽観的過ぎる。
そういう意味では、私と東様は似ているのかもしれない。
・・・いや、それはない。
あんな屑と私が似ているだなんて・・・
「蘭様、着替え、置いておきますね。」
「分かった。」
今宵が最後の夜になるかもしれない。
そう思うと、悲しくなってくる。
それでも、やるしかない。
浪人たちとの生活は短かったが、楽しかった。
もう少しだけ、浪人たちと暮らしていたかった。
そんな願いも、神には届かずに消えた。
結局、人の運命は生まれた時から決まっているのだ。
努力をすれば、殆どの場合美しくなれる。
努力をすれば、殆どの場合賢くなれる。
だが、血反吐が出るほど努力をしても、どれほど神に祈ろうと、変えれないものがある。
それは『運命』だ。
その人が偉人であったとしても、その人が成し遂げようとしている事が世の中に役立つ事だとしても、『運命』は容赦しない。
『運命』は、喜びも、怒りも、悲しみも、嬉しさも、全く感じない無機物である。
思えば、私も無機物かもしれない。
この世に生まれた人の大半が持っている『優しさ』というものを、私は持っていない。
それどころか、優しさの意味すら分かっていない。
滑稽な人間だ。
風呂から上がり、体をよく拭き、服を着た。
「きゃああああっ。」
戸を開けようとして、思わず手を引っ込めた。
少女の声だ。
「蘭はどこにいる?」
この声は・・・茶々!
あいつの声だ!
「教えません。絶対に。」
「いい度胸だ。拷問にかけてやる。」
拷問?
糞女!!
「ぐはっ!!」
少女の苦しそうな声が聞こえる。
戸を開けた。
「!」
少女が血だらけになってうずくまっており、少女の側には返り血を浴びた糞女がいた。
私に気付いていない糞女は再び刀を振り上げ、少女にとどめをさした。
「・・・うわああああああああっ!!!!!」
体を突き動かしたのは怒りだった。
「糞女、私と勝負しろ!!」
「喧嘩上等、かかってきなさい。ふふっ。」
気持ち悪い笑い方しやがって!
塵となって消えてしまえ!
刀を握り、糞女に近づき、斬りつけた。
「うっ!」
「ざまあみろ!」
こいつ、意外と弱いな。
「死ねっ!」
糞女を刺し、東様がいる本陣に突撃した。
護衛の兵たちを全て殺し、邪魔者を一掃し、勝負に挑んだ。
「久しぶりですね。この勝負は本気でいきますよ。どちらかが死ぬのですから、あなたは冥土の土産として、私に本音を打ち明けてください。もちろん、私も冥土の土産としてあなたに本音を打ち明けます。」
「いいだろう。俺は蘭を茶々に次いで2番目に好きだった。」
「まあ、ありがとうございます。」
「だが、俺は信長様を殺した蘭が憎かった。」
「まあ、そうでしょうね。私は東様が世界で一番大好きだった。けれど、私は士農工商の本当の意味が分からない東様が腹立たしかった!!」
東様に急接近し、腹に斬撃を食らわせた。
もちろん、東様も反撃として、私の顔を斬った。
痛みは感じない。
あれ?
この人、こんなに弱かったっけ?
「バアカ、どこ狙ってんだよ!?」
煽りまくる。
「お前の心を狙っている。」
「え?」
何この人?
意味が分からない。
ふざけた事言いやがって。
ホントむかつく。
次でとどめを・・・
後ろから斬りつけられた。
「誰だ!」
ああっ、あの糞女!
まだくたばってなかったのか!
ちくしょう!ちくしょう!
意識が薄れていく。
倒れそうになった時、東様が抱きしめてきた。
「気色悪い、触るな。」
「・・・気付けなくてごめんな。士農工商は、武士>農民=職人=商人という意味なんだよな。ごめんな。」
・・・
ホントむかつく。
私ってこんな簡単な事も分からないのかしら。
東様は世界で一番優しいのに、そんなの一目瞭然なのに、私は東様を捨てた。
「さようなら。」
私は罪人だから、地獄行きかあ。
天国に行って、兄さんや姉さんとお喋りしたかったなあ。
『こっちにおいで。』
姉さんの声!
『あなたを地獄なんかに行かせないわ。さあ、こっちに手をのばして。』
涙がこぼれてくる。
「姉さん・・・ありがとう・・・」
重かった体が急に軽くなった。