171話 浪人たちの命と自分の命
各藩の忍びたちからの情報によると、蘭は大和(現在の奈良県)にいるらしい。
浪人たちと手を組み、いずれ俺を殺すつもりなのだろう。
哀れな女だ。
大切な人を何人も失い、上杉家の足軽たちの暴力に悩まされ、命からがら逃げて俺の側室になっても幸せにはなれず、自分の両親がつけてくれた名前すら大切にできない。
親の愛情を知らずに育った可愛そうな奴だ。
とはいえ、敵は敵。
どのような事情があったとしても、信長様を殺した罪は消えない。
「今から大和に向かう。武装しろ。」
甲冑を身に着け、重臣たちに指示を出す。
「私も行きます。」
長い髪を束ねた茶々が、真剣な表情で申し出て来た。
「ダメだ。お前は勝を・・・」
「お願いです!必ずや伯父上の仇を取ってみせます!ですから!」
「分かった。許可する。」
茶々は、こんなにしつこい女ではなかったはず。
きっと、伯父を亡くして、今までに感じた事の無い怒りを感じたのだろう。
「出陣!」
西に馬を進める。
日は、既に西に傾いていた。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ 蘭視点 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
予想は当たらなかった。
早い。早すぎる。
どうしてこんなに早く居場所がばれた?
これが大滝家の力なのか。
「蘭様、どうしますか?」
12歳ほどの少女が聞いてくる。
「どうするもこうするもあるか!全力で戦うしかないだろう!」
「私に考えがあります。」
「何だ、申してみよ。」
「大滝家が朝鮮の軍勢と戦った時、織田信長の姪・江は自爆する事で夫の仇を討ちました。ですから、私も自爆を・・・」
「馬鹿な事を言うな!お前はまだ12だろう?」
「蘭様も15ではありませんか。歳など関係ありません。私の父は浪人で、収入が無いのです。食べる物はもちろん、店から盗んで生き延びていました。こんな人生はもう嫌です。ですから、死なせてください。」
手を振り上げ、少女の頬を叩く。
「お前は命を何だと思っている!?世の中には、餓死する者も大勢居るんだぞ!生きる事が許された、数少ない命だ!親から貰った、大切な命だ!お前が死ねば悲しむ人は多い!だが、私の家族はもういない。すなわち、私が死んでも悲しむ者はいない。だから、私が自爆して・・・」
「あなたが死ねば、私たちが悲しみます!」
ああ、こんな事になるなら仲間なんてつくるんじゃなかった。
私が死ぬ事で、関係のない人が悲しむなんて嫌だ。
誰も悲しまないよう、静かな死を迎えたい。
今まで、自分の価値観に従って生きていたが、もういい。
「私は、お前たちの為に死にたい。」
姉さん、兄さん、ごめんなさい。
私、自分の命を大切にするっていう約束を守れなかった。
でも、私の命を差し出すだけで、浪人たち200人の命が守られるのならば・・・
たとえ約束を守れなかったとしても、浪人たちの命が守られるのならば・・・
私は死を選ぶ。
次回予告
大軍を率いる東は、まずは武力行使ではなく交渉に打って出た。
条件として、浪人たちを奴隷として大滝家に譲渡する事を提示した。
もちろん、蘭は断る。
東は悩んだ末、蘭と浪人たちを皆殺しにすると決める。
大量の火薬を用意した蘭は、ある事に気付き・・・
『俺は蘭を茶々に次いで2番目に好きだった。』
『私は東様が世界で一番大好きだった。』
『俺は信長様を殺した蘭が憎かった。」
『私は自分が苦しんでいる事に気が付かない東様が腹立たしかった。』
9月22日、公開(3000文字で完結を予定)