166話 過去
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ 蘭視点 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
血で汚れた信長様の手を取り、水で濡らした手拭いで拭く。
「すまない。」
「いいえ。これが私の仕事ですから。」
信長様と言葉を交わす事は殆どない。
私が無口だからだ。
「・・・蘭。」
「はい。」
「わしの小姓たちは・・・」
「・・・手を尽くしましたが、お亡くなりになられました。」
「手を尽くした?笑わせるな。お前はわしの治療しか担当していないだろう。わしを優先し、多くの若者たちの命を見捨てた。」
「なら、あなた様は死んでもよろしいのですか?」
「かまわない。」
こいつ、何を言っている?
怒りで体が震える。
死にたいなんて軽々しく口にして、馬鹿なんだろうか。
私は決して良い家柄ではないし、裕福でもない。
もう1度、あの頃を思い返してみよう。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ 蘭の過去 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
蘭は、越後の春日山城の城下町で、百姓の娘として誕生した。
姉2人、兄1人、妹3人、弟2人の大家族。
長姉、吟は町で評判の美女で、豪商の長男と婚約していたが、通り魔に襲われて死んだ。享年14歳。
次姉、靖は吟の代わりとして豪商に嫁ぐが、姑にいじめられて自殺した。享年15歳。
兄の秀哉は、川で溺れた蘭を助けようとして死んだ。享年13歳。
妹の中で最年長の福は、口減らしの為にどこかへ売り飛ばされた。
二番目に年長の夢は、人攫いに攫われた。
最年少の百合は、市場に出かけて迷子になってそのまま行方不明。
弟の中で最年長の誄は、兄の秀哉の死を悲しんで絶食し死んだ。享年10歳。
最年少の優河は上杉家の足軽に攫われた。
蘭は不細工に見えるような化粧をして、身を守ったが、兄弟は既にいない。
命の大切さを知った。
だから、簡単に死にたいという人が嫌いになった。
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貧しいと、医者に診てもらう事もできない。
病気になれば、確実に死ぬ。
それなのに信長様は、豊かな生活が可能であるにも拘わらず、死にたいと言っている。
毒を盛ってやろう。
即効性の毒だと死刑にされてしまうから、遅効性の毒を使う。
まあ、天下の織田家の事だから、すぐにばれるでしょうけど。