122話 親王の婚約者・奈々
「東様っ、大変です!!」
三成は、これまでで一番慌てた様子で走ってきた。
「どうした?」
「奈々様が、親王様と婚約したと・・・」
「なあにい~、どうしてそうなった!?」
「知りませぬ!」
どうしてだよ?
「彼氏なんていらない」とか澄ました態度を取ってたくせに、どうやったらそんな事になるかなあ?
事の発端は、今から一ヶ月前。
奈々は、学問嫌いの親王に、様々な事を教えていた。
兵法や和歌、俳句などなど、重要だと思った事は全部叩き込んだ。
そうやって交流していくうちに、親王も奈々に恋心を抱いてしまう。
しかし、戦国時代は政略結婚が殆どで、自らの意思で相手を選ぶ事は難しい。
当然親王の祖父である正親町天皇が許すはずがない。
「おじい様、私は奈々殿に本気で惚れてしまったのです。」
「ならぬ。一大名の妹が、わしの孫の正室になるなど許せるものか。」
「それはおじい様の勝手です!私の事を本気で愛しているのならば、私の妻は私に決めさせてくださいませ!」
「・・・そこまで言うのなら、仕方あるまい。そなたの自由じゃ。」
「ありがとうございます!」
親王は喜んだ。
身分など関係なく、いつのまにか教育係となっていた奈々は、わずか4歳差といっても母のような存在なのだ。
身分が高いゆえ、宮中に仕える公家や下女の期待を背負わされた親王は、苦しかった。
でも奈々だけは、普通の、皆と同じ人間として扱ってくれる。
「奈々殿!」
夜、親王は奈々に話しかけた。
「何ですか?」
昼の仕事が忙しかったせいか、奈々は疲れ気味だった。
「お疲れの所申し訳ないが、言わせてもらう。」
親王は、息を大きく吸い込んだ。
「奈々殿と祝言を挙げたい!」
大きな声だった。
その声は、内裏の外にも響いた。
「祝言ですって?」
「何事かしら?」
眠っていた下女たちは、親王の大きな声で目覚め、騒ぎ出す。
女は恋の話に食い付きやすい。
「皆、起こしてすまなかった。良いか、今日から奈々殿は私の婚約者じゃ。話す時も敬語で話せ。」
新参者の異例の出世に、下女たちは不満そうだ。
「なぜ不満そうな顔をしている?宴に参加せよ、今宵は無礼講じゃ。」
笑いながら、親王は宴の準備をした。
「羨ましいわね。」
「いいな~。」
まだ即位していないとはいえ、親王は未来の天皇。
親王の正室になるという事は、天皇の正室になる事と同じ意味なのだ。
「ちっ。あんなクソ女のどこが良いんだよ?」
誰にも聞こえないぐらい小さな声で、ある下女はつぶやいた。
その下女は、奈々の出世を妬み、奈々に髪の毛を掴まれた中年の下女だった。
「殺してやる。絶対に殺してやる。」
殺されるのは自分だという事を、彼女はまだ気付いていない。
全く、馬鹿な下女である。