106話 化粧
「ゲホッ、ゲホッ。」
俺は咳き込んだ。
「何すんだよ?」
「あなた様が化粧をしてくれと言うのですから、おしろいを塗ってさしあげようと思いまして。」
小松はケロッとしている。
「じゃあ、次は頬紅塗って。」
「はい。」
小松は頬紅を、俺の頬に塗りまくった。
「小松、やり過ぎ。」
「・・・」
小松は黙々と俺の頬を染める。
「小松、やり過ぎってば。」
「・・・」
小松は何も言わない。
「おい、小松!」
「出来ました。鏡をご覧ください。」
俺は手鏡を見た。
「ぎ、ぎえーっ!」
俺は一瞬、意識を失いかけた。
俺の顔は、まるで志○けんさんの、バカ殿みたいになっていた。
「うまくいく保証はどこにもありませんよ。あなた様が、女性のみが楽しむ遊戯に手を出すからいけないのです。」
ぐぬぬ~、小松。
この恨み、決して忘れぬぞ~。
「そんな恨めしげな顔はしなさんな。」
「あ。今さ、絶対寺子屋の時の言葉遣いだったよね。」
「・・・仕方の無い事ですよ。あなたもさっき(105話参照)、さんきゅうとかいう変な言葉使ってたじゃないですか?」
「まあ、そうなんだけどさあ、お互い気をつけよ、な?」
「はい。」
小松は俺の口に口紅を塗った。
「ほら、真っ赤で血のような口ができましたよ。」
小松は時々、びっくりするほど物騒な事を言う。
「そんな物騒な事を言うな。」
「それもまた、仕方の無い事。私は幼き頃から強盗や人攫いに何度も暴力を振るわれましたからね。次第に、性格が歪んでしまったのですよ。」
なるほど、強盗に人攫いか。
人攫いなら覚えがある。
俺も小1の時に公園で遊んでて、知らないおじさんが遊ぼうと言ってきたんで遊んだら、誘拐されそうになった。
でも、俺がおじさんに手を引っ張られている姿を見た近所のおばさんが、警察に通報してくれた。
おかげで、完璧なる誘拐が成立する事は免れた。
まあ、この時代の人攫いは、現代の人攫いよりよっぽど凶悪だろうなあ。
「次は何して遊びます?蹴鞠でもします?」
「うーん、そうだなあ。蹴鞠って足先が器用じゃないとできないからなあ。鷹狩りでもしに行くか。」
「はい。」
小松は威勢の良い鷹を持ってきてくれた。
「それ!」
俺は鷹を空に放った。
鷹はしばらく低空飛行を続け、いきなり急降下した。
鷹は鋭い爪で何かを仕留めた。
あれは・・・兎だ!
俺の知る戦国時代では、食肉は禁止されていたが、兎の肉はオーケーだったそうだ。
その証拠となるのが、幕末の大名・林家だ。
幕末で千葉県の辺りを治めていた林家は、徳川家と浅からぬ縁があったのだ。
まず、徳川家の祖となる者の家が焼けてしまい、林家の祖となる者に助けを求めた。
林家の祖となる者は、近くの田圃に向かい、兎を仕留めた。
それを徳川家の祖に振舞うと、徳川家の祖は感謝したそうだ。
その数十年後、徳川家の祖が三河を治め、林家を家臣に取り立てた。
その事から、毎年正月には林家が徳川家に兎を、徳川家が林家に酒を振舞う習慣が出来たそうだ。
あれ?
江が追いかけてきた。
「東~。げっ、何その顔!?きゃははははっ!」
俺は今更、自分の顔がそのままであるという事に気が付いた。