102話 旅立ちの日
旅立ちの日。
私は帝に仕え、役に立ち、大滝家の発展に尽くす。
皆はさよならの悲しさを漂わせる顔とは、違っていた。
荷物をまとめ、少し空腹なので煎餅を食べると、お兄ちゃんが来た。
「荷作り、手伝おうか?」
もう。
こういう時だけ優しいんだから!
折角頑張ろうと思ったのに、これじゃ寂しくなるじゃない。
ホント、何も分かってないんだから。
「バーカ、もうできましたよ!」
私の事を全く理解していないので、皮肉たっぷりの口調で言った。
罵声を浴びせられると思い、目を閉じていると、肩に手が置かれた。
「な、何すんのよ!離して!」
顔が赤くなってしまう。
「・・・・・な。」
え?
「ごめん、聞こえなかった。もう1回。」
兄ちゃんに近寄る。
「ごめんな。」
・・・は?
どういう意味?
「どういう意味よ、説明して。」
「だって、お前。1人になるんだぞ。」
「それがどうかした?」
「・・・・・よ?」
「ああん、何だってえ!?」
ふざけて聞いてみる。
「どうして分かってくれないんだよ?」
悲しさと、怒りに満ちた声だった。
「俺は、お前を手放したく無いのに!お前は呑気におやつか?寂しくないのか?俺なんてどうでもいいってか?」
「そんなわけ無いと分かって言ってるんでしょう!?自分が一番寂しいから、私の自由を奪うんでしょ!?」
ずっと前から思っていた。
お兄ちゃんは、過保護。
小学校で、私が男子にからかわれた時、お兄ちゃんは男子をボッコボコにした。
その男子の母親が、私の母に抗議したが、お兄ちゃんの一喝で、男子は転校した。
「俺の妹に手ェ出す奴は、両手の指を1本ずつ噛みちぎってやるよ。たとえその相手が、総理大臣であってもな。」
あの時は、ホント、ドラマみたいだった。
でも、それからというもの、私が火傷をしたらすぐに「料理禁止」と言い、少し怪我したら「外遊び禁止」と言った。
私は嫌いだった。
私に選択肢を与えてくれない、お兄ちゃんが。
「そうかそうか、ごめんな。」
・・・またもや、「は?」なんですけど。
「俺が悪かった、ごめん。」
そう言って、私の頭をなでると、お兄ちゃんは風呂敷を持った。
「念には念を、って事で、確認しておくから、体を休めておけ。」
意外と素直だな。
不思議。
私は帝に拝謁する事になるから、身の汚れを落とす事にした。
いわゆる、行水だ。
顔を洗い、湯に浸かる。
つまらない。
刺激が欲しかっただけなのに。
だから、喧嘩して暇を潰そうと思っただけなのに。
急に素直になっちゃって。
チャポンと、顔を湯に沈めた。
昼飯を食べた後、輿で京へ向かった。
輿の中で、私は風呂敷を開いてみた。
「!!」
小さく畳まれた、紙があった。
畳まれた紙を広げると、墨で何かが書かれている。
『自分勝手でごめんな。お前の事を理解できないでごめんな。手放してごめんな。全部、ごめんな。』
何かが目からこぼれていく。
水滴だ。
ペロッとなめると、塩のような味がした。
涙だ。
私は、泣いている。