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昨日もとてつもなく忙しかった。きっと今日も忙しくて目が回るに違いない。
そんな考えが頭をちらつく朝は、ベッドから抜け出したくなくて布団に顔を埋めてしまう。ふかふかとは言い難いけれど、布団はもうそれだけで凶器レベルに人をだらけさせる。
「もうちょっと……」
意識が夢の中へと落ちていった瞬間、賑やかな足音と共に元気な声が近づいてきた。それを聞くだけで意識がふわりと浮き上がり、口元は思わず緩んでしまう。
けれどまだ起きない。もう少しで嫌な考えなんて吹き飛んでしまうほどの最高の目覚めがやってくるのだから。
「せんせぇ朝ぁっ!!!」
「もう起きる時間ですよ」
「お寝坊さんはだめだよ~」
三つの可愛らしいモーニングコールと共に、ぼすんっと体の上に誰かがダイブしてくる。そこでようやく私は目を開けた。体の上には私の体をゆする猫獣人の幼女が乗っていて、目が合うと八重歯をのぞかせて満面の笑みを浮かべてくる。少し視線を巡らせれば、ベッドの横で少し曲がったリボンを頭に付けた童女と長い髪を編み込んだロリが太陽よりまぶしい笑顔でこちらを覗き込んでいた。
嗚呼、至福。これぞ最高の目覚め。
「三人ともおはよう。今日も朝から元気ね」
「超元気だよ!でもお腹すいた!」
「朝ご飯、もうすぐできるから先生起こしてきてってアメリ姉さんが」
「えっとね、今日はちょっとお手伝いしたの!」
わいわいと話し出す三人は、私がこの施設で養っている子供達。姉妹のように、親友のように仲良くいつも一緒に行動している姿はとても愛らしい。ただよく寝てよく食べてよく遊んで、自由に過ごしてくれて構わないのに、お手伝いをしたり、こうして私に最高の目覚めをくれるなんて、本当にいい子たちだと思う。
三人を先に行かせ、ささっと着替える。髪を結ぶために覗いた小さな鏡の中の自分の姿には、今も少し違和感がある。混じりけのないブロンドの髪、雪を思わせる白い肌、そしてブルーの瞳の色も、以前の姿とはまったく似ていない。見た目の豪華さが違う気がする。小さい頃は鏡に映る自分をガン見しすぎて、周囲に微笑ましいものでも見るかのような生温かい視線を送られたのは消し去りたい思い出だわ。
瞳の色と同じブルーのリボンで髪を簡単に一つに括って部屋を出る。この施設は三階建てで、一階に食卓やリビング、二・三階は私や子供達の寝室になっている。
階段を下りて行けば、朝食の美味しそうな香りがしてお腹がきゅうと切なげな音を鳴らした。一人でよかった。
「あ、先生来た!」
「おはようございます、マリア様」
食卓に行儀よく座る三人と、料理を運んできた少女に迎えられて席に向かう。
うん、今日も我が家は平和そのものだ。
「手伝えなくてごめんね、アメリ」
「いえ、マリア様は昨日もお忙しかったようですので、これくらいは」
ふわふわとした髪を緩く三つ編みにした少女、アメリには家事全般を任せきりになっている。彼女は私が一番初めに拾った子で、この施設ができる前からの付き合いだから、かれこれ五年は一緒にいる。三人の姉のような立場として、今では立派に私の居ない間の施設を守ってくれていて頭が上がらない。
アメリが料理を運び終わり席に着く。四人が姿勢を正したのを確認してから料理に手を合わせた。
「ではいただきましょうか」
「「「「いただきます」」」」
賑やかな朝を迎えたこの施設の正式名称はエーデリアン児童養護施設。私こと、マリア・エーデリアンが代表として切り盛りしている。虐げられる幼い子達を救うべく、私が『女神』との約束によってつくった場所。
こんなことをしているからか、いつの間にか私のことを『聖母』なんて呼び始める人が出てきたけれど、私はきっぱりと言っておきたい。
聖母なんかではなく、ただの転生した日本人ですから。そして私は母というほど歳いってないですから。まだぴっちぴちの19歳ですから。