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万屋少女は微笑まない  作者: 黒崎 千弦
9/14

2-4

 現実に引き戻される。

「今のは――」

 なに。そう言おうとして、目の前の敵の様子が変わったことに気づく。

 槍を構え、微笑む少女が。ゆっくりと槍を持ち上げた。そう、脳裏に唐突に浮かんだ光景の通り、

 それを見た瞬間に、身体が動いていた。悲鳴をあげる身体の声を無視し、左手のトンファーをありったけの力を込めて投げつける。そのまま、吸血鬼に向かって全力疾走。

 予想外だったのだろう。目を見開いた吸血鬼は、嫌そうに歯をむき出しにしながら槍を崩し、自身の身長と同じくらい高い壁を作ってトンファーを受ける。

 壁にぶつかって跳ね返ったトンファーをつかむ。身体を滑らせ壁を避け、一直線に吸血鬼に殴り掛かる。

 吸血鬼が歯ぎしりをしながら後ろへ跳んだ。が、優衣は逃さない。

 にやりと笑いながら、地面を更に蹴り、右手を叩きつける。手応えがあった。流石に連続攻撃まで血液の壁では対応しきれなかったのだろう。腕を交差させ、その中心で優衣のトンファーを受けていた。

 吸血鬼が吹き飛ばされる。が、地面にしっかりと両足で着地した。勢いを殺しきれなかったのか、両足を突きながらもそのまま後ろに身体が滑っていく。数歩分ほど滑ったところで、ようやく止まる。

 きっ、と優衣を睨みつけると、文字通りに牙を剥いた。八重歯がわなわなと震えている。

 対する優衣は、大きく息を吸い込み、吐き出す。腰を落とし、もう一度吸血鬼に向かって走り出す。再び殴りつけようとした直後。

「またかっ」

 姿が掻き消えた。吸血鬼の特徴のひとつである、霧化だ。慌てて近くの壁に背中を付ける。気がつけば、槍で作った壁も消えていた。

 唇をかみながら、早まる呼吸を無理矢理に落ち着ける。うかつだった。相手が吸血鬼という異質な存在の中でも特に強い存在だったことをすっかりと忘れていた。周囲をキョロキョロと見渡す。が、モヤのようなものが見えない。

 霧化した吸血鬼は、もやのような姿になる。霧よりは薄い気体のような姿だ。この状態だと物理的には気体と同じような状態になる。当然、殴ったところで意味はない。風の影響も霧化の場合は受けることがない。冷気や熱の影響は受けるが、優衣はそんな能力を持っていない。

 次に来る攻撃をなんとしても耐えることだけを優衣は考えていた。おそらく、次の攻撃は不意打ちのように来るだろう。だが、もやさえ見つければ、その攻撃を避けることができる。問題は、 その肝心のもやが見つからない。いくらなんでも、風すら無いこの密閉空間において、完全に隠れることはできないはずだ。だが視界内にそのもやは見当たらない。

 今まで閉じていた左目を開けてみる。と、左側に周囲とは透明度が違う空間が見えた。もやだ。

 素早く、反対側の壁で背中を隠す。と、右目でしっかりもやが見えた。もやから逃げるように駆ける。だが、どうやって優衣の存在を感知しているのか、ゆっくりと霧化を維持したまま、近づいてくる。

 出口側の壁まで追い詰められた。もう、為す術はない。

「ここまでかな」

 この状態で迫られると為す術がない。攻撃が読めるレベルならなんとか耐えられるだろう。だが、脳裏に浮かんだような全方位攻撃だった場合は?流れた血をさらに武器に変えられたら?もうどうしようもない。

 そう思いながら、なにかが優衣のなかで引っかかっていた。

 もやが迫ってくる。その幅を広げた。

 もうだめだ。くるのは全方位攻撃。もやを抜けるのもリスクが有る。


「諦めるのは、まだ早いんじゃないか?」


 優衣のちいさなつぶやきに、何故かかえってくる言葉があった。直後、目の前のもやが爆発する。爆風が優衣の身体にも降り注ぐ。が、何故かその熱すら感じなかった。

 トンネルに爆音がこだまする。連続して起こる爆発に、甲高い、おおよそ人のものとは思えない叫び声が聞こえた。

 と同時に、優衣の後ろの壁が音を立てて崩れる。ぱらぱらと破片を浴びながら、優衣は振り返る。

「選手交代といこうか」

「薫風!? それに、アイちゃん!」

「優衣ちゃん!」

 黒いスーツ姿の薫風と、その後ろから仕事中だったのだろう、フリルドレス姿のアオイが顔を出す。アオイは優衣を見つけると、息を呑み目を見開く。そのまま優衣の元へ駆け足で飛び込んでくる。

「大丈夫!? もぉ、こんなにぼろぼろになって。すぐに治療するね!」

「大丈夫だよ、ありがとう」

 青ざめた様子のアオイに優衣は笑いかける。アオイは手早く持っていたポーチから包帯とガーゼを取り出し、優衣の額の手当を始めた。その様子を見ながら、薫風が前に出る。

 増援に気づいたのか、もやがトンネルの中ほどに集まり始めた。実体化しようとしているのかもしれない。

 と、もやの中心が爆発する。可燃物が一切ないトンネルの中で熱風が渦巻く。燃えるものがないはずの空間で、爆発に飲まれた何かが飛び散り、トンネルの床で燃えている。薄暗いトンネルが一気に明るくなった。

 思わず、優衣とアオイは薫風の後ろ姿を見る。

「容赦はせんぞ」

 薫風が能力を使ったのだろう。その詳細を、優衣は知らない。ただ、爆発した時の熱気を持った風が、彼の名前の由来だと聞いたことがあったのを思い出した。

 爆風に巻き込まれればそれなりに人体への損傷もあるだろう。まず耳と目がやられるはずだ。だが、爆発の近く人いた薫風は、その影響をまるで受けていないように見えた。火の粉が彼のスーツにあたったが、焦げることすらなく火が消えた。

 と、奥の壁が消える。気がつけば、いつの間にかもやは消え、吸血鬼が再び姿を表していた。反対側の入口から、こちらを睨みつけるようにしている。手にはやはり大きな槍を持っている。

 アオイが息を呑む。優衣に包帯を巻いている手が止まっていた。

「アイちゃん?」

「……」

 爆風にびっくりしたのだろうか。それとも、数の少ない同族に出会ったことに驚いたのだろうか。

 優衣が考えている間に、状況は動いていく。

 吸血鬼が槍をトンネルの天井に向かって投げた。槍が壁のように形を変える。

「バカの一つ覚えか」

 壁のいたるところで小さな爆発が起こる。爆風を浴びながら、薫風が壁に向かって歩いて行く。爆風が収まるころには、薫風が壁の前までたどり着いていた。よく見ると壁全体にヒビができている。

 壁の中央くらいだろうか。そこにむけ、薫風が蹴りを入れた。

 音を立てて、壁が崩れる。そこにはすでに、何も残っていなかった。

 彼が優衣のもとに戻ってくる。

「にげられちゃったね」

「運がよかったな。あのまま戦ってたら、お前死んでたぞ、万屋」

 茶化すように笑う優衣に、薫風が軽口で返す。満身創痍の姿でおどける優衣にアオイが顔をしかめる。

「しょうがないよ。私の能力、物理系だし。それよりも、あれだけの攻撃、大丈夫なの?」

「後天能力の代償のことか? 俺のは大した代償じゃない。問題はない」

 サングラスを右の人差し指で戻しながら、彼は鼻で笑った。

「お前の方こそ、大丈夫か? かなりズタボロにやられているみたいだが」

「あ、ちょっとまずいかも」

 何かを思い出したかのように、がさごそとポケットをまさぐる。出てきたのは真っ二つにちぎれたスマートフォンだった。アオイが目を丸くする。

「うわぁ、すごい壊れ方してる」

「あっちゃー、買ったばっかだったんだけどなぁ……」

 トンネルの壁に叩きつけられたときだろう。衝撃を与えたバッテリーが爆発しなかっただけ不幸中の幸いというべきか。スマートフォンのバッテリーでも、扱い方を間違えれば怪我をする程度の爆発は起きる。

 折れた音がしたと思ったのは、骨ではなく、このスマートフォンだったようだ。

「確かに音にしては、そこまで痛くないとおもって、たたた……」

「無理しちゃ駄目だよぉ、もう!」

 脇腹を押さえる。直接蹴られたところは流石に無事とは行かないだろう。トンネルにぶつかったときの衝撃は、実際は蹴られた後にすぐ能力を発揮したお陰で、額を切った程度で済んでいた。頭まで対象にしていなかったので額を切ってしまったのはしょうがないだろう。

 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。あれだけ派手に暴れれば、警察や消防が着てもおかしくない。

「先に帰るぞ。お前ら二人は治療を受けるといい。どうせ救急車も来るだろう」

 そう言いながら、薫風は優衣たちに背を向ける。

「ありがとう」

 アオイの小さい声は、薫風に届いただろうか。大きくなるサイレンが、少しずつ、二人に迫ってきていた。

次回から幕間に入ります。

あと、コミケ応募しました。受かったら中編が出ます。多分。

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