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万屋少女は微笑まない  作者: 黒崎 千弦
7/14

2-2

 明が喫茶店で情報共有をしていた同時刻。

 夕方と言うには早く、昼と言うには少し遅いこの時間。優衣は当然のごとく夢の世界にいた。特に、一仕事を終えた後だ。戦った後の睡眠はとても心地良い。もちろんベッドはいつでも心地良いものだが、体を動かした後の睡眠というのは、彼女をより深い眠りの世界へと引き込んでいくのには十分すぎる環境だった。普段起きる時間よりもまだ早い時間だ。おそらく、あと2、3時間は眠っていただろう。

 その電話さえなければ。

「もしもし」

 マナーモードにし忘れたうるさい目覚ましを耳に当てながら、不快感を一切隠さずに電話に出る。相手は男性のようで、少し低めの声色が耳に入ってくる。

「よぉ、万屋。この前ぶりだな」

 部屋に流行りの音楽を大音量で垂れ流しにした主犯格は、全く悪びれる様子もなく、だが少し憔悴したような声で挨拶をした。

 当然、優衣が寝ていたことなど知る由もないだろう。

「なに」

「あ……悪い、忙しかったか?」

 相手に心当たりはないが、おそらく電話番号を知っているのならよく互いを知っている知り合いだろうと、ぶっきらぼうに言葉を投げる。いいや、そこまで頭を使っていないのは間違いない。寝ぼけ半分というのが正直なところだろう。

 相手は、少し優衣の声に面食らったのか、戸惑ったように言いよどむが、優衣はそれに気づかない。だんだん不機嫌になる声を隠さずに、更に言葉を投げる。

「なに」

「あとで少し、時間をくれ。話したいことが……」

「わかった」

 何か続きが聞こえた気がしたが、寝ぼけているのだろう。そのまま通話を切り、きっちり音量を最小にしてから再び眠りの世界に落ちていった。


 4時間後。

 夜の帳も下りた頃。真っ暗な暗闇に染まった中で、彼女は気持ちのいい目覚めを得た。なぜかうつ伏せの体勢でスマートフォンを片手に持っているが、きっとまた夢の中で何かあったのだろう。自分が比較的寝相が悪いことを知っていたし、夢の中で泳いでいる夢をみていたので、きっとその動きで掴んだんだろうな、とおもいながら、画面を見る。時間を確認しようとしたその時。

 携帯が震える。

「もしもし」

「おい」

 いきなり不機嫌な声が聞こえてきた。少し不愉快に思いながら、画面を見る。知らない番号である。非通知ではない。が、電話帳にも登録されていない。

 なんとなく聞き覚えがある気がする声だが、印象が薄く、誰だか思い出せなかった。が、そんな優衣にはお構いなしで、電話の相手は続ける。

「さっきから何回電話かけたと思っている。俺も暇じゃねぇんだ!」

「えっと、すいません?」

 寝てたんだからしょうがないでしょ、と言いたくなったのをぐっとこらえてとりあえず謝った。

「で、誰?」

「あ?」

 寝起きでまだ少しぼやけた頭で思い出そうとする。が、それよりもお腹が空いたことに気がつく。

 早く着替えて朝ごはんを食べたい。彼女の頭は、すでに電話の主よりも食事のことでいっぱいだった。

「あんさぁ、間違い電話かもしれないしさぁ、私に電話あるなら朝ご飯食べてからにしてよ。寝起きでおなか空いたんだよねぇ」

「自由だな、自由すぎるな、いくらなんでも自由すぎるだろ、万屋さんよぉ。てめぇ、さんざんコケにしてくれやがって」

 怒りをむき出しにする電話の主になんとなく心当たりがあった。声。電話帳に番号が載ってない理由。そして、なにより、怒ったときの、この話し方。

 あぁ、そりゃ私が寝てるなんて知るはずないか、と一人納得すると、彼女は布団の中でうなずく。

 だから、優衣は煽ることにした。楽しそうに、少し微笑みながら。

「それとも、私とデートでもする?」


 午後8時前。

 この時間帯のファミレスとなれば、仕事を終えたまだ若いであろうサラリーマンの集団や、大学生だろう勉強している集団が多くいる時間である。それに加え、家族連れも多くいる。店のBGMには流行りの曲が流れている。おそらく最近有名なアーティストのものだろう。それに混じり、皿を積み上げながら運ぶ陶器や金属の食器が触れ合う音が聞こえる。所々で目にする緑を基調とした制服の店員たちが、それぞれ落ち着いた動作で片付けや配膳を行っていた。

 そんな夜のファミレスのボックス席に座る男女がいた。片方はジャージ姿に大きな筒を席においている少女。言わずもがな優衣である。

 もう片方はおおよそ20代前半だろうか。黒いスーツ姿の薄い黒いサングラスをかけた男である。前髪は眉に掛かる程度で短く、ジェルで固めているのであろう長い銀髪を後ろで一つにまとめている。サングラスの奥の瞳は狼のように鋭く、眉は細い。 ワイシャツが彼の動きに合わせ、引っ張られている様子から、彼の身体はしっかりと鍛えられているのだろう。細いあごと程よく焼けた肌は、見方によっては魅力的だろう。が、到底、一般的な職業の会社員には見えない姿であり、少なくとも優衣が座るテーブルの周囲の客は、ふたりが座るのを見た途端に、なぜかすぐに会計を済ませ出ていった。

「わかってると思うけどな、自分の食った分は自分で払えよ」

 サングラスからはみ出た眉間にしわを寄せる彼を一瞥しながら、優衣は朝食を食べる。ため息をひとつつきながら、スーツのジャケットを脱ぐと、彼は縦縞のワイシャツを汚さないようにスプーンで慎重にカレードリアを掬い始めた。もちろんだが、彼にとっては晩飯である。

 優衣の前には、おおよそ『朝ごはん』とは思えないような品が並んでいる。ステーキセットのごはんとサラダにスープ付き、フライドポテト、それに加えてミニピザ。ファミリーレストランの四人席の対面に座る薫風は、正直、優衣の食事に若干引いていた。

「万屋、と言うかお前、この後、さらにパフェ頼んでたよな? ……食えるのか?」

「うっふゃい」

 ピザを頬張りながら、優衣がフォークを向ける。首を振りながら、これ以上何を言っても無駄だと、先程から鼻腔をくすぐるスパイシーな匂いを放つカレードリアを食べることに集中した。


 食後。ドリンクバーのコーヒーを飲みながら、目の前でパフェを美味しそうに食べる少女を薫風は見る。

「本当に、食べきったんだな……」

 現実を再確認するように、ゆっくりと確認をする。これは現実なのだろうか。あれだけのものを食べておいて、平然とパフェの味を噛み締めながら喜んでいる少女を見て、ふと思ったことが口に出る。

 そのパフェも1.5倍サイズのジャンボパフェである。生クリームがいっぱいに敷き詰められた器の上に、ふんだんに盛られた5種類のフルーツ。その中央には王者のように堂々とそびえ立つ、王冠のかわりにさくらんぼを乗せたプリンが座っている。これだけでカロリーは一食分以上あるだろう。なにせ値段がステーキセットよりも高いのである。一体、優衣の身体のどこに、これだけのものが入るというのだろうか。

 万屋少女・木ノ下 優衣。彼女は、彼にとっては敵であり、対立する組織の人間である。だが、ただの少女には違いない。そう思っていたのだが、その食事の量と、対立する組織の人間がいても一切物怖じしないその態度に彼はほんの少しだけ背中に嫌な汗を感じた。

「それで、排除者(エリミネーター)の薫風さんが、一体何の用? ただ美少女とデートしたかったわけじゃないでしょ?」

 パフェを食べる手を止めずに、優衣が話を振る。ようやく本題に入れそうだ。軽口を聞き流しつつコーヒーを一口飲み、一呼吸入れる。

「訊きたいことがある」

 両手を組み、両肘をテーブルについて優衣を見定める。

「昨日、組織の人間が異物を見た。俺の親友とも言えるヤツだ。そいつについての情報を知りたい」

「仮に知っていたとして、言うと思う?」

 生クリームを口に運びながら言うセリフにしては、言葉に棘があった。睨みつけるような少女の目を正面から見る。

「そう思ったから呼んだんだ。おそらく、親友が見たのは今回の連続殺人事件の犯人だ。今回の犯人は、おそらく会話が通じない。すでに常識なんか吹き飛んでやがるからな。万屋の保護対象にはできないだろう」

「だから敵にはならない、ってこと?」

「あぁ。基本的に、俺たちの敵は人間ではない」

 人間至上主義者たちの集まり、それが排除者の本質である。排除者は、人類と動物を除く全ての怪異を敵としている。人に害があるなし関係なく。全て見境なく排除する。それが排除者と呼ばれる所以である。

 根本的に優衣たちはまず対話を試みる。対話で説得や人を襲わないように話ができれば解決するが、そうでなければ戦うことになる。あくまでも共存を優先しているからこそ、共存できない存在を倒さざる負えない。殺人鬼と同じ部屋で寝られないのと同じように、人を襲う存在とは共存ができないからだ。だからまず対話ができるかどうか。対話ができなければ倒してでも従わせる。それすらできなければ殺すしか無い。

 だが、排除者にはそもそも共存という考え方はない。存在こそが悪だとする考え方を持っている。人間こそがこの地球を支配するにふさわしい存在である。そう考えているのが排除者である。だからこそ、人間以上の力を持つ異質な存在を「異物」と呼び、根絶しようとしているのである。

「たしかにあなたは私を何回か見逃してるもんね」

「未来ある若者を殺すなんて考えたくないからな」

 自分も若いことを差し置いて、と思いながら、パフェのスプーンを薫風へ向ける。

「確かに私は一回だけ"あなた"を助けるとは言ったけど。でも、いくらなんでもそれは私だけじゃ判断できないよ。排除者にとって私たちは敵じゃないかもしれないけどさ。私達にとっては違うもん」

「確かに排除者と万屋の方向性は違う。だが、今回は排除者としてではない、俺個人の問題だ」

 目を細める優衣に、薫風は少しかすれた声を出す。

「俺の親友が、襲われそうになってた一般人を守るために、異物を追いかけていった。結局、守れなかったみたいなんだがな。親友の能力は酷いもので、能力の割に代償が見合わないものだ。そのおかげで病院送りになっちまった。まだ目が覚めていない。出会いさえしなければ、能力だって使う必要がなかったんだ。逆恨みだってのはわかっちゃいるがな、わかっていても、抑えられない感情はある」

 重ね合わせた手に自然と力が入る。目線は自然と重ね合わせた手に落ちていた。優衣の手も止まる。しばしの間、ふたりの間を沈黙が支配する。店内のポップな曲が、今はただ遠く感じた。

「ごめん」

 それしか言葉がでてこなかった。

 薫風は、目を閉じる。大きくため息を吐いた。

「気にするな。これは俺たちの問題だ。ほら、食えよ。早く食わないと味が落ちるぞ」

 目を開くと、ほんの少しだけ、手の力を緩めた。優衣の手が再び動き出すと、薫風の頬が少しだけ緩む。

 それに気づき、再び真面目な顔に戻る。

「とにかく、俺には仇を討つだけの理由があるということだ。情報をくれるだけでいい。頼む、このとおりだ」

「じゃあさ、とりあえず交換条件だしていい?」

 予想外の一言に、彼は目を見開く。

「な、なんだ?」

「とりあえず」

 優衣はすでにフルーツとプリンがなくなった、生クリームとコーンフレークだけのパフェを指差す。

「これ食べるの手伝ってくれない? ちょっと量多かったや」

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