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万屋少女は微笑まない  作者: 黒崎 千弦
6/14

2-1

 午後ニ時半。

 昼のピークを過ぎた飲食店は、この時間帯になると少し落ち着きを取り戻す。もともと客数がそれほど多くない『Shangri-La』も当然例外ではなく、店員たちが交代で休憩を取りながら、いつも通りの午後を迎えていた。

「いらっしゃいませ!」

 ちょうど祥子が休憩を終え、店内に戻ってくると同時に見知った顔が入店してきた。短い黒髪の頭には緑に近いカーキ色のキャスケットを載せ、細めの眉に大きく開いた目元と少し高めの鼻が、彼女を少年のように見せていた。今日はフレンチベージュの革ジャンに黒い英文字が入ったTシャツを合わせ、ジーンズをはいている。れっきとした成人女性であるが、フラットな胸元に、若い男性が好んで着そうな中性的な服装を好む上、化粧もジェンダーレスメイクが多いせいで、初めて会った人が一目で女性と見抜くのは難しいだろう。

「あら、(あきら)、いらっしゃい」

「おう、奥の席空いてる?」

「えぇ、今の時間なら問題ないわよ。お客さんも少ないしね。冷たいコーヒーでいいかしら?」

 あぁ、と返すと、明は一人で奥のカウンター席へと向かう。カウンターの中では、退屈そうにあくびをしながらメイド服を着た少女が、椅子に座って頬杖をついていた。

 白とも銀とも見えるボブカットの頂上には、どこか誇らしげな白色のカチューシャがついている。華美でない小さめのロングスカートのメイド服が、彼女のすらりとしたフラットな体系をより美しく見せている。そして何よりも特徴的なのが、胸元につけられた名札だろう。ひらがなで『あおい』と書かれた名札は、他の店員とは違い、猫の絵が描かれている。猫好きの彼女の友人が勝手に描いたものだ。

 さすがに今日のような喫茶店での仕事中はカラーコンタクトでごまかしているようで、今日は黒い瞳だが、それはそれで彼女が白と黒で特徴づけられており、印象的に見える。本来であればその瞳は薄い赤い瞳であることを明は知っている。まだ彼女と会ったばかりのころは、ぱっちりとした目元がこちらを見るたびに、人間にはない瞳の色の恐怖よりも先に奇妙な魅力を感じていたことをなんとなく思い出した。

 歩いてくる明と目が合うと、少女は頬杖を崩す。退屈そうな顔が一転した。

「明ちゃん!ひさしぶりぃ」

「おう、久しぶりだな。元気にしてたか、がきんちょ」

「むぅ!私のほうが年上だもぉん!」

 笑顔で迎えてくれたかと思うと、今度は頬をふくらませ眉を寄せる。ころころと表情が変わるその様子に思わず笑みをこぼしながら、明は目の前の席につく。

 アオイ・A・スミス。明の目の前に座る彼女の本名である。名の通り日本人とイギリス人のダブルである彼女は、おおよそそのようには見えないが、れっきとした吸血鬼だ。ただし、半分だけ。残りの半分は人間であり、とある事件をきっかけに、彼女は優衣の親友となった。そして、現在は優衣が所属する『SHANGRI-LA』に表裏両方の面から協力している。半吸血鬼である彼女は、どちらかと言うと人間寄りであり、吸血鬼としての能力は高い治癒能力と暗視能力程度しかない。吸血鬼の弱点とされる銀や鉄にも触れられるし、にんにく料理も口臭を気にする程度で全く問題なく食べられる上、炎天下の日差しを浴びながらワンピース姿で早朝から夕方まで出かけることも朝飯前である。反面、吸血鬼の能力とされる、催眠効果を持つ魅了の魔眼や、眷属の作成などはできず、狼、虫、蝙蝠、鼠などの動物への变化、身体を霧状のもやへ変える霧化なども使用できない。本来であれば人間より遥かに高い身体能力も、彼女の場合は年代平均に比べて多少高い程度のものしかない。

「1歳だけな。んなもん誤差だ誤差。そんなんで怒ってると大きくなれないぞ?」

「身長は遺伝子だからしょうがないんですぅ。明ちゃんはもぉちょっと、年上を敬うべきだと思うよぉ?」

 年上の少女の抗議に、両手を大げさに広げ上に向けながら明は笑った。

「残念だが、あたしが敬うべき年上リストの中に、メイド服の少女体型は入ってないんだ、悪いな。せめてその童顔を凛々しくしてきてくれ」

「少女体型じゃないもん!」

 憤る彼女を明は前のめりになりながら、まじまじとなめまわすように見る。少し引いたように体をこわばらせるアオイに、首を振りながらため息をついた。

「いやいや、そのなりであたしより年上だなんて、やっぱ吸血鬼って反則だわ。ねぇ、あたしの歳みっつくらいもらってくれない?」

「え、絶対ヤダよぉ。そもそもあげたりできるものじゃないし」

 アオイが頬杖を組みながら、また姿勢を崩す。

「魔術でもムリ?」

「ムリだよぉ」

「ムリかぁ……」

 アイスコーヒーを明とアオイの目の前に置きながら、祥子が明の隣に座る。どうやら祥子にはやりとりが聞こえていたようだ。

「あんまりアイちゃんをからかうんじゃないわよ」

「えぇっ、私からかわれてたのぉ?」

 笑いながら顔をあげると、アオイにおどけて見せた。

「ごめんごめんって。アオイかわいいからさ、ついついからかいたくなっちゃうんだよね」

「もう、失礼しちゃうなぁ」

 すこし眉を寄せながら、目を狭める。本人からしたら睨みつけているのだろうが、明にしてみればかわいく見えているのだろう。けらけらと笑いながら、カバンをカウンターの上に乗せる。

 明の日焼けを知らない色白の肌からは、先程まで外を歩いていたのだろう、汗が吹き出ている。

「それで、今日来たのは事件の件かしら?」

「あぁ。その件だ」

明はコーヒーを一口飲んだ。他に客がいないことを確認しながら、鞄から書類を取り出し、カウンターに並べる。祥子は並べられた書類からひとつを手に取る。現場の写真がクリップでついた、被害状況のまとめられているものだ。

「今回の被害者は高校生だな。アルバイトからの帰り道に襲われたと。今回は、時間がなかったのかバラバラになってるだけみてぇだな。例のごとく、すべて血は抜かれている。それでもなかなかのもんだが、他のに比べれば単なるバラバラ殺人事件だ。多分、オブジェにしようとしたところで戦闘になったんだろう」

 死体の状況が写っている写真を明が並べていく。あまりにも凄惨なその状況が、改めてこの事件が異常だということを物語っている。

「壁にはいつもどおりアホみたいにでかい傷がよっつ。こいつはおそらく、壁を作り出した時につくものなんだろうな。どんな原理かは知らねえが。祥子のとこの能力者……ええっと、優衣さん、だったか?が撮ってくれた写真の位置にピッタリ合う。だから目撃者がいなかったんだ。壁ができてりゃ、そん中で何が置きててもわかんねーわな」

 優衣が撮影した写真をプリントアウトしたものと、明が撮った写真を見比べる。同じアングルから取られた写真は、確かに壁が作られていた位置に、傷跡が残されていることを示している。

「これだけの写真、どうしたのぉ?警察とかも情報規制してるでしょう?」

 気になった疑問を問いかける。警察官ではない明が、一体どうやって事件発覚してすぐに、これだけの現場検証ができたのだろうか。それも、死体が残った状態で。

「まぁ、あたしにも手広いコネとネットワークがあるもんでな。仏さんの顔を拝みに行くついでに写真を撮るぐらいは大したことじゃない」

「もしかして、警察からも今回の事件の解決を求められてる、ってこと?」

 バツが悪そうな顔をしながら、コーヒーを飲む。話題をかえるように、1枚の写真を取り出す。

「まぁ、そんなところだ。それより気になることがあってな。優衣さんは戦闘中に怪我をしたか?」

「いいえ? そんな話はきいていないわ。もしも怪我をしていれば、報告がくるだろうし。していないと思うけど?」

 写真には、散らばった針と汚れた床、そして血痕が映っていた。

「この写真を見てくれ。あのバカの針が転がってんのは気にすんな。ここのとこだ。赤い血痕が見えるか?彼女の血じゃなければ、一体誰の血なんだろうな」

「その戦った吸血鬼の血じゃないかなぁ? 優衣ちゃんは一度、身体を突いた、って言ってたよねぇ?」

 うなずきながら、反論する。

「えぇ。だけど、それは霧化で防がれたはず。優衣も攻撃はすべて防いだと言っていたし、怪我はしていないはずだから。直也の針千本の雨も、針に血が全然突いていないから違うわね。誰の血なのかしら?」

「あたしが知るかよ」

 腕を組みながら、明が首をかしげる。祥子は、さらにおかしなことに気がついた。

「優衣の話だと、相手はおそらく血液を操る能力を持っているんじゃないか、ってことだった。優衣が到着した時点で、すでに死体の血は抜かれていたみたいだと言っていたわね。明るい赤い液体、おそらく血液だと思うのだけれど、それで槍を作っていたとも言っていたわ。一方、優衣が撮影した壁の色は、ほらこれ。この写真にみえるように、静脈血の色に近い赤黒い色だった。あぁ、アオイは知らないかもしれないから一応説明するわね。この写真にうつっている壁の色は、完全な赤ではなくて少し暗い色でしょ?動脈血はもっと赤いのよ。血液に含まれる酸素の量によって、血の色は変わるの。中にヘモグロビンというタンパク質があって、これが酸素が少ないところだと酸素を放出して、酸素が多いところだと酸素を吸収するの。酸素が多い動脈血は明るい赤、逆に少ない静脈血は暗い赤になる。採血や献血なんかすると、静脈しかとらないからこんな色の血を見ると思うわ。

 だから、この壁は血液を操作する能力で、血を抜いて酸素が抜けたか、静脈血だけで作ったんじゃないか、って優衣は言ってた。自然界において、空気に触れるとヘモグロビンは酸化するはずだから、能力でもしかしたら酸化を防いでいるのかもしれないわね。わざと酸素を少なくしたのは、夜の路地裏という暗い環境であれば、ぱっと見た時にただの壁、つまり行き止まりだと錯覚させられるからかもしれない。犯人から直接話を聞けていない以上、あくまで憶測でしか無いけれど。

 で、私が気になっているのは、もしも血液を自在に操れるのであれば、この血痕も残さない筈よね?自分の能力として組み込んでしまってもいいはず。なにせ、血がリソースになるのだから。なんでこの血痕だけ残したのかしら」

 写真を見せながら、アオイへ考えを説明する。

「もしかしたら何かしらの制約があるのかもしれねぇな。たとえば、『自分で付けた傷から出た血液しか操作できない』とか、『出血している状態を見ていなければ操作できない』とかな」

 能力にはかならず制限がある。優衣や直也の能力に制限があるように、今回の犯人の能力に適用される制限が、血痕を回収しそこねたのではないか、というのが明の考えである。たしかに、と頷く祥子とは対象的に、アオイは首をかしげている。

「もしかしたら」

 論理的に考える二人の中で、アオイだけが、ふとつぶやいた。

「――出血の仕方がイヤだったから回収しなかった、とか、ないかなぁ?」

「……ごめん、どういうこと?」

 意図しない回答に、祥子は眉間にしわを寄せる。

「あくまでも、相手が吸血鬼なら、だけど。人間って、吸血鬼にとってはごはんでもあるわけだよね? もしも明ちゃんが、パンを床に落としちゃったらどうする?」

「3秒以内ならゴミはらえばセーフだ」

「あなたね……どれだけ食い意地張ってんのよ」

 呆れる翔子に、アオイが苦笑いしながらフォローを入れる。

「例えがちょっと悪かったかなぁ。じゃあ、サラダ。ドレッシングかけた後のサラダを床にこぼしちゃったらどうする?」

「んと、それならさすがに床を拭いて捨てるかなぁ……」

「そう。捨てるよね? たぶんだけど、それと同じ感覚で、床にいきなりついちゃった血なのか、出血の仕方が気に入らなかったのか知らないけど、使えるけど、『使いたくない』から残したんじゃないかなぁ」

 考えるように、腕を組み、手を口元に当てながら、翔子が問いかける。

「つまり、『相手の能力』の問題ではなくて、『感性』の問題ってこと?」

「そういうこと。たぶんだけど、相手の感性をつかまないと、この犯人を捕まえられないと思うんだぁ。だから、犯人の考えを推理したほうがいいんじゃないかなぁ」

「一理あるな。でもよぉ」

 コーヒーを飲み、一呼吸置く。

「相手が本当に吸血鬼なのであれば、って前提だが。そもそも、優衣さんが発達した犬歯をみて判断したんだろ? 本当にそれは間違ってないのか?」

「そこはあってると思うよぉ」

 アオイが口を挟む。この中で吸血鬼について一番詳しいのは彼女だろう。

「優衣はこの中では唯一、イストと戦ってるものぉ。私は半吸血鬼だから、八重歯は尖ってないけど。ほひゃ」

 口を大きく開けながら、この店唯一の人外は自分の歯を見せる。それは確かに人間の歯のように見えた。吸血鬼特有の、尖った八重歯もなければ、虫歯すらない健康的な歯だ。

「あぁ、わかったわかった。そんなに大きく開けてるとゴミが入るぞ」

「こうしてみるとちょっと間抜けね。その表情。あとで写真に撮っていいかしら?優衣に送るわ」

「ひどいなぁ、ふたりとも!」

 どことなく可愛らしく怒った表情で憤慨しながら、彼女は口を閉じる。

「とにかく、相手はたぶん吸血鬼だよぉ。発達した八重歯、部分的だけど霧化の能力。そして、吸血能力――この場合は、血液操作になるのかなぁ? まぁいっかぁ。とにかく、そういう能力を持った相手を分類するなら、ほぼほぼ吸血鬼でいいと思うなぁ。それも、イストが言ってたけど、心臓部だけを部分的に霧化するのは結構能力的に大変なはずだから、相当戦い慣れてるねぇ。ただ、霧化して屋上まで登ってこなかった、ってことは、血液操作が先天能力の可能性が高いかなぁ。霧化って結構体力使うみたいだし」

 イストの話を思い出しているのだろう、斜め上を見ながら軽く目をとじる。彼女が協力的であってよかったと、人間二人はつくづく思った。吸血鬼なんて伝承クラスの怪物には、そうそう出会うことはない。最も、この一年間で優衣は二度も戦闘をしているわけだが。

「となると、どうするよ、これから」

「対策、よね……アイちゃんが言うとおり、それは相手の感性を考えて練ったほうがいいかもしれないわね。それもなるべく早急に。次の事件が起きる前に」

 顎をテーブルに載せながら、疲れたように明がため息を吐く。

「頭のイカれた吸血鬼(バケモノ)の感性なんてわかんねぇよ……」

 そのぼやきは、翔子の心も代弁していた。

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