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万屋少女は微笑まない  作者: 黒崎 千弦
5/14

幕間1

「んじゃ、おつかれー」

「おつかれーッス!」

 男子学生だろうか。ジャージを着た若い男性と、都内の有名な女子高等学校の制服を着た若い女性が、楽しそうに会話をしながらコンビニの従業員通用口から出てくる。

 今日は土曜日である。繁華街のはじに位置するコンビニエンスストアは、立地が立地だけに夜になるにつれ、酔っぱらいや華美な服を着た男女が店舗へと入ってくる事が多い。だが、特に今日のような土日や祝日については、昼間から人が多く、ショッピング街も近いため外国人観光客やカジュアルな服装をした若い客層も入ってくる。それ故に、いつでも人が足りていないため、アルバイトの需要は高い。

 彼は部活後の昼間から夜8時ごろまでアルバイトをして、小遣い稼ぎをしていた。別れた女学生も同じ時間帯で働いており、シフトもよく一緒になるためよく話すようになった。ちょうど同年代ということもあり、今日来た客のことや学校のことを話こんでいるうちに時間が過ぎてしまう。今日も、アルバイトが終わってから雑談しているうちに10分以上も話し込んでしまった。

 帰り道は逆方向で、彼女の使う路線はコンビニエンスストアからショッピング街方向へ歩く南方向にある旧国鉄の環状線、一方彼の使う路線の駅は店舗から西側にある私鉄である。必然的にふたりは店の従業員出口で別れ、それぞれの帰路へとつくのだった。

 それを見つめる赤い瞳に気が付かずに。


   ★   ★   ★


 午後8時30分。

「はぁ……今日も無駄に疲れたなぁ……」

 ベンチに腰掛けながらふぅ、と一息つく。私鉄線が近いこの公園は、彼がよく仕事をサボるときに使用する公園だ。とは言え、今日の仕事はすでにほとんど終わらせてある。あとはまとめた資料を、自分の上官へと渡せばそれで終わりだ。

「青嵐さん、今日は薫風さんと一緒じゃないなんて残念でしたね」

 隣にしれっと座っている女性が、彼に話しかける。二重のぱっちりと開いたほんのりと茶色い瞳に、まだ少しあどけなさが残る顔立ち、そしてそれなりに育った母性の象徴を胸に掲げながらも、無駄な脂肪の付いてない引き締まった体格。更に身なりは修道服を着ており、口さえ開かなければ、暗めの茶色に染めたロングヘアや控えめの化粧であるその整った顔立ちから、それなりの修道士に見えるだろう。その実、そんな生易しいものではないことを、青嵐は知っている。

「あのねぇ、ボクはあれの保護者じゃないんだ。いくらつるむことが多いからって、ボクは個人行動の方が好きなんだよ本当は。あれの方が勝手に絡んでくるだけで」

「はいはい、わかりました。ふたりがアツアツなのは教会内でも有名ですから」

「口を慎めよ後輩。ボクはちゃんと女性が好きな普通の男だっての」

 はぁ、とため息をつきながら、提出予定の封筒でぱたぱたと顔を仰ぐ。9月に入ったとは言え、まだほんの少し暑さが残るこの時期である。外まわりが多い青嵐としては、早く秋に移ってほしいと思ってさえいる。

「そんな後輩から耳寄り情報なんですけど」

「なんだ? どうせまたくだらないことじゃないだろうな?」

「そんな! わたくしがいつ、くだらない情報なんてお伝えしましたか?」

 驚いた表情をする自身の後輩に、彼はわざとらしくため息をつきながら切り返す。大抵、こういう話をするときは、誰々がくっついただの、誰々が密会していただのという話だ。それも大抵が脚色され、男色強めの妄想話になっていることが多い。その被害を、青嵐も数回受けている。

「毎度毎度、ボクにとってはどうでもいいくだらない情報だよ。どうせ薫風絡みの話だろう? ボクには関係ない。だから話さなくていい。関わり合いになると面倒事に巻き込まれるのが目に見えているじゃないか」

「ひどいなぁ、もう。ほんとは好きなくせに」

「これだから後輩(おまえ)とは組みたくなかったんだ……」

 そうつぶやきながらスマートホンで時間を見る。画面は午後九時を少し過ぎたことを示していた。そろそろ休憩を終わらせて仕事に戻るか、と思いながらベンチを立ったところで。

「ん?」

 妙な光景が目に入る。

 男子学生だろうか。都内有名校のジャージを着た、スポーツバックを右肩にかけている青年が歩いている。それ自体はなんの問題もない。この都内でどこでも見られるよくある光景だ。おおよそバイト終わりでそのまま帰宅するところなのだろう。

 問題はその数m後ろをつけている『何か』だった。人間であれば気づくことができないだろう。だが、訓練された『排除者』であれば気づくその姿。影のような、もやのような。通常、人間であれば見落としてしまう微妙な大気のゆらぎとでも言うべきか。または霧と表現すべきだろう。かなり透明化されているが、微かにのこるそれが、彼の歩くペースと同じ速度で、同じ方向に移動していることに気がつく。当然のことながら、青年はその存在に気づいていない様子だ。

「おい、飄風(ひょうふう)。気づいたか?」

「……異物ですね。ちっ、こんなときに」

 舌打ちをしながら、後輩が答える。飄風という女は穏やかそうに見え、その実、名の通りの激しい性格をしている。もちろん能力値も高いため、特に問題となることはないが、時によって手段を選ばない方法で問題解決を図ることがある。最も、彼女の能力によるところもあるのだが。

 霧のような「それ」が、人間ではないことに気がついたふたりは、だがしかし戦う手段を持っていなかった。今日の任務では、武装する必要がなかったのだ。当然、必要のないものなど持っているわけがない。そしてふたりとも専用の武器がなければ戦闘向きの能力ではない。よって、援軍を呼ぶべきだろう。判断を即時に行い、彼らの教会へと報告する。

「排除者、青嵐。異物を確認。援軍求む」

「近場の能力者を送る。異物の勢力、正体は?」

「不明。姿は霧。戦闘能力不明。個数は一体と推測。現状、こちらは戦力なし。武装は教会でね。霧相手だから、理想は氷結系能力者だけど、近くに他の能力者がいるなら一番近くにいる能力者で構わない」

「承知した。すぐに向かわせる」

 手早く場所を伝え電話を切る。その間、男子学生と霧の動きを目で追う。電話を終えると、ちょうど男子学生が路地裏へと入っていくところだった。

「飄風、君は待機してくれ」

「バカですか!? 無茶ですよ! ひとりで行くなんて。それもどんな異物かわからないのに!」

「先輩に向かってバカとはなんだバカとは。何度でも言うが、これだから後輩(キミ)とは組みたくなかったんだ。はぁ……悪いけど、偵察だけなら一人の方が『動きやすい』。正体がわかったらすぐに戻るから。後輩は援軍に状況を説明しておいてくれ。誰が来るかわからないから、くれぐれも喧嘩しないでよ?」

「あっ、ちょっと! 先輩!?」

 そう言いながら、答えを聞かずに背を向ける。飄風が何かを言っていたが、どうせ文句のひとつやふたつだろう。彼は無視してその霧を追いかけた。


   ★   ★   ★


 路地裏。明るい繁華街の中でも、その路地は店の従業員口が並ぶ、人通りの少ない道だった。慣れた道を歩きながら、まっすぐ進む。と、後ろから、硬い靴の音がすることに気がついた。こんな道を通る人が自分以外にもいたのか、と思いながら、気にせずに歩く。

 突然、目の前に壁ができた。

「えっ」

 黒、いや、黒ずんだ赤色の壁が突如、足元から生えてきたのだ。振り返る。が、その数メートル先もいつの間にか壁で塞がれている。さっき通ってきたはずなのに。

 振り返った目の前に、赤い服の少女が立っていた。瞳は暗い月夜でもわかるほどの赤色。ぱっちりと開いた目にカールしたまつげが付いている。眼を見張るほどの綺麗な金色で腰まである長い髪は、僅かに吹く風にゆらめいていた。背丈はおおよそ自分の胸元にも届かないだろう。真っ赤に染まった服は、ロングスカートのドレスで、全体的にまるで人形のように美しく見えた。そんな少女が、何故かこんな暗い夜道でにこにことしている。どことなく寒気を覚え、思わず口走る。

「一体何が」

 起きたんだ、とは言えなかった。漏れるのは液体が溢れる音。

 激痛が身体を襲う。世界が揺れ。赤に染まる。遠のく意識。ブラックアウトする視界。

 その中で、最後に彼は見た。見てしまった。

 目の前に倒れてくる、首のないジャージ姿の自分を。

 

   ★   ★   ★


「遅かったか!」

 霧のような何かが路地裏に入ってから数秒後、青嵐が路地裏を覗き込むと、壁が路地を塞いでいた。そう、すでに何かが「始まってしまった」のだ。

「ああ、もう!」

 持っている資料を抱えながら、空を見上げる。黒い壁はビルの屋上までは伸びていない。ということは、その気になれば登ることができる。

「オーバーワークで手当を出してほしいものだね、全く」

 つぶやきながら、雑居ビルのベランダが見えた。目を見開き、位置を決め、そのまま跳躍する。瞬間的にベランダへと移動し、更にそこから別のビルの屋上を見上げる。ベランダから見を投げ出しながらそのまま「()ぶ」。


 青嵐。彼は特殊な能力を2つ持っている。これは何も珍しいことではない。

 先天能力、つまり生まれつき持った特殊能力を、人間は誰しもが持っている。が、大抵の場合は それに気づくことなくその生涯を終える。一方で、気づいた人間のうち何人かは後天能力、つまり生まれてから身についた特殊能力に目覚めることがある。これらの違いは、先天能力は、腕を動かしてものを取ったり、脚を使って歩いたりするように、身体の一部と同じくごく自然に使えるが、後天能力は何かしらの代償を必要とすること。人や能力によって、その代償の大きさや質、ものは変わってくる。

 青嵐の後天能力は瞬間移動である。自分の足が地についていない時のみ、視界内の空中を含む任意の場所へと転移できる。これは視界内の位置移動であり、壁の中に埋まったり、転移中に何かにぶつかったりすることはないが、間に障害物が無いことが前提となる。

 そして、その対価は。

「うっ」

 屋上へと移動した青嵐は、その場で崩れ落ち、血を吐いた。彼の後天能力の対価は、「肉体への直接ダメージ」である。何度も繰り返せばおそらく死ぬだろう。彼が1日に転移できる限界は調子がいいときで精々3回、調子が悪いときは1回も跳ぶことができない。1回使えば頭痛と腹痛が襲い、2回使えば骨が幾つかヒビが入り、場合により内臓に支障が出ることもある。3回も使ったものなら、確実に長期入院レベルの治療が必要になる。

 今日はさらにもう一回、転移をしなければならない。その後、きっと意識を失うだろう。入院生活を思うと憂鬱だが、やはり後輩を残してきて正解だった、と彼は思った。ついでに資料も預けておけばよかった、と苦笑しながら、血がかかって汚れないように封筒をしっかりと小脇に抱え込んだ。

 血が一度に大きく抜けたことによる身体への負担と倦怠感を抱えながら、なんとか両足で立つ。大きく肩で呼吸をしながら、壁で閉じられたほうの屋上のへりへと向かう。折れたのは肋骨だろうか。妙に胃のあたりが痛む。脚や腕には幸いなことに支障が無いが、連続で跳んだことで、頭痛と腹痛が襲ってくる。それに耐えながら、なんとか雑居ビルの屋上から路地裏を見下ろすと、辛うじて状況が見えた。

「おそ、かった、か……」

 肩で息をしながら、下の惨状を把握し、つぶやく。すでに青年の頭は胴体から離れていた。それだけではない。首元から股下までが大きく切り開かれており、今まさに中の臓物を引きずり出している異物が目に入る。その異物は、人のように見えた。僅かな光源しか無いため断定はできないが、ドレスのようなものを着ているようにみえる。暗くて他はわからないものの、臓物を右手に持ち、左手にナイフのような何かを持っているように見えた。

 と。

「!?」

 首がこちらを向く。目が合う。暗い影からでもわかる赤い瞳。それは明らかな異質。

 まずいと思う前に背を向け走り出した。戦うなんて無謀なことは考えない。逃げて情報を持ち帰る。そのために、身体の節々が悲鳴をあげるのを無視し、胃の中からこみ上げてくる何かを無理矢理抑え、屋上の縁から身を投げた。公園のグラウンドを見て、「跳ぶ」。直後、視界が暗転した。ブラックアウトした視界の外で、先程まで会話していた後輩の声が聴こえた。だが、反応する間もなく、胃からこみ上げてくる衝動に耐えきれなくなる。

「あ……ん!? しっ…てく…い!! いっ…にが! き……い……きゅう…! …!!」

 胃の中のものだけでなく、自身の血まで吐き出される。

 色あせていく世界の中、ほんの僅かに人の気配がした。きっと後輩だろう。彼女はあれでいて優秀だからな、あとは任せよう、と心のなかで笑いながら、最後の力を振り絞り、声をだす。たった三文字。

「に……げ…ろ」

 声が遠のいていく。何かを後輩が叫んでいる。だが、それよりも猛烈な倦怠感が身体を襲う。そのまま、青嵐は意識を手放した。

間に入れ忘れていたので割り込み投稿をしてみます。

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