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万屋少女は微笑まない  作者: 黒崎 千弦
3/14

1-2

 午後九時。

 コンクリートと淫靡な電飾にまみれた歓楽街を男女が歩いていた。居酒屋、夜の店、そして大人向けのホテルが立ち並ぶこの通りで、路上に数多いるキャッチたちはいずれも、二人の姿を見て声をかけるのをためらう。女の方は長い筒のようなものを持っていた。見る人間によってはポスター入れにも見えただろう。黒い長筒を背負った少女と言っても過言ではないだろう背格好の若い黒髪の女は、黒いタンクトップ、デニム生地のショートパンツの上から有名私立高校のジャージを羽織っていた。明らかに外見、衣服が未成年である。もう一人は至って普通の外見をした青年だ。カジュアルなジーンズに黒い上着、胸元には指輪のネックレスをつけ、おしゃれというものを意識していることが伺える。ツーブロックショートの茶髪に、整えられた薄く細い眉、そして獰猛な獣のような鋭い目は、きっと見た女性を虜にするであろう。ただし、黒い上着の下から見える、デフォルメされた謎の動物がプリントされたTシャツさえ着ていなければ、であるが。

 二人は紙の地図を見ながら、やがて小道へと入っていく。鬱陶しく発光を繰り返すネオン街から外れた暗い路地裏でも時折、歓楽街の雑踏から漏れる騒音が微かに聞こえる。それでも、さらに小道を一本入れば人気が全く感じられないことに、段々と不安が浮かんでくる。

「本当にこんなところにいるのか?」

「わからないから調べるんでしょ?」

 優衣の右を同じ速度で歩きながら、剣崎(けんざき) 直也(なおや)は呟いた。そのつぶやきに少女は退屈そうに返す。

 彼は大道芸人である。ただしその前に「売れない」と付いてしまうのは、トーク力がなく向いてないからか、『SHANGRI-LA』で働いているバイト代の方が収入として上回っているからか。最近では路上でのパフォーマンスもめっきりしなくなった。

 優衣は直也にとっては後輩である。能力者としての知識や経験は、圧倒的に直也の方が多い。そもそも彼女が能力に目覚め、今の生活を送るようになった原因には直也も関わっている。本来であれば今頃、至って普通の学生生活が送れていたはずの彼女を、能力者として目覚めてしまったことで彼には多少なりとも責任を感じており、いつの間にか祥子と共に面倒を見るようになっていた。そういった諸々の事情も含め、今回、補助要員として選抜されたのは直也だった。能力的にも相性は悪くない。

 だからこうして、隣を歩いているのだが。

「それよりさ、私の代わりに調べてきてよ。私コンビニにいるから」

「ばっか、お前、俺が襲われたらどうするんだよ」

「大丈夫。直也なんて襲う物好きいないって」

 優衣の扱いが酷い。いつものことである。が、今日はやけにその雑な扱いが多かった。特に路地裏に近づくに連れからかう回数が増えている。

 怖いんだろうな、と内心思いながら、優衣のそばを離れないように歩く。正直、胸ポケットに入れているタバコを吸いたい気分だった。

 ポケットに突っ込んでいるガムを取り出し、口に放り込む。

「タバコ、吸わなくて平気?」

「今日だけ禁煙中だ。匂いで呼び寄せたくないからな。そのイカれた殺人鬼さんとやらを」

 ふーん、と返す優衣にもガムを差し出す。優衣はそれを受け取りながら、口に入れると少し顔をしかめた。

「にっが。ブラックガムじゃんこれ。甘いの無いの?」

「夜の仕事にはちょうどいいんだよ、目が冴えるぜ」

 そう返しながら、入り組んだ路地裏を進む。正面に路地裏の出口が見えた。あえてふたりはそれを無視して右に曲がる。

「私達、どこまでいくんだっけ?」

「あー……ちょっと待ってくれ」

 地図をちょうど近くにあった室外機の上で広げながら確認する。ライト代わりの携帯電話の照明で照らし、自分たちが歩いてきた道を確認する。

「二つ目の角を右、次を抜けてとりあえず終わりだな」

 犯行が行われるかどうかもわからないが、事件が起きたときにいち早く対応するためという意味もあり、『SHANGRI-LA』に所属する人間総出で捜索することになった。ただし、相手が何かわからない以上、二人一組で行動することを祥子は厳命した。極力戦闘はさけるように、とも。

「探偵さんとかもこの案件かかわってるんでしょ? 大変そうだよね。あそこ、人間はひとりでしょ?」

「黒重さんのとこか。戦闘さえ考えなければ捜索は鼠やカラスにやらせればいいんだし簡単じゃないのか?」

「見つけちゃったらヤバくない?」

 今回、共に捜索をすることになった知り合いを話題にしながら、ちょうど曲がる角に近づいたときだった。

 直也が立ち止まる。それを見て、優衣も異変に気づいた。

「臭うね」

「気づいたか」

 濃い血液の匂い。それがどこからか感じる。だが、様々な匂いが入り交じったこの繁華街で、果たしてどこから匂いがきているのか。そこまではわからなかった。

「あれ?」

 右に曲がろうとして、優衣が立ち止まる。

「どうした」

「見て。行き止まり」

 本来、そこに壁などはなく、右に曲がれば更に道が続くはずだった。だが、今は少し進んだところに壁が作られている。土、だろうか? 赤色の少し荒々しい断面の壁が作られており、その先は見えなかった。

 ふたりは自然と上へ目線を向ける。が、八階建てのビルと同じ程度伸びているその壁の先がどうなっているのか、知ることはできなかった。軽く叩いてみれば、鈍い硬質な音が路地裏に響く。見たことも無い材質で、音や見た目と違い、触れると滑らかに感じる。

「たぶん、この奥、だと思う」

「回り道してみるか?」

「そうだね。そうしよう」

 ふたりで迂回路を探しながら、真っ直ぐ進む。

 交通量の少ない表通りへとつながっている道へ出ると、少なからず帰りを急ぐサラリーマンや塾かバイト帰りだろう学生らしき姿がちらほらと伺える。毎回、関連性のない人間が無差別に襲われていたことを思い出しながら、優衣は駆け出す。嫌な予感がする。早く行ったほうがいい。

 最初の角を右に。そのまま走りながらもう一度右に曲がろうとした。

 壁である。数m先に同様の赤い壁ができている。

「うそ」

「おい……はぁっ……ちょっと、まて、って……はぁっ……」

 肩で息をしながら辛そうに顔を歪める直也の手から、地図をひったくると、が顔をしかめる。

「そんなはずはない、うそでしょ?」

「何が、だよ」

 息を整えきれていないながらも、地図を覗き込む。自分たちのいる場所を確認し、間違いなくここだと指をさす。

 目の前には、道があるはずだった。少なくとも、地図上ではそう書かれている。

「壁ができてる」

「おい、見てみろ」

 直也が指差したのは、壁とビルの境目だった。ちょうど裏口の扉だろうか。そのちょうど真ん中から壁が作られていることがわかる。外開きの扉はこれでは開けることができないだろう。

「なんでこんなところに。もしかして、能力?」

「おそらく、な」

 直也がポケットから折りたたみナイフを取り出し、壁をひっかく。が、傷一つつけることができなかった。

「ちょっとどいて」

 優衣が思いきり殴りつける。が、壁は硬質な音をあげるだけでびくともしない。

 それを見ながら、直也がおもむろにナイフをポケットへしまうと、スマートフォンを取り出す。画面は圏外を示していた。

「優衣、構えておけ。祥子さんに応援を頼んでくる」

「わかった」

 彼はスマートフォンを片手に、歩きながら振り返る。

「いいか、勝手に動くなよ? まだ構えるだけだ。何かあったときのためにな」

「わかってるよ」

「なんかあったら表通りまで逃げろ。お前の能力なら逃げ切れるはずだ」

「大丈夫だって。もう、心配しすぎなんだから」

「いいか、絶対だぞ、何があっても、俺が来るまで戦うなよ。いいな?」

 表通りへと駆けながら優衣へと何度も念を押す。

 事は急を要する。犯人がまだ中にいるかもしれないのだ。が、この壁をふたりで登る手段を、お互いに持っていなかった。そう、ふたりで登る手段は。

 直也が走り去る足音が消えたのを確認して、優衣はポスター入れを下ろす。円を描くようにチャックを開けると、そこから覗くのは鉄パイプだった。まるで中身がさも当然であるかのようにポスター入れから鉄パイプを取り出す。よく見ると中央に切れ目があり、さらにパイプの先端から数センチ内側には、両方共にパイプを覆うような黒く薄い金具が取り付けられている。この黒い金具にも切れ目とよく見るとへこみがある。なんのためらいもなくそのへこみを彼女が押すと、切れ目の部分が浮き上がり、まるで取っ手のようにパイプに対して垂直に跳ね上がった。パイプとちがって四角くごつごつとしたそれに、何かがはめ込まれるような小さい音がする。同時に、取っ手の先が少し沈む。同じように反対側もへこみを押してやり、取っ手の先が少し沈んだことまでの一連の流れを確認し終えてから、真ん中にうっすら見える切れ目を境目に両手で持ち直す。真ん中から左側を固定し、半時計にくるりと回すと、鉄パイプはふたつにわかれ、まるでトンファーのような形状になった。

 これが、優衣の専用の武器である。折りたたみ式であり、非常に優衣の能力と相性がよい。

 来た道を軽く駆け足で戻り、振り返ると壁を睨みつけた。姿勢をほんの少し下げる。

「ごめん、直也」

 そうつぶやきながら、思いきり壁へと駆け出した。そのまま壁の数歩手前で地面を蹴る。通常の垂直跳びを遥かに超える高さまで飛び上がり、右側のビルに身体を向けるようにひねりながら三角跳びの要領で赤い壁を蹴りつけた。おおよそビルの二階くらいだろうか。その高さまで飛び上がると、今度は赤い壁に身体を向けながらビルの壁を蹴る。跳ぶ。蹴る。跳ぶ。ひたすら同じ要領で繰り返す。屋上の高さまで跳ぶと、最後の一蹴りで赤い壁を思いっきり蹴りつけた。身体を空へと向ける。そのまま背面跳びの要領で屋上の落下防止柵を飛び超えるが、そのまま頭から落ちていく。

「おっと」

 頭からコンクリートの地面に衝突する直前で、トンファーで地面を殴りつける。更に脚から宙へと飛び上がると、そのまま放物線を描きながら右足からきれいに着地した。目の前数センチのところに落下防止柵がある。あとほんのすこしでもずれていたなら、腰の高さまでしか無い鋼鉄の柵ぶつかっていただろう。もっとも、彼女にとってはぶつかったところでどうということはないのだが。

 数歩後ろへ下がりながら、あたりを見回す。柵越しに背伸びをしながらビルから見下ろすと、まばらな人たちが行き交うのが見える。それに加え、直也が電話をしているのが遠目に見えた。それに背を向けると、薄暗い路地裏が見える。さらに、濃い血液の匂いを感じる。

 おもむろに壁の近くの落下防止柵へと近づく。壁は柵の手前まで食い込んでいる。柵を乗り越えると、食い込んでいる壁の近くでしゃがみ込んだ。

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