奇妙なことに、合縁奇縁
「あ、ども。ここ、空いてますよ」
あの人は私に空席を教えてくれた。もちろん、見ず知らずの人だ。名前も知らないし、聞くことも無い男性。歳は見た感じで30代後半といった所。普段着でもジャケットを着飾って、やや淡い色のシャツで身を包んでいた。
私はネット検索を使って、ランダムに舞台やライブ鑑賞を楽しむのが趣味だ。そこで出会う人なんてのは、大抵は一度きり。友達でも無ければ、二度以上会うことが無いと思っている。ただし、趣味趣向が合致していれば、同じライブで出会うこともある。それでも隣に座って来ることはほぼないものだ。
同じ会場にいたって、会えないことの方が確率としては高い。つまり、知り合いにでもならない限りは、会うことが無いはずなのだ。
「あ、あなたはこの前、隣に座られた方ですよね? 奇遇ですね」
知り合いじゃないし、知った仲でもない。でも、人って案外覚えているもの。相手の名前も知らないのに、顔とか特徴で覚えているものらしい。この人は私のことを覚えていた。だからと言って、私にとってはどうでもいいことだった。目的はライブ鑑賞であって、この人じゃない。だから、いちいち覚えないし話さない。
話しかけてきたけど、そうだったかな。程度の、会釈で済ませた。そんなものだと思う。だって、知り合いじゃないから。まして、異性の方だったから記憶には残さない。
数か月して、私はライブに行く余裕が日常の中で生まれなくなっていた。何故なら、今までライブに使っていた時間に仕事を入れたから。仕事と行っても、常にあるものではなく、いわゆるイベント向けの仕事。
イベントは沢山あった。その中で私の初めの仕事は、キャンペーン向けの試飲をしてもらう担当だった。名のあるモデルが表に立つ裏で、私や他の方はひたすらにドリンクを準備するといったものだった。
小さなテントの中で時々、休憩をする。季節が夏だったということもあり、こまめに水分補給をした。この時、テントにペットボトルを運んで来る男性たちが数人いた。イベントとは、男女それぞれで役割が違う時がある。男性は主に荷物を担当することの方が多い。
「あれっ? あなたは……見覚え有りますよ。ライブでお見かけしましたけど、覚えてますか?」
全く知らないと言えば嘘になるかもしれない。最初にそれを聞いた時は、ナンパかと思った。イベントで仕事する男は、それが得意な奴もいるからだ。
「いえ、ごめんなさい」
顔はどこかで見た気がする。そんな程度の記憶。声だって覚えてない。それも数か月以上も前のことだし。いちいち覚えてない。まさか3度も会うことになるとは思ってなかった。何の縁なのか。
でも、続いた。奇妙な縁は私を苦しめた。イベントの仕事は希望した所に必ず入れるわけじゃ無い。空いた枠の中に入れるものだ。私が希望した場所には入れなかったものの、別の会場でアンケートを取る担当となった。
「おおっ! この間、お会いしましたね。さすがにここまでの縁だから、自己紹介でもしません?」
「結構です」
縁はいいものと悪いものがある。望む望まぬに関わらずに、どういうわけか縁が生まれるものなのだ。正直言って、この人との縁は最悪と言っていい。別に何かしたわけじゃない。だけど、何でか出会う。
希望もしていない。出会いたいとも思わない。それなのに、イベントの種類、場所が違っていても出会ってしまった。その度に、彼は嬉しそうに名前を名乗ってくるようになった。私は相手にすらしなかった。
そもそも何の因果があって、出会っているというのだろうか。いい意味で合縁奇縁をしたいのに。
「いやーここまで何度も出会ってるってことは、運命かもしれないですね」
「……」
何も言わない。言いたくない。どうでもいい。何とも思わないし、運命だなんて感じたくも無い。もしかしたら、この男は私を追って来ているんじゃないか? そう思えてきた。
さすがに気味が悪くなって、イベントの仕事をやめた。空いた時間に、少しの小遣い稼ぎ。それが目的だったのに、何故やめなければならなかったのか。私は運命を憎んだ。
こんなに人口がいて、広い都市部なのにどうして出会うのか。本当に分からなかった。そして、あの人との奇妙な縁を感じたのは、あの場所で出会ったことだった。
年末の宝くじ。これを毎年のように購入していた。売場にこだわっていた訳じゃない。だけど、今回に限っては、知り合いの勧めで当たると言われている駅前の売り場に並ぶことにした。
前の人の背中とスマホを見ながら、売場口まで進んだその時、あの人がいた。男性で宝くじの窓口にいるということは多くない。けれど、いた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、枚数をおっしゃってください」
声を出したくない。出来ることならば、隣の窓口で購入したい。でも、並んだ列の窓口で買わないといけない。仕方ないけど、声を出して購入をすることにした。相手はいちいち顔なんて見ないはず。そう願った。
「はい、連番が30枚ですね……って、あれ? お久しぶりですね。おっと、当たりますように!」
「……」
こんな縁なんていらない。宝くじ売り場にすらいるなんて思わなかった。二度と会いたくない。見たくも無い。そもそも名前も覚えてない。それなのに、どうしてですか。運命も縁も全て、いりません。
それとも日本に住んでる限り、縁はどこかで生まれ、どこかで出会う運命なの? それが決め手だった。私はしばらく引きこもりになった。外に出れば、たとえ近所のコンビニですらも出会うかもしれない。そう思うと、外に出ることが出来なくなった。
望まぬ縁は、運命では無い。思いながら一年ほど経ったある日のスーパー。奇妙な縁がそこに在った。