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シャルトル家のタケル  作者: 七夕 アキラ
第1章 転生と幼少期編
7/189

1ー7


 屋敷にアルバンとアルフォンスを運び、集中治療を行ってから5日目の朝方。残念ながらアルバンは死亡した。火傷だけなら助かったかもしれない。

 その死因は火傷した場所から細菌による感染症が原因だった。この感染症は魔法薬では治す事が出来ず、抗生剤を調薬する必要があった。


 俺も調薬しようと思ったんだけど、残念な事に調薬に必須なレシピが分からなかった。火傷そのものは中級生命薬で順調な回復をしていただけに無念。

 オレリアから借りた上級魔法薬書や、陛下に理由を話して王城の書庫にあった薬大全集を読ませてもらったけど記載されていなかったのだ。


 そして現在の時間は正午。アルフォンスは朝から父親の遺体の前で泣き続けて、泣きつかれて寝てしまっている。今後はアデラールとフラヴィが後見人として面倒を見る事になった。

 これは2人からの申し出だ。アルフォンスは身体を綺麗にする事も忘れたような状態で起き次第、風呂に入れるようにとトオルが指示。


 そして俺はほとんど不眠不休で抗生剤のレシピ探しをしていたせいで、少しでも気を抜けば寝てしまいそうな状態で食事をしている。

 セリーヌが疲労を考えて温かい具沢山の野菜スープと、エクトルが仕留めた鹿肉のステーキ、噛み心地なしの柔らかいパン、そして蜂蜜を多く使った甘いアップルパイ。


 こっちの世界でも、ほとんどの野菜や果物は日本と同じ物が存在している。転生者であるトオルは、料理が趣味だったらしく日本に存在したメニューを再現していた。

 俺の前にだけ置かれたアップルパイは、セリーヌがトオルから教わって作ってくれたのだ。感謝、感謝。


「タケル、大丈夫?」


「あぁ、大丈夫だ」


 かなり酷い状態なのか、セリーヌが何度も同じ質問をしてくる。それに答えながら、俺はいつもより時間を掛けて食事を行う。

 全て食べ終わったのは、いつもよりも20分近く時間が経過してから。


「タケル、隈が凄いから一眠りしなさいな」


 食器を片付けようとしたところで、オレリアから指示があった。別に指示ではないんだけど、有無を言わせないような迫力が。


(気遣ってくれているのかもしれないけど、威圧するような雰囲気を全身から放射しないでくれ)


 俺はイスから立ち上がり、何度も身体を左右に揺らしながら、やっとの思いで部屋にたどり着く。このまま寝たいけど、噛む噛む茎を乾燥させた物で歯をブラッシング。歯ブラシみたいに毛はないけどね。

 ブラッシングを終えたまでは良いけど、着替えるのも面倒で仕方ない。このまま寝ると、服が皺になるけど気にしない事にしよう。


 ベッドに潜り込んですぐに全身を襲ってきた疲労と眠気が。もう思考するのも面倒になって、眠気に身を委ねた。


(5歳児の身体に5日間の不眠不休は無理だったな)


 今更ながらに、そんな事が頭を過った。だが、それを認識する暇もなく、久しぶりの睡眠へと着いたのだった。




 自分でも気付かない程の熟睡を経験する機会は滅多にないと思う。俺はそれを初めて味わった。どれだけ寝たのかは分からないけど、不意に目が覚める。

 その原因を確かめようと思うのと同時に、何故か胸の前が暖かい。しっかりと布団を被っているからでは説明が付かないくらいに。


 しかも、どういう訳なのか何と柔らかい。ここまで感じ取ってから、右腕が急に痺れてくる。


「んん〜」


 ここ最近になって聞き覚えのある声が右腕の方から聞こえてきた。左手で布団を剥ぐと、それが何なのか判明。


「俺は自分の部屋で寝ているんだよな。どうして俺のベッドにセリーがいるんだ?」


 誰も答えてくれる人がいない。彼女が身体を密着させているせいで、やけに暖かかった訳だ。


(起こした方がいいか)


「セリー、起きろ」


 左手でそっと揺する。


「う、ん。ん?」


「セリー、起きろ」


 もう1度同じ言葉を繰り返して、今度は少しばかり強めに揺すった。


「たけ……る?」


「あぁ。俺だよ」


「起きたの!?」


 どうして疑問系による確認なのやら。だが、そんな思考はすぐに消えた。驚いたような表情を見せたかと思うと、いきなり涙目になって抱き付かれる。


(えぇっと。どういう状況だ?俺は1人で寝たはず。それなのに、どうしてセリーと同衾しているんだか)


「どうして涙なんか見せるんだ?」


 ベッドの中で思い切り抱き付かれて、聞き返してみる。ついでに、この時になって気付いた。右腕が痺れている理由は、セリーヌの腕枕になっていたせいだと。


「3日3晩ずっと眠っていたの。どんなに揺すっても起きないから、どれだけ心配したと思っているのよ」


 俺的には1日ぐっすりと眠っていたつもりなんだけどな。言っても無駄かな。いつの間にか、カーテンも閉まっているし、隙間から太陽光が部屋に差し込んでいる。


「ごめん。5日間も不眠不休だったから、そのせいで寝続けたんだと思う」


 とりあえず、いつまでも抱き付かれた状態で涙まで見せられると居心地が悪い。落ち着かせようと別の話題を振ってみよう。


「アルフォンスは?」


「タケルが起きないまま2日が過ぎた頃に、ようやく落ち着いたみたい。今でもご両親を想って泣く時があるけど、アデラールさんと、フラヴィさんが面倒を見ているわ」


 落ち着いたなら、今後どうしたいかの意思確認を行った方が良いだろうな。親戚がいるなら、手紙を出して迎えに来てもらおう。

 このままシャルトル領に残るつもりなら、屋敷の仕事を覚えさせて執事と教育するのも悪くないだろうな。


「セリー、起きれるか?右腕が痺れて辛いんだけど」


「ご、ごめんなさい!」


 今頃になって俺に抱き付いたままだと思い出したのか、顔を真っ赤にしてベッドから下りてくれた。


「今何時くらい?」


 欠伸をしながらも、聞いてみたけどカーテンを開ける音が返事だった。かなり眩しい。陽当たりの様子からしても、もう昼は過ぎているくらいか。


「すぐにお昼を準備するから。ずっと寝たままだったから、胃腸を驚かせないようにスープで我慢してね」


「分かった」


 パタパタと厨房に向かう姿を見送り、ベッドから出る。窓の外の方へと向かうと、何やら気合いの入った声が。


「はああぁぁぁ!てや!っせい!」


 窓を開けて声のする中庭の方に視線を向けると、そこには焦げ茶色の髪をした少年が木剣を振るっていた。その動作はトオルやエクトルが使うシャルトル流剣術の型。


「1つ1つの動作を正確に。決して流れ作業にするな」


「はい!」


 トオルの声を聞きながら、少年をしっかりと見る。最初は誰だか分からなかったけど、声には聞き覚えがあった。


「タケル様、入っても宜しいでしょうか?」


 誰だっけなと思い出す作業中に、廊下からアデラールの声が掛かる。


「鍵なら開いているよ」


 入室を許可すると、コップと薬包を持って入ってくる。その表情は安堵していた。


「ずっと眠り続けていましたから、大変心配しておりました。お加減は大丈夫ですか?」


「平気だ。外にいるのはもしかして」


「はい。トオル様とアルフォンスです」


 やっぱりか。泣き声しか覚えていなかったけど、どうやら彼で間違いない。


「食事の前にこちらの薬を。オレリア様が調薬された眠気覚ましです」


 渡された薬包を受け取って、コップのお湯で一気に飲み干す。少し苦味があるけど、これくらいは我慢だ。


「あれは?」


 具体的な言葉にしなかったのに、アデラールには通じたようだ。


「アルフォンス君が、トオル様とエクトル様に剣術を教えて欲しいと申し出たのです。それを快諾され、あぁして剣術訓練に精を出しています」


 自分に力があればと考えた結果なのか、あるいは両親の死を何とか受け入れようと工夫しているのか。俺には区別が付かないけど、少しでも前に進むきっかけになればと思う。


「食事の準備は?」


「セリーヌ様がしておいでです。そろそろ出来る頃かと」


 廊下から漂ってきたスープの匂いに、急激に空腹を覚えた。今の時点で4日振りの食事。今まで何も口にしていないから、今から楽しみだ。

 俺は皺になっていた服を素早く着替えて、食堂へと向かう。食後の予定を考えながらだけどね。




 セリーヌが用意してくれていたのは、最後に食べた野菜スープだ。ただし、今回は野菜ばかりでなく少量の肉が入っている。

 時間を掛けてゆっくりと食べ終わった頃には、俺が起きたという話を聞いたエクトルとアリソンが駆け込んできた。


「タケル!」


 野菜スープの椀を空にして置いた直後、思い切りアリソンに抱き締められた。いきなりの行動だったせいで、身動きする余裕もない。

 力一杯に抱き締められたけど、首をホールドされて息が苦しい。何度かアリソンの背中をタップするけど気付いてもらえず、あやうく窒息し掛けた。


 慌ててエクトルが引き剥がしてくれなかったら、たぶん気絶していただろうな。その後エクトルとアリソンから、今後は無茶をしないようにと何度も念押しされました。

 食器を片付けた後、俺は中庭へと向かう。トオルから剣術を習っているアルフォンスの様子を見る為に。中庭に到着した時、丁度小休憩になったようだ。


「祖父さん」


「タケル!目覚めたか」


 トオルに声を掛けると、驚いた表情を浮かべて走ってくる。


「今さっきね」


「身体は怠く(だる)ないか?」


「大丈夫だよ」


 5日間も眠り続けたせいで、少しだけ痩せているけど特に異常などはない。


「そうか。良かった」


 ようやく安心したのか、頭をわしゃわしゃと撫でくりまわされた。気が済むまで待ってから、アルフォンスの近くへと向かう。


「この度は大変ご迷惑をお掛けしました」


 俺が近くまで歩み寄った瞬間、アルフォンスは急に頭を下げた。父親の治療に関しての言葉だろう。


「両親を助けられなかった。すまない、俺の力不足だ」


「いいえ!」


 自虐的な発言をしたつもりはなかったけど、彼は勢い良く頭を上げて否定する。


「タケルさんが魔法薬で治療してくれたお陰で、少しでも父さんと一緒にいる事が出来ました。本当にありがとうございます」


 こう直球で感謝を向けられる事ってなかったんだよな。どんな言葉を掛ければ良いか分からず、つい同じ5歳児だという事を忘れて頭を優しく撫でてしまった。


「祖父さんから剣術を学んでいるのか?」


 話題転換の為に分かりきっている事を聞くと、彼は首がもげるんじゃないかと心配するくらいに何度も頷く。


「もう2度と自分の力不足で大切な誰かが傷付いたりするのは嫌だから」


「そうか。無理はしないようにな」


「はい」


 今更だけど、アルフォンスが俺にまで丁寧な口調な事を聞いてみた。すると、貴族の子息だからではなく、恩人だからだという。

 俺としては彼の両親を救えなかったけど、アルフォンス自身はそう思っていなかったらしい。その後、小休憩が終わって再開した彼の剣術修行をしばらく見学した。

 ちなみにアルフォンスは焦げ茶の髪に翡翠の瞳をした中性的な少年だと付け加えておく。




 アルフォンスの剣術修行をしばらく見学して、俺は自室へと戻った。ベネトーから買った薬草の状態確認だ。眠り続けている間に、オレリアが粉末加工をしてくれた様子。

 そこで俺は、土石を持って再び中庭へと移動。修行の邪魔をしないように気を付けながら、土の状態が悪そうな場所に土石を置いた。


 微量の魔力を流し込むと、土石が茶色の薄い光を放つ。これだけかと思っていたけど、変化は確実に起こった。目の前で土が耕されていき、あっという間に立派な腐葉土に。

 枯れ葉などなかったのに、見事な腐葉土。これもファンタジーって事で納得した方がいいのか疑問だよ。腐葉土になった場所は土石を中心とした直径2メートル程だけ。


 これは魔力量を制限した結果かもしれない。そう考えて今度は既にある栽培用畑から、距離を置いた場所に柵と囲いを準備。

 今度は魔力量を多めにして置いてみる。すると変化はあっという間だった。直径10メートルのふかふかで、ふわふわな腐葉土の完成。


 疑問として直径状にしかならない理由は不明だ。その為にわざわざ鍬を持ってきて長方形の形に、均等に土を調整していった。

 さて、ここからどうしようか。ククの苗とロアエを埋めても良いんだろうけども、ククは成長すると大きな樹へと育つ。そうなると場所を取るからな。逆にロアエは群生しやすく、横に広がりやすい。


(むむむ。本気でどうしようか悩む。ククは土の状態にも影響されるけど枝葉が、横に4〜5メートルにもなる。そうなると、ロアエの陽当たり状況が悪くなるし。うむむむむ)


 俺が1人で頭を抱えるようにして考え出すのを待っていたかのように、セリーヌがひょっこりと顔を出した。


「タケル」


「セリー、どうしたんだ?」


「何を植えようか悩んでいるなら、ルキッソや昏倒草なんてどう?」


 ルキッソも、昏倒草も上級魔法薬の材料となる薬草。栽培する事は問題ないけど、種から育てる必要がある。それに徹底した温度管理も。しかも採取が可能になるまで、場所によっては年単位になりかねない。

 それを考えると、つい敬遠したくなってしまう。特に昏倒草は薬の種類が限定される。治療薬と劇毒のどちらか。治療薬なら、迷宮(ダンジョン)に挑む冒険者向け。


 しかし劇毒の方となると、誘拐、拉致、暗殺などに悪用される。一応、自白材の元にもなるけど、使ったら必ず中和剤が必要になる程。


(ん?ちょっと待てよ。何で上級魔法薬に使う中でも栽培に気を使う2種類なんだ?)


 俺が何かに気付きそうだと察してなのか、焦らす事もなく情報を開示してくれる。


「実家から持ってきた栽培用の種に混ざっていたの。他には魅了草の種もあるけど?」


(セリー、分かって言っているんだろうか。魅了草は惚れ薬と媚薬の材料しか使い道がないんだけど)


 も、もしかして。これはセリーからのアプローチなのか!?でも、お互いにまだ成人年齢である15歳まで10年もある。それを待てないとでも考えているって事!?

 ど、どうしよう。どう返事をしたら良いんだろう。


「そんなに難しい顔をして、どうしたの?具合でも悪い?」


 心配そうに顔を覗き込んでくる。うぐぐ、今はヤバイ。顔が真っ赤になりそうだ。でも、このままってのも。


(ええぇい。もういい、指摘しよう。そうしよう)


「セリー、魅了草は惚れ薬と媚薬にしかならないん……だけど」


「…………ちょ、ちょっと待って!別にそんなつもりで言ったんじゃないの!」


(そ、そんなつもりって。どんな事を考えていたんだよ!?)


 お互いに顔を真っ赤にして、数分間フリーズ。最初に再起動を果たしたのは俺の方だった。


「こほん。せ、セリー。他に種って持ってきている?」


「え?えぇ。灼熱花や紅色筒とかもあるけど。他には――」


 俺の質問で再起動したらしいセリーヌが答えてくれたのは、意外にも全て栽培が難しい種ばかり。ちなみに彼女にこれらの種を渡したのは、何とボーヴェ男爵婦人らしい。何を考えていたのやら。

詳細な治療シーンもかんがえたのですが、グロ要素が多くなりそうだったので、カットしました。

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