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シャルトル家のタケル  作者: 七夕 アキラ
第1章 転生と幼少期編
6/189

1ー6


 オレリアの転移(テレポーション)で、屋敷に帰ったのは全ての褒美を受け取った後の事だ。王都散策をしても良かったんだけど、上級魔法薬の方にばかり気を取られていた。

 自室に陛下からの褒美を置いて、窓を開けると何かのメモを手にしたミラベルの姿が。あれっと思っているとセリーヌの姿もある。


「2人ともどうしたんだ?」


 少し大きめの声で呼び止めるようにすると、セリーヌが俺の失念していた事を思い出せる単語を放ってくれました。


「商隊が村に到着したの。これから足りない日用品や調味料とかの補充に行ってくるから」


(商隊?あぁ、着いた――風邪薬の委託販売!!)


「俺も行く!」


「え!?」


 セリーヌが驚いたような表情を浮かべたけど、それに答える時間が惜しい。準備しておいた風邪薬を3日分ずつに封筒に入れて、大慌てで自室を飛び出す。


「お待たせ」


 2人は俺が声を掛けた時の場所から動かずに待っていてくれた。それに感謝しつつ、商隊が到着したという村へと向かう。

 領内には我が男爵家の屋敷と、2キロ離れた場所に村があるだけだ。その村の方に商隊が到着したみたい。


「何を焦っていたの?」


「風邪薬の委託販売を忘れていた。薬は作っておいたから、後はそれを行く先々で販売してもらおうと思ってね」


 セリーヌは一瞬だけ小首を傾げたが、俺とエクトルの会話を思い出した様子で「あぁ、そうだったわね」と呟いた。村に着くと、既に領民いや村民の姿を発見。。彼らが商隊に殺到している姿が。商隊は2頭引きの帆馬車が縦1列に6台だ。

 人口そのものは多くないけど、こうして商隊が到着した時にのみ出来る列を見ると、こんなに領内に人がいたっけかなとつい疑問に思いたくなるね。


 村人達はそれぞれに小さな畑を保有し、そこで採れた野菜や森の中で採取した薬草や花なんかを売っている。もちろん売るだけじゃなくて、商品との交換も行うけど。


「っお!若様じゃねぇか」


 俺の姿を見付けた顔馴染みになった商人の1人が声を掛けてきた。25歳で商会を立ち上げ、商隊に混じって方々に商品を販売しに来る若い男性商人。

 若いと言っても今年で32歳になるんだったけな。その周囲には商隊護衛に雇われた剣士や弓兵の姿もあるけど。


「若様が欲しがりそうな薬草を何種類か仕入れて来たぜ。ついでに、これはお土産だ」


「ベネトー、いつも悪いね」


 商人の名前は聞いていないから、姓だけしか知らない。


「良いって事よ。先にお土産から渡すぜ」


 ちなみにベネトーの帆馬車だけは、1頭引きだ。最後尾の馬車は彼の所有で、そこでゴソゴソと何かを探していた。

 それも俺とセリーヌが近寄った頃には終わっていて、少し古めの麻袋を手に振り返る。


「冒険者の友人が分けてくれたんだが、オレには使い道がない。ただし、若様みたいに魔法薬を作る人間には、必須だと思ってな」


 渡された麻袋を受け取り、すぐに見て良いかを聞くと自慢気に頷いていた。


「こ、これは!」


 袋の中身は、俺の拳くらいの大きさの風石が2つと貴重とされる水石が1つ。さらに、薬草や花、野菜などを育てる時に土を一瞬で腐葉土に変えてくれる土石が1つ。

 風石に関しては多少値段が高くても買おうと思っていたし、土石は村人達の畑を耕す手間を簡単にしてくれる便利物だよ。


「これがお土産って本当だな!?」


 そもそもこういう魔石とも属性石とも呼ばれる物は、非常に高価であり、迷宮(ダンジョン)などでしか手に入りにくい貴重品。基本的には魔石という呼び方が多い。

 特に水石は井戸や川がない村や街などにおいて、魔力を込めるだけで綺麗な水を発生させてくれる。大きさによって紫ルピー7枚か銀ルピーになるけど。


「本当だぜ。さてと若様、今度は商談のお時間だ」


 とりあえず魔石をミラベルに預けようと振り返ったら、食料品販売の帆馬車の方へ行っていた。仕方ない、自分で持ったままいよう。


「見せてくれ」


「はいよ!」


 ベネトーが埃避けに被せていた布を退けて、用意してきたという薬草を見せてくれた。




 ベネトーから買った薬草は、グムト、ゴンゴ、ロドの3種類を6つずつ。これとは別にククの苗とロアエの種を買った。ククの苗は成長すると若葉は、胃腸薬の元に。花は様々な目薬の元。

 しかも実は甘くて食料にもなるし、中の種を乾燥させてから潰して粉末にすると止血剤の材料に。ロアエは単純に呼び方を変えただけのアロエ。食料兼火傷治しの主原料。


 今回の買い物で運が良かったのは、ククの苗木を買えた事かな。成長すると薬の元になる物ばかり。


「若様、支払いはいつも通りか?」


「あぁ。請求書をアデラールかミラベルに渡してくれ」


「毎回ながら買い物ありがとさん」


 ベネトーが商品を仕舞ったのを確認してから、今度は俺の方からの重要な話だ。


「ベネトー、これを委託販売したいんだけど」


 3日分ずつに入れた封筒の束をポケットから引っ張り出して渡す。何なのか分からず首を傾げる彼に、その中身を伝えて委託販売を頼んだ。

 販売価格も相談して決めた結果は、3日分で青ルピー4枚。まぁ日本価格で400円。これでも、こっちの世界じゃ高いんだけど。ちなみに販売に関しては、商隊が次に向かう街からと。


 それでも陛下が服用しているという事で、効果や効き目は王家が保証人のようなもの。だから値段は強きになったのだが、ベネトーの直感では売れるらしい。

 そもそも、こっちの世界で風邪薬なんて便利な薬はなかった状態に近い。薬草の効果を知っていて、それだけを購入する人もいたんだとか。実質、初めて作られたのと同じか。


(さてさて、楽しみだ。どれだけ売れるか。風邪薬がどれだけ知名度を得るかな)


 俺が今までに作った魔法薬の大半は、オレリアが知り合いの宮廷魔術師や魔法兵などに配った。ほぼ無償でだ。もしも売っていれば、かなりの金額になっていたに違いない。

 そこまで考えてから、俺の思考と関心はすぐに魔石へと移る。ルンルン気分になりそうなのを懸命に耐えて、セリーヌと一緒に屋敷へ。


 買った商品は、後で屋敷に届けるように頼んだ。その時にルピーと交換になる。魔石だけは先に持って帰ろう。


「若様」


「ん?」


 いざ帰宅というタイミングで、ベネトーに呼び止められた。俺は少しでも早く魔石を使って、魔法薬や調薬をしたいところなのに。

 呼び止めたって事は、何か重要な用件だろう。そう思って振り返って問い返す。


「どうかした?」


「こっちに来るまでに、歩いて移動している家族を見たぜ。パッとみた感じだと、あちこちケガをしていた」


「シャルトル領にくる途中で?」


 力強く頷かれても困るんだけど。しかし、馬車などを使わずに徒歩で移動するなんてな。村と屋敷がある周辺は魔獣退治を済ませてある。

 けれど、村から数キロ離れれば魔獣が生息している。それもかなりの数が。


(何か危険な予感がするなぁ。ん?家族?それって……)


「その家族の人数は?」


「3人だったな。両親に若様と同じ年頃の男の子が1人」


 聞かされた人数に思わず、考え込んでしまう。俺と同じくらいの年齢の子供を連れて、馬車を使わない移動。どう考えても危険しかない。

 家族全員が武闘派なら心配もないけど、そうでないなら魔獣に襲われるだろう。それに話を聞いた感じだと既にケガをしている。


「嫌な予感がするなぁ。分かった、情報ありがとう」


「良いって事よ」


 ベネトーに感謝を告げて、セリーヌを連れて急いで屋敷へと帰ろう。トオルとエクトルに、この話を聞かせておく必要がある。もしもの事態を考慮して。




 屋敷に戻ってベネトーから聞いた話をトオルとエクトルに告げた。2人とも話を聞いてすぐに険しい表情を浮かべたけど、決断はトオルの方が早い。

 その結論は商隊が出発する明日の昼間での間、護衛として同行している剣士と弓兵を一時的に雇い入れる事だった。トオルとエクトルを含む14人で、目撃された場所へ向かうとの事。馬は商隊から借りて向かうらしい。


 もしも放置し、その家族が餌になるのも避けたい。それに領内に逃げ込んできた際に、魔獣を引き連れてこられたら村人にも被害が出る。

 それを防ぐ為にも、何とか家族を見つけ出して保護するという方針になった。昼食を済ませてすぐに14人は出発。それを見送って俺は、自室へと急いだ。


(ケガの状態が分からないし、魔獣の数も未知数。そうなると、無傷で帰ってくるのは難しいな。大急ぎで生命回復薬を増産する必要がある)


 一般的な生命回復薬は別名称で簡易回復薬。材料は2種類。薬草1種類と水だけだ。調薬そのものは単純。ミルトを刻んで水を足すだけ。

 ただし、俺がトオルに稽古を付けられた際に飲んだ中級の生命回復薬は、材料が1種類だけ多く行程も少し増える。今回は、シガの葉が不足しているので、簡易回復薬を優先。


「タケル、私も手伝うわ」


 自室で大急ぎで作っていた時に、セリーヌが昼食の片付けを終えて駆け付けてくれた。


「助かるよ。簡易回復薬を優先して作っているんだ」


「ミルトはどこでも採取する事が出来るから、たくさん作るのは楽でいいものね」


 俺が所有する小瓶だけじゃ足りない可能性もある。それを考えて、オレリアの元へ向かい、大瓶を5つ借り受けた。それと商隊から、人命の為にと中級の生命回復薬のもう1つの材料であるシガの葉が束で提供された。


「セリー、悪いんだけど簡易回復薬の方を頼む。俺は中級生命薬を作るから」


「任せて」


 まず火石に魔力を流して、弱火を確保する。次にミルトを軽く炙って水分を飛ばす。そうしたら、小鉢で潰して粉末状へと。

 シガの葉に魔力を注いで、薄緑から空色に。これは中級生命薬を作るのにおいて、絶対に必要な作業。空色にしたら火石の上に小鍋を用意。


 沸騰したところで軽く湯通し。シガの葉は火で炙ると燃えやすいので、熱湯を使う。これは葉が熱を受けて魔力を消費し、回復力を高める。

 1度でも熱を通せば冷えても、回復力は高いままの状態を維持。だけど、冷ますのが一苦労するんだよね。


(今までなら時間がかかったけど、今回からは楽になる。そう、風石があるのだぁ!って、俺は誰に解説をしているんだろうか)


 風石に魔力を少量注ぐ前に、金網を用意してシガの葉を乗せる。風石から発生した風を受けて飛ばないようにだ。それに網目を細かいのにすれば、風通しも良くて冷ましやすくなりますよ。

 魔力を少量注ぎ、風の発生量を調整。これには理由が2つある。まず注いだ面から風が発生する事、そして量によって発生する強さが変わるからだ。


 熱が取れたら、粉末状にする。ちなみに、魔法薬に使う薬草や花を粉末にする理由は単純。素早く水に溶けるから。刻んだだけだと、溶けにくいし完成した時の味も悪い。

 俺の理解としては魔法薬や常用薬などの大半は粉末にした方が効き目が出やすいと思う。常用薬で試した事は少ないから分からないんだけども。


 そろそろ熱が冷めたかと思って触ってみると、風に当てすぎたようでカサカサに。


(ま、まぁ粉末にするから手間が省けたと思おう。決して失敗した訳じゃないから)


 シガの葉も潰して、ミルトと良く混ぜ合わせる。後はオレリアから借りた大瓶に全部入れて、水を流し込む。この時に水量を調整する必要があるので、これが少し面倒。


(水が多すぎると綺麗な空色にならないし、ブルーハワイの味にならない。少なすぎると色は問題なくても甘すぎるから、この瞬間が何気に神経を使うんだよね)


 少しずつ水の量を増やしながら、スプーンで軽く掻き回すのを5分間続けてやっと完成。


(うん。綺麗な空色だ。これで完成っと)


「セリー、こっちはかんせ――ってそっちもか」


「えぇ。中級生命薬が完成するのと同時だったわ」


 視線をセリーヌに向けると、彼女は疲れた表情。それも無理からぬ事だ。何せ簡易回復薬は作業が単純だけど、作る量が多かった。

 そのせいで、ほんのりと額に汗が浮かんでいる。室内に常備してある清潔なタオルで、そっと汗を拭うと恥ずかしそうに「ありがとう」と言われましたよ。上目使いなのが可愛いなぁ。




 簡易回復薬と中級生命薬が完成してから2時間半後。14人が戻ってきた。そこに3人ばかり増えている。恐らくベネトーの話にあった一家に違いない。

 若い夫婦とその子供。夫婦は20代半ばくらいで既に虫の息。辛うじて呼吸をしているけど、直視するのが難しい程に大ケガ。


 急いで屋敷を飛び出して中庭に下ろされた3人の元へと急いだ。髪色などは土や泥、血の色で分からない。

 子供は俺と同じくらいの男児で、顔がかなり青い。ケガもしているが、顔色が悪い原因は両親だろう。もしかしたら彼を守って、あれだけの大ケガを負ったのかもしれない。

 先に父親の方を診察する。医学的な診察ではなく、魔法薬を作る人間ならば、魔獣被害によるケガも見極める事を学ぶ必要があるのだ。その経験から、少しは俺も知識がある。


「火吐き芋虫(ファイア・ワーム)や、影虎(シャドー・タイガー)に襲われていたよ」


 傷を診ていたら、トオルがすぐに教えてくれた。火吐き芋虫は、雑食で何でも燃やして食べる。人間や家畜などは火傷で動けなくされた状態で、生きたまま捕食されかねない。

 父親は火吐き芋虫。全身大火傷。母親の方は直視するのが難しい。影虎(シャドー・タイガー)の爪であちこちが裂け、内臓を食われている。


 というか聞かされた魔獣の種類に思わず手を止めてしまった。影虎なんて魔法兵がいないと、討伐も退治するのも難しい。どうやって、家族を連れてきたんだか。


「ここまで酷いと簡易回復薬や中級生命薬でも無理だ。助けられない」


 俺の言葉に少年が目から大粒の涙を流して、泣き出してしまった。気の毒だが母親は助からないだろう。彼の泣き声に気を取られている訳にもいかない

 少年の方は外傷はほとんどなかった。切り傷や擦り傷ばかりで、大きなケガはゼロ。子供には大きな剣を抱えている様子を見るに父親のだろうな。


(母親を助けるには治癒魔法が必要だ。だけど、聖属性だから使える人間の方が珍しいし、そんな人材に心当たりはない。お手上げだ。父親の方は可能性は低いけど助けられるかもしれない)


「聞こえますか?意識があるなら頷いてください」


 俺が声を掛けると、辛うじて首が動く。それを確認し、口を開けるように指示。


「これから飲ませるのは中級生命薬です。呼吸が苦しくても必ず飲み込んでください」


 返事を待たずに大瓶の蓋を開けて、男性の口へと少しずつ注ぐ。瓶の口が広くて、注意しないと溢れてしまいそう。瓶半分近くまで飲ませて、火傷した皮膚が少しずつ新しいものに換わり始める。

 それでも速度は遅くて、とてもじゃないが助かる見込みが乏しい状態。


「君、名前は?」


 俺は泣き続ける少年に声を掛けた。彼は答えようとするものの、母親が助からない事にショックを受けすぎていて、ただ口をパクパクと動かすだけ。

 仕方なく父親の方に名前を聞いてみた。喉まで火傷していて話すが辛そうだが、頑張ってもらわないと。


「おれ……は……ある……バン。つ……は、アネット。むす……は……あ、アルフォンス」


 父親がアルバンで母親がアネット。そして少年がアルフォンスか。俺はアルフォンスの方へと移動。


「アルフォンス、これを飲むんだ」


 簡易回復薬の小瓶を目の前で軽く振って見せるが、泣いてばかりで飲もうとしない。


(仕方ない。ここは――)


 小瓶の蓋を外して泣き続けるアルフォンスの口に、無理矢理にでも突っ込んで飲ませた。これに驚いたのか、一時的に泣き止んで自主的に飲み始めてくれたよ。

 アルフォンスの治療はすぐ済んだが、彼の母親であるアネットは言葉を交わす事もなく息絶えてしまった。現時点で生き残っている2人を、屋敷に運び込んで集中治療を行う事に。

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