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シャルトル家のタケル  作者: 七夕 アキラ
第1章 転生と幼少期編
4/189

1一4


「よっし。やるか」


 夕食後、オレリアから分けてもらった風邪薬の材料となる薬草と花を前に腕捲り。俺が集めてきたミケロの葉とマホリスの花は3分の1と引き換えになったけど。

 それでも、森の中に入れば問題ない。それよりも今は調薬が先だ。分けてもらったのは、キルドとリトミ、ランシェの3種類。


 キルドは既に粉末になっているから、リトミとランシェの加工だ。リトミは沸騰させたお湯で30分間煮込み、成分を抽出させる。火は火石を砕いて、魔力を流すと一定時間は燃えてくれる。

 ランシェの方は氷水に数分間浸すと、色が成分と色が変質。最初の色は綺麗な緑色だったけど、氷水に浸すと鮮やかなオレンジ色に。


 完全に色が変わったら、軽く蒸して今度は水色に。しっとりと水分を含んだところで、乾燥タオルにくるむ。その状態で上から45秒間程体重を乗せた。

 これで余計な水分がなくなって、扱いが簡単に。リトミが煮込み終わるまでの間に今度はミケロとマホリスだ。


「意外と時間がかかるんだよな」


 今から行う行程を思うと、金額を高くしたくなるがそれは我慢。ミケロの葉を微塵切りにしてから、粉末になったキルドと一緒に。

 マホリスは花弁を丁寧に放し、茎に小さな穴を開ける。6つも穴を開けて、そこに回収したばかりのマンドレイクの涙を数滴流し込む。


(マンドレイクも万能薬の元に近いんだよなぁ)


 染み込んだだろうタイミングで、穴の部分を炙る準備だ。リトミを煮込んでいる鍋の下の炎に軽く当てる。少し焦げ目が付けば完了。

 マンドレイクの涙が乾いただろうタイミングで、茎はすり鉢で粉末に。これを量産している間に30分は経つ。長時間用の砂時計の砂が落ちきるのを待機。

 ちなみに時計は高級品らしく、王家や衛兵、公爵と侯爵くらいしか持っていない。ただし時間を測るだけなら、細かい時間毎に作られた砂時計があるから問題なし。


 砂が落ちきったのを確かめて、火石に込めたら魔力が消えたのを確認。鍋からリトミを取り出す。必要なのは水に溶けた成分の方だから。


(粉末にした薬草にリトミから煮出したお湯を混ぜて、専用の型に流し込む。後は放置すれば風邪薬の錠剤が完成だ)


 この型は1つで30錠を作れる。つまり10日分。その型がまだ11も残っている。


(とりあえず陛下には5日分の処方でいいだろ。後は全て販売用に回そう。これで、かなり稼げるぞ〜!)


 思わず鼻歌を歌いそうになったけど、気をしっかりと保って型に流し込む作業をず〜っと続けた。12個の型に流し終わる頃には肩が凝ってくる。


「5歳で肩凝りって俺は働きすぎかもな」


 自分の手で揉みほぐして、窓を開けて夜の空に視線を向けた。日本だと常に明かりがあって、星なんて見えなかったけど、こっちの世界は邪魔する物が少ない。

 だからなのか、綺麗な星空を眺める事が出来る。


「タケル様、そろそろお休みになられませんと」


 ノック音と同時に聞こえたのはアデラールの声。


「もう少しで寝るよ。爺や、喉が渇いたから何か冷たい飲み物が欲しい」


 扉を開けるとアデラールが執事服のまま立っていた。片手には燭台を持っている。


「かしこまりました」


 アデラールが一礼して去ったのを見届けて、俺はだらしなくベッドに身体を投げ出す。目を閉じようとして、ある事を思い出した。


「そういえば、そろそろ商隊が到着する時期だな。明日にでも聞いてみるか」


 シャルトル男爵領は、王国の極東とも言える場所に存在している。2週間に1度は王都や他の爵位領に所属する商隊が、色々な物を売りに来るんだよね。

 それに火石などの魔石販売もある。錠剤化の際などに自然乾燥だと時間が掛かるからな。風石が欲しい。


「タケル様、果実水をお持ちしました」


「入ってくれ」


 入室を許可すると、アデラールが燭台と共にゴブレットを持って現れた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 受け取ったゴブレットの中身を一気に飲み干す。


「ふぅ〜。今日はもう寝るよ」


「お着替えを手伝いましょうか?」


「平気だよ」


 アデラールが一礼して、良い夢をと告げて割り当てられている部屋へと戻っていった。俺は急に押し寄せてきた眠気に、素早く着替えを済ませる。そして、天井のシャンデリアに嵌め込んである光石から魔力を抜く。

 これで部屋は真っ暗だ。おっと、明日起きた時に、鍋に足をぶつけないように気を付けよう。




 窓の外から聞こえる小鳥のさえずりに目を覚ました。寝ぼけながらも、俺は床に置いてある鍋に足をぶつけないように気を付けながら、素早く着替えを済ませる。

 そして型を見てみると、全て固まって錠剤になっていた。乾燥すると真っ白な色になるんだけど、どういう原理で変色するかまでは気にしていなかったな。


 完成した錠剤を手早く紙に包んでいく。紙には毎食後に服用するようにとも付け加えて。後は日本でもらった薬袋を模した封筒に、5日分を詰め込んでオレリアに渡すだけ。

 今日も転移魔法で王都に向かうだろうから、出発前にでも渡しておけば良いか。いや、先に渡しておこう。


「祖母さん、起きてる?」


 オレリアの部屋の前で何度かノックすると、既にローブに着替え終わっていた姿で出てきてくれた。


「どうしたの?」


「今日も王都へ向かうでしょう?陛下に渡してください」


 封筒に入れた風邪薬を渡したら「もう作っていたの?」と驚かれました。昨日のうちに作っておいたから、もう渡せるんだけどね。


「ちゃんと陛下に渡しておくわ。一緒に朝食に向かいましょうね」


 机に置いて戻ってきたと思ったら、いきなりオレリアに抱っこされた。何でだ?


「おはよう」


「おはようございます」


 厨房に立っているのは、今日はセリーヌとメイドのフラヴィとミラベルだけ。両親とトオルは食堂のイスに座っていた。


「おはようございます、お祖母様」


「おはよう、タケル。お祖母様に抱っこされてきたのかい?甘えん坊さんだね」


 おい、エクトルさんよ。勝手に俺が甘えていると邪推するのは止めてくれ。いくら、この世界での父親であろうとも侮辱は許さないよ?


「祖母さんからタケルを抱っこしたんだろう。タケルは3歳くらいから甘えるのを止めてしまったからね」


 トオルの言葉にオレリアが頷く。もしかして俺に甘えて欲しかったんだろうか。そうだとしても、恥ずかしいから止めてもらいたい。

 許婚のセリーヌもいるんだからさ。そんな考えが伝わったのかは分からないけど、下ろしてくれた。


「父上、商隊って今日中にも到着しますか?」


 俺としては普通に話したいんだけど、貴族の子息である以上は肉親であっても敬語は必要だ。だけど、日本じゃ親に敬語なんて使わなかったら、違和感が半端ない。


「う〜ん、どうだろう。僕の予想だと早くても今晩じゃないかな。遅ければ明日の昼前には着くと思うよ。どうかしたのかい?」


「えぇ。粉末や錠剤にする際に、自然乾燥だと時間がかかりますから。風石を購入して時間短縮をと」


「なる程。それだったら完成した薬の委託販売も考えてごらん」


「委託販売ですか?」


 考えてはいたけれど、まさかエクトルから提案があるとは思わなかったな。


「あぁ。タケルの作る魔法薬や、薬の中には画期的な物もある。名を広めるには良い機会だと、そう父さんは考えているんだよね」


「みなさん、お食事前なんですから堅苦しい思考は止めませんか?」


 うむむと真剣に考えていたら、セリーヌがフラヴィとミラベルを伴って今日の朝食を並べていく。


「そうね。難しいお話は食後に」


 アリソンのその一言で、朝食開始。この時にオレリアから直接、陛下に風邪薬を渡してみないかと提案を受けた。




 食後、オレリアと王都に行くか、あるいは商隊を待つかで悩んだけど王都行きを決めた。あまり領内から外に出る機会もないし、出掛ける用事もない。

 だけど今回は陛下に風邪薬を直接に届けるという名目があった。それにもしも、何か欲しい物を与えてもらえる可能性があるなら風石を依頼してみようとも。いや、いっその事、高価な物を要求してみようかな。


 俺が本当に外見と同じ5歳児の精神だったら、こんな事にはならなかったんだろうけどさ。子供とはいっても家が男爵だ。陛下に会うにも、相応しい服装が求められるだろう。

 そう思っていたのだが、陛下にとってトオルは命の恩人。その孫という事で無用な気配りなどはいらないらしい。なので普段からの調薬時スタイルであるシャツとズボン姿。


 ズボンには小瓶を入れられる専用ポーチも。着替えを済ませてオレリアの部屋へと向かった。


「祖母さん、準備できたよ」


「お入りなさいな」


 許可をもらって入室。すると、部屋の中心にだけがやけに広くなっている。机やイスなどを全て壁際に寄せてある状態だ。


「良いって言うまで手を放さないように」


「は〜い」


 ローブを羽織ったオレリアが左手を差し出してくる。その手をしっかりと握った。


転移(テレポーション)


 オレリアが呟いた瞬間、全身を光が包み込んだ。その直後、目の前が急激に明るくなって、思わず目を閉じる。それと同時に足が宙に浮くような感覚。

 その状態が数秒程もすると、急に足元が落ち着いた。地面にでも下り立ったような感じ。


「もう手を放しても……眩しかったみたいね」


「ううぅ。目がチカチカする」


「初めてならそうね。もう目を開けて、手を放しても良いわよ」


 目を開けても明るいままだと思い、ゆっくり慎重に。そうして目を開くとオレリアが屈んだ状態で俺を見ていた。


「ごめんね。転移前に光に包まれるのを伝え忘れていたわ」


 とりあえず落ち着いて周囲を見渡してみると、オレリアの部屋じゃないのは確かだ。多くの人々が行き交う1階ロビーに転移した様子。

 ピカピカの大理石に、様々な調度品があった。それに気を取られていたが、オレリアの声で周囲を見渡すのを止めた。


「陛下に薬を届けに行きますよ」


「王都?」


「王城に直接、転移したのよ。1階ロビー。王城の門前でも良かったんだけど、時間が掛かるから」


 王都か近辺に転移するものだとばかり思っていたけど違った。直接、王城に転移だってさ。これ、見咎められないのかな?


「王城内には直接の転移が許されている部屋や階もあるのよ」


 転移の為だけの部屋と階ってさ。ルピーの無駄遣いだと思うんだけども。オレリアに言っても意味ないか。


「……スゴい」


「感心するのは後ね」


「祖母様、陛下は何階にいらっしゃるんですか?」


(誰が聞いているか分からないから、言葉遣いは変えておこう。面倒だけどトラブルに巻き込まれないようにするには必要だろうし)


「寝室かあるいは執務室か。どちらかね。それは確認しないと分からないけれど」


 1階ロビーに直接、転移してきても誰も咎めない。注意もしてこない。執事やメイドはもちろん、衛兵や魔法使いらしい人物の姿が。

 時々、大量の紙の束を抱えた文官と思われる様々な年齢層の男女が慌ただしそうに行き交っている。


「おはようございます」


「オレリア様、おはようございます」


「おはようございます、オレリア様」


 オレリアがおはようと声を掛けただけで、多くの使用人や衛兵が挨拶を返す。ただし、文官は答えている時間が惜しいらしく会釈だけで歩き去っていく。

 ロビーとだけあって、貴族や陛下に謁見を希望する人々の列があった。そちらへは向かわない。オレリアの姿に気付いた初老くらいの執事が歩いてきた。


「オレリア様、おはようございます」


「えぇ、おはようございます。陛下にお薬を届けに来たのだけれど何階に?」


「3階の会議室におられます」


「そう。陛下にオレリアと、その孫が薬を届けに来たと伝えてください」


 オレリアの言葉に頷くと初老の執事は優雅な一礼をして、先触れとして会議室へと向かったようだ。


「タケル、陛下に直接お薬を渡すんですよ」


 ローブの袖から風邪薬の入った封筒を取り出して、それを俺に返してくる。直接って、5歳の子供である俺が渡しても良いんだろうか。




 先触れに向かった初老の執事が戻ってくると、彼を先頭にして3階へと向かう事になった。オレリアは俺が迷子にならないようにと、しっかりと手を掴んでいる。

 どういう原理なのかは知らないが、行き先を告げるだけで勝手にその階へと動く昇降床もあった。これを使って陛下が会議しているという3階に。


 到着すると昇降床はそこで停止。執事を先頭にして目的の会議室前へ。豪華な扉にノックを何度か行い、執事が俺達の事を告げる。


「陛下、オレリア殿とお孫様が到着されました」


「通してくれ」


 すぐに返答があって、執事が扉を開けて入室を促した。会議室の中には50台前後の短い銀髪と碧眼の男性のみ。見るからに高そうな金糸銀糸が使われた服を着ている。

 直感的にこの人がトゥーロン王国の現国王なのだと理解してしまった。


「オレリア殿、余の為に風邪薬を作って持ってくれたのか」


「薬を作ったのは孫のタケルです。ほら、ご挨拶なさい」


 陛下の言葉に首を左右に振って、俺に挨拶をと促してくる。驚いたような表情を一瞬だけ見せてくれたが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。


「お初にお目にかかります、国王陛下。タケル・シャルトルです」


 失礼に思われないように言葉遣いを意識しながら、片膝を着いて家臣のポーズを取る。すっと頭を下げたまま無言で待機を決定。

 下手に顔を上げては失礼に当たるだろうと思ってだ。


「面を上げよ。そう緊張せずとも良い」


「はい」


 別に緊張はしていないんだよね。言うつもりもないんだけどさ。


「陛下がお風邪を召されたと聞き、薬を調薬して参りました。毎食後、1錠ずつ飲んでください」


 どう渡せば良いかとも悩んだけど、オレリアが手渡しで問題ないと言ってくれた。それに従って渡すと、陛下は執事に水を持ってくるように指示。

 水が届くとすぐに封筒から1錠分の紙を破いて飲み込んだ。


「今までにも風邪を引いた時に、何種類かの薬を飲んだが貴殿が調薬した物でないと効果がないようだ」


「ありがとうございます。ですが5日分を調薬しておきましたので飲みきってください。足りなければ、祖母に伝えていただければ、すぐに作ります」


「感謝する」


 頷いて立ち上がった陛下に、俺は失礼を承知で注意を促した。


「体調が戻るまでは、可能な限り身体を休めてください。公務ばかりですと、風邪が長引きますので」


(これで怒るようならダメ陛下だな。さて、どんな反応やら)


 権力者にとって立場が下の者からの忠告や警告は不快になるが、この陛下は違った。


「そうだな。ここ数日は激務だったからな。無理をしていたのかもしれん。日程を調整して身体を休ませる時間を確保しよう」


「はい、ご自愛ください」


「うむ。この後、時間はあるのか?」


 特に予定がないから、素直に頷いた。すると、思いがけない言葉が発せられる。


「そうか。それなら、貴殿と同じ年齢の娘がおる。人見知りな性格で他人と接するのが得意な子ではないが、会ってみないか?」


(さて、何と答えようかな。この話を受けてメリットがあるか?ないな。デメリットなら思い付くけど)


 もしも王女がわがままだったら、そうとう振り回される事になるだろう。それこそ機嫌を損ねたら、爵位剥奪やシャルトル家が潰される可能性もあるな。


「心配せずともよい」


「え?」


 そんなに分かりやすい表情だったのかと思わず焦ったけど、どうやら違うようだ。


「例え機嫌を損ねたからと言って、何らかの罰などを与えるつもりはない」


 思わずホッとしてしまったよ。こっそりとオレリアに視線を向けると、頷いてくれた。


(ここは人脈を広げると思って、王女様と顔見知り程度にはなっておこうかな)


「分かりました。王女様とお会いしてみたいです」


 正直どんな人物なのか気になったしね。美少女だったら良いなぁ。セリーヌも美少女だけどさ。いや、美少女じゃなくて美幼女か?

 こうして、俺は同じ年の王女と会う事になった。

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