4ー1
ブルトン村に転移から、馬車で10日間を掛けてバニョレ市へと入った。バニョレ市に入った理由だけども、クロードとセリアが旅の仲間に加わった事にある。
馬車内に設置が出来るベッドが足りなくなり、また衝立を使った小部屋風な作りへの改造を行う為に。市に入るまでの間における旅で、2人分の寝場所を確保するのが大変でしたよ。
ベッド不足の解決は難しく、アグノーの森で1本の木を伐採。錬金板と村で融通してもらった布を使い即席の簡易ベッドを2つ錬成しました。
それをウォルフの影の中に収納してもらい、就寝時にのみ馬車内に出現させた。かなり場所は狭くなったけど、それでも何とか2人を外で寝かさずに済んだ。
そして現在、昼時。俺達はバニョレ市の中央にある宿屋を借りて馬車具職人に、馬車の改造を依頼。完成までちょうど3日ろ超特急で仕上げてくれるらしい。
完成までの間にどうやって時間を潰そうかと相談し、バニョレ男爵に面会しようという事に。馬車ギルドで3人乗りの馬車を2台借りて、男爵家へと向かった。
市の中心に位置する俺の実家と同じくらいの屋敷が。先触れは出していなかったけど、門番を通して男爵への面談を求めたら、向こうも会いたかったらしい。
応接室へと通されて、男爵の正面に俺が座る。その右隣にセリーヌが寄り添うように。アルフォンスとクロエは、左側に並んで座っている。ヴォルフは俺の膝上。人数分の紅茶もすぐに準備された。
「初めまして、バニョレ男爵。エクトル・シャルトルの嫡男、タケルです」
「ボーヴェ男爵の次女、セリーヌです。タケルの許婚です」
「ようこそ、タケル殿、セリーヌ殿。悪夢病の事を聞いたよ。エルフと協力して、幽鬼を浄化させたんだとか」
浄化っていうか、成仏させんだけどね。このファンタジーな世界では、成仏という単語はあまり知られていないようだ。
「えぇ、まぁ。エルフに協力してもらって、魔法を教えてもらなわなければ、討伐するしかなかったと思いますけど」
今回は初めての顔合わせ。だから、いつものぞんざいな言い方は気を付ける必要がある。それに立場的な問題もあるのが事実だから。
「エルフの協力があったとしても、実際に成功させる事が出来る人間は滅多にいない。これだけでも、かなりの功績だろう」
「どうでしょうね。アントワーヌ市で、悪夢病の事を聞いてアルトー村に向かった時には、既に死者も出ていました。もしも、もっと早くに情報を得られていたら、死者を出さずに済んだかもしれません」
「ふむ。だが、タケル殿。もう1つの功績を忘れている訳ではないだろう?」
「もう1つの功績?」
俺としては特にそんな事をしたようなつもりはない。だけど、小首を傾げようとしたらセリーヌが男爵よりも先に言った。
「要塞亀の件ですね?」
「そうだ。アントワーヌ市の戦力だけでは、全滅していただろう。だが、君達がいた事で状況は変わった。要塞亀を討伐」
(あぁ。ガメラ討伐か。あれは当然のことをしたんだけどな。俺たちを追うようにしてアントワーヌ市に向かってきた訳だし)
それにアントワーヌ市へ向かう最中にヴォルフとも会ったんだよな。何となくモフモフな頭を撫でたくなった。
「運がよかっただけですよ。それに他にも協力してくれた存在のお陰ですね」
俺がそう言うと、バニョレ男爵は不思議そうな表情を浮かべる。俺のいう存在が分からないんだろう。もしかしたら、影狼の群れに関しては、話が伝わっていないのかもしれない。
だから、俺は紹介する事にした。ただし、先に何を見ても驚いて声を上げないようにと念押ししてだけど。
「ウォルフ」
「ヴォン」
「魔獣、しかも影狼か」
影から顔だけを出して、セリーヌの膝上にモフモフなその頭を乗せる。俺がヴォルフを乗せているからだ。
「その影狼と要塞亀の討伐にどんな関係が?」
「えぇ。実はですね――」
ヴォルフの遠吠えを聞いてウォルフが群れを率いて駆け付けた事。影槍を使って討伐に協力してくれた事を話した。
聞き終わった後にかなり驚いた様子で、ヴォルフとウォルフを見ていた。何とか必死に自分を説得するような場面もあったけど、何も言わずに気付かないフリだ。
ウォルフは見ず知らずの男爵の前でも、特に緊張や警戒はしていない。俺が普通に接しているから、敵じゃないと認識しているんだろう。
セリーヌは、モフモフな頭を撫でて感触を堪能しているようだ。特に耳裏が気に入ったようで、頻繁にそこに触っている。
「……そうか。影狼の協力もあってか」
「そうです」
「セリーヌ殿は、良い許婚を見付けたな」
見付けたというのは違う。こっちでの俺の両親と、セリーヌの両親が話し合った結果だ。決してそこに俺達の意志と意思は問われる事がなかっただけ。
「はい」
それでも、セリーヌは勘違いを正す気はなそうだ。むしろ嬉しそうに微笑んでもいる。その後、バニョレ男爵から改めて幽鬼浄化の功績を称賛された。
しばらく談笑していると、男爵に面会希望だという人が来たらしく、男爵との面談は終了となった。
□
男爵家を出た後はバニョレ市に唯一ある市場、南市へを見て回った。俺の腕の中で大人しくしていたヴォルフだったけど、市民達がモフモフに魅了されて殺到。
色々な人に撫でられる事になってしまった。それでもヴォルフは特に嫌がる素振りも見せず、知らない人間に可愛いと言われ撫でられる事を甘んじて受け入れていましたよ。
吠えたとしても、それも可愛い扱いされると分かったんだろうね。市場の店主達の中には、ヴォルフに売り物を食べられるんじゃないかと不安そうにしていたっけ。
ヴォルフは俺達と一緒じゃないと食事をしようとはしない。だから心配は一切必要ないんだけど、それを知らないから無理もないか。
一通りグルっと回って、南市を見た後は市内で手紙の配達も扱っているという商会を訪問。現在に至るまでの経緯と近況報告を書いた手紙を両親とトオルへ。
それとは別にボーヴェ男爵に、セリーヌと一緒にボーヴェ市へ向かうと書いた手紙も。成人したから、その挨拶をしに行く為だ。
シャルトル領へは青ルピー5枚で、ボーヴェ男爵領へは青ルピー7枚だった。距離的にはボーヴェ男爵領の方が近いんだけど、途中で河を渡る必要がある。
河を渡るには、離れた場所にある橋を渡るか、船を使うしかない。今回は船を選択したから、その船代が上乗せされているんです。手紙を預けてからは、もうやる事もなくて昼食にする事にした。
アルフォンスとクロエ、クロードの3人は市内散歩をしたいらしく、商会を出たところで別行動に。どうやら食べ歩きするようだ。残る俺達は宿屋で昼食にするか、どこかの店で済ませるかを考えていた。
「私は宿でもいいと思うわ」
「えぇ?せっかく来たんだからぁ、ここでしかぁ、味わえないぃ、料理を食べるべきよぉ」
セリーヌは宿屋で、セリアは店で。何軒かの店を見た感じだと、猟が盛んのか肉料理を提供するところが多い。
「肉と魚、どっちがいいんだ?」
ほとんどの店は肉料理が多いけど、宿屋の方は商会を通して河で釣れた魚を出してくれる。だから、宿屋か店かで悩むなら、肉と魚のどちらを食べたいかで決めさせようと思います。
「馬車での移動中は干し肉を調理することが多かったから、お魚がいいわ」
「お肉かしらぁ。新鮮なお肉料理をぉ、食べるべきだとぉ、そう思うのよぉ」
セリーヌとセリアから、どっち?という視線を向けられて少し考えてから決めた。
「俺は宿で魚料理だ。セリア、ルピーは持っているだろ?」
「それはぁ、もちろんよぉ」
「悪いが1人で食べてきてくれ」
セリアが不満そうに、ぶつくさ言うから魔法の一言を使おう。
「祖母さんに、指南されるのが嫌で俺たちに同行している宮廷魔術師がいるって報告しておこう」
「うぅ、タケルンのぉ、意地悪ぅ。もう、お姉さんはぁ、プンプンになっちゃうのよぉ」
セリアは俺の言葉に涙目になるが、そんなのは知った事か。オレリアから、いつでもセリア回収するから面倒だと思ったら連絡するように言われている。
それを以前話したら、本気で泣き付かれた。良い子にするから、先生にだけは言わないでと。
「早く行ってこい」
捨てられた子犬のように、トボトボ歩いては振り返るを繰り返してセリアは店へと入っていった。それを見届けて宿屋へと戻ると、女将さんが出迎えてくれる。
「あら、他の皆さんはどうしたの?」
「市内散歩と肉料理を食べに行ったよ。俺たちは魚料理を食べに戻ってきたんだ」
「なるほど。今日のオススメはツヅキの味噌煮。青ルピー2枚でどうかしら?」
セリーヌに確認しようと視線を向けると、頷いたのでそのまま注文。空いているテーブルへ向かった。
「おい、聞いたか?」
「あん?なにをだ?」
「翠蟹が、橋を壊しちまったらしいぞ」
「それ本当か?しばらくは船だけが向こうへ行く方法になるな」
「仮の橋は作られるのか?」
「男爵様が手配しているはずだ。だが、その前に翠蟹の討伐が先になるだろうよ」
座った時に周囲から聞こえてきた会話。馬車が完成したら橋を使おうと思っていたから、この話が聞けたのは運が良い。尤も、ウォルフが一緒だから影移動で問題ないんだけどさ。
ちなみに宿内にいる男達は流れの冒険者と思われる。どうしてこんな場所に人数が固まっているのかは疑問だ。
「ここの河は魚が豊富だからな。それを狙ってきたのかもしれないぜ」
「今まで翠蟹が来なかった方が不思議だけどな」
「確かにな。そういえば、あの蟹って美味いんだろ?討伐に参加して、足の1本でも貰えねえかな?」
ほほう、翠蟹は美味いのか。討伐すればバニョレ男爵に貸しを作れるし、美味い蟹鍋を味わえるかもしれない。どうしようかな。
「お待たせしました、ツヅキの味噌煮です」
討伐をしようか考えていると、女将の娘がツヅキの味噌煮を運んできた。しかし、ツヅキか。もしかしてスズキだったりしないだろうか。
そう考えて調理前のを見せてもらったら、どう見てもスズキでしたよ。
□
煮付けは味が濃すぎたけど、まぁ美味かった。バニョレ市では米よりもパン食らしく、濃い煮付けを食べるんなら米の方が良かったかな。
昼食を済ませて、部屋に行こうとしたらアルフォンス達が戻ってきた。クロードなんかは、今にも目が輝き出しそうな気配をさせている。
「若様、翠蟹を討伐したいっす。1度だけ食べた事があるんすけど、鍋にしたら最高に美味いんすよ!」
やっぱりか。翠蟹の蟹鍋は美味いんだな。
「オレっち討伐したいっす。討伐して、引き締まった身なのに、ほんのりと甘い蟹肉を食べたいっす!」
アルフォンスは苦笑しているけど、クロエやセリアなんかは話を聞いて食欲が刺激されたのか、食べたそうな雰囲気をさせ始めた。
「誰から聞いたんだ?」
「橋を渡ってきた商人が、翠蟹を見たって言ってたっす!」
目撃者の話を聞いたなら、知っていても不思議じゃないな。どうしようかと思って、考えていると宿屋にいた男達が一斉に立ち上がる。
「おい皆、武器を持て。衛兵が退治したら俺らの分がなくなる。食いたきゃ、俺らで討伐しようぜ!」
「「「「おおおおぉぉぉぉぉ!」」」」
どうやら、ここの住人は食欲旺盛らしい。代金を払って駆けていく男達を見て、クロードも早くと言いたげな視線を向けてきた。
(この世界の蟹かぁ。しかも魔獣となると、大きいだろうし。彼らだけじゃ不安だな)
「俺たちも討伐に行くか」
「オレっち、すぐに準備するっす!ウォルフ、オレっちの杖を出して欲しいっす!!」
俺の足元の影から、1本の杖がスゥっと浮かんでくる。それを握った彼は嬉しそうに駆け出していった。クロードは杖なしでも普通に魔法を発動する事が出来るんだけど、制御や威力調整が難しくなるらしい。
「行こうか」
声を掛けると、すぐに肯定があった。アルフォンスも影から剣を出してもらい、それを持って宿屋の外へ。翠蟹がいる場所を気にはしていなかったけど、場所を聞く必要はなかった。
だって、甲殻に剣が弾かれる音が届いてきていたから。戦闘中の場所へと向かうと、衛兵達と男達が剣で足に斬りかかり、槍を突き出してハサミの動きを牽制している。
「甲殻が意外と頑丈だな。それなら、魔法兵の出番だ」
「あんまり火魔法で焼くなよ。あの甲殻は高く売れるんだからな!」
ある程度の距離まで近付くと、全体を視認する事が出来た。おおよそ5メートル程の図体に、ハサミは4メートル程の太さ。足は3メートルくらいか。
キラキラと輝く、見事な翡翠色をしている。あれなら、甲殻は高い金額で取引されるだろうな。剣や槍が甲殻に当たっても、まともな傷が付きそうにない。
防具として加工した上で販売すれば、かなりの儲けになるだろう。今のところ旅の予算面で不安はないけど、一儲けしようかな。
「「「火球!」」」
「「空気刃!」」
5人の魔法兵のうち3人が火球で内部まで熱を通そうとして、残り2人が空気刃で足を1本ずつ切り落とそうと試みているようだ。
――BWMAAAAAA!
「泡か。視界を塞いで逃げるつもりだな」
「そうはさせない。竜巻刃!」
吐き出された泡が全面に展開していた衛兵達の視界を塞ぐが、左右にいた冒険者と思われる人物達からは丸見えだ。それに吐き出された泡も、竜巻によって見事に吹き飛ばされている。
ただし、蟹本体は宙に舞う事もなかったけど。
「竜巻刃なんかを使っても、甲殻に傷が1つもないってのはスゴいな」
俺が感心していると、衛兵や冒険者達がハサミで薙ぎ払われてしまった。前衛の衛兵数人が仲間の仇なんて叫んでるけど、彼らは死んでいないからね。
「空気機雷」
クロードはどこだろうと視線を動かそうとした瞬間、間違いなく彼の声で魔法が発動。蟹がハサミを叩き付けて、衛兵を潰そうとする。
それを空気機雷が爆発して、ハサミを上げさせた。爆発の衝撃が強かったのか、わずかによろめく。よろめいた先にまでも、目視が出来ない空気の機雷が待っていてさらに爆発。
それが何度か連続して最終的には、翠蟹をひっくり返す程になった。
「今だああぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げて、蟹の腹部へと槍が幾本も突き出された。これで終わりかと思っていたら違いました。ガキンという音と同時に、槍が砕けてしまっている。
「全身頑丈すぎんだろ!?」
指揮官役らしい衛兵隊長と思われる男性が、悲鳴を上げるような声で叫んだ。
(う〜ん。このままじゃ、さすがに危険かもね)
放置したとしても、何時間か経過すれば討伐は出来るだろう。ただし、その時にまともに立っていられる人間がいるとは思えない。
「加勢しようか?」
「お願いします!」
俺が衛兵隊長に声を掛けると、一瞬も考えたり悩んだりする様子もなく、頷かれた。魔力鎧を纏った状態で歩いて近付く。
何とか体勢を直そうと、足を懸命に動かしているけどムダだね。遅すぎるし、俺が仕留めるから。
「き、危険すぎます!」
隊長が心配そうに叫んでくるけど、別に気にする必要はない。だって、ひっくり返ったままだから。蟹の腹部に飛び乗り、甲殻の柔らかい場所を探す。
「ここだな」
爪先で何ヵ所かをトントンと叩くと、1ヶ所だけ柔らかい場所を発見。見つけた後は、既に決めていた。
「桜天一蹴、桜落とし!」
ドシンと響くような程の威力の踵落とし。すると体勢を直そうと、必死にもがいていた蟹の足が止まった。内部にまで振動と衝撃が伝わり、ピクリともしない。
「う、ウソだろ!」
「踵落としだけだと!?」
冒険者や衛兵達が唖然とした表情をしているけど、俺はそれに構わず衛兵隊長と交渉に入る。
「俺が討伐したから、蟹鍋は仲間と先に食べていいだろう?それと、甲殻の半分の所有権はもうらおうか」
「分かりました」
衛兵隊長が頷いた事で、蟹鍋で最初に食べる権利が確保された。それと、頑丈な部分の甲殻の半分はもらえる。解体した後、宿屋の女将さん達に蟹鍋を依頼。絶品だったのは言うまでもない。
ただし、食後にウォルフの来い来いアピールで頭をくっつけたら、翠蟹は基本的に縄張りを決めたら動かないらしい事と、より凶悪な魔獣が出現した場合にのみ逃亡を行うという知識が得られた。
これは、また何か起きる可能性もある。俺はのんびり旅がしたいだけなのに。




