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シャルトル家のタケル  作者: 七夕 アキラ
第1章 転生と幼少期編
3/189

1ー3


 セリーヌの滞在4日目になるが、睡眠導入薬は最初の2日だけで済んだ。昨日から本格的にアリソンから料理を習い始めている。

 普通、貴族の家ならば専属の料理人が居る。それでも貴族令嬢が料理を習うのは、我が家のように爵位が低くて、料理人がいない男爵家、子爵家も多いのが実情。


 時刻は午前9時半。セリーヌはアリソンと2人で今日の昼食作りに励んでいる。俺はと言うと、男爵位をエクトルに譲ったトオルと、中庭にいた。

 食後すぐに外に出ようと誘われたから。ついでに気になっていた事を聞いてみる。


「なぁ祖父さん」


「何だ?」


「王様の命を何回か助けた程度で、男爵位が授けられたのか?」


「それだけじゃないぞ?」


「そうなのか?」


「こちらの世界には魔力があるからな。その魔力と独自の格闘術や剣術で、王都の防衛力を上げた功績だ」


 そういえば、まだ魔力の使い方は教えてもらっていなかったな。別段、必要となるような場面にも遭遇していない。


「タケルも5歳になった事だ。魔力の使い方や私が編み出した格闘術なんかを教えるから、しっかり覚えるように」


(そんな事をするくらいなら、魔法薬を作っていた方が有意義な生活を送れる気がするんだけどなぁ)


「魔法薬を作る方が気楽だと言いたそうだな」


 何で気付いたんだろう。あれ、もしかして?


「表情に出ているぞ。これから貴族の子息としての責任も出てくる。感情や表情を表に出さない訓練も必要だな」


 それは嫌だな。俺としては気が済むまでか、興味を失うまでは魔法薬にだけ時間を割いていたいんだけど。


「タケル、まずは基本中の基本。魔力を全身に流して、身体能力を強化する事から教えるぞ」


「祖父さん、本気か?」


「本気だとも。それにセリーヌのような美少女は、上級貴族から狙われやすい。襲われた挙げ句、捨てられかねない。お前が守る必要がある」


 確かにセリーヌは美少女だな。それに3歳の頃から時間があれば一緒に過ごしてきた仲だ。彼女の身に何か起きかねないと思うと、腹が立ってきたぞ。


「祖父さん、授業を始めてくれ」


「うむ。では始めるぞ」


 トオルが無駄に力強く頷いた。まず基本となる魔力の使い方から解説が始まる。


「魔力とは人間が持つ気のようなものだ。まずは目を閉じろ。深呼吸を何度か繰り返して己の中にある魔力を感じれるようになる事が初歩だ」


 言われた通りにして、自分の内側に意識を傾ける。そうすると何となくだが、不思議な感覚にたどり着く。それが魔力だというのはすぐに分かった。

 ただし、その魔力は全身をぼんやりと包むようにしかない。それを意識的に体内へと循環させるイメージを作ってみる。


 そうすると、少しだけ身体が軽くなったような感じだ。これを意識しながら、俺は自分が持っているだろう魔力の全てを肉体の中へ集中させてみた。

 最初は身体を包むようにしか存在がなかったのに、今は全く違うと説明されなくても分かる。全身に力が入ると同時に、力が溢れてくるような。


「その調子だ。目を開けて私の所まで走ってみろ」


 言われた通りに、意識した状態のまま走ってみようとした。だが、地面を最初の一歩が蹴った瞬間、弾丸のような速さで風景が後ろへと飛ぶ。


「ほう……これは」


 そんなトオルの声が聞こえたと思った直後、何でだか抱き止められていた。


「え?」


 自分に何が起きたのか、俺には分からなかった。しかしトオルの満足そうな表情からして、どうやら成功はしたようだった。




 あれから昼食の時間になるまで、みっちりとトオルに魔力操作の仕方を教え込まれた。それだけじゃなく、剣術なんかもやらせる羽目に。

 だが、幸か不幸か剣や他の武器は上手く扱えなかった。だから戦闘訓練は終了するだろうと期待していたのに。実際は違った。武器がダメなら無手の技術が待っていたんだ。


 散々、トオルに技を叩き込まれて動けなくなった所でセリーヌとアリソンから「お昼ですよ」と声が。一方的なまでに叩きのめされたせいで食欲は出なかったよ。

 そんな俺を心配してか、セリーヌがお粥を作ってくれたのは正直に助かった。固形物を食べても、戻していただろう自信があるくらい。


 そして現在、今日の訓練は終了と言われてトオルから不思議な指輪を2つ渡されている。


「これは?」


「生命力と魔力の残りを視覚化する魔法具だ」


「視覚化?」


 ゲームみたいに空中にゲージが表示されるのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。


「この指輪は、元の世界でいう信号機的な役割だ」


 トオルの説明によると、生命力と魔力の残りに合わせて指輪が変色するらしい。全快の状態と6割状態で指輪は青く、半分にまで減ると黄色に。残り2割まで減少すると赤くなるんだとか。

 うん、確かに信号機の色を利用しているとも言えるね。指輪は右手の人指し指と中指に。生命力の指輪には楕円形の灰色の宝石。魔力はひし形の灰色の宝石が。嵌めた瞬間に色が黄色へと変色。


「これって、半分くらいしか残っていないって事?」


 一応、復習のつもりで確認すると肯定が返った。トオルに少しだけ待ってもらい、自室へと直行。作り置きしていた生命回復薬(ライフポーション)を飲んでみる。ちなみに薄い空色で、味はかき氷シロップのブルーハワイに近い。

 すると楕円形の宝石の色が黄色から青へ。これで生命力は回復した。魔力回復薬(マナポーション)も飲もうか悩んだけど、止めておいた。


「ただいま」


 トオルの所に戻ると、彼は剣を自由自在に振り回している場面だった。俺の声が聞こえていなかったのか、いきなりトオル流ならぬシャルトル流剣術の型の披露が。


(体格のせいじゃなくて、単純に得物を振るう才能が俺にはないのかもな)


 目の前で行われる型を見学していて、ふと試してみたい事が思い浮かんだ。魔力を全身に流すんじゃなくて、目に集中させたら、普通には見えない何かが見えたりするかも。

 午前中の段階で魔力操作は、少しは自由意思で調整する事が出来るようになっている。目に魔力が集まったタイミングでトオルの型を見てみた。

 剣が何かを纏っているようだ。目を細めてみれば、それが魔力そのものだと気付けた。


(スゴいな。俺には魔力を外へと放出するのは難しそうだ)


 見られている事に気付いたのか、トオルが区切りの良さそうな型を披露して終了にしてしまった。


「祖父さん、スゴいんだな」


「どうだろうな。生きていく為に必要だったから、自然と身に付いたとも言える」


「ん?生き抜くため?何で?こっちの世界の両親がいただろ?」


「この世界に馴染んだと思えた頃、その当時の不治の病である「無起病」を患った」


(お〜い。俺はそんな話を聞いたことがないんだけど)


「「無起病」とはな、ある日突然に眠りから覚めなくなるのだ。どんなに身体に刺激を与えても、決して起きる事がない。食事をする事さえ無理だから、やがて衰弱死してしまうのだ」


 結構な苦労をしたんだねぇ。他人事だから俺も落ち着いた状態で聞いていられるよ。


「祖母さんと初めて会ったきっかけは?」


「オレリアとか。陛下の護衛でシャテルロー侯爵領に視察に行った時、移動の最中に御者が魔獣の跳躍蜘蛛(ジャンピング・スパイダー)の毒で動けなくなったてな。偶然にも薬草収集をしたばかりのオレリアと会ったのだ」


「その薬草を使って解毒してくれたと?」


「そうだ」


 ならエクトルとアリソンの馴れ初めは何だろう。つい好奇心で聞きたくなったが止めた。こういうのは本人に聞いた方が答えてくれやすいだろうからね。

 その後しばらくは、トオルがオレリアとの交流をどう行ったのかを語ってくれた。




 トオルの長話を途中で切り上げて、屋敷の中へと戻った。何かするべき事もなくて暇だったから、近くにある森に向かう。

 ここは時々だが、希少な薬草や花が自生している。本当は薬草図鑑を持ってきたかったけど、汚す訳にはいかない。だから正確に覚えている薬草だけを回収しようと思う。


 普通、森というのは木々が鬱蒼としていて陽も入りにくいイメージ。しかし、ここは違っている。自然に育った薬草を魔獣や、人の乱獲から守る為に木は移植された。

 重要な場所と、そうでない場所を区切るように木があるから薬草の元へは、我がシャルトル家と領民くらいしかたどり着けない。


「っお!」


 目的の場所にたどり着いた俺を出迎えたのは、希少価値の高い大量のミケロの葉とマホリスの花。回収用に背負ってきていた篭を置く。まぁ、子供サイズだけども。


「ちゃっちゃっと集めようかな」


 篭に入れて持ってきた鞘入りのナイフを取り出す。どこから回収しようかと悩ませてくれるくらいに、大量に自生してくれているよ。

 それに幸いな事にこの2種類は、回収や収穫後にすぐ加工をしなくても問題ない。だから、時間を掛けて多くを集められるというもの。


「篭半分くらいはいいかな」


 あんまり採りすぎると、必要になった領民などが入手する事が出来なくなる。それを避ける為にも、乱獲するような真似はしない。

 ミケロの葉とマホリスの花は、万能薬の素材。実際には他にも数種類の薬草や花が必要なんだけどね。


 根を傷付けると再度の採取が難しいから、茎から上の部分だけを切っては篭へ。この世界の薬草や花は実にファンタジーで。根や茎が無事なら時間を掛けて元通りになる。

 それを知ったのは、オレリアに庭の薬草を植えていた時に教えてくれたのだ。


(この2種類だけだと万能薬には使えない。でも、他の薬にも使えるんだよな)


 思わず顔が緩みそうになる。頭痛薬、解熱剤、風邪薬に、火傷や止血剤なんかにも。特に頭痛薬や風邪薬などはファンタジーな世界でも珍しい。

 これらを加工、調薬して毎食後に飲むようにし5日分などで販売すれば、青ルピー7枚にはなる。現実世界なら700円と安いだろうけど、この世界じゃ意外と高いとの話。


(売れればボーヴェ男爵に金額を渡して、高価な竜の牙や鱗なんかを融通してもらおう。いや待てよ!調薬したのをそのまま渡して無償で譲ってもらうのも)


 集める作業をしながら、こんな考えが出来るなんて俺は何て幸運なんだろうか。思わずニヤケそうになる。おっと。誰が来るかも分からないから、喜ぶのは部屋に戻ってからにしよう。




「ただいま」


 森でミケロとマホリスを篭半分まで集めるのに、夕方近くになってしまったよ。帰りが遅かったのを心配していたのか、セリーヌが玄関前を右往左往していた。


「タケル!」


「ただい―――っぐふ!」


 何やら走ってきたから、受け止めようと両腕を広げたのまでは良かった。だけど、急に走ったせいか足をもつれさせて頭突き状態の体勢で俺の鳩尾に命中。


「ぐ……苦しい」


「っあ!」


 セリーヌは声に気付いてか慌てて、立ち上がる。一方で俺は鳩尾から走る痛みと、力一杯に抱き締められていたせいで息苦しい思いをする羽目に。


「ごめんなさい」


 セリーヌが頭を下げてくれるが、そんな事よりも彼女が玄関前にいた理由が気になった。


「もう大丈夫。セリー、どうして玄関前に?」


「帰ってくるのが遅かったから。それにペリグー村の近くに深紅蜂(クリムゾン・ワスプ)が出たって聞いて」


「それ本当か?」


 大きさ1メートルにも成長する猛毒持ちじゃないか。たった1滴で人間の大人が20人は殺せるという毒蜂。でも俺が知っている限りだと、基本的には森にしか生息しない。

 街道なんかに出るなんて、餌となる小動物や昆虫が足りない場合くらいのはず。


「本当よ。タケルが出掛けてからしばらくして、ペリグー村を出発したっていう商人さんが見たって」


 ペリグー村かぁ。あそこは村から3キロの場所に小川が流れているから、もしかしたら巣分けした女王蜂などが移動していた最中かもしれないな。


「セリー、俺は見ての通り大丈夫から安心してよ」


「うん」


 ようやく落ち着いたのか、セリーヌはほっとしたような表情だ。心配を掛けるつもりはなかったんだけど。森での作業で腹が減ってきたな。


「夕食の準備は?」


「もう少しで出来るわ。手洗いとうがいを忘れずにね」


「お〜」


 とりあえず篭を部屋に置こう。その時にオレリアが帰っていれば、何種類か薬草と花を融通してもらおう。そして小遣い稼ぎならぬ、調薬作りに精を出すのだ。

 篭を床に下ろして、備え付けられている洗面所へ。オレリアの手作り石鹸で、両手を洗い土と汚れを落とす。うがいも済ませて食堂へ向かえば、肉と香草の匂いが。


「ただいま」


 厨房に立つアリソンとセリーヌ。イスに座るエクトル、それからトオルに声を掛ける。


「お帰りなさい」


「お帰り」


「森で何か収穫はあったのか?」


 両親は普通に返事をしてくれたが、トオルだけは違った。


「祖母さんは?」


「そろそろ帰ってくるだろう」


 トオルの言う「帰ってくる」は玄関から戻ってくるのではない。転移魔法で部屋に直行するだろうという意味。


「そっか」


「私に何かお願いでもあるの?」


 あまりにも自然に真後ろから声を掛けられて、飛び上がりそうなくらいに驚いた。


「足音を消さないでよ!」


「普通に歩いてきたつもりよ?」


 嘘だな。オレリアは優秀な魔法使いだから、色々な魔法を熟知している。その中に足音を消す魔法があっても、不思議じゃないんだよな。


「それで、何かお願いがあるの?」


 イタズラが成功したような子供のようにクスクス笑ってから、問い直してくる。


「まとまった量のミケロとマホリスを確保したから、足りない薬草とかを分けてくれないかなって」


「そう。それじゃ風邪薬などを調薬するのね」


 どうやら小遣い稼ぎを企んでいるのを見抜かれてしまったようだ。過去にボーヴェ男爵家や、王家に頭痛薬や風邪薬なんかを無償提供したからな。

 そろそろ販売しても良いだろうと、俺は思っているんだけど。オレリアが何て言うか。


「そうねぇ。陛下も風邪らしいから、王家へ届けましょう。余った分は販売しても良いわ」


 うん、よし。まだ会った事ないけど陛下、少しの量で早く治ってくれ。そして、少しでも多く販売して俺の小遣い稼ぎをさせてくれよ。

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